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ベッドに眠る結子を眺めながら、隼人に言った。

「隼人、半分こは嫌?」

「半分こ?」


隼人は私に体を貸してくれた。私が死んだ事を忘れてたから、その事を言えずにずっと側にいてくれた。


「半分こはこれっきりにするから。」

隼人は、ベッドの柵にかけた手を握りしめた。

「嫌だよ。僕と半分こも嫌だし、進藤結子と半分こも嫌だ!梨理が進藤結子の体で生きるのも嫌だ!でも、梨理がいなくなるのは、もっともっと嫌だ!!全部嫌に決まってるだろ!?」

隼人はそう言って病室から出て行ってしまった。


隼人……。


静まりかえった病室で、結子に訊いてみた。


「本当に、結子が…………?」

「多分…………そう。」

結子は事故の経緯を話してくれた。原因は居眠り運転だって。


「あの日の前の晩…………生理痛でよく眠れ無くて、次の日彼女が頭痛薬くれたんだけど…………」

「待って?彼女?彼女って?」

「え?彼女は彼女。付き合ってる女の子。」


えぇえええええ~!!


「それって、レ、レズ…………」

「正確にはバイなんだけどね。」


えぇえええええ~!!


ここに来てそんなカミングアウトある!?ここでそんな事実を聞かされるとは!!


「その頭痛薬を飲んだら、運転中急に眠くなって…………」

「それで…………」

あんまり深く考えたくなかった。正確には、深く考える勇気がなかった。結子には悪気はない。だけど、悪気のない失敗の結果は…………


やめよう。


今は、そんな事より、礼於の事を考えたかった。先に、進みたかった。死んでも前に進みたいと思うんだから…………何だかおかしくて笑える。


私は、笑っていたい。最後まで、笑っていたい。


私はやっぱり結子に頼み込んで、結子の体で礼於に会いに行く事にした。結子は迷いながら承諾してくれた。


「ダメとか言う権利はない事はわかってるんだけど…………本当に後悔しない?私、梨理を殺した女だよ?」

結子にとっても、礼於にとっても、多分隼人にとっても、それは耐え難い事かもしれない。


「じゃあ、私は何のためにここにいるんだと思う?それって心残りがあるからじゃない?だから成仏できないんじゃない?」


私の心残りはわかってる。それは多分……。


例え信じてもらえなくても、傷つける事になっても…………


この想いを伝えたい。きっと、そのためにここにいるんだと思う。


結子の体でおしゃれをして、礼於の会社の前で待ち伏せした。瑠璃には、会社しか聞き出せなかった。もしかしたら、会えないかもしれない。


それでも、会社の近くのベンチで座って待ち続けた。


あ!礼於!


あのたてがみのような髪は短く整えられていて、あのだらしない服装もピッタリのサイズのスーツになっていた。


あの頃の礼於とは全然違う。礼於が目の前にいるのに、その前に出る足がすくんだ。


それでも…………ちゃんと伝えなきゃ。ちゃんとお別れしなきゃ……。立ち上がれ。早く立ち上がらなきゃ!


私は何とか立ち上がった。礼於は私に何も気に止めず、私とすれ違った。


礼於…………。


私は振り返ると、その背中が見えた瞬間、走り出していた。


「礼於!!」


思わず、後ろから抱きついていた。


「梨理!?」


礼於はそう言って振り返った。

今はもう、あの笑顔じゃない。困惑した顔で私の方を見ていた。


「あ、ごめんなさい……。えと、あの、ニャンまげかと…………いえ、あの、人違い……そう、人違いでした。すみません。」

礼於を離す手が震えた。


やっぱり無理だ。これ以上は…………怖い。


私は一礼してすぐに逃げ出そうとした。


すると、その腕を捕まれて捕まってしまった。礼於は険しい顔をして訊いた。


「どうして、泣いてるんだ?」


いつの間にか…………涙がこぼれていた。


「ごめんなさい。ごめんなさい……。」

「ごめんなさいじゃない。その涙の理由を教えてくれ。」


どう答えていいかわからなかった。この涙の理由?


それは…………礼於が好きだから。そんな事言えない。だって、今の私は梨理じゃない。


「本当に……好きな人に勘違いされたままだから…………本当に好きな人が、諦められないから……。」


その言葉を聞いた瞬間、礼於は私の手を離した。


「……梨理…………?」


そう、言われた瞬間、私は全力で走った。一度も振り返らずに、人混みをかき分けて走った。後ろから礼於が追いかけて来るのがわかった。


「梨理!!待て!!」


変なの。これじゃ、あの時と逆だね。


あの時、私は必死で礼於の後を追いかけた。でも、私が追いかけてたのは多分、鍵じゃない。


礼於の事だった。


ビル街を走ると、ビル風が湿った風を運んでいた。いつの間にか、梅雨の気配がした。


風に運ばれた桜のがくの部分が、頬をかすめた。


結子の体はしばらく寝ていたせいか、全然走れなかった。


大きな通りに差し掛かると、赤信号で足を止めた。

「梨理!本当に梨理か?」

私は振り返らなかった。


どうして?あんなに短時間で、私かどうか本当にわかったの?


「梨理じゃないです。」


ほら、良く見てみてよ。服も髪型も、背の高さも体型も声も、全く私とは別人だよ?


それでも、礼於は私の言葉を無視して、ポケットから鍵を出した。

「これ…………」

差し出されたのは、鍵だった。ニャニャンのキーホルダーがついた、あの時の鍵……。


「これ、今更だけど…………返す。」

「…………。」

私は思わず、黙って受け取ってしまった。


すると、礼於はその鍵を離さなかった。

「やっぱり…………梨理なんだな。」

「違っ……」

そう言われて、私はすぐにその手を離した。


「俺、大学の頃、本当は一目惚れだったんだ。鞄が当たった時、一瞬で好きになった。」

礼於はやっぱり、好きな物が一目でわかるんだね。迷ってばかりの私とは全然違う。


「それから、お前の姿を見る度に、お前はこのキーホルダーを見てた。そのうちに、このキーホルダーの先に見ている存在に気がついた。俺はそいつに、ずっと嫉妬してた。だから…………奪ってやったんだ。」

「…………。」


最初から…………礼於は不安だったんだ。あんなにバカやっても、あんなに強引でも、あんなに笑顔でいても。


その事に…………どうして気がつかなかったんだろう……。


「お前、これを取りに戻って来たんだろ?」

「…………そう。大事な物だから。」

私は、今度はゆっくりとしっかりと、鍵を受け取った。

「礼於、ありがとう。」


そう言った瞬間、世界が回って体の力が抜けた。


「梨理!!梨理!!」


あぁ、思い出した。


『梨理はリリーみたいだ。白くて美しい、百合の花みたいだ。』


礼於が私のお墓の前で言ってた言葉……。


私に言ったんじゃない。ユリの花に向かって言った言葉。


その目から涙を流しながら、今にも消えそうな声で呟いた言葉…………


礼於…………ごめんね。


倒れた私は、そのまま礼於に受け止めてもらった。最後に、思いがけず…………礼於の腕の中で、永遠すら感じるくらい安心した。こんなにも幸せで、安らかな気持ちになれた。


何だか、私だけずるいよね。


ごめんね。先に逝くから許してね。


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