第13話 火種は燻る
歓声とも唸り声とも取れる猛々しい声が上がる中、其れを掻き消すような声があがる。
「お待ちください!」
直前までの騒がしさが嘘の様に静まり、竜人達の目線は一人の人物に注がれる。如何にも隊長か騎士団長と言った様子の威厳のある男性が、中央に居る宰相を睨みつけていた。
其れを見て宰相は不快そうに眉を顰めるが、直ぐに表情を変え嘲り見下す。
「何事だ、ヘンケル。戦が起きると聞いて怖気ついたか?」
その宰相の言葉に同調する様な笑い声と、ヘンケルと呼ばれた男性を庇う部下であろう者たちの怒声で周囲がざわついた。
「決してその様な事は御座いませぬ。ただ、戦を起こす動機はあれど、陛下の御意向を窺う事もせずに戦を仕掛けるなど許されまい。仲は違えどドワーフは嘗ての友であり国の主な財源を担う存在、迂闊に戦を起こすなど反逆罪にあたりますぞ!」
ヘンケルの声に恐れは無く、ただ仕える王への実直な忠誠心から来る怒りが籠められていた。
だが・・・・
宰相は己の傍らに控える騎士から「貸せ・・・」と呟き槍を奪うと無表情のまま、ヘンケルを貫いた。
槍が引き抜かれ、深紅の飛沫が周囲を染め「、胸を貫かれ地面に崩れるヘンケルの姿に其の部下達も言葉を失う。何て奴なの・・・・
「陛下は私に全てを一任されている。嘗ての友だろうと、国に害をなす者の芽は摘み取らねばならない。全ての問題の解決後、隷属種族として飼えば問題はない」
宰相は浴びた鮮血を手で拭うと、部下達を威圧し、感情の無い声で言い放つ。中には言葉を飲むような仕草をする者も居たが、もはや逆らう者など居る筈もなく・・
静寂は破られ、一斉に宰相を湛える声が広がった。殆どの兵士達の視線が宰相に集中しているようだ。
「あの様子だと足並みは完全には揃っていないと思うわ」
ケレブリエルさんは緊張した面持ちで静かに呟くと、その場か離れる様に私に目配せをする。
「開戦までの猶予はあると考えて良いんですね?解りました、行きましょう」
たしか、ゲルトさんの言葉通りだと街へでるには山積みになった石で隠されているとの事だった。こんな城の庭にそんな穴が在れば修繕されていそうなものだけど、大丈夫なのだろうか?
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息を殺しながら、兵士達の背後を駆け抜けひた走る。抜け道への手掛かりは、山積みの石のみ。おまけに有る場所は不明。それ故に疲労感が仲間達に見える。
「はあー、おにーさん疲れちゃった。其処ら辺で休んで頭冷やさない?」
フェリクスさんは膝に両手をつくと、肩で息をしながら疲労困憊と言った表情を浮かべる。しかし、少し喋り方が白々しい。
「んなの後だ、行くぞおっさん」
抜け道の発見に至らない苛立ちからか、ダリルは青筋を浮かべながらフェリクスさんを睨む。
「酷っ!オレ、おっさんじゃない!まだ二十代前半よ!」
軽く茶番じみて来たやり取りに、私を含む四人から溜息が漏れる。こんな所まで来てこの二人はまったく・・・
敵に気付かれたら元も子もない、一息つくと私は近くの城壁へもたれ掛かった。
「此処は一端、休みましょう・・・うわっわっ」
寸前まで背中には石煉瓦の冷たく硬質な感触が残る。予想外の事に私の体は後方へ傾く、咄嗟に手を後ろへ伸ばすが、体は倒れる事は無く何かに受け止められた・・・・かと思った。
「危ね・・・っ!」
ダリルの声がしたかと思うと、半身と肘をゴツゴツした地面へ打ち付ける。痛みを覚悟し眉を顰めるが、想定していた程では無く、瞼を開けると私を後ろからダリルが抱え込むように庇ってくれていた。其処までは良かった。
「ダリル、ごめんね。助かっ・・・た?」
胸部に違和感があり恐るおそる目線を下ろすと、其処にはダリルの手があった。
偶然とはいえ此れは許すまじ・・・
「わりぃ、助けたつもりが失敗し・・・いでぇ!!」
私はダリルの顎に頭突きをした。ゴチンッと言う鈍い音と共に、ダリルは顎を抑えて蹲る。仕返しに直じゃないから問題ないとか、色気も糞も無いとか言いだした。
フェリクスさんはそんなダリルを鼻で笑うと、私に手を差し伸べてくれた。
「まったく、デコ助平は此れだから嫌だねー」
「え、あはは・・・」
手を取ろうか戸惑って居ると、「コホンッ」とファウストさんの咳払いが聞こえた。その指先には黄色い魔結晶が掴まれていた。その横ではケレブリエルさんが城壁に開いた穴を調べている。
「偽装魔法の一種が籠められた魔結晶だ。これを核に石に魔法をかけ見せかけていたのだろう」
つまりはゲルトさんの言っていた石の山とは魔法をかける前の状態を指していた様だ。もっと、解り易く説明してくれれば・・・。
「しかも、魔法を使用できない者も使えるように細工が施されているわ。近くに壊れた魔力充填用の魔道具が落ちていたの。・・・此れは寿命かしらね?」
ケレブリエルさんは錆びた金属片を指で転がす様にみつめる。金属片は爪の部分があり、其処に魔結晶が嵌められていたと推測できる。
「取り敢えず、此処を離れよ?流石に此処まで騒げば城の兵も気づくかもしれないしね」
今は気付かれていないようだが、城の中から聞こえる声は次第に大きくなっていく。
城壁の穴は少しでも気付かれるまでの時間を稼ぐ為、石を拾い集め埋め戻し、私達はその先の木々を掻き分け進む。祖父達が治めた種族間の戦は再び燃え上がろうとしていた。
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木々を掻き分け進むと出た場所は正門のわき、子供ならまだしも、一度に大人がぞろぞろ出るのは怪しすぎる。取り敢えず、斥候役を買って出て見る事にした。
「皆、取り敢えず様子見をするから私の合図を待って」
そう言うと、仲間は黙って頷く。
「・・・承知した。最後尾は僕が守ろう」
ファウストさんはちらりと背後の城壁へと視線を向ける。
「ええ、頼みます。勿論、フェリクスさんもダリルもソフィア達をお願いね」
「勿論さ!」
「ああ・・」
私は皆の返事に安心すると、うっそうとした木の枝を掻き分けた。其処には予想外の光景が広がっていた。
此処が王都リンドブルム・・・。あの時私が城外へ出た時に目にしたのはゴツゴツとした山肌、活気の有る街が、人の営みが繰り広げられているこの光景を目にする事は無かった。
察するに此方が表門と言った所ね・・・
城内は同族のみとなっている様だが、よく見ると竜人以外の種族も混じっている。
この平和な光景の裏で戦が引き起こされようとしている何て・・・・
「・・・大丈夫そうよ。ゆっくり出て来て」
街に背を向け皆に手招きをする。
「どいて!」
突然の声に驚き振りむく間も無く、背中に衝撃が走る。よろけそうになるのを足を踏み込み堪え振り向くと、一人の少女が膝をつき立ち上がろとしている。
ハラリと黄緑色の髪が風に揺れ、そして驚きの色を見せる杏色の瞳。見覚えの有る竜人の姿が其処に在った。
「ヘルガ!」
以前と違い服装は随分と質素な物になっているが忘れようがない、セレスを連れ去った張本人。手掛かりを逃がす訳には行かない。何としても情報を吐かせないと!
「あ・・・っ」
ヘルガの瞳は恐怖と驚きに揺れ震えている。足を縺れさせながら必死にもがく様に踵を返し走り出す。
「逃がすもんですかっ!」
「アメリア!?」
後から出て来た仲間達の困惑の声が聞こえる、一瞬だけ目配せを送ると無言で走り出す。たった一時でも、仲間だったセレスが安心して故郷に戻る為にも罠でも連れ戻しにいかなければならない。
アノ方法を試す為に。
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人混みを掻き分け前方を走る黄緑を追う。一体、何処まで逃げるつもりなのだろうか?
必死に追い続けていたが、気が付くと背後から誰かがついて来ているのに気が付いた。
「なーるほどね。追いかけっこの相手はヘルガちゃんかー」
「命を狙われているくせに何やってんだ、この馬鹿が!」
「フェリクスさん!ダリルッ!」
そう言えば誓約解除の為に命を狙われていたんだった。でも、公の場で馬鹿は無いでしょうが。
他の三人も付いて来ているらしいが、少し遅れるらしい。必死に追いかけていると大きな建物が見えてきた。
「火の祭殿・・・!?」
今までの祭殿とは空気、満ちる火のマナの量が違う。精霊王の力が存在が強く私には感じられる。此れが。本来の祭殿の姿・・・・。あれだけ執拗に幾度も襲撃をしてくるカルメンが何もしていない事に疑問が沸いた。何故?
「アメリアちゃん、ヘルガちゃんがあの建物に入ったよ」
フェリクスさんの声に祭殿の方を見ると、参拝者に混じり階段を駆け上るヘルガの後ろ姿が見えた。
ヘルガは祭殿に匿われているのだろうか?
「・・・行きましょう。此処は居場所が解った以上は慌てる必要はないわ」
「いっそ、参拝者のふりでもするか?」
ダリルは祭殿を見上げ、顎で参拝者の列を指す。
「ほう・・・其れは面白い案ですね。何をするつもりなのか、お聞かせ願えますか?」
冷たく低い男性の声が背後から響いた。
今回も当作品を最後まで読んで頂き真に有難うございます!
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漂う戦の空気、抑圧された兵士達の心は恐怖に染まる。その心の内は如何に?
宰相の言葉は嘘か真か?
雪崩の様に襲い来る災厄と難題に翻弄されるアメリア達。一体、どの様に抗い乗り越えて行くのだろうか?次回へ続います・・・




