第12話 狼煙
砕けた地面と共に私達を抱えた土人形は地面へ強く打ち付けられる。
地面へ投げ出されはしなかったが、落ちた衝撃で頭がくらくらする。ただ暗闇の中、ぼんやりとする頭に土の精霊王様の言葉が浮かんだ。世界が私を選ぶ?世界の望み?女神と命でも詠唱もなく、精霊王様が姿を顕現させ力を貸す。まるで世界に自我が在るかのようだ・・・
瞼を開けると周囲は薄暗く、体を動かせることから生き埋めは回避できたようだ。如何やら浅瀬の様だが、地底湖に落ちたらしい。
以前みた夢が現実なら、此れで人生三度目。思えば一番最初の記憶もこんな感じに水辺で倒れてたっけ。
其処でダリルに屍人に勘違いされて爺ちゃん達を呼ばれたんだったかな?
ともかく、皆の無事を確認しないと・・・
「皆、無事ー?」
耳を澄ますと、周囲からは落とされた事に対する悪態や無事を知らせる仲間達の声が返って来た。立ち上がろうと水底に手をつくと薄闇の中、ポッと橙色の光が宙に浮かび上がり近付いて来るのが見えた。
「やけに落盤が頻発するかと思えば、またお前さんか・・・。まったく、これはお前さんの趣味か何かかの?」
突如、周囲を明るくランプの温かな明かりが周囲を照らす。其処に浮かび上がったのは辟易していると言う表情のゲルトさんの姿だった。
「・・・・此れが趣味であってたまるもんですか」
私の思わずついた悪態にゲルトさんは豪快に笑う。私は皆にゲルトさんを紹介し、皆で坑道散策の拠点にしていると言う場所へと向かった。
*************************************
ゲルトさんの拠点は開けた場所に在り、松明に照らされる空間の中で各々、適当な場所に腰を下ろすと、ゲルトさんが懐から燃え盛る炎を彷彿する赤く光る鉱石を懐から取り出した。
「・・・此れが何か判るかの?」
その答えは瞬時に判明。街なら何処の店でも売っており、広く見かける物。
「・・・火の魔結晶?」
「・・・ふむ、正解じゃ。その見た目から火の魔結晶と一般には称されているが、その正体は死んだ火の妖精が結晶化したものだ。儂は金属の加工の際の燃料となるこの石が鉱山跡で不自然に大量生成されていると言う事で、ギルド長からの依頼で趣味も兼ねて調査しておる」
一部の魔結晶が妖精の亡骸と言う事実に私達は驚愕した。てっきり、魔物から採取されるものと考えていたが、よく考えれば冒険者からの供給で事足りる訳は無い。ゲルトさん曰く、六割程は鉱山からの物だそうだ。つまり、寿命がつき生成されるものだけでは無く、何かしらの理由で大量に妖精が結晶化していると言う事。
もしかしたら、世界の綻びの修復も関連している?そうだとすると、リーマルオルビスが古代から繰り返し起きている事になる。私は浅く俯き頭を振った。
「妖精死骸の結晶化と魔結晶化か気になるな・・・。重な話を聞かせて貰い感謝する。可能であれば調査を手伝いたい所だが、如何しても先を急がなくてはならない。良ければ如何か此処から竜人の都へ続く道を教えて頂けないだろうか?」
ファウストさんが尋ねると、ゲルトさんはゆっくりと視線を向けると暫し思案顔を浮かべる。
「王都リンドヴルムか、教えても構わんが・・・」
ゲルトさんはホッと表情を緩めるファウストさんから一人ひとり、心の内を探る様な視線が送られ私で止まる。何故、私?徒ならぬ空気に思わず唾を飲む。
「・・・何か、条件が?」
「アメリア、儂はお主が大将と見込んで頼みたい、親友の忘れ形見である・・・ルートヴィヒを助けてやって欲しい。あれの父親との種族を越えた友情の誓いを果たしたいんじゃ」
今その場で決めて勢いで頼んでいるとは思えないし戸惑う。私が大将なの?と仲間達を見ると「頑張れよリーダー」等との反応が返って来た。何か適当に押し付けられたような気がするけど。
唐突過ぎる願いだが、此れもセレスを救うためだ。
「ルートヴィヒさんの外見とか、何か解りますか?」
ゲルトさんは遠い記憶を探るように首を捻ると、懐かし気な表情を浮かべる、だが徐々に其れは曇り真剣な物へと変わった。
「赤髪に青い瞳だ。幼い頃に一度あったのみだからのう・・・。後は風の噂によると精神を病み、今では臣下の傀儡状態だそうだ。どうだ、引き受けて貰えるかな?」
臣下がいると言う事はそれなりの身分の人物なのだろう。大まかな情報のみだが、これ以上は聞けそうにない。ただ、現状で特定し近付く事ができるか疑問だけど。
「・・・勿論です」
「おお!すまない、感謝する。引き受けてくれた礼だが、良いものをやろうかの。息子から半ば強引に冷めた鉄に火をいれろと言われ打ってみた物なのじゃが・・・」
そう言うと、ゲルトさんはごそごそと壁際の荷車に置かれた木箱から一振りの剣を取り出す。
とても不思議な空気を持つが、何かが足りない気がする。
「この剣は・・・?」
「わざわざ此れを持って来たのには訳が有る。此れはオリカルクムっちゅう大そうな代物で出来ているが、打つための素材が不足していてな。火の魔結晶、しかも巨大な物を採り来たのじゃ」
ゲルトさんは私達に背を向け、次々とハンマーや金床を取り出す。何故、一式揃っている・・・
ふと近くを見ると、ファウストさんの瞳が輝き頬が上気しだした。
「オリカルクムだと!その性質は羽根の様に軽く、金剛石よりも硬質で朽ちる事無く、永久不変と言われている幻の・・・ぐふ!」
金属の名に歓喜し興奮気味に語るその口は止まる事無く、ゲルトさんの持つ剣に張り付き離れない。ゲルトさんが脅える姿を見て、ダリルからファウストさんへ脇腹への一撃がお見舞いした。如何やらファウストさんは夢中になると周りが見えなくなるらしい・・・
「つったく、そー言う所も弟に嫌われる原因じゃねぇの?わりぃな、爺さん。此奴は気にしなくて良いからな」
ダリルはファウストさんを一瞥すると、固まっていたゲルトさんへ声を掛ける。それを聞いてゲルトさんは咳払いをすると私を手招き、先程出した大きな火の魔結晶を取り出す。
「この剣を完成させる為の火力となる火の魔結晶が足りなくてのう。よし!儂が火を起こし仕上げよう、最後の一振りは持ち手であるお前さんがやりなさい」
「は、はい!」
渡されたハンマーに私が困惑しているのにも関わらず、ゲルトさんは剣身を金床に寝かせると、火の魔結晶を掲げ詠唱開始する。儀式めいた祝詞は魔結晶を宙に浮かせると、小さな太陽の様な高熱を放つ火球へと姿を変え、其れは炎の帯を伸ばし剣を包む。
ゲルトさんは汗を額から滴らせ、何度もハンマーを打ち付け整形する。剣は鋭く美しい姿へと姿を変えていき、私へと最後の一打を促す合図が入る。
「さあ、お前さんの魂を籠めて振り下ろすんじゃ!」
ただ振り下ろすだけで良い者かと不安になる、でも此れは私の新たな相棒となる一振り。私は魔力と願いを籠め、ハンマーを振り下ろす。燃え盛る火球とハンマーに籠められた力が黄金の光となり、剣身へとのまれていく。其れが治まると同時に静寂が訪れた。
「でき・・・た?」
茜色に染め上がった剣身は熱が冷め、真の姿を私達の前に晒す。鋭く長い白銀の剣身は魂が籠められたかの様に光を纏い輝いていた。
「くく・・儂もまだ捨てたもんじゃないのう。此れは懐かしい気持ちを思い出させてくれた礼と儂の願いを聞く報酬じゃ、必ずこれに見合った働きをするんじゃぞ」
剣身は金色の鍔と留め具、緋色の柄に据え付けられる。その鍔に彫られた文様は、ゲルトさんの家名として名を賜った鍛冶神ヴァルカンを象徴する物だと教わった。
************************************
王都への抜け道を教わり、私達は狭い通路に苦戦しつつ前へと進む。
「しかし、前金では無くポンッと報酬として剣を一振り渡すなんてお前、爺さんによっぽど信頼されてんだな」
後方を歩くダリルが先程の事を思い返したのか、私の腰に下がる剣をチラチラと見る。
「んー、私は死んでも依頼を果たせと脅されている気がするけどね」
剣は握ると手によく馴染み、流石は名匠だと感じさせられた。其れを一介の冒険者である私に渡してくれたと言う事は、やはり期待していると言う事だろうか?一本道を数時間進んだ所でフェリクスさんが声をあげた。
「お、開いたあいた。如何やら本当に通じていたみたいだね」
岩だらけの空間の天井に木の板と、床には古い縄梯子が落ちている。
「それじゃ、私が・・・」
私が魔法を使おうとした所でソフィアが止められた。
「待ってください、此処はあたしが飛びます。派手な行動は控えましょう」
ソフィアは皆に離れる様に言うと縄梯子を手にし、天井板を新調に開け、小声で人の気配が無い事を知らせると、縄梯子を垂らす。
その先は納屋の様な場所で、警戒しつつ外に出ると目の前にそびえ立つ城が目に入った。
「此処は・・・冗談でしょ?」
まさかの事態に私達は唖然とするが、近づく足音に気づかされ皆で慌てて身を隠す。静かに様子見をしていると、兵士達に混じり慌てた様子の白魔術師の姿が見えた。
「・・・追いましょう」
ケレブリエルさんの言葉に皆、無言で頷く。身を隠しつつ、兵士達の背中を追い見たのは横たわり動かない兵士や大勢の怪我人を治療する姿、そしてその近くには先程の戦いの残兵達思わしき集団と宰相のクラウスが話しているのが見えた。更に身を潜め近付くと、耳を疑う声が聞こえて来た。
「ドワーフは取引と称し、我等の宝を奪っただけに留まらず、多くの同胞の命を奪った。此れは奴等からの我等への宣戦布告とみなす!全員、失われた者達への思いを胸に怒りの狼煙をあげよ!」
宰相の言葉に呼応する様に声が挙がり、私達の鼓膜を震わせ、辺りに響き渡るのであった。
何時も当作品を読んで頂き真に有難うございます。ブックマークまで登録して頂けて大感謝です!
魔結晶の新たな真実に驚きつつ、新しい剣を手に入れ意気揚々とセレス奪還とゲルトさんの依頼を託され、乗り込んだ先で目の辺りにする衝撃の光景。
さて、アメリア達は目的を達成しつつ、振りかぶる火の粉を払い除ける事が出来るのでしょうか?
次回へ続きます。




