第10話 不実なる者
白紙になり掛けた裏取引は、祭具を交渉材料と言う話で纏まった。これから突拍子もない取引を持ちかける訳だが、怪しまれずに相手方がこの話に乗ってくれるかは賭けだ。
ギルド長は祭具の用意を部下に命じ終えた後、竜を模した装飾が施された燭台に火を灯すと其れに声を掛けた。
すると、蝋燭の火が大きくなると火花が飛び、炎の羽根を持つ妖精へと変じる。ギルド長は木札にさらさらと文字を書くと石炭と共に「宜しく頼むな」と呟き、火の妖精に手渡す。其れを受け取ると火の妖精は小さな火の渦を宙に描き、真っ黒な煤を僅かに残し消えて行った。
「さっ、此れで後は竜人の返事次第って訳だ。あいつ等は上客だが、如何せん自分本位だ、此方からの取引には関しては殆ど応じない。保証できない事を了承してくれ」
机を布で拭くと、ギルド長は申訳なさげな表情を浮かべながら私達を見た。成功確率は低くとも、内戦下での突然の取引と言う怪しさは現状、私達の影を相手にチラつかせるはずだ。
「いえ、大丈夫です。彼等は必ず動く筈ですから」
私の言葉を聞いてギルド長は「ほう・・・」と呟きニヤリと口角をあげる。
「えらい自信だな・・主な目的は奴等との接触か。まあ、揉め事を治めるのが本来の目的だからな」
「そう、ダリルの言う通り」
問題はその場で終わるものじゃ無い、最終的にセレスを連れて火の祭殿へと行かなくてはならない。手荒になるけれど、取引に乗じて相手に王都へと案内させよう。
「まあ、此処は大船に乗ったつもりで良いんじゃないか?この時期は祭の準備の為に竜人達がドワーフ領まで来ていたらしいからね」
フェリクスさんは驚く私に向かってウィンクをした。ファウストさんはフェリクスさんの意見に深く頷く。
「つまりは祭具にかからない訳が無いと言う事だな」
「はははっ、余計な心配だったみてぇだな。まあ、祭具は何にしろ準備が居る、連絡を寄越すから待っていてくれ」
豪快な声が響く一室に窓から茜色の射し込んでいた。
**********************************
意気揚々と宿に戻り部屋に入ると、心配は杞憂に終わった様だとケブリエルさんから知らされた。如何やらセレスを攫って逃げる様子は無く、熱心に変身の指導をしていたらしい。
「お帰りなさい、ヘルガとセレスならお部屋で休んでいますよ」
ソフィアは読書をしていた手を止めると、部屋を見回して青褪める。部屋を見渡す限り、ヘルガの姿が一切見えない。例え逃げたとしても、ヘルガに戻る場所も身を寄せる場所も無いはず。一体何処に・・・?
「皆、あそこあそこ・・・」
フェリクスさんが部屋の片隅のベッドの影に少しだけ見える黄緑色の頭と角を指さした。体隠して角隠さずって所かしら?
「ヘルガ、そんな所で何をしているの?」
私がそう尋ねると、ヘルガの体がビクッと跳ねあがる。彼女に近付き覗き込もうとすると、必死の形相で何かを隠した。
「な・・・何も隠していないわっ」
隠していないと言いつつも腕は後ろで組まれ、どう考えても怪しい。
「よっと、何だ此れ?」
ダリルは何時の間にかヘルガの背後に周り、彼女が隠している物を暴いた。其れは見た事の無い竜の文様が描かれた赤を基調とした織物。
「返して!返しなさいよ!」
ヘルガは必死に其れをダリルから取り戻そうと掲げられた腕へと跳ねて手を伸ばす。それを止めに入ろうとすると、フェリクスさんがダリルが持っている織物を掴んだ。しかし、互いに何かに火がついたのか、布を引っ張り合ったまま睨みあう。
「レディを悲しませるのは感心しないな」
「うるせぇ、何を勘違いしてやがる。今返すつもりだったんだよ!」
両者一歩も譲らず、双方に摑まれた織物は千切れそうになり、ギチギチと悲鳴を上げる。
私は鞘に収まった剣で二人の頭を叩き、無意味な闘争に終止符をうった。
「二人とも、争うなら別の事にしてよね!」
「・・・ああ」
「反省するよ・・・」
頭を叩かれた事で布は二人の手を離れ床にふわりと舞い降りる、私は其れを拾い、ヘルガに手渡した。
ヘルガは奪う様に其れを受け取ると、大事そうに其れを抱えた。
「あの、とても大切になさっている様ですけれど、大事な物なのですか?」
ソフィアは読んでいた本を閉じ、傍によるとしゃがみ込み脅えるヘルガへそっと優しく問いかける。ヘルガは暫し沈黙した後、ポツリポツリとゆっくり語りだした。
「此れは・・・我がシュミット家の伝統の技と魂そのもの。その最後の作品よ」
彼女の話によると、ヘルガは元は祭殿の衣装などを織り納めていた職人の娘。しかし、姉の引き起こした問題により、祭殿専属の機織りとしての地位が家から奪われ窮地に追い込まれたそうだ。つまり、兵士として家を支えていたが失脚してしまった為、それも成り行かず悩み考え込んでいたらしい。
「そうか、ダリルとフェリクスさんが迷惑かけちゃったね」
「・・・ふんっ」
ヘルガは私と目を合わさず、不機嫌そうに顔を逸らした。
「本当に大事な物なんですね。ヘルガの事、色々とお話が聞けて良かったです」
ソフィアは顔を背けたままのヘルガにそう優しく声を掛ける。今更だが、元々敵対関係だった上に信頼関係など無い私達にこんな個人的な事まで話をしてくれるのか不思議だった。それに対しヘルガは暫し瞼を閉じた後、再び目を開くと右上へ視線を逸らす。
「・・・酷い仕打ちを受けた後、住処を追い出されて自棄になっているのかもね」
ヘルガは欠伸をすると「暫く眠る」と言いベッドに横になった。よく無防備に寝れるものだ、暫くすると本気で寝息を立て始めた。この竜人は大物かも知れない。
などと思っていると、ダリルに腕を引っ張られ、ベッドから離れた場所に有る長机の前へと連れて来られた。
「お前・・・彼奴に絆されて無いだろうな?」
「大丈夫、油断はしていないよ。でも、如何したの?」
私の問いかけにダリルは黙って手を差し出す、手の平には火がつけられた痕跡がある蝋燭が有った。良く見ると持ち手が僅かに黒くなっている。
「奴が後生大事にしていた布きれを取るときに一緒に拾った。ギルド長んとこでも見ただろ?火の妖精に伝言を頼む所をよ」
「蝋燭・・・持ち手が黒いのは煤?ははっ・・・成程ね、てっきりただの悪戯かと思ったよ」
「ちっ・・・馬鹿にすんな」
怒り出すダリルの後ろから手を叩く音が聞こえたかと思うと、フェリクスさんとケレブリエルさんが近づいてきた。
「はいはい!いい感じの所、悪いけれどギルド長から連絡が来たぞ」
「そうそう、祭具の焔の錫杖と炎舞のアンクレット、そして炎華のサークレットが揃ったそうよ。祭具の受け渡しは明朝、ギルドの方へ取りに来て欲しいらしいわ」
ケレブリエルさんは安堵の表情を浮かべるも、直ぐに顔を引き締め私達にそう告げた。
「はい、了解しました・・・」
その夜、私達は見張り組と交代でヘルガを見張りつつ、次の日に備え体を休めるべく眠りについた。
*************************************
早朝、指示の通りに
昨日の顔ぶれと一緒にギルドへ行くと裏口から中へと通された。中に入ると背負子へ縦に重ねられた三つの木箱が用意されていた。
「行先は鉱山へ続く道を北東に進む山道の先だ。ただ、気を付けておけ。奴等は狡猾だ、すんなりなんて期待すんじゃねえぞ」
「はい、色々と有難うございます。必ず祭具の代金を渡しにギルドに伺いますから安心してください」
「そうか、頑張んな!あ、おっと忘れていたな。道中で山籠もり爺に会ったら伝えてくれ、先日送ったヤツは如何だってな」
山籠もり・・・ゲルトさんの事かな?口が汚いけど、山での生活を心配してるのね。照れ臭そうにするギルド長に再会を約束し私達はギルドを後にした。
今回は商品と代金の取引後が重要、解決にはセレスを如何しても連れて行く必要が有る。さて、ヘルガの見張りを如何しようか・・・
宿の扉を開けると、御主人が血相を変えて私達へと駆け寄り、部屋に何者かが入ったと知らされた。このタイミングで襲撃を受けるなんて十中八九、相手は決まっている。
「ケレブリエルさん!ソフィア!セレスッ!」
部屋には倒れた椅子に机などの合間に蹲るケレブリエルさんと治療を施すソフィアの姿が在った。
「無事・・・とは言えないね。ソフィア、セレスは如何したんだ?」
フェリクスさんがそう尋ねると、ソフィアは悲し気に首を横に振る。
「ごめんなさい・・・」
「いいえ、ソフィアは悪くないわ。もう一人の事を私が気が付いていれば・・・」
周囲を見渡すが、ヘルガの姿は無い。そうなると、もう一人は簡単に推測できる。
「・・・ソフィア、何か聞かなかった?」
ソフィアは治療を終えると、何か思いだそうとしているのか視線を左上にあげた後、「あ・・・」と声を漏らした。
「気高き竜の都で待つと・・・・」
「気高き竜の都・・・王都リンドヴルムね」
此れは罠の可能性が高い、けれど逆手に取れば強硬手段を使用せずに王都に侵入できると言う事だ。
私は皆に向き合い、やり遂げて見せると強く拳を握りしめた。
当作品を読んで頂き誠にありがとうございます!ブックマーク及び評価まで頂き感謝の気持ちが付きません。これからも日々、精進して行く所存ですので、此れからも如何か宜しくお願い致します。
* 竜人達に隙を突かれキーパーソンを奪われたアメリア達。このまま誓約問題の解決への糸口は断たれてしまうのか?
次回、アメリア達は逆境を乗り越える為、竜人達と対峙します。




