第 9話 鋼の交渉
それからと言うものの、敵意剥き出しのヘルガだったが、身の安全が保障がされたと思い安心したのか、|嘘の様に私達の問いかけに答えてくれるようになった。魔導書って各国に封じられている闇の魔導書よね?
ドワーフ側との訣別の切っ掛けは意外と最近で、私達が南の大陸から出航してから一ヶ月後。竜人側は封じていた魔導書が盗まれた事によって、火の精霊王様の怒りをかったと睨んでいるらしい。
しかし、問題が種族間の争いとあって大きい。一方の意見だけでは判断材料に偏りがある、仲介の申し出の時に余裕が有れば尋ねてみよう。
「数が少ない竜人にとって火の精霊王様はもっとも偉大な存在なのよ!世界を司る六つの女神の分け御霊の中でも一番だわ、日常に金属の加工に攻撃と欠かせないでしょ?私達はその眷属なの」
ヘルガは目を輝かせてどうだと言わんばかりに自分の種族について自慢気に語る。ヘルガの話を聞いたセレスは鞄の蓋を開け、上半身を乗り出して興味深げに聞き入っている。
「成程、分け御霊に眷属・・・」
うーん、敵に教わるとはね、正直勉強不足だったな。思わず感心していると、ケレブリエルさんが口を開く。
「そうね、女神ウァル様が御自身の力を分け、誕生させた六代精霊王が世界を構成し、各眷属がその使徒として各地を護っているのよね。風はエルフ、水は人魚に土は獣人で火は竜人に光は人間、そして闇は魔族ね。けれど、精霊王様方に優劣を付けるのは失礼じゃないかしら?」
流石、風の大祭司の娘。よくご存じで・・・
「う・・・そんなの解っているわよ!何よ偉そうに・・」
その言葉に納得いかないと言った様子のヘルガだったが、ぼそりと「海外逃亡」とケレブリエルさんが呟くと悔しそうに唇を噛みしめ、ぐぬぬと必死に怒りを抑えている様だった。
その後も色々と話してくれたが、特に興味深かったのは、高位の竜人族の男女の失踪と人化の術についてだ。そう言うのは種族の秘密と言うモノじゃないだろうか?
「ねぇねぇ、ボクも人間みたいになれるの?」
ふと横を見ると、期待のあまりに星空の様に目を輝かせ、憧れの目視線を送るセレスの姿があった。
正直、ヘルガを全面的に信頼している訳じゃないし、できれば近寄らせたくない。ちらりと鞄を預けているダリルをみると、呑気に欠伸をしていたのでジト目で睨むと思いっきり目を逸らされた。まあ、私が護るしかないか・・・
「勿論よ・・・人間じゃ教えられないもの。特別に教えてあげても良いわ」
「おぉー」
セレスは尊敬の眼差しを向け、ヘルガに教えてと燥ぎ懇願する。セレスが呪文を覚えるのに悪戦苦闘しているのを眺めていると、ライラさんが荷車を押しながら現れた。
「やほー!尋問は捗っているですかぁ!」
何やら何時に増してのテンションだ。余程、商売の羽振りが良かったのだろうか?
「其処は尋問じゃ無く交渉じゃないか?機嫌が良い所すまないが、此方から相談したいのだが宜しいだろうか?」
目が離せない私に替わってファウストさんがライラさんへの説明役を買って出てくれた。
だが、やはり倉庫をヘルガの潜伏場所にするのだけは断られてしまった。これ以上の商品への損害は避けたいのだろう。
そうなると、この地に拠点を持たない私達に提供が出来そうな潜伏場所と言えば必然的に宿屋となる。
どうしたものかと、全員の溜息が漏れた。
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そして次の日、皆で色々と話し合った結果、ギルド組とヘルガの見張り兼セレスの御守役の二組に分かれる事になった。
ギルドへは私とファウストさん、そして年長組の計4人で行く事と決まったが、其処にダリルが食い込んで来た。
「・・・俺も行く。もし、策が却下された場合、火の粉を払うに人数が多いい方が良いだろ?」
「ダリル、話し合いに行くだけだし問題ないよ。その時はそのときだし、セレスを護る人数が減ったら困るでしょ?」
今までさんざん一緒に戦って来たのに今更何を心配しているのだろう?他の二人も頼れる人達だし・・・
私が困惑の表情を浮かべると、ダリルは「ぐっ・・」と悔しそうに言葉を詰まらせる。
「はっはーん、成程ねぇ」
フェリクスさんは近づいてきたかと思うと、ニヤニヤと可笑しな笑顔浮かべダリルをみた。
「何が成程だ・・・」
ダリルは其れに苛立ったようで、眉間の皺を一つ増やし睨みつけた。ああ、また始まった・・・
「お前の分もアメリアちゃんを守ってやるから安心しなって。もしかして、昨日はオレとアメリアちゃんが二人きりだったから嫉妬?」
フェリクスさんは余裕綽々と言った様子でダリルの肩を叩く。
「ち、違う!俺は少し目を離しただけで居なくなる奴がいるから足を引っ張るんじゃねぇかと思ってだな!」
そんなに私達に同行したいなら相談すれば良いのに。私が喧嘩を止めようと声を掛けようとすると、ケレブリエルさんがコホンと咳払いをし、二人の頭を杖で叩いた。
「フェリクスは子供を揶揄わない、ダリルもそろそろ受け流す事を憶えるべきよ。セレス達の事なら私が替わっても良いわ、問題は無いわよねアメリア?」
「ええ、交渉手段は皆知っていますし構いませんけど」
ケレブリエルさんが抜け、交代にダリルが入り改めて組み分けが決定した。ダリルは心なしか嬉しそうだった。その姿に、私とファウストさんは共に肩を竦めた。
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街で得た情報だと手前が露店通り、中央の店舗を持つ商店街の奥に在るのが各業種ごとのギルドと総纏めをする商業ギルドだそうだ。その中でも鍛冶屋ギルドは主産業を担っているだけあり、商業ギルドと並ぶ巨大な石造りの建物だった。辺りには焼けた金属の臭いと打ち付ける音が響き、鼓膜に響きカンカンと頭に響いた。
「しかし予想以上ね、ゲルトさんは剣の紋章を見せれば良いと言ったけれど・・・」
「んまあ、信じるしかねぇだろ?」
ダリルは呆れた様な表情を浮かべると、周囲を見渡し「おっ!」と声あげる。その先には、煤だらけのがたいの良いドワーフが布で汗を拭きながらギルドから出て来るのが見えた。
「突然すまない、オレ達は旅の者でギルドに特別な話と依頼があり尋ねにきた。ギルド長殿に取次ぎを願えないだろうか?」
「あ゛ぁ?聞こえねぇよ、もう一度言ってくんねぇか?」
フェリクスさんの声が聞こえないらしく、耳に手を当てガラガラな大きな声で訊き返してくる。どうやら、金属を打つ音で声が掻き消されてしまう様だ。
「おい、アメリア。剣を俺に寄越せ」
ダリルは面倒くさそうに頭をかくと、私に手を伸ばす。訳が分からないまま剣を見せると、ダリルは剣についた紋章を見て「これか」と呟き柄を掴むと私から剣を奪い取る。
「何をす・・・って、アンタが行くの?」
驚く私を余所に、ダリルは黙ってつかつかとフェリクスさんの横を通り、男性に大きな声で「此れを見ろ」と剣の柄を見せながら話掛けた。
「俺達はギルド長に話をする為に来た、おっさん悪いが話通してくんねぇか?」
仲間の誰もがオイオイ!と青褪め突っ込みたくなる心境だが、其れに反してドワーフの男性は眉間に皺を寄せ剣の柄についた紋章をマジマジと見ると、目を見開いた後、ニカッと白い歯を見せて笑った。
「がははっ!兄ちゃん、威勢がいいな!ゲルトさんの紹介ってんなら、ギルド長も会ってくれると思うぜ。待ってな、直ぐ呼ぶからよ」
そう言うと男性はドカドカと速足で建物内に入っていく。何だかんだ話が通ったし、ダリルを連れて来て良かったのかも知れない。その後、ギルド長室に案内された私達は煙管を咥え、威圧感のあるギルド長と対峙した。
「おう、てめぇらが俺に用があるって奴等か。俺はギルド長のジークムント・ヴァルカンだ。話はライナーから聞いた、親父の剣を持って来たんだってな?」
親父の剣?ギルド長はゲルトさんの息子?どうりですんなりと合わせて貰えたわけだ。しかし、どう話を切り出すか問題ね。ギルド長の傍には側近らしき人物が控えている。
「実は折り入ってお願いしたい事が二つほど有りまして、できればギルド長の御耳のみに入れておきたい話なんですが・・・」
私がそう告げると、ギルド長は鋭い眼光を光らせ私達の顔を見渡す。一瞬の沈黙の後、煙草を燻らせ、煙を吐くと「下がれ」と指示を出す。
「嘗て最も鍛冶の神さんに好かれた名匠と謳われた親父が寄越した客だが、此処までして聞く価値がないスカスカの話しならつまみ出させてもらうからな」
ギルド長は目と同様に鋭く凄みの有る声が心を射抜く様な声で私に問いかける。思わず緊張からか、生唾を飲むが意を決して話を切り出す事にした。
皆と宿の一室で話し合い纏めた話を丁寧にかつ慎重に話をする。セレスの一件で竜人ともめている事、その仲介をして貰う見返りに、代理取引を買って出ること。そして、可能であれば剣の製造の依頼もしたいと言うこと。長々と一方的に語ったが、ギルド長は終始、黙って頷きながら話を聞いてくれた。
「・・・・言っている事は理解できた。面白ぇ話だな」
そう言うとギルド長は煙管の灰を金属の皿に落とす。
「面白い・・・とは引き受けて頂けると受け取って良いのですか?」
ファウストさんが静かにかつ相手での出方を窺う様に、慎重に問いかける。だが、ギルド長は煙管の先に葉を詰め直した所で手を止める。
「わりぃが、幾ら親父のお墨付きでも分が悪い。悪いが二つとも断らせて貰うぜ」
ギルド長は帰れと言わんばかりに顔をしかめると、煙管に火を付け咥えた。でも、此処で引き下がっては、竜人に追われる事により旅に支障が出る。諦める訳には行かない。
「待ってください、せめて理由を聞かせて頂けませんか?」
「良いか、竜人は何とかって言う本を俺等が盗んだと言掛りをつけて火山の力を封じやがった、お陰で金属加工を主な生業しているコッチには大ダメージだ。そんな奴と商売すんのに、領主の犬にでも見つかったらギルドもおしめぇだ」
争いの原因はヘルガの言う通りの様だが、此方では言掛りとされている様だ。しかも、仕事に必要な熱源を奪われたとなれば職人ば怒り心頭だろう。
「見つからない様に俺達が運ぶ、任せてくれないか?」
ダリルの問いかけにギルド長は呆れを顔に張り付けながら、首を横に振る。
「例え、お前さん達が上手く商品を売捌いたとする。其れが、如何言う用途で使われるか解るか?同族を殺める為だ、しかも戦場でその剣が発見される事を考えりゃ解るだろ」
その事実に皆で思わず言葉が詰まる。武器は対魔物だけではないと言う事を失念していた。
「それなら武器防具ではなく、別の物なら良いんじゃないか?」
私達の背後で黙って聞いて居たフェリクスさんだったが、何かを思いついた様子で私達に問いかける。
武器防具以外でギルドの物と判明せずに交渉材料となるもの・・・あっ!
「「「祭具か!」」」
思わず三人の声が揃い部屋に響き渡る。ギルド長は其れに驚き、目を丸くするがニタリと笑い、「やるじゃねぇか」と呟く。
「ま・・・交渉成立だな。あの卑怯者共に祭具を売るのは癪だが、お前さん達の粘りに免じて引き受けてやる。だが、剣の依頼はこんな状況で注文分が滞っている状態だわりぃな」
「はい!ありがとうございます」
剣を手に入れられなかったのは残念だが、此れで一歩前へ進める。今度は竜人との交渉の場へ・・・
長くなってしまいましたが、この度は当作品を読んで頂き有難うございます。多くの方に読んで頂けて感激しています!
いよいよ、自身とセレスの為にギルド長の協力を得て竜人との交渉の場につく事に。しかし、アメリア達の前に立ち籠める暗雲。果たして交渉は平和的解決と相成るか?そして争いの種の魔導書は何処に?
次回へ続きます・・・




