第 7話 活路を開け
全員が揃った所で宿の一室を借りると、呑気に干し肉を頬張るセレスを挟んで私は事の顛末を包み隠さず話した。すると、全員が呆れや怒り不安などが入り混じった複雑な表情を浮かべ、一様に溜息をつく。
机にはライラさんから借りた盗聴防止の魔道具が置かれた。十字状に重ねられた金属の輪の中を青紫色の魔結晶がくるくると光ながら回転している。売りは僅かな魔力で直径三メトル間の音や声を外に漏らさず遮断する事ができる結界を張る事が出来る事らしい。
ライラさんは商売を優先すると宿を出たが、ちゃっかり去り際に「もし気に行ったなら従業員価格でいいですよぉ」とさり気無く売り込んで来た。確かに今後、重宝する機会は増えるだろう。さすが商売上手、ちゃっかりしているなぁ。
「・・・間違いなく略取誘拐ね。届け物の中身を知らなかったとはいえ迂闊ね」
ケレブリエルさんはソファに座り項垂れると、溜息をつき、ちらりとセレスを見た。
ダリルは苛立った様子で体を起こすと、セレスの両翼を親指と人差し指で持ち上げ私に突きつけ怒鳴る。可哀想なので直ぐさま助けたが、当のセレスは何が起きたのか解らない様子で小首を傾げた。
「お前は色々と甘いんだよ!情に流されないで相手にセレスを渡せ!」
ダリルの発言を聞いてファウストさんは眉を顰めると、呆れた様な顔をし首を捻った。
「悪いが・・・アメリアの話を聞く限り其れは無理だろ」
「そ、その位、解ってる!俺はただ・・・」
ダリルはファウストさんに嗜められて、悔しそうに眉間に皺を寄せ口をへの字に固く結ぶ。
しかし追われる身になった私を、こうやって見捨てず真剣に考え思ってくれる存在が居るのは本当に有り難いな・・・
「ダリル・・・皆も心配をかけて御免なさい」
「・・・ふん。そう何度も許されると思うなよな」
皆はダリルの言葉に頷くと、私から顔を逸らすダリルを見て、何故か皆でヤレヤレと肩を竦める。そこでソフィアが「お茶のおかわりは如何ですか?」と空いたカップに紅茶を注ぐ。花の香りが鼻孔を擽った。
「取り敢えず御咎めは終わりにして、アメリアの言っていた解決方法についてお話しませんか?取り次いで頂くにしても、どのようにギルドへ話を持ち掛けるか考えませんと」
ソフィアの提案にお茶を飲んで和んだ空気が再び引き締まった。ギルドへ仲介を申し出るとして、どう、其れを受け入れて貰うかどうか交渉が大事になりそうだ。
ゲルトさんから貰った剣のお陰で場所さえ解ればギルド長との面会は可能だろう。
「ソフィアちゃんの言うう通りだ。先ず交渉に大事な信頼の目んについては切り札が有るから良しとして、現状で相互にとって旨味となる材料が必要だ」
フェリクスさんは珍しく真剣な面持ちで顎に手を当て、皆に意見を求める様に見回す。
「互いに行き来も禁止されている状態で、敵対する竜人との仲介を引き受ける事による利益ですか・・・」
私が思案していると、ケレブリエルさんは隣で怪し気に微笑む。
「そうね、取引や行き来が断絶されているのなら、ドワーフから仕入れていたとして竜人側は武器防具・・・それだけでは無く祭殿が彼方側に在るのなら祭具の補充も出来ていない筈よ。そして、ドワーフ側も商品が売れずに利益が落ちて困っている」
ケレブリアルさんの提案にフェリクスさんは笑顔で拍手する。
「おっ!流石、伊達にとし・・・エルフだな!」
「うふふ・・・ただ思いついただけよ」
ケレブリエルさんは穏やかな笑みを湛えているが、見ていると妙な寒気がしてくる。すると、机を下から突くガタンと言う音がしたかと思うと、フェリクスさんが急に苦痛で顔を歪ませ悶絶した。頻りに机の下を気にしている所からして、恐らく足を踏まれたのだろう。口は禍の元だね・・・
確かにゲルトさんからも同様の話を聞いたし、ケレブリエルさんの考えは間違っていないと思う。
しかし、種族間の関係が断絶と言って過言ではない、緊張関係にある中でそれを実現できるのだろうか?
「つまり、私達が取引の場に紛れても竜人側も不利益を避ける為に派手な行動を取らないと・・・」
「成程、冷静にやり取りが出来る訳ですね。しかし、下手すれば種族間の抗争やギルドの解体の可能性も有りますが・・・」
ソフィアは私の意見に納得した様だったが、種族やギルドの事で不安になったらしく顔を曇らせる。
そこで、仏頂面で私達の話を聞いていたダリルが顔をあげた。
「ギルドの連中を危険に晒させたくないのなら、商品の搬送と受け渡しは俺達だけでやりゃ良いじゃねぇか?」
ダリルの一言にファウストさんは驚いた様な表情を浮かべると、「ふむ・・」と呟き頷いた。
「・・・悪くない案だ。取引はギルドと竜人側で行う形をとり、邪魔者が取引に介さない場を取引場所と指定できれば尚いいな」
「まあ、確実とは言えないが一つの取引の材料は此れで纏まったな。残るはアメリアちゃんとセレスか」
フェリクスさんの言うう通り、肝心の私と竜人との取引材料が揃わない。皆が許し此処まで考えてくれたんだ、頼るだけじゃなく解決方法は自分で考えよう。
***********************************
話が一区切りした所で休憩となり、私は外の空気を吸う為に窓を開けた。事の発端になった本人は我が物顔でベッドの中心で眠りこけている。山道と宿のみだが、物珍し気に目を輝かせ燥いでいたのと長い話し合いに退屈していたのかもしれない。
「あの場に強い人は幾らでも居たのに、何で私を選んだろうね・・・」
私はそっとベッドに近付くと、セレスの頬を指で突く。
「うにゅ・・・」
そもそも、どう言う経緯で箱に封じられて連れて来られる事になった事も不明なまま。そして身内と思われる王様は火の精霊王の加護を強く望んだ。だが結果は私との命名誓約により阻止されてしまい、私は命を狙われセレスと逃亡中の身。取り敢えず、情報整理をするとこんな感じだ。
「命名誓約か・・・解除できないものかな」
私はベッドにそっと座り込むと、セレスを起こさない様にゆっくりと背後へと体を仰向けに倒す。
そこで、帰って来たソフィアとケレブリエルさんと目が合った。
「セレスと一緒にお昼寝・・・と言う感じではありませんね」
ソフィアは私の顔を見るなり心配そうな表情を浮かべる。何か顔についているのだろうか?
慌てて頬を触り確かめていると、ケレブリエルさんに人差し指で眉間を突かれた。
「眉間に皺が寄ってるわよ。何か悩み事でもあるのかしら?」
「う・・・大丈夫です。此れは自分で考えないといけないので」
「そう、意外と頑固ね。大体察しはつくけれど・・・」
ケレブリエルさんは困り顔を浮かべると、肩を竦める。
「あの、解決をするお手伝いも駄目・・・ですか?」
「ソフィアまで・・・」
二人の視線が突き刺さる。今いる部屋は二人と強要の部屋な為、一人になるには外に出なくてはならない。けれど、セレスの事もあって迂闊に外に出れないのが困りものだ。
確かに誓約が契約魔法の一種だと言うのは解るが、正直言うと他に知識が無く手詰まり状態だ。二人なら解呪の方法を知っているかもしれない。しかし、返ってきた言葉は残酷なものだった。
「誓約をしたと聞きましたが・・・命名誓約ですか。アメリアはこの子に真名を与えたと・・・。非常に残念ですけど、解呪は不可能です」
ソフィアは申し訳なさそうに眉を下げる。ショックを受けたけれど、私としては其れを知れただけで十分、考える方向性を切り替える事ができるからだ。
「・・・真名は魂に刻まれる不変の名。呪術師が絶対服従を相手に強いる時や、高度な魔術契約を結ぶ時に使うものよ」
「つまり、私はセレスの真名を利用し、自分達に何らかの危害を加える存在として危険視されている可能性が有るわけですね」
二人の話を聞く限り、現時点で離れられない等の強制力の様な物は無いみたいだ。そうなると、セレスを親元へ帰す事が可能になるかもしれない・・・
竜人側の狙いは私を殺し、改めて火の精霊王との誓約をセレスに結ばせる事だ。色々と振り返ると、逃走時の光景が思い浮かんできた。宰相率いる騎士たちと戦った際、セレスが一緒に唱えていた影響か、魔法が強化された気がした。
命名誓約はただ真名をつけ利用するものでは無く、セレスの力は結んだ相手に起因するとしたら、もしかしたら希望を見失う必要は無いかもしれない。
「ケレブリエルさん、ソフィア、二人とも有難う。活路を見いだせたよ!」
この私の声に二人も喜び、安堵の息を漏らした。
***********************************
その後、昼寝を終えたセレスに肩掛けの鞄へと隠し、ギルドについての情報を収集しに二手に分かれて街中を散策をする事になった。其処での話によると建物は様々な店の並ぶ通りの奥、鍛冶が主力産業のこの国のギルド街の中でも一際大きな建物なので直ぐに判ると言う事と、ギルド長は家名に鍛冶神の名を頂く家系であると言う事が判明した。
歩き回って一休みと海へと繋がる川を覗いていると、上流から何かが流れてくる。あれは・・・
「・・・?!」
まさか思う気持ちが沸くが、流れてくる人物に覚えがあった。私は濡れる事も忘れ、止める仲間達の言葉を耳にしつつも、流れてくる人物の許へと駆け寄った。
今回も当作品を読んでいただき誠にありがとうございます。
さて、解決に向けての計画は練りあがりましたが、そう上手く行くでしょうか?
そして、アメリアが目にした人物とは誰か?まだまだ、アメリア達の受難の日々は続くようです。




