第 5話 世界の綻び
崩落し穴の御開いた地上から漏れる光は地底には届かず、私の足元には底知れぬ闇が広がっている。
落ちた直後、空中で【レヴィア】で岩壁にしがみ付き、地面直撃は回避したものの腕が痺れて来た。
心配そうに私の周囲を飛ぶセレスを宥めつつ、地上が静まり返ったのを確認した後、鞘を捨てて借りた兵士の剣を抜く。
「偉大なる精霊にて光の王 ウィル・オ・ウィスプ 私に力をっ」
剣へと内なる魔力を籠める。剣を持つ腕に魔力が伝わって来たかと思うと剣が一瞬だけ閃光を放った。此れは活用する為にもっと魔法についても勉強すべきね。
暴かれた闇の底は思いの外浅く、地上から崩落した岩などが小さな岩山を作り上げているのが目に入った。セレスは好奇心からか、小さな翼を羽ばたかせながら一足早く地面へと降りて行く。
「アメリア早くー!」
闇の中からセレスの呼ぶ声が聞こえた。その様子からして少なくとも下は安全のようだ。
「ちょっと待って、私は羽根が無いんだから。うーん、まあ良いか・・・!」
足で蹴り岩壁を確認すると、浅くしか入らないだろうが、剣を岩壁に突きたてる。岩に刃をたてるガキンと言う耳を劈く音と私を支える事による負荷で剣が軋む音が響く。岩を掴む事と剣の抜き差を交互に行い薄明りの中、ゆっくりと地面を目指す、見切りをつけた所で岩山へと飛び降りた。
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ゴツゴツと歪で不揃いない不安定な岩山を滑り落ちまいと慎重に降りる。崩落地点から漏れる光が私とセレスを薄っすらと照らした。追手が来ないのは、足場の脆さか、或いは私が死んだと思ったか?何方にしても翼を持つ彼らはセレスを取り戻しに来る筈なのに・・・
「なんじゃ、大きな音がするから来てみれば・・・人間と竜人のガキか」
背後から大きな声がした。
驚き振り向くと、暗闇の中に火を灯したカンテラを片手に持ったドワーフの老人の姿が映る。老人は私達を険しい目つきで見ると此方へと歩るいて来た。
ドワーフと竜人はもめていると言うし、敵対している竜人のセレスと私を快くは思わないはず。
「セレス、私の後ろに隠れて!」
「え・・・?うんっ」
セレスは不思議そう小首を傾げ、私の背後に隠れた。
私はすっかり刃毀れしてしまった剣の柄を握りつつ、明かりに照らされる相手の表情から真意を測る。
「・・・ふむ、安心せい儂に敵意は無い。それになりからして奴等に雇われた間者と言う訳ではないじゃろう。今の所、武器は酷く刃毀れた可哀想な剣のみ。後ろのチビに関しては現状が呑み込めておらんようだしのう」
老人はそう言い終えると手をヒラヒラと動かし、武器は所持していない事を示す。
「あのー、すみません。此処は何処なんでしょうか?」
「シュタールラントのドワーフ領、アンヴィルに在る鉱山じゃ。何だ?入国の際に聞かなかったのか?」
老人は私を見て怪訝そうな顔をしながら髭を撫でる。成程、竜人達が追ってこなかったのは敵対する種族との争い事を避ける為か。
それにしても敵意が無いとはいえ、見ず知らずの人に事情を何処まで話して良いものかと迷う。
「実は港でこの子を悪党から助けようとしてたら一緒に連れ攫われて逃げてきた所なんです」
詳細は伏せたが嘘は言っていないし、此れで大丈夫だろう。
すると、老人は片眉をピクリとあげると、私の顔を見ながら鼻で笑った。あ!しまった・・・・
「ほう・・・竜人を港でか。まあ良い、深くは詮索はせんが竜人を其のまま街へ連れて行くのは感心せん。外へと案内してやるから、儂の家に寄ってから帰るといい」
本当に信じるべきか迷うけど出口を知らない以上、今はこのお爺さんを信じるしかないかな・・・
「え?あ、はい!」
「あい!」
驚き戸惑いながら返事をすると其れを聞いていたセレスが真似をして返事を返した。それと同時にセレスのお腹の虫が鳴く。
「くくく・・・儂はゲルトじゃ。出口までちと時間が掛る。世間話でもしながらのんびり行くとするか、家についたら何か馳走してやろう」
「やったー!ボク、セレスって言うの」
セレスは無警戒と言った様子でゲルトさんの言葉に目を輝かす。
「お嬢ちゃんは?」
「・・・アメリアと申します」
「そっか、短い間だが宜しくしようや」
半ば勢いに押されつつ、私はセレスと共にゲルトさんを追い、崩落現場を後にした。
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冷え切った空気の中、進むにつれて通路は徐々に人の手が入った物へと変わって行く。鉱山と言うだけあって坑道が有り、ピッケル等の道具や石材を運ぶためのトロッコ用線路が敷かれていた。そんな中、当たり障りが無いように話しながら今までの冒険について語りながら歩く。
「成程、冒険者として各地を周りつつ祭殿巡りか。どうじゃ、世界は?」
ゲルトさんは何度か頷くと煙管を燻らせる。
「まあ、色々な人と出会って耳で聞き目で見たり、楽しい事ばかりじゃありませんけど勉強になりました」
「そうかそうか!若い内は何でも飛び込んでいけ、恥はかき捨てじゃよ。経験の積み重ねが地層の様に積み重なり大成しやがて輝く鉱石を生み出すのじゃ」
ゲルトさんは熱く私に語ると、背中を思いっきり叩いてきた。お陰で思わず咳込んでしまった、少し加減をして欲しいな・・・
そしてセレスはセレスで話を聞くのに飽きたのか、大きな欠伸と共に私の腕の中ですやすやと寝息を立て始めた。
「ゲホッ、なるほど・・・。それでゲルトさんは何故、鉱山に?」
「ああ、ある物の様子を見にきた。よし!後学の為にも良い所に案内してやろう」
「ある物って・・・?」
ゲルトさんは私に背を向けると、此方の返事を聞かずに速足で歩いて行く。付いて行けば解ると言う事だろう。
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日の差さない薄暗い中を長時間歩いていると、何だか今が昼なのか夜なのか解らず感覚が麻痺して来る。
そんな視界にひらひらと幾つもの光が何かに惹かれる様に群れを成して飛んで行くのが見えた。
よく目を凝らすと、其れは赤く燃え盛る火の翼を持つ小さな妖精。
「火の妖精・・・?何でこんなに沢山、しかもこんな所に・・・」
火の妖精は焚火や暖炉など、その名の通り火を好み人の助けになる者が多いい。しかし気性は激しく、機嫌を損ねると火事や爆発を引き起こしたりと、危険な一面もある。
流星群の様に数百、数千・・・数えきれない量が集結しようとしていると言う幻想的な光景を作っている。
ゲルトさんは眉間に皺を寄せ、蟀谷から一筋の汗を流すと、その群れを追う様に再び歩を速める。
「溶岩湖を見せるつもりじゃったが・・・・リーマルオルビスに成り果てていたとはな・・・」
「リーマオルビス?」
「アレは時折、此方で見ない異形や病を呼び寄せる事が有る。そこから畏怖の念を込めて、古代語で世界の綻びを意味するリーマルオルビスと呼ぶようになった」
どのような物か知りたくなり、ゲルトさんの背後から覗いた光景は更に私を驚愕させた。
僅かに熱を帯びた空気の中、妖精達が集まる其の中心点に魔物の如く地面が大きな口を開けていた。
此れが地の精霊王様の言っていた物なのか?足が自然と綻びへと動いていた。
「待て!近づくんじゃない!」
近付くにつれ目の前の光景が鮮明になって行く、溶岩湖の代りに広がるのは瘴気を放つ玉虫色の裂け目。群がる火の妖精達は激しく燃える火の塊とし、玉虫色の裂け目へと流星の如く身を投じて行く。
其れは青白い炎となり綻びの表面を焼き掃うかの様に蓋い尽くす。
「そんな、こんな事って・・・」
土の精霊王様に世界の綻びを妖精が直す役目をしている事は聞いていた。
しかし、その為に身命を賭す等は聞いていない。此れじゃまるで・・・
私は思わずその先の言葉を飲み込む。裂け目を覆っていた炎の絨毯は跡形もなく消え去る。後には焼ける様な熱気とボコボコと気泡を生んでは消える溶岩湖へと姿を現した。
「おい!・・・髪が燃えちまうぞ」
「あ・・・すみませんっ」
不意に肩を叩かれ心臓が跳ねあがる。ゲルトさんは呆れ顔をしながら煙管を吹かし灰を地面に捨てると、頭を掻いた。
「あー、それとな他の国は知らんが、こーゆうのは小規模な物はしょっちゅう起きている。まっ、儂は此れが火山の異変の要因だと睨んでいる所じゃ」
「異変?何故、其れが要因だと?」
「少し前から火山の力が極端に落ちてしまってな。鍛冶師やら温泉街の奴等は商売あがったりって訳さ。あの角と羽根の生えた蜥蜴共は炎の精霊王の狂信者で有り戦闘狂だからな、許可でもない限り猫の子一匹近寄れんぞ」
確かに、それなら私がセレスと命名誓約を結んだ事へのあの仕打ちは納得できる。火山の異変に綻び、こうしている間にも世界を直す代償に妖精達の命が失われているのか。
「祭殿に万が一は無いと・・・。つまり、大規模のリーマオルビスが起きていると睨んでいるんですね」
「ああ、そのとおり。あのプライドの高い連中は、儂等のせいだとふっかけてきおった。ま、自分達に原因が有るのを素直に認められないだけじゃろうて」
そう言うとゲルトさんは「出口まであと少しじゃ」と言い、煙管に再び火を灯し歩き出す。
火山を原因とする竜人とドワーフの確執に、セレスの処遇と綻びの件、合流できたら色々と皆と話し合う必要が有りそうだ。
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