第 1話 炎と鋼の国を目指して
過去を思わせる夢、其処で繰り広げられた出来事と知らされた世界の根幹を揺らがせる話しの数々。前者はともかく私の周りの人外は物には順序が有るなんて言うのはお構いなしだ、其れだけ切羽詰まっていると言う事だろうけど。女神様の力の衰退、それに伴う世界の綻びの存在、此れは引き続き調べる必要が。・・・そして、あの黒髪と金髪の少年は生きているのだろうか・・・?
物思いにふける私の鼻に潮風が香る。そう今、私はとある所を目指して船の上にいるのだ。
「よぉ?アメリアちゃんもサボりかい?」
甲板の手摺に体を預けたまま横を向くと、フェリクスさんが私を見付けて歩いてくる。
そう言えば、この人も金髪だったな・・・
「少し風に当たっていただけですよ」
「其れにしては、何か悩み事があるって顔してるけどな?」
フェリクスさんの鋭い言葉に、心臓が跳ねるが地の精霊王様の言葉が浮かび、喉まで出たかけた言葉を飲む。
「・・・そうですか?」
「お兄さんへの熱い思い告白したいなら何時でも歓迎だよ・・・」
フェリクスさんは私の肩に腕を回し見つめる。うん、・・・この人じゃないわね。
私はそっとフェリクスさんへと手を伸ばし甲を抓りあげる。
痛みに悲鳴を上げるフェリクスさん。腕からは逃れる事ができたが、大きな失敗をしてしまった。
遠くから見ると何とも可愛らしい姿だが、ライラさんがテクテクと早歩きで近づいてくるその顔は悪魔の形相を浮かべていた。
「コラァー!働かざる者は魚の餌にしますよぉぉ!」
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何故こうなったのか、事の顛末はこうだ。
土の祭殿での騒動が治まり、弟が病院を抜け出していたのは自分から自立する為だと知ったファウストさんを励まし、宿に戻った所から始まった。
ロビーのテーブルに美味しそうな料理を並べ、どうだと言わんばかりに自信満々の顔で此方を手招きするライラさんの姿が在った。
「ふふふー、取り敢えずお食事でも如何ですかぁ?」
ベアストマン帝国名物の涎が垂れそうな山の幸に色鮮やかな木の実が散りばめられたケーキ。思わず手を出しそうになるが、本能的な何かが働き手が止まる。
「あの・・・何か?」
そう私が尋ねると皆に注目する様にと自分の許へと集め小声で喋りだす。
「皆さん何でもすると仰ってましたよねぇ?」
「え・・・?」
嫌な予感がする。何となく帝城に侵入する際に言った気がする・・・
恍けていると、ライラさんは前のめりになり深呼吸をした。
「ですからぁ、お城に侵にゅ・・・もが!」
公の場で大声を出そうとするライラさんの口に、素早くケーキを捩じ込み封じる。モグモグとゆっくりと咀嚼しながら恨めしそうな顔をするのを見て、全員で苦笑いを浮かべる。
ケレブリエルさんは頭を抱え溜息をつくと、ライラさんが飲み込み終えるのを待って尋ねる。
「何を私達に頼もうとしているのか、話して貰えるかしら?」
「明日、このまま海獣区に戻ったら、其処から船で中継地に立ち寄り、荷物を貰って北東の火と鋼の国『シュタールラント』へと運搬する手伝いをして欲しいんですよぉ。勿論、引き受けてくれますよねぇ?」
幼い容姿と可愛らし仕草に反し、強制労働をさせようとするライラさん、何て恐ろしい子・・・
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こうして私達はライラさんに雇われてシュタールラントと言う国を目指す為、先ずは中継地である商業自治区フォンドールへと向かう船に従業員兼護衛として乗船している。
カーライル王国の東にある孤島に在る商業区域で、世界中の商品が集まる流通の最大拠点となっているそうだ。
「いいですかぁー、私は商業ギルドに手続き関連の書類を申請をしに行きますので、皆さんは到着したら港近くの古物店シャルムに向かい、依頼品を受け取って下さぁい。かなり繊細な物らしいので大事に扱って下さいねぇー」
ライラさんは上機嫌と言った様子で満面の笑みを浮かべると、手摺に手をかけ足を目一杯伸ばし遠くに見える島を指さした。
「あのー、差支えなければ相手の方のお名前を窺っても宜しいでしょうか?」
ソフィアが尋ねると、何かを考える様に無言のままコロコロと表情を変える。
「あ・・・報酬に目が眩んで聞いていない・・・何て事は無いですよぉ!」
ライラさんの顔に大量の汗が浮かぶ。どう見ても露骨に挙動不審だ。
「呆れたな・・・。つまり、君は取引相手を良く確かめずに取引を承諾したのか」
ファウストさんは片手で頭を抑え肩を落とした。
「すいませんですぅ・・・」
其れを見てフェリクスさんは私達とライラさんとの間に仲を取り持つ様に入る。
「まぁまぁ、商売は利益あっての物種だし。取引に問題なければ後は良いじゃない。ライラちゃんに悪気が有る訳じゃないしさー」
「問題が無ければね・・・それより、そろそろ到着の様よ」
ケレブリエルさんの声に私達は視線を逸らすと、様々な国の商船が行き交うフォンドールの港が目に入った。
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到着し見上げると中央の高台には石造りの建物が多く見られ、港にずらり世界から集まる名産品や貴重な品が並ぶ賑やかな市場がひしめき合う様に並んでおり、商人達の気風が良い掛け声が飛び交いまさに世界の流通拠点と言う名に恥じない賑わいを見せていた。
「ライラさん、その古物店シャルムへ行くには何方に在るか知っています?」
「後、相手の容姿とか特徴とか覚えてねぇか?」
私とダリルの質問に首を傾げ暫し思案すると、ポンッと何かを思い出した様で拳で片方の掌を叩く。
「うーん、商人向け市場の奥に在る一般向け市場の北側にありますよぉ。其処に黒いローブを着た私と同じ小人族の商人がいると思うので、ライラ・ヴォルナネンの使いと伝えてくださぁい」
ライラさんは其処まで私達に伝えると、降ろした積み荷を前に検疫官らしき人物と話し合いをし始めた。
「黒いローブを着た小人族ね・・・もっと具体的にって無理かぁ・・・」
「まぁまぁ、市場の北でしたよね?」
困っている私達を宥めると、ソフィアはソワソワと目を輝かせ市場へと視線を注いでいた。
なるほど、市場見物に行きたいのね。
「ともかく、ソフィアの意見には賛成ね。見知らぬ土地だし全員でと言いたいのだけど・・・」
ケレブリエルさんは辺りを見回す。其れに釣られて私も視線を泳がせると一人だけ居ない事に気が付いた。
「ふむ、フェリクスが居ないな。皆、奴から何か聞いていないか?」
「いえ、聞いて居ませんけど?まあ、フェリクスさんですし・・・ねぇ」
大体察しはつくけれど。それでも、このまま置いて行くと言うのも問題ね。
「そうね・・・商品の受け渡し組とフェリクスを待つ組で別れたら如何かしら?」
これだけ広く人が多いい見知らぬ土地での一人を探すのは厄介だ。それなら戻って来る事に賭けてケレブリエルさんの案にのろう。
「そうですね、待つ側は少人数でも大丈夫でしょうし。古物店に三人と此処に残るのは二人で行きましょうか。皆はどうかな?」
「俺はタレ目野郎の為に待つなんてごめんだ。付いて行くからな!」
ダリルはこう言い切っていたが、公正に組み分けをしようと言う話になり、皆でコイントスを行った結果・・・
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「しかし、重要な商品の受け渡しを僕達の様な素人に任せるとはな・・・」
ファウストさんは難しい顔を浮かべ頭を捻る。
「ふふっ・・ファウストさんは心配しすぎです」
「そうそう、パッと行ってパッと受け取ってさっさと戻りましょ!」
結果はこの通り、私とソフィアそしてファウストさんの三人で向かう事になった。
珍品に加え食料や織物に鉱石に武器防具と多くの物が並ぶ露店の中、商人達の取引や交渉の様子が窺える。市場の中を抜けると、周囲は一般客でごった返してきた。しかし、北側にあると聞いたけど・・・
「どの店かし・・・ら?」
横並びに並ぶ露店の中で異彩を放つ店を発見した、紫と桃色がマス目状に交互に並ぶ柄の天幕が否が応にも目に入る。そして決定的になったのは、黒いローブ姿の胡散臭い顔をした小人族の商人が声を掛けて来た事だ。
「へへへ!アンタ達だろ?ヴォルナネンの嬢ちゃんとこの使いパシリは?」
ボサボサの桃色の髪の下から覗く口元は、ヘラヘラと品の無い笑みを湛えていた。
「ああ、そうだ。貴方がライラ・ヴォルナネンの取引相手か?」
ファウストさんが応えると、黒いローブの男は長い前髪の合間から見える目を弧の字にして嬉しそうな顔をして手招きする。其れに従い近寄ると、目が眩む様な天幕と同じ色の商品の数々。古物・・屋?
「ああ、頼まれてるもんは残念な事に桃色じゃないんだ」
店主は溜息をつくと、背後に積み重ねた大きな木箱に手を伸ばした。すると、中から封呪の札が貼られた植木鉢程度の大きさの箱が出された。
「有難うございます。確かに受け取りました」
私が箱を受け取り抱えると、店主は「言い忘れた」と帰り際に小声で話しかけて来た。
「それはシュタールラントの龍人の王に渡す物らしいから慎重に扱うんだぞ。国に着いても、最近はドワーフとの抗争が頻繁に起きているらしいから気を付けるんだぜ」
期待もあるが同時に私達は滑り出しから行先への不安を感じる。一体、龍人の王に渡す物とは何だろうか?
漸く新章に突入できました。未だに旅半ばですが、テンポが悪くならない様に気を付けて頑張ろうと思いますので、宜しければ今後とも如何かよろしくお願い致します。
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