第20話 貫く光刃
※今回は少々長めの話になっています。
未だに緊張止まぬ中、声を殺しつつ私はエミリオさんの魔核と思われる石を光の魔法で浄化できないかと提案した。
「其れが可能なら是非、頼みたい!お願いできないだろうか!」
ファウストさんは私の提案を聞くと顔を明るくする。勢い余って力強く手を握られた。
一縷の望みに光明を見出した事への喜びが手の痛みで伝わって来る。
しかし、共に話を持ち掛けたケレブリエルさんの表情は晴れない。口元を杖の先で隠しつつ、俯き神妙な面持ちで思案している様だった。
「そうね・・・良い案と言えるけれど残念ね。根本的な解決にならないわ・・・」
「それはどういう事ですか?」
そう問いかけた途端、冷たいものが足元から伝わって来るような怖気を感じた。
「おおおおお・・・!!!」と人間の物とは思えぬ咆哮、ピリピリとする空気とエミリオさんの変貌ぶりに息を飲む。盛り上がる筋肉に鉤爪のついた巨大化した手と腕。そして声と共に吐き出された霧は、私達へ何とも言えない虚脱感を与えた。
「いけません!此れは・・・!天におわせし我が主よ その慈愛に満ちたお心にて 我らを守る盾を【神光障壁】!」
ソフィアは私達の前へと駆け寄って来ると祈る様に杖を握り、其れを天へと掲げ巨大で透明な半球状の魔法障壁を作り出す。徐々に暖かいものが心に込み上げて来て、頭がハッキリとしてくる。
「ありがとう、ソフィア・・・」
ソフィアは私を始め、皆に礼を言われると照れ臭そうに小さな翼の様な耳をパタパタと動かす。
小さく咳払いをすると、自信はありませんがと前置きをして話し出した。
「恐らく、あれは瘴気・・・。症状が文献と合致する部分が多く見受けられるので可能性は高い・・・かと思います」
「瘴気・・・悪しき神を封じた際に魔界より漏れ出たと言う毒霧ね」
「魔界・・・やはりエミリオさんが憑依されている事に関係が?」
唐突に出て来た魔界と言う単語には驚かされた。エミリオさんの口か吐かれた瘴気は視界を不明瞭な物にしていく。
「恐らく・・・瘴気を吐き出した事から、依代に与えられた籠と言う名の女神の力を利用して異界の門の封印を緩めようとしているんだわ。門が開く心配は無いけど、彼には時間が無いのは確かよ」
ケレブリエルさんは其処まで言うと眉間に皺を寄せ思案顔を浮かべる。しかし瘴気でも送る事が出来る事だけでも恐ろしい事だ・・・。
ファウストさんの目は一瞬だけ光を失うが、次第に其れは焦りを窺わせるものとなり、私の肩を掴み揺さぶった。
「浄化できるんだろ?!頼むっ・・・可能性が低くても良い!アイツの自由と未来をこんな事で諦めさせたくないんだ」
少しづつエミリオさんの、あの時の言葉から気持ちを汲み取ったのだと思われる。世界でただ一人の家族を心配する気持ちは強い、一番の望みは其の幸せなのだ。
其れを理解した今だからこそ、彼らの力になりたいと心から思う。そう、ファウストさんの言う通り、可能性が有るなら。
「・・・勿論です!でも瘴気で視界も行動も塞がれている、其処で彼の居場所を特定し、皆で一気に動きを封じた所で浄化しましょう」
ダリル達三人が如何にかエミリオを抑えてくれている様だが、何時までも瘴気の中で戦うのは無理だ。
今直ぐやるしかない!
「問題はやり方よ、ただ浄化させるだけでは闇の魔力を持ち、邪神の依代たる資格が彼に有る以上は再び狙われ利用されるかもしれない。だからこそ、妖精の盾は殺す事を選んだんだと思う。邪神の脅威を祓う方法は現状では一つだけ、魔核を破壊する事よ」
「破壊・・・魔核は失ってもエミリオさんは助かるのですか?」
そう問いかける私とファウストさんの顔見た後、ケレブリエルさんは溜息をつく。
「確実とは言えないのが苦しいわね・・・」
「・・・解りました、やってみます!」
「アメリアさん、君は・・・解った、僕も協力しよう」
ケレブリエルさんの魔法で瘴気を一時的に掃い、ファウストさんが土人形でエミリオを捉え、私の光の精霊王の力を帯びた剣で一突きと言う計画になった。
ケレブリエルさんが魔法を詠唱し始めた所で、ソフィアの作った障壁を抜け、ダリルとフェリクスさんが飛び込んで来た。
元気そうに見える二人だが、怪我に加え顔色が優れない。二人が離れたと言う事は、エミリオこと邪神と戦っているのは妖精の盾のみ。直ぐに此方へと攻撃の手が迫るはずだ。
詠唱が進むにつれ、周囲の風がケレブリエルさんへと集まり始める。其れを見て察したソフィアは頷く。
「ケレブリエルさんの詠唱終了と同時に障壁を解きます、皆さん備えてください!」
「遍く地を駆ける風の精霊よ 我が手に集いて 渦巻く千の刃となれ 【烈風刃】!」
ケレブリエルさんの杖に集束した風は渦巻き、やがて大きな楕円形の塊となり、風圧と共に放たれ千の刃となり瘴気を吹き飛ばす。瘴気が掃われた空間にはエミリオさんと妖精の盾が対峙する姿が見えた。
お互い引かずに魔法で応戦しているが、些か妖精の盾の方が有利な気がする。
「大地より出でし傀儡よ 底無き砂の海の如く 荒ぶる激情を呼覚ませ【嫉妬の流砂】!!」
ファウストさんの土人形が体を捻り振り上げると、黄色い光と共に拳が床に振り下ろされる。それはエミリオさんへと砂の帯のように伸びて行き、足元で魔法陣を描き床の石煉瓦を砂に換えると足元から飲み込んでいく。雄叫びとも取れる怒声が周囲に轟く。
「今だ!」と言うファウストさんの声に私は剣を抜き走り出す。周囲が再び瘴気に覆われる前に、対なる存在よりも早く、エミリオさんを救うため。
「偉大なる精霊にて光の王 我が剣に宿りて不浄なる者に安らかな眠りを!ウィル・オ・ウィスプ!」
手に馴染んだ剣は私の魔力を受けて呼応するかの様に眩い光を放ち姿を変える。
「くくく・・・はははは!我を屠る気か人間!出し抜けた等と笑止千万!」
低く恐怖を駆り立てるような声が響き、変異したエミリオさんの体が徐々に浮上していく。背後からファウストさんの苦し気な声が漏れ聞こえる。対抗してくれている様だけど何時までも持たないだろう。
「余計な事をするな精霊の剣!」
妖精の盾の叫び声が聞こえる、私の頭の中は一つの事だけだった。しかし、其れが警戒心に穴を開け、想定外の妨害に対する隙を生んでしまった。
「え・・・」
目の前の光景に目を疑う、私の握る光の剣を受け止める刃。
「アメリアちゃん、其れが本当に正解と思うのか?お兄さん、此処まで来たら妖精の盾の意見に賛成なんだけどな」
フェリクスさんの金色の長い前髪の隙間から見える青い垂れ目は口調と相反して鋭く真剣なものだった。
何故にそんな事を?心に浮かぶ疑問と過る何かを抑え、思いの丈を私はぶつける。
「私は・・・彼の魔核を砕きます!僅かな可能性に託された思いの為に!そして何より、自由を望むエミリオさんの幸せを望むから!」
「くっ・・」
フェリクスさんの剣を振り払い、脇をすり抜ける様にエミリオさんの許へ駆け抜ける。
目の前の標的はファウストさんの魔法を振り払い這いだした。
「おおおおお!!!」
「小賢しいわ!」
胸を目がけ突き出した剣はエミリオさんの爪に中りガキッと嫌な音をたてる、其れでも怯まずに床に着地をすると、態勢を整え下から突き上げる様に胸の魔核へと突き刺した。
「おのれ・・・アヤツ」と捨て台詞を残したかと思うと、エミリオさんは魂が抜けた様にガクリと床に倒れ伏す。しかし、姿は戻ったが一向に顔色は良くならず、真逆に向かっている様だった。
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「そんな・・・」
思わず衝撃で言葉を失う、抱き寄せても戻ってくる様子は無い。そこに、つかつかと傍による誰かの影が目の前に落ちた。
「滑稽だな、だから最善策を示したのだ。この男は魔核を失った事による、マナの循環不全を引き起こしている。苦しませるくらいなら一思いに殺った方が優しいだろうに」
どの道、助からなかったと言うの?私はあんな事を言いながら彼の未来を・・・
呆然とする私の肩を誰かが叩く。
「馬鹿!お前が立ち止まってどうする?後ろ向きぐずぐずはお終いにしろ、まだ此奴は生きている」
「ダリル・・・わっ!」
ダリルの傷だらけの大きな手が私の頭を撫でる。
「・・・教会へ連れて行くぞ」
ダリルはそう言うと、エミリオさんの片方の脇に腕を通し背負いあげ歩き出した。そうだ、教会なら治癒士さんも居るし助かるかも知れない。目の前には仲間達が居る、私は心に湧き出る感情を抑え、口を堅く結んだ。その時だった・・・
突如、音も無く部屋の中心に見覚えが有る人物が姿を現す。
「盾よ、こやつを救うのは教会では無くお前が適任じゃろう」
この帝都を訪れ、何度も顔を合わせた複数の肩書を持つ謎の老人。儀式めいた衣装を着ているけれど、間違いない。
「テッラさん?!」
驚愕する私達を他所に呑気に顎髭を撫でると、心配は無いと言わんばかりに頷き微笑む。
「妖精はそもそも、世界に生じてしまった解れを女神から修復する力を与えられた存在。その王より力を与えられたお主なら、こやつの壊れたマナの出入り口にあたる門を作り直すぐらい容易かろう?」
テッラさんに嗜められると、悔しそうに顔を歪めるも、「承知いたしました・・・」と盾は大人しく承諾した。あの妖精の盾を大人しく従わせるなんて・・・
妖精の盾はダリルにエミリオを寝かせる様に命令すると、聞き取れない不思議な言語で何かを詠唱しだす。淡い青緑の光が彼を包み、背中に大きな蝶の翅が模られると、光はエミリオさんをも包み込む。
「爺さん、突然現れたのも疑問だが、本当に何もんなんだ?」
ダリルは怪訝な表情を浮かべ、首を捻る。他の仲間も同様に不思議そうな顔をしているが、ファウストさんだけは何か違う目で見ている気がする。
「なに、土の祭殿に帰って来ただけじゃよ。其処まで言えば解るじゃろ?ほっほっほー」
「土の祭殿が自宅・・・?」
ソフィアが口元を抑え目を丸くした。
「テッラさん、いえ・・・土の精霊王ノーム様?!」
「うむ!初めに言ったじゃろ?儂は大地の主だとな!」
色々あり過ぎて眩暈がする、私は色々と有り過ぎて混乱する頭を整理しつつも、エミリオさんの無事を女神様と助けてくれている妖精の盾に心で感謝した。
ブックマークへの登録及び今回も読んで頂き、感謝しても感謝しきれません(><)
後、数話で今回の章もようやく終了する予定になっております。今後も続けていくつもりなのでお付き合い頂けたら幸いです。




