第19話 戦いの末の応えは
打ち付ける様な足音は私達の心情を表し、何度も石煉瓦の上を走る音が鼓膜に響きこびりつく。
緊張と焦りで思わず唇を固く結びつつ進む中で突如、背と肩が跳ねあがる程の轟音に思わず足を止める。其れと同時に絹を裂くような悲鳴があがり、切迫感に苛まれる私達が訪れた後には予想外の光景が広がっていた。私達の前から姿を眩ました脅威は、背後から首の付け根を踏みつけられ、その後頭部に杖を突きつけられている。
此方に気付き、杖をエミリオさんに突きつける人物こと妖精の盾は仮面の下の銀の瞳を細め、私を嘲る様に口元を歪める。
「・・・彼の創造主の魂とはいえ、欠片如きに憑依を許すとはな」
「欠片・・・何の事?」
私は訳が分からずに眉を顰める。
「嘗ては創造主と呼ばれた戦を司る神。戦を好む趣向が仇となり異界へ封じられる際、女神により五つの魂に分けられ、そのうち封じられた四つが古の王達へと託された・・・だったかしら」
ケレブリエルさんの助け舟に救われ、理解できたのは良いのだが、知らなかった事を悔やむ私の前で妖精の盾の魔法が展開された。
「フッ・・・賢い仲間が居てくれて助かったな。帰れ、此処にお前の役目は無い・・・」
もがくエミリオもとい、創世の書にも記述されていた邪神カーリマンの分け御霊の後頭部で妖精が二人現れると、踊る様に複雑な文様を宙へと描く。
「そうはさせないっ!」
私の振り下ろした剣は妖精の盾の杖を捉え、詠唱が中断された杖は宙に舞う。背後から感じる風に身を翻し横へ飛ぶと何時の間に召喚したのか、ファウストさんが必死の形相で土人形を繰り、エミリオさんと妖精の盾を引き剥がそうと拳を振り下ろす。
「大地に宿りし精霊よ 盟約に基づき 怒れる大地を呼び覚ませ【憤怒の拳】」
杖を奪われ不意を突かれた事で気が散ったのか態勢が崩れ、エミリオさんとの距離が開いた。だが・・・身が傾いたのを利用し、妖精の盾は素早く杖を拾い上げ素早く何かを呟く。
「・・・大地に住まう妖精よ 汝の王との盟約により我に応えよ 【土妖精】!」
石煉瓦を砕き隆起した岩が、土人形の拳を抑え、全身にその振動が痺れる様に全身に伝わって来る。相打ちと思った所で掠れた心底愉快そうな笑い声が響く。妖精の盾は歯を食いしばると、振り向き際に笑い声の主へと顔を向けた。
「抜かったな、飼い犬共。我を抑え、勝ち誇ってでもいたか?」
妖精の盾による捕縛の術が解けたらしく、エミリオさんを依代にした邪神は獣如く身を翻すと、祭壇を破壊しニヤリと不気味な笑みを浮かべた。
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「ぐ・・う・・・ぐああああああああ!!!」
突如、胸を抑えもがき出したかと思うと、エミリオさんの体が醜く変化していく。四肢は肥大化し、変色した其れは魔物の其れを思わせる。
荒く肩で息をしたかと思うと、腕が降ろされ露出した胸部には紅く禍々しい光を放つ石が肉体の一部として露出していた。
「貴様!何をした!」
鬼気迫る表情を浮かべ、ファウストさんは噛みつく様に怒声をあげる。
「くくく・・自分と同じ顔が変化して恐怖したか。なに、脆弱な肉体を使えるようにしてやったまでだ」
怒りや憎しみの表情を浮かべる私達を煽る。使えるようにした?魔法を一度でも使用すると意識を失う様な人間を強制的に強化などしたら心臓への負担は測り知れないだろう。
「何て事を・・・!」
喉まで競り上がった怒りを飲み込み、怒りを剣の柄へと籠める。
「・・・安い挑発に乗るな。俺の対となる存在が、その程度では先が思いやられる」
妖精の盾は静かに淡々とした口調で私を諭す。若干と言うかハッキリと小馬鹿にされているのが、腹立たしい。
「・・・悪かったわね。その言葉、後で後悔させるわ」
「フッ・・・楽しみにしてるぞ」
私の反論に目もくれずにそう答えると、厭味ったらしくニヤリと口角を上げる。此奴・・・こんな奴だったのね・・・。
取り敢えず周囲の再確認をする、壊れた祭壇に床に横たわる土の巫女であるティーナさん。
「ソフィアとダリルはティーナさんの救助と治療を!後の皆でエミリオさんを助けるよ!」
そう号令をかけると、其れを承諾する仲間の声が返って来る。
「解りました、任せてください!」
「きちんと頼むぜ!」
ダリルが跳梁足で瞬時に駆け、ティーナさんを保護すると、賺さずソフィアが治療を施す。此方は無暗に攻撃を仕掛けずに、武器と攻撃を避けつつ相手出方を見る。爪による連撃からの捻りあげるよう素早い攻撃か・・・
今の所、物理的な攻撃が主体だけど、盾とケレブリエルさんの話しからするに何を仕掛けて来るか解らないのが不安・・・っ!
「天に轟く雷よ 我が剣に集いて力となれ【雷撃】!」
素早く詠唱された呪文と共に光が放たれ、部屋が一瞬だけ白んだかと思うと、轟音が鳴り響く。
「アメリアちゃん、相手をよく観察するのも大事だが、今が戦っている最中だと言う事を忘れないようにな!」
「すみません、助かりました!」
フェリクスさんの忠告の声に振り向くと、黒く焦げ砕けた床の石煉瓦が目に留まり、周囲には赤い小さな染みが点々と落ちている。憑依している者の格が高い存在とはいえ、好機が来れば一矢報いる可能性も有ると考えられる。
「混沌たる深淵よ 死へ導く黒炎となりて・・・」
「不味い!上ね!」
慌てて身を捩ると天井を蹴り、此方へ魔法を放つエミリオさんへと剣を閃かす。強化したと言うのは虚言ではなかったようだ。紅い石が詠唱と共に一際、強く光を放つと胸部が激しく脈打つ。
「・・・我が敵を消し去れ【黒炎刃】!」
詠唱が始まると同時に蜷局の様に渦巻く火花が多頭の大蛇の如く、私へと襲い掛かった。
魔法を詠唱している間は無い!掲げられた剣にありったけの魔力を籠めて受け止める。
「くっ・・・!」
強い反動が剣と腕にかかるが、黒い炎は私の剣を中心に放射線状に広がる。とっさの抵抗手段の為、魔力で消し去るのは可成り厳しい。避けきれなかった炎が足元を焦がし、膝が振るえる。
「吹き過ぐ風の精霊よ 真空へと誘い 我らを守りし盾となれ【絶風壁】!」
ケレブリエルさんの澄んだ声が響くと同時に、杖に辺りの風が収束し私達と炎を隔てる壁となり消し去る。ファウストさんの為にもエミリオさんを殺せない、どうする・・・?
「凍てつく湖畔を舞う妖精 氷柱となりて 我が敵を穿て【氷柱槍】」
間髪入れずに妖精の盾が唱えた魔法は冷気を伴い、杖の先で繰り広げられる妖精の円舞は巨大鋭利な氷の槍となる。まさか、私が出来ないなら自分がやると言う事?!
「我を依代ともども屠る気か・・」
憑依されたエミリオさんは襲い繰る氷柱に口角をニタリと上げると、動かずに立ったまま腕を広げる。
つくづく性質が悪い、まるでこの現状を楽しんでいるようだ。
「く・・・エミリオさんごめんなさい!吹き飛べ!【連撃剣】」
私の放った魔力を籠めた複数の剣圧による波はエミリオさんの体へと当たり、変異した体を切り裂き吹き飛ばす。彼は転倒する事は無かったが、石煉瓦の上には擦れた痕跡が残こり、元の場所には氷柱では無く水が床へ広がっていた。
「ったく!殺す気か!」
ダリルは水蒸気が上がる傷だらけの拳を素早く隠すと、妖精の盾の睨みつける。
その空気を壊すかのように不気味な笑い声が私達の耳に届いた。
「ふ・・ふふ・・ははははー!面白い!早く完全に顕現したいものだな!笑わせてくれた礼だ、得と味わうが好い・・・黄が・・ぐうっ!」
憑依されたエミリオさんは再び手を宙に掲げ、詠唱を始める。再び胸の紅い石が光りだしたかと思った次の瞬間、光は石の周囲の痙攣と共に失われて行く。
やはり魔法を使用した時にのみ発光しているんだ、そしてあの石と周囲の脈動は・・・
「まさか・・・」
「浄化魔法は皆、専門外だし・・・此処は気絶させて教会へ運ぶしか・・・」
ケレブリエルさんは妖精の盾を警戒しつつ、エミリオさんを見て悩んでいる。
「ケレブリエルさん、そしてファウストさん。お二人に相談したい事があります」
二人の視線が私に集中する、此れは思い付きだ助かるとは断言はできない。もしもあの露出している紅い石が実体の無い者を宿し、マナと引き換えに力を借り受ける為の物なら代償は大きいが、邪神カーリマンの憑依を解く事が出来るかもしれない。私は憶測を批判覚悟できりだした。
此れが愚案と出るか妙案と出るか・・




