第17話 無情なる事実
風の妖精から伝えられたフェリクスさん達からの知らせは酷な物だった。
私達の出発後、アマデオの部下の荒くれ者達の話しでざわついていた街の空気が一瞬凍り付いたかと思うと四方八方から多種多様の妖精の群が押し寄せ逃げて行く様を見かけたのが始まりらしい。
祭殿を見張っていたフェリクスさん達は妖精に事情を聞こうと一匹を呼び止めた所、悲鳴や逃げ惑う声が辺りに響き、譫言の様に魔導書を求め呟くエミリオが現れたと言うのだ。
「・・・嘘だ!」
役目を終えて去りゆく風の妖精の姿を見ながらファウストさんは一言呟くと、目の色を変えて走り出す。
その姿を見失う事は無かったが、彼を追いかける道すがらに見たのは異様な光景。道に転がる人々、息は有る様だが声を掛けても返事は無くまるで悪夢を見ている様だ。
そして行先も勿論、例外無く同じ様子が繰り広げられ、ファウストさんはエミリオさんの病室の前で立ち尽くしていた。
「・・・見た感じだとこれは・・・まさか」
ソフィアは院内の様子を見るなり、道具袋から水色のキューブを取り出すと倒れている医者の口に割り入れた。割られたキューブから出た薬は気化すると、一瞬で口や鼻に吸い込まれていく。
「魔力キューブ・・・原因は魔力の枯渇?」
意識は戻らないが顔色が良くなったお医者さんを見て私がそう尋ねると、ソフィアから自信なさ気な返事が返って来た。
「ええ、たぶん・・・。しかし、此処まで衰弱するとなると生命力の方も・・・」
ソフィアは眉を寄せ、困惑した様子で首を捻る。
お医者さんを近くのソファに寝かせると、私は先程から立ち尽くしているファウストさんの横から部屋を覗き見た。
部屋は蛻の空、皺の寄った布団と持ち主の物らしき床に転がった靴だけが、確かに人が居たと言う事を示している。視線を戻した先は無言で立ち尽くすファウストさんの横顔。
その横顔は絶望から悔し気な顔へと移り変わり、小さく「何でだ・・・!」と絞り出すような声が漏れる。私の視線に気が付くと、申し訳なさそうに表情を浮かべ、眉をハの字にすると溜息をついた。
「すまない・・・これは兄である自分の責任だ。エミリオは・・・弟は僕が止める」
「・・・気持ちは理解できます。しかし・・・何でも自分一人で解決できる等と自惚れないでください。自分の周囲にも目を向ける事が出来ない状態では愚行に過ぎません」
此れは道場の皆と実地訓練をした際の祖父の受け売りだ。だけど、今のフェリクスさんにも必要な言葉だと思う。ファウストさんは暫く私を見て唖然とした表情を浮かべると項垂れた。
「・・・」
「これだけの事態を目にしておきながら、まだ他人に頼る事を躊躇するのか。勝手にしろ・・・この死に急ぎ野郎が!」
ダリルは尚も迷う様子に苛立ちを隠しきれない様子のファウストさんを睨みつけ捨て台詞を吐くと、背を向けて病院の入口の方へ歩いて行く。
「あのっ・・・ダリルさんは言葉遣いは悪いですが良い人なんですよ。それに、あたしもアメリアさん達と同じ意見です、もしファウストさんさえ宜しければ一緒に弟さんを助けませんか?」
ソフィアは優しく微笑むと、ファウストさんへ手を差し伸べる。
「さぁ、私達の意志はこの通りです。如何しますか?」
私達が答えを待つと、ファウストさんはフッと自嘲気味に小さく笑う。
「ありがとう、どうやら僕は思いのほか動揺していたようだ。申し訳ないが・・・どうかご協力願いたい」
ファウストさんは吹っ切れたように顔を上げ、右手を左胸に当てると空いた腕を後ろにやり深々と頭を下げた。
*************************************
祭殿に近付くほど景色は不気味な色を増していく、野良犬の姿や鳥の囀りさえも聞こえない静まり返った道には人だけではなく枯れた植物が多く見かけられた。
そして、妖精を寄越してくれたフェリクスさん達の姿を見かける事無く、目的地である祭殿の前へと四人は辿り着き驚愕する。門を埋め尽くし塞ぐ大きな岩の山が目の前に現れたのだ。
「こんな大きな岩いったいどこから?魔法・・・?」
「いや、此れは土人形だ。恐らく奇襲を受けて壁の役割をさせたのだろう・・・土に戻っていない所や術者の姿がない辺りからするに、時間稼ぎをさせている内に増援を呼びに行ったと言うところか?」
「・・・なるほどな。此れは骨が折れそうだな・・・」
ダリルはポンポンと土人形を叩くと、其れに手をかけ門を仰ぎ見た。まさか、これに登るつもり?
そして予想通り、ダリルは片足を土人形へと伸ばした。
「ダリルさん・・・登るおつもりですか?無茶です!かくなるうえは、あたしが皆さんを抱えて祭殿内にお連れしますっ!」
ソフィアはダリルの腕を掴み、必死になり顔を紅潮させながら翼を羽ばたかせるが、体が浮くどころかビクとも動かない。その様子にダリルは肩の力を抜き、土人形から腕と足を下ろす。
「・・・おい、止めろ」
呆れた様に自分を見る視線に、ソフィアはダリルの腕を離す。
「腕が駄目なら足の鉤爪で皆さんを掴んで・・・」
そう言うとソフィアはそそくさと靴を脱ぎ出す。其れには爪が食い込むだけの悲惨な未来しか頭に浮かんでこない。もしかして、ソフィアって天然・・・?
「・・・・もっと無茶でしょ」
それを見ていたファウストさんは「すまない、僕の言葉が足りなかった」と遠慮がちに言うと、私達に離れる様に指示を出し、土人形へと腕を伸ばし呪文を唱えだした。
「大地住まいし精霊よ 盟約の許に造られし檻より解放する 【還元】」
ファウストさんの掌を中心に魔法陣が描かれると、土人形はサラサラと砂へと姿を換え土に還る。跡形もなく消え去った後には中へと続く道が出来ていた。此れで岩登りと鉤爪の餌食にならずに済んで一安心だ。
***********************************
祭殿内は一度訪れた事が有るにも関わらず、別の場所へ迷い込んだような雰囲気が漂っている。
忙しそうに此方を見向きもせず歩く様々な役職の人々の姿は見当たらず、外と同様の状態の兵士が何人か倒れていた。辛うじて人の気配がしても、侵入者を恐れてか、硬く施錠されているうえに返事も返ってこない。そのうえ、先に向かったと知らされたフェリクスさん達の姿も見当たらない。
「此処は闇雲に調べずに、予想通りと信じてクレメンテ大祭司の私室に向かいましょう」
「そうだな、案内するから僕に着いて来てくれ」
ファウストさんは頷くと、私達の前方を歩き出す。一瞬見えた表情は、不安な気持ちが滲んでいる様に見えた。特殊な病気に罹り、魔法を使う事が命に繋がる様な状態のエミリオさんが、此処までの事態を引き起こせた事が如何にも腑に落ちない。あの謎の余裕を見せるカルメンが一枚噛んでいるのは間違いない。
「君達か・・・」
弱々しい声が耳に入る、だけど其れは良く知る声だ。ファウストさんの耳がピクリと動き、慌てた様子で倒れているローブの男性の前に膝まづく。
「リエト!」
「大丈夫だ落ち着け・・・。先に来た三人と侵入者を追って来たらこのザマだ」
リエトさんはゆっくりと体を起こして壁にもたれ掛かけた。外傷は無い、ただ倒れている人同様に衰弱しているのが解る。
「三人・・・?」
「君の仲間の二人と、突然現れた妖精を使う仮面の男だ・・・。単独で祭殿へ入る奴の後を強引に追ってきたんだが・・・」
妖精に仮面・・・やはり来ているのね妖精の盾。リエトさんはファウストさんを見ると、気まずげに口籠り目を逸らす。それを聞いて何かを察したようにファウストさんは「そうか・・・すまない」と言い頷いた。
「ありがとうございます、何となく事情は把握しました。私達も三人の後を追おうと思います」
「そうか、どうか気を付けてくれ・・・。それと、祭壇の間に居る巫女様を頼む・・・」
リエトさんに別れを告げ、私達はファウストさんの案内されクレメンテ大祭司の私室への廊下をひた歩く。そして私達の目の前には蝶番が拉げた大きな扉。
「返せ!・・・返せぇ・・・この書は我が祭殿に役立てるのだ!!」
正気とは思えない様子でクレメンテ大祭司は私達に目もくれずに喚き散らす。その目線の先には闇の魔導書を抱えたファウストさんと同じ顔の人物が此方と目が合い驚愕の表情を浮かべている。
「エミリオ・・・」
その胸元から首にかけて紫の根の様な痣が浮かび、目には異様な姿に映る。
当たって欲しくない予想が正に目の前に現実味を帯び存在する。大概は目を思わず逸らしたくなる物ばかり。ファウストさんの表情は其れが如実に表れ、私には受け止める事を拒否したくなる気持ちを堪えているように見えた。
「うっ・・・兄さん・・・?!」
エミリオは片手で頭を抑えると、本を取り戻そうと詰め寄る大祭司を蹴り飛ばし、怯える様に窓から飛び出し逃げ去った。




