第7話 星空とカンテラ
嵐のような出会いと突然の別れに頭が未だについて行けていないまま、不安な面持ちでヒポグリフが飛び去った空を一瞥すると馬車の中に戻る事にした。
戦闘を繰り広げた森を抜け、暫くすると乗客の皆さんからお礼と御者さんからは労いの言葉と同時に「ここからは安全ですよ」と声をかけられた。
「安全とはどういう事ですか?」
「ここからは聖地を管理する教会の土地だ」
「聖地の管理・・・聖ウァル教会ですか?」
「そのとおりだ。それに教会もそうだが、これから行く街はさっきの冒険者のねーちゃんみたいのが王都ほどじゃないがわんさかいるからな。だいぶ予定が狂ったが、此処からは何とか祝福の儀に間に合うようにおいちゃん頑張るからな!」
その説明に何となく合点が言ったものの、此方を横目で見る御者さんの手元が操縦に集中していない為、馬車が左右にふらふらしていて私の不安はおさまらなかった。
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遠くに見えていた街の明かりが大きくなるのが御者さんの肩越しに見えてくる。
立ち上がり見える景色は村からの道中には無かった大きな石の壁と鉄の門、その傍には厳つい鎧を身に着けた門番の姿だった。
「・・・とんでもない大きさね」
「はははっ、王都はこんな物じゃないぞアメリア」
「師匠の言う通りだ、田舎もん丸出しなんて恥ずかしいや・・・グフッ」
私の無言の鳩尾への一撃がダリルにキマった。
「あんたも田舎もんでしょうが」
そうこうしている内に馬車は検問を抜けて無事に街に入る許可が出たようだ。
周りから町に住む人々や冒険者らしき人達のお酒を酌み交わすような声が聞こえてきて中々、賑やかな町らしい。馬車は停留所まで街中を走るとガタリと音を立てて停車した。
「さあ皆さん、輝きの街アールヴヘイムに着きましたよ」
御者さんの声を聞いて幌から顔を出すと所狭しと吊るされるカンテラの明かりの灯る町並みは薄暗い馬車の中から出たばかりの目には些か辛いものがあったけども、輝きの街に相応しい光の芸術のような町だった。
私達はウォルフガングさんが買ってきたカンテラを片手に多くの人々で賑わう町の中をゆっくりと歩いた。
「ぶぇっくしゅうん!!!」
「・・・確かに寒いわね」
「まっ、二人ともとりあえず飯でも食いに行かないか?ここのシチューは絶品らしいぞ」
「シチュー!?」
「お前・・・本当に色気より食い気な」
「この寒空の下で冷え切った体がシチューを欲してるのよ!」
「おいおい待て!知らない街で勝手に走り回るな!」
町を走り始めるとそこ彼処から美味しそうな香りが漂ってくる。ウォルフガングさんとダリルの手を握ると人波をを縫いながらお目当ての料理を出す店を強引に二人を引っ張って歩き出した。
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しばらく歩くと先程まであった手の温もりが消えている事に気が付いた。
「あ・・・れ?」
振り返ると先程まで居た二人の姿はなく、嫌な汗が背をつたうのを感じる。
今ほど自分の食い意地が憎いと思った事がなかった。
「あーもう!恥ずかしい・・・我ながら迂闊だったわ」
道の端によって辺りを見回すと、数軒先の路地に入っていくカンテラの明かりが見えた。
もしかしたらウォルフガングさんかダリルが私を探しているのかも。
見失わないように慌てて路地裏に入ると薄暗い道の先に揺れる光が見えた。
「ウォルフガングさーん!ダリルー?」
大きな声で呼びかけたが返事は無く、此方に気付く様子はない。明かりは止まる事は無く先へと進んでいく。
ウォルフガングさんは狼の獣人で人である私達より耳が良いはず。
「そうなると、消去法でダリルね」
カンテラに火をつけると温かな火が灯る、あまり広い範囲を照らす事はできないが夜道を歩くには十分だ。
人通りもあまりない為、駆け足で通りを抜ける。
やっとの思いで追いついたのは教会の前だった。
「ダリルごめん。こんな所まで探しに・・・・え?」
そこに居たのはダリルでは無く、白銀の髪に翡翠色の瞳の少年だった。
私の声に相手も気づいたようで、振り向くと不思議そうな顔で此方を見てくる。
「ごめんなさい。歩いていたらカンテラの光が見えたものだから友人かと思ってしまって」
「ああ、人違いでしたか」
少年は穏やかな笑みを私に向けてくる。なんか何もかもがダリルと真逆でなんだか勘違いしたのが申訳ない気分になる。
「あのーえっと、ところで大通りってどうやって行ったら良いんですか?」
「もしかして道に迷われたのですか?」
「ちょっと・・・故郷から一緒に来た人達と逸れてしまって」
直後、お腹がグギュルルと魔物のような鳴き声をあげた。
しかも、笑われてる。
私が赤面をしながら見ているのに気づくと彼は申し訳なさそうな顔をした。
「すみません、初めて会う方に失礼な事を」
「いえ、此方こそ恥ずかしい音を聞かせちゃって・・・あはは。私、アメリア・クロックウェルって言います」
「申し遅れてすみません。ぼくの名前はウィル・・・ウィリアム・ルーメンです」
その後、さすがにシチュー恋しさに逸れた事は伏せたけども事情を話すと道を案内して貰える事になった。
年齢は私達と同じで彼も明日、祝福の儀を受ける為に旅立つ予定らしい。
ふと、ウィリアムの持っているカンテラの光が目に留まる。ガラスの部分をみると中には火ではなく魔結晶が青白い光を放ちながら浮かんでいる。
「これ、気になります?ぼくのお世話になっている神父様から頂いたもので、光の妖精の魔力を封じ込めた魔結晶が入っているんだそうです」
「へえ、便利だね。私も魔結晶付きの剣を持っているよ、速度上昇効果があるみたい」
「え?可笑しいですね・・・」
「可笑しい?」
「魔結晶は使用者が魔力を込めなくては効果を発揮し無いんです。私達は体内に魔力の種のような物はありますが・・・」
そこでウィリアムは暫く思案した後、私の顔をまじまじと覗いてきた。
「な・・・なに?」
「ここは聖地にも近いですし、きっと稀有な色を持つ貴女に興味を持った女神様がお力を分けてくださったのでしょう」
「うーん、女神さまの気まぐれかぁ」
そんな事ってあるの?稀有な色?村でルミア先生が呼んだ風の妖精も珍しいと言っていた瞳の事かしら?
さらに詳しく質問しようと思ったが、その前に大通りについてしまった。
「案内してくれてありがとう。お礼に夕飯を奢るよ」
「そんな、ぼくは道を案内しただけですし」
「それじゃあ、一人でお店で食べるのも寂しいし付き合ってもらえないかな?」
少し我儘な気がするけど、一人で知らない街を歩き回るのも不安だし、迷子になった時は逆に動かない方が二人が見つけやすいもしれない。
「そう言う事でしたら喜んで」
「ありがとう、我儘を聞いてくれて」
それから私達は大通りに面した料理屋に入った。外に設置された通り沿いの席に座って料理を待つ。
勿論、頼んだのは名物のチーズたっぷり茸と鶏肉のシチュー。
料理を待つ間、精霊の事についてや魔法と祝福の儀について語り合った。
意外だったのは女神ウァルは精霊達の王様の代行者のような役割を儀式ではしているらしいと言うこと。
まだまだ知らない事があるなと感慨更ける私の前に温かなシチューが運ばれてきた。
固めのパンの中身をくり抜いた物の中には温かな湯気が沸き立つクリーム色のシチュー。
茸や鶏肉に加えてヘウルン草の緑とヌンジンのオレンジが彩りよく入っている。
それをあえて添えられていた木のスプーンでは無く蓋になっていた部分のパンで掬う、シチューのしみ込んだパンと一緒に掬った野菜と鶏肉を頬張る。
「美味しい!たまらないっ」
そう言ったところで我に返り、料理から視線を外し頭を上げる。
「ごめんなさい。つい夢中になっちゃって」
しかし、そこに居たのは・・・
「あ゛?お前・・・俺達に散々歩き回らせといて飯とは良い身分だな」
ウィリアムでは無く、鬼の形相のダリルとウォルフガングさんだった。






