第13話 予期せぬ共闘
埃っぽい風が吹き荒れる中、私達は奇妙な廻り合わせに思わず互いに動きが止まる。二度ある事は三度あるとは言うが、こう言う再会は想定外だ。
「こんな所にノコノコと来て何だ?ダニロへの落とし前でもつけに来たか?」
目の前に立つハイエナの半獣人の青年、アマデオは私を睨みつけ、仲間を倒されてしまった事への恨みを漏らす。あれはエミリオさんを追い出そうとした竹箆返しなのだが・・・
「違うわ、話をしに来たの」
「話しぃ?喧嘩を売ってんのか?!」
此方が謝意を見せない事に腹を立てたのか言葉と同時に拳が振り上げられる。音と風を感じ身を捻ると、拳は頬を僅かに掠める。
その拳は引っ込む事無く、振り切った先でダリルが腕を掴み、其れは捻りあげられた。
「ったく!小悪党が、仲間をやられたからって女に手ぇあげるんじゃねぇよ」
「いてぇ!クソ!離せ!」
腕が軋む音と共にアマデオの悲鳴があがる。
其れを見ていたテッラさんはやれやれと言った感じで溜息をつくと、困ったように眉尻を下げた。
「ほっほっほー、その辺で止めてあげなさい」
「へいへい・・」
ダリルの腕から解放されたアマデオは手をぶらぶらとさせると、テッラさんの顔を見て目を丸くする。
「助かったぜ、爺さ・・・首領!」
「首領?!」
「久しぶりじゃのう、アマデオ。此処の連中は元気にしているかの?」
驚く私達を他所に、テッラさんとアマデオは親し気に語らい出す。それにしても、教会の大図書館では主と名乗り、周囲からは神に近しい方と称されたテッラさんだが、今度は貧民街の首領。いったいテッラさんは何者だろう?顔が広いと言うモノじゃ無いような・・・。
「・・へい!アイツ等、ぴんぴんしているぜ。ところでアジトに来るなんて珍しい、何かご用で?」
「・・・そうじゃのう、取り敢えず儂等を中に入れてくれんかのう?」
そう言うとテッラさんは辺りを見回し、アマデオに穏やかな声で尋ねた。アマデオは私達を見て心底嫌そうに眉を顰め睨みつけると、舌打ちをする。
建て付けの悪い扉がガタガタと大きな音をたて開く、錆びた蝶番が悲鳴を上げた。
***********************************
室内は想像以上に荒れ塵が散らばり、酒盛りをする者や賭け事に興じる者にジロジロと此方を見てくる者までいて、如何にも荒くれ者巣と言った状態だ。
比較的に広く綺麗な部屋でボロボロのソファに座るように促され腰を落ち着ける。其処に現れたのは意外な人物だった。
「アラー、やだっ!ボスがお客さんを招くなんて珍しいわネン」
突如、大きな影がかかったかと思うと見覚えの有る人物が巨体をくねらせながら水の入ったグラスを私達の前に置く。以前と違う所と言えば、特に口調と服装だ。
かつて双子の家に脅迫をしに来た巨漢のカバの獣人は彼女になっていたのだった。
「ダニロ、下がっていてくれ・・・」
アマデオは頬を引きつらせながら下がる様に命令すると、「ごゆっくりね~」とウィンクと共にピンクのリボンを揺らし身を翻すとダニロは奥の部屋へと消えて行った。
「お・・・落とし前ってこう言う事だったのね」
「意識が戻った途端にだ・・・。白魔術師のねーちゃん、如何にかなんねぇか?」
アマデオはちらりとソフィアを見て尋ねる。其れを聞いてソフィアは驚き戸惑った様子で目を丸くした。
「え・・ええ?!あたしですか?状態異常なら如何にかなりますけど・・・。此れは闇の魔術による副作用ですし・・」
「チッ・・・使えねぇな。・・・でっ、要件は何だ?」
思わず苛立ちを見せるアマデオだったが、頭を伏せ息を吐くと、ゆっくりと顔を上げ此方を睨みつける。
「単刀直入に言おう。何度か城の牢へ投獄された経験の有るお前さんと仲間達に協力してもらいたいじゃがのう・・・」
「・・・忌み子兄の事か?俺は所詮は小悪党、牢に入った理由なんざ食料泥棒ぐらいだ、何をしたか知らねぇが、幾ら首領の命でも死刑になる様な大罪人を逃がす手助け何てできないぜ」
アマデオは片方の口角を引きつらせると、肩を竦めお手上げといった仕草をする。
しかし時間は無い、死刑は明日の夕方へと迫っているのだから。
「お願い時間が無いの!協力して貰えませんか?」
しかし、私の必死の願いも空しく失笑し首を横に振られる。
「・・・無理だな。その兄弟二人を消す依頼も完了していないってのに・・・・」
追い出すのじゃ無く消す?それを聞いてテッラさんの耳がピクリと動いた。
「消すとは穏やかじゃ無いのう・・・。人を消すとは大層な依頼を受けてるのう。確か帝国法に抵触する筈じゃったような?はて?どうだったかな?役人に出も聞いてみようかのう?」
テッラさんはアマデオから目を逸らさず、とぼけた様な表情を浮かべる。アマデオは脅しと取れる駆引きに観念したように頭をガシガシと掻く。詰まる所、墓穴を掘ったと言う処だ。
「受けても良いが俺達は義賊じゃねぇ、利益なしじゃ無理だ。相応の見返りなきゃ動かないぜ。それだけは、妥協は無しだ」
アマデオは私を試すかのように余裕の表情を向ける。恐らく、私の本気の度合いを測っているのだろう。
失敗すれば二度と日の目を見る事なく生涯を終える可能性が有るからだ。
「それじゃあ、貴方達が受けている依頼に協力するよ」
正直、本人達にも話を持ち掛けてもいないし通るかは不明。半分ははったりの様な物だけど、ファウストさん達の現状を考えると帝都に住み続けるのは難しいだろう。
「いいぜぇ、何とか成立ってやつだな」
若干の不安が過るも契約成立はありがたい。仲間達は揃って微妙な表情を浮かべている、呆れ半分って所かな。
************************************
話が纏まると意外なほど順調に話は進んでいく、当日の警備強化を予測して囮作戦が提案される。アマデオの仲間達が城の前で騒ぎを起こし、その隙に身を隠しつつ少人数で侵入と言う算段だ。アマデオには私達に同行をしてもらい、行き帰りの案内をして貰うと言う事になっている。
次に肝心な事を決めなくてはならない、城へ侵入方法だ。
「此処は使用人として入るか出入りの有る商人の荷馬車へと紛れるか・・・だよね」
「んー、前者は募集しているか以前に日数的に不可だけど、城に招かれる様な商人に交渉した所で幾らふっかけられるかだね・・・」
フェリクスさんは如何したものかと言った感じで首を捻った。
「商人と交渉か・・・うーん」
城に招かれる様な商人と言えば、食料?装飾品?珍品?どんな商人に話を手早く持ち掛けるか・・・
悩んでいた私の耳にあけっけらかんとした、ケレブリエルさんの声が届く。
「あら、城へ招かれてるかはさておき、商人の知り合いなら身近に居るじゃない」
「ああ・・なるほど!アメリアさん、ライラさんの事ですよっ!」
ソフィアさんは手の平を胸の前でポンと合わせると、嬉しそうに微笑む。
確かにライラさんの顔は広そうだし、彼女自身に依頼するのは有効と言えるかもしれない。
「・・・そうだね。早速、ライラさんと交渉しよう」
「んじゃ、交渉次第ってとこだな。不成立の時を考えて下水道経由も考えておいてくれや」
「げ・・・了解。成否は妖精で連絡をするね」
此れは如何にかしてライラさんとの交渉を成立させないと・・・
アマデオとダニロに見送られ、貧民街を出る頃には空は薄く茜色が差し始めていた。
「テッラさん、今日は色々とお世話になりました」
「なぁに、容易い事じゃよ。なんたって、儂はここ等の主じゃからのう!それじゃ、また会う時までさらばじゃ」
そう言うと貧民街の方ではなく、別方面へとテッラさんは歩いて行く。その姿は瞬きをすると、一瞬で姿が見えなくなり思わず目を擦るが、やはり姿は見えなくなった。繰り返し主と主張するが本当に何者だろう・・・?
*************************************
宿に帰り事情を話しライラさんに協力を求めると予想外な事に、あっさりと承諾の返事が貰えた。しかし一つだけ条件があった、ライラさんの仕事の手伝いをするだけと軽いものだった。
死刑執行日の朝、アマデオへと連絡をとりライラさんの荷馬車の木箱の中に隠れ城に向かった。城への潜入の面子は私とダリルとソフィアにアマデオ、ケレブリエルさん達には街や祭殿の様子を窺う為に残って貰っている。
「其処の馬車、中身の方を確認させて貰おうか」
「はぁい、どうぞぉー」
早速、検閲による荷物検査に足止めをくらう。いきなり訪れた危機に息を飲むと突如、正門が一気に騒がしくなる。互いを罵倒する言葉から何かを破壊する様な音が混り聞こえて来た。どうやら、アマデオの子分達の囮作戦が始まったらしい。お陰で兵士が減り、検閲も訳もなく終わった。
荷馬車は案内され城の裏へと停まった。私達は荷卸しに紛れ植え込みに身を隠し、人気が無いのを確認するとアマデオの指示を受けて城内に素早く進入し、フックとロープを回収する。入った場所は倉庫と運もよかった。
「・・・案内は頼んだわよ」
「おう、任せな!」
私の声にアマデオは頷く。こうして私達の予期せぬ奇妙な共闘が始まった。




