第10話 尽きない疑問
焦りと苛立ちともとれる声で放たれた声に強い緊迫感を感じるが、状況は完全に飲み込めない。
連れて行かれた?如何して?
「一体、何処に連れて行かれたんですか?」
ファウストさんの行った事は正直言って決して許される事じゃないのは判る。
昨日は彼の真直ぐな言葉を思わず信用して見送ったけれど、それが間違いだったのだろうか。
「城だ・・・」
リエトさんは低く唸る様に溜息をつく。
「何で城に?!だって・・・」
城に情報を提供していた側なのに何故?思わず漏らしそうになった事実を慌てて手で口を覆い隠す。
リエトさんは此方を見て方耳をピクリと動かし、真剣な眼差しで私を見つめる。
「何か知っているようだがまあいい。・・・アイツは憲兵に連れて行かれた。常闇の魔導書を盗んだ犯人としてな・・・」
「え?!」
想定外を突きつけられた事実に仰天させられる。てっきり密告した事をばらした事で強引に連行されたのだと思っていた。
此処で疑問が浮かんだ、ファウストさんは土人形師だ、常闇の魔導書は適正属性以外の人でも使用が可能なのだろうか?常闇の魔導書についての情報が圧倒的に足りない・・・
「そんな・・・何かの間違いでは?」
ソフィアからの問いかけにリエトさんは悲し気に目を伏せると、首を横に振るう。しかし、その手は堅く力が籠められ震えている。
「大祭司様がそう仰ったのだ、間違いはない・・・」
仲間を信じたい気持ちと目の前で告げられた事実に心が鬩ぎ合っていると言った心境だろうか。
そんなリエトさんを見て、ダリルはイライラと舌打ちをする。
「はっ、仲間を裏切るどころか原因だとはな」
「・・・撤回しろ!アイツは弟思いの真面目な奴なんだ」
リエトさんはダリルのその言葉に低い唸り声をあげ襟首を掴みあげる。
ダリルは余裕の表情で嘲笑を浮かべ、リエトさんを睨み返すと、手を振りほどく。
「どんな奴だろうと関係ねぇよ。事実、俺は奴に襲われたんだからな!」
ザワザワと周囲から、人の声が集まって来る。早朝に、しかも往来で騒いだのだから当然だろう。
「はい!そこまで!続きはアッチでな」
フェリクスさんは二人を引き剥がすと、祭殿の方を指さす。
ケレブリエルさんはやれやれと言った感じで溜息をつくと、怒りが治まらない様子の二人に杖を水平に振る。
「こんな所で晒し者になる気なの?周囲を見なさい」
辺りを見回すとリエトさんは現状に気付いて口を窄むが、ダリルは苦々しい表情を浮かべている。ダリルの頭に血が上ると引き下がれない性質にはまったく困ったものだ。
「見苦しい所を見せてしまってすまない。良ければ案内しよう・・・」
リエトさんは私達を祭殿へと招き入れる。
ファウストさんへの祭殿側から何かしらの処罰は下されるのは当然。しかし、国側が祭殿側へと干渉を許してしまった所に都合よく原因の常闇の魔導書を持ったファウストさん現れる、余りにも都合が良すぎるんじゃ・・・
此れは詳しく話を聞く必要が有りそうね。
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「それで、頭に上った血は降りたかしら?」
ケレブリエルさんはダリルの顔を覘き、ニヤリと口角を僅かに上げる。
それを聞いてダリルは不貞腐れたように、ケレブリエルさんを睨む。
「・・・当たり前だろ」
一先ず喧嘩が治まって良かった。疑問の答えを聞ければと軽い気持ちで入ったが、予想以上に張り詰めた空気に息を飲む。
祭殿内部は、廊下で人と擦れ違う度に部外者への訝しむ視線が突き刺さってくる。国との半対立に加え、重罪人が身内から出た事で警戒心から気が立っているのだろう。
暫く歩くと正面から、白い装束を着た梟の獣人の老人が歩いてくるのが見えた。
その直後、リエトさんの歩みを静かに止めると、相手と目が合うなり静かに姿勢を正し耳を後ろに下げる。会いたくなかった人に出くわしたと言う感じだろうか。
「リエト、この様な時に客人を招くとはどう言う事ですか?」
低く穏やかだが、何処か圧力の様な物を感じる声が向けられる。
「クレメンテ大祭司様・・・・。この者達の強い関心と熱意に打たれまして案内を・・・」
如何にか取り繕うとするが、クレメンテ大祭司の表情はピクリとも動かず、静かに私達を見据えている。
「下手な虚言はよせ、正直に事実を述べなさい。貴方もあの愚か者の二の舞を踏むつもりか?」
・・・愚か者に二の舞。ファウストさんの件を受け、かなり神経を尖らせているようだ。
「・・・・くっ」
リエトさんは眉間に皺を寄せ、悔し気に口を結ぶ。
このまま私達の提案とは言え、リエトさんに責任を負わす訳にはいかない。
「私は冒険者のアメリア・クロックウェルと申します。すみません、私が無理を承知で強引に入れて貰ったんです」
「・・・なるほど、其処までして何をしに来たのですか?」
まるで、心の奥底まで探ろうとしているかのように大きな瞳が此方を見据える。
「ファウストさんが魔導書を盗み憲兵に引き渡された事についてお尋ねしたいと思いまして」
クレメンテ大祭司の両翼が体を包む様に丸く広がり、警戒しているのが目に見える。
「・・・あの者は罪を認め、自ら憲兵へと身を差し出しました。もしや、ファウストを救おう等とお考えか?」
自ら憲兵に捕まった?!病気を抱えるエミリオさんを一人で残してしまう事になるのは判っている筈だ。
弟の事を忘れ、そんな行動をとるのだろうか?しかも先日、無理をして倒れたばかり。
「・・・はい、助けたいと思っています!」
出会って日も浅い人物に此処まで肩入れをするのは自分でも可笑しいと思う。
でも、思案した時に浮かんだのは、エミリオさんが倒れたのを聞いて必死に走るファウストさんの横顔。
義理とはいえど妹の居る私には、どう裁かれるかも解らないまま、兄弟を勝手に独りにしてしまう筈が無いと考えたからだ。背後からは仲間達の呆れる様な声が聞こえた。
「そうですか・・・。致し方ありません、私達にも守らなければならない物があるのだから・・・」
クレメンテ大祭司がそう言うと、周囲の人々が何かを唱えると私達はあっという間に複数のゴーレムに囲まれ、抵抗する間も無く捕らえられてしまった。
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武器を取り上げられ連れて来られたのは懲罰房のような簡素な石造りの小屋、窓には鉄格子が填められ、確りと頑丈な鉄の扉には錠前。数日なら問題ない程度の周辺の物は揃えられていた。
「・・・ごめんなさい」
「この・・・馬鹿が!」
ダリルは私の謝罪の直後、つかつかと歩いてくると、脳天に拳骨を落とす。
「痛っ!」
手加減はしてくれているけどジンジンと響いて結構痛い。フェリクスさんは私の頭を撫でると、やれやれと言った表情を浮かべてダリルを見る。
「やだねー、直ぐに手を上げる奴は。アメリアちゃん、あーすれば良かったは結果論に過ぎないよ。だから、重要なのは現状をどう突破するかさ。デコ助は本当ダメダメだねぇ」
「・・・・う、うるせぇ!」
「今はそんな事している場合じゃありません、二人とも喧嘩は止めましょ!」
ソフィアの叱られ喧嘩は治まり一件落着に。本当に困った人達だ。
「ともかく今はフェリクスの言う通り脱出を優先にしましょ。また、色々と考えたいけど此処じゃ落ち着かないわ」
ケレブリエルさんはそう言うと、呆れ顔で私の顔を見た。う、面目ない・・・
「ともかく、皆さんで手分けして探しましょう!」
各々で小屋を調べるが、成果は出ず日がだいぶ高くなって来た。結果、解ったのは錠前と扉に加えて鉄格子や床にまで逃走防止の魔法が施され打つ手がないこと。予想以上に堅牢な造りのようだ。
杖無しで解呪する事を検討し始めた所で、何故か錠前が発光し扉が開いた。食事の差し入れかな?
暫く皆で扉に注目していると、現れたのは薄茶色の髪の有る栗鼠の半獣人。土の祭殿の巫女、ティーナさんとリエトさんの姿だった。二人は何処か周囲を警戒する様に懲罰房に入って来る、リエトさんは黙ったまま私達の武器を手渡し、静かにするようにと言う仕草をした。
「私達に黙って着いて来て下さい。リエトと一緒に皆様を外へお連れしますわ」
事情は解らないが、渡りに船だ。私達は彼女達に導かれるまま、静かに祭殿を後にした。




