第6話 薬品投擲士
予想通り、彼女の使っていた武器は投擲銃だった。
私の言葉に彼女は目を丸くして数回瞬きをすると嬉しそうに目を輝かせ、赤紫色の長い髪をなびかせながら私に走りよる。
「君!投擲銃を知っているのか?」
「は・・・はい!」
「ワタシの宣伝活動は無駄じゃなかったね!こんなにも早く薬品投擲士の弟子が見つかるなんて!」
興奮気味に私の手を握ると、手を上下にブンブンと振りながら捲し立ててくる。
その勢いに一瞬、圧倒されかけたが我に返った。
ん?弟子?何かあらぬ方向に話が飛躍している気が・・・
「違います。私、薬品投擲士になるつもりはありませんから!」
「そうか弟子になって・・・ええ?!」
期待で輝く瞳から光は消え、眉はハの字になり彼女の顔から喜びの色が失せていくのがはっきりと見えた。
正直な話、どうやったらそう解釈できたのだろう?
「と・・・とりあえず。また魔物が沸くかもしれませんし、馬車の中でお話しませんか?」
「つまりは弟子になるのは話を聞いてからと言う事だね!」
私が手を差し伸べると、地面に座り込みいじけていたのが嘘のように驚異の速度で復活をとげる。
「違います」
戦闘中のあのキリッとした態度はどこに行ったのだろう?
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「いや~、取り乱してすまないね。ワタシはジェニー・ストライドだ。よろしく頼むよ」
落ち着きを取り戻した薬品投擲士のジェニーさんとウォルフガングさん達と共に馬車の中で事情を話す事になった。
「アメリア・クロックウェルです。此方こそよろしくお願いします」
「ウォルフガング・ハイランドだ。よろしく頼む」
「ダリル・ヴィンセントっす」
一通り自己紹介を済ませて馬車に乗り込もうとすると、私達の前に異様な光景が広がっていた。
乗客の皆が馬車の中の長椅子や床に青い顔をして腹部を抱えながら悶え苦しんでいる。
その傍にはお茶の入ったカップと謎のお菓子らしき物体が落ちていた。
そして唯一無事なのは・・・
「ケイティー・・・」
「あのねあのね・・・怖がっていた皆を和ませようと手作りのお菓子を振る舞ったの。そしたらね・・・」
予想が的中し、軽くめまいと頭痛に襲われるの堪えつつも腰のベルトに下げた布袋から解毒キューブを取り出そうと手をかける。だけど、この人数に対して足りるかどうかと言うところ。
「お前・・・菓子振る舞うの禁止な」
「そんなー!」
「ダリル君、安心したまえ。このワタシに任せば万事解決さ」
ジェニーさんはケイティーに向かってサムズアップすると、倒れている乗客の皆さんに向かって手の平を向ける。
ジェニーさんの手が淡い緑色に発光し光の細かな粒子が円を描く、それは乗客を囲むように広がっていく。
「【トータルアンティドート】」
すると見る間に倒れていた人達の顔に生気が戻っていく。
援護魔法・・・しかも範囲魔法なんて初めて見たので素直に感動してしまった。
「ジェニーさん、ありがとうございます助かりました」
「ありがとうございますー」
「なぁに、気にしないでくれたまえ」
私達に向き合うとジェニーさんは再びサムズアップをしてきた。
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その後、走り出した馬車の中で乗客の皆さんに対して謝罪して回り終え、どうにか落ち着く事ができた。
「お疲れ、アメリア君っと・・・?」
ジェニーさんは私の横に座るケイティーの方に視線を向けていた。
「ケイティーです。おねえちゃん達がお世話になりましたぁ」
ケイティーはジェニーさんに向かいペコリとお辞儀をした。
「いやいや、構わないよ。ギルドの討伐依頼のついでだからさ」
よくは見えないが、ジェニーさんの襟元からギルドのタグのついたネックレスが見える。
そこでふと、ケイティーが薬品投擲士に会う為に王都に向かっていることを思い出した。
そうだ、ジェニーさんなら教えてくれるかもしれない。
「ケイティー、ジェニーさんは薬品投擲士なんだよ!」
「本当?!」
ケイティーは慌てて自分の鞄を弄ると、村で買った投擲銃を取り出す。
やはり、ジェニーさんの使っていた武器と同じだ。
弓に剣の柄が一体化したようなつくづく面白いデザインの武器だなと思う。
「間違いない。ワタシの作った投擲銃だよ」
「え?それって」
「それじゃあ、レギンさんの言っていた商人さんてジェニーさん?あれ?」
「元商人だよ」
徐々にジェニーさんの顔が得意げな顔に変わってきているような気が。
「商人は戦闘職じゃないが故に非力。行商に行くにもギルドに依頼して護衛を頼まなければならない。判るね?」
「は・・・はぁ」
若干困惑をする私達をよそに、ジェニーさんの喋りは熱量を増して加速していく。
「そこでワタシは思いついたのだ。費用削減もあるが、ギルドの依頼を受けてくれる冒険者を待つのはいかんせん時間がかかりすぎる。それでは、良い品をみすみす逃してしまうじゃないか!それなら、自ら戦えるようになれば良い!そこで編み出したのが独自の職業、薬品投擲士なのさ!」
捲し立てる様に語った後、どうだ!と言わんばかりにジェニーさんは得意げに胸を張る。
どうりで聞いた事の無い筈だと納得すると同時にその視線が投擲銃を持っているケイティーにジェニーさんの蒼い瞳が期待を込め輝き注がれているのに気づいた。
まさかね・・・
「ケイティー君!ワタシの弟子にならないか?」
予感が的中した。今度はケイティーの手を強く握りしめる。
ケイティーはと言うと突然の事に驚愕と困惑の表情を浮かべているように見えた。
「ちょ・・・ちょっと待っ」
しかし、ケイティーから発せられた言葉は予想外の言葉だった。
「是非!」
「そうだよね・・・ってえええええええええええええええええええ」
「マジか!」
だが、私達の予想に反して紡がれたケイティーの言葉に思わず叫喚してしまった。
現状、薬品投擲士の知識や技術を身に着けるにはジェニーさんが師匠として適任かもしれない。
だからと言ってあったばかりの人を全面的に信頼して義妹を任せるのは些か不安がある。
「ケイティー、そんな早く決断しなくていいんだよ?」
「そうだぞ、せめて王都につくまで考えても良いんじゃないか?」
「おねえちゃん達は過保護すぎ!アタシは自分のカンを信じる」
カン・・・ケイティーはそう言う子だった、何時でも直感で動く大胆な性格。
確かに考えすぎて動けないよりは良いけど。
そこで、黙って聞いていたウォルフガングさんが口を開いた。
「まあ、身内として心配なのは解るがケイティーの選んだ道だ、自由にさせてやれ」
「でも・・・」
「なぁに、冒険者としてギルドに登録していると言う事は身元がしっかりと証明されてる筈さ。登録者の全ての情報はギルドで管理されているからな」
「説明感謝する。そう言う事だアメリア君!ボロ船に乗ったつもりでいたまえ!」
「それを言うなら大船だろ・・・」
ダリルを言葉を聞き流すとジェニーさんは空に向け口笛を吹いた。
茜色が褪せ夜の闇が迫る空に突如、大きな羽音と共に一頭の大きな翼をもつ生き物が現れた。
それは前半身は鷲で後半身は馬の生き物。
「ヒポグリフ!」
ヒポグリフは徐々に高度を降ろし、馬車に追従するように低空飛行をする。ジェニーさんは手綱を掴むと鐙に足をかけ飛び乗る。
「ヒポちゃん頼むよ」
「ふぇ?」
ジェニーさんを乗せたヒポグリフは前足でケイティーを掴むと翼を羽ばたかせ舞い上がった。
「な・・・?!」
「それでは、王都で会おう!何かあったらストライドの名前を出してくれ」
私が抗議しようとする前にジェニーさんはそう言い残すと、颯爽と空の彼方へ消えていったのだった。
「あの子、お手製のお菓子を忘れていったわ・・・」
「そこかよ!」
森を抜けた後の空には満天の星空が広がり、遠くには大きな街の明かりが灯っていた。