第 6話 複雑な三角
悪漢に襲われていた所をテッラと名乗る老人に匿われ、訪れた教会が運営する大図書館。
図書館の主と言うテッラに事情を話して行く内に薦められたのは古びた一冊の本、其れ世界の始まりを記す「創世の書」だった。
奨められるがままに読み始めた其れは興味深く、古めかしい文字の混じる其れの理解のできる部分を頭の中でつなぎ合わせ紐解いた。だが所詮は想像と推測だ、如何にも腑に落ちない部分が有るのだ。
頭を捻る私の隣でガタリと椅子が引かれる音に振り向くと、ソフィアさんが不思議そうな顔をして此方を覗き小首を傾げる。
「随分古い本ですね、何を読まれているのですか?」
「創世の書・・・テッラさんに薦められて読み始めたんだけど、共通語以外の文字が混じっていて大まかにしか解らなくて・・・あっ」
慌てて私が口を押えると、ソフィアさんは其れを察したのかクスリと笑う。
「言葉遣いなら気になさらないでください、歳も近いですし呼び捨てでも構いませんよ。コホンッ・・・それでは、大まかとはどの程度ですか?」
私が自分なりの解釈をしたものをソフィアさんに伝えると、複雑そうな表情を浮かべる。
「双子の創世神に神々の戦い・・・ですか」
本へと釘つけになる私達だったが、カツンと硬質な足音を耳にする。
テッラさんの物だろうと扉も足音も気にせずにいたが、どうも違うようだ。
それは、釘つけになっていた本を細い女性の指が摘みあげたから。
「動くな!どうやって大図書館に入った?!創世の書は禁書の筈だぞ」
鋭く威圧するように響くその声は静寂を破り、見上げて目に入ったのはウァル教会の紋章が入った黒いローブを着た黒豹の半獣人の女性だった。
黒髪の合間に見える切れ長な青い瞳は不審者と見做し、私達を捉えている。
しかし、信じて貰うと言うより、真面に聞いて貰えるか不安になる。
「私達は決して不審者じゃありません。この図書館の司書さんに裏口から案内して頂いてたんです」
私の返事を聞くと女性はピクリと眉を吊り上げる。
そのお面の様に張り付いた冷たい表情は変わらなく、視線を逸らさず静かに問いかけてくる。
「・・・その者の名は?」
「・・・テッラさんです」
「はっ・・・苦しい言い訳だな」
私の返事を聞いて嘲笑すると、奪い取った本をテーブルに置き、腕を打ち付けると前のめりになり私達を睨みつけた。
「その様な者はこの教会にはいない。存在もしない裏口など虚言を言うのもいい加減にしな」
テッラさんは司書さんでは無かった?裏口が存在しない?!何を言っているのだろうか。
振り返り確認をするが見えるのは書架の壁のみ。
「え・・・?何で?」
問い詰める女性は困惑する私の横のソフィアさんを見る。
「お前は此の者に唆されて中に入れたんだな?」
「ちっ、違います!誤解です!」
弁解するソフィアさんの様子に女性は額を片手で抑え暫し黙り込み口を開く。
「お前達の処遇は別室で話させて貰う、拒否権は無い!」
そう言うと私の目の前に鋭い爪を突きつける。これ、明らかに聖職者のとる行動じゃないよね・・・
此処は大人しくついて行って、話が通じる人と交渉するしかないだろう。
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薄暗い図書館の扉を抜けると差し込んだ光に思わず目が眩む。
庭園には自国では見られないような鮮やかな花々が咲き誇り、思わず足を止めたくなるような光景が広がる。正面から入れば堂々とこの廊下を歩けたのかな?
「あの・・・せめて、何処に私達を連れて行くのか教えて貰えませんか?」
私の声にジロリと彼女はチッと舌打ちをした。
「教会を守護する我が白翼の騎士団の尋問室だ。・・・隙をついて逃げ出そうなど考えるだけ無駄だからな」
「ははっ・・・」
予想以上の信用の無さに思わず苦笑いが浮かぶ。
回廊を渡り荘厳で華やかな装飾の大聖堂の前を通りすぎると、中庭の一角にある長椅子で眼鏡をかけた壮年のシスターが読書をしているのが見えてくる。
何を読んでいるのだろうと視線を向けると顔が上がり、思わず其のシスターと目が合ってしまった。
「おや・・・?クローエ、その子達は入団希望者?」
私から目線を逸らすと、穏やかな顔とおっとりとした口調でクローエと呼ばれた私達を誘導する女性を呼び止める。
シスターに気づくと先程までの粗暴な口調や態度は何処へやら、クローエさんは驚き慌て背筋を伸ばす。
「師匠、何時こちらにお戻りになられたのですか?!」
「クローエ・フルシャンテ、私語を慎みなさい。それに今の私は貴方の師では無く、シスターセラートです」
「申し訳ございません、シスターセラート。此の者達は大図書館への侵入で尋問に掛ける所です。なお、テッラと名乗る人物に招かれたと虚言を吐いたのでじっくり白状させようかと・・・」
「あら・・・。そのテッラと言う方はどのような方なのかしら?」
そう言うとシスターは逸らす事無く真直ぐに私の瞳を見つめる。
「白い髭をたくわえた犬の半獣人の男性です」
私がそう答えるとシスターはふわりと柔らかく微笑み、膝の上の本をゆっくりと閉じる。
その様子に一同、頭に疑問符を浮かべているとシスターはふうっと溜息をついた。
「そう、それならこの問題は解決ね」
「「ええ??」」
「しっ・・・シスターセラート、其れはどういう事ですか!?」
謎な返答に三者三様の驚きを見せる。
シスターは「単純な事ですよ」と言い私達を宥め、静かに聞く様にと合図をした。
「先ず、テッラと言う人物は彼女の仰る通り存在します。ただ・・・会う人により名乗る名が違うのです。あの方は虚言や架空の物と扱うのは烏滸がましい、とても尊い方なのですよ」
「でも・・・それでは!」
クローエさんは納得いっていない様で、シスターに詰め寄る。
其れを見てシスターは肩を竦めると、クローエさんに何やら耳打ちをした。
クローエさんは目を丸くし驚愕すると、気不味そうに此方を見ては苦笑いを浮かべ頭を下げる。
何だろこの豹変っぷり・・・
「悪いな、此れはアタシの勉強不足だった!」
「え?ええ、大丈夫ですよ気にしないでください・・?」
「あの・・・何を聞かれたのですか?」
ソフィアさんが不思議そうに尋ねるが、クローエさんは答えに詰まりもごもごと口籠り、シスターに意見を求める様に視線を泳がす。
「すまない、主に近い存在と言うか何と言うか・・・!」
「クローエ・・・」
シスターの笑顔から何故か圧力の様な物を感じる、其れに気圧されクローエさんは青褪め震え出した。しかし、主に近い存在?神様の次・・・?
困惑する私の前にクローエさんは「勢いで持ってきてしまった」と前置きをすると、一冊の本を差し出す。其れは先程、取り上げられた創世の書だった。これで何にしろ万事解決ね。
「題名だけ見て勘違いしていたが、此れは禁書じゃなかった。中身を歩きながら確認したが、複数の人間によって作られた写本だったよ」
複数の?どうりで読みにくい筈だ。所々、書いた人の国の言葉が混ざっているから読みにくいのね。
気不味げな表情を浮かべつつ差し出される其れを受け取ると突如、外から大きな音と悲鳴が上がる。
どうやら、此処に来る前に起きていた兵士と祭殿側の争いが悪化しているようだ。
「三人とも、気になるなら見に行きなさい。余程の事が有れば知らせてくれれば大丈夫よ」
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笑顔でシスターに見送られ駆けつけると、祭殿側のゴーレムと兵士の剣が交わり、集まった人々がその行く末を見守っている。どうやら、怪我人は出ていないようだ。しかし、いつ被害が及ぶか不安が過る。
「クローエさん、教会の方に力を借りる事はできませんか?」
そう尋ねるが、クローエさんは真剣な表情で首を振る。
「すまない、教会はあくまで中立。この条件下では騎士団を動かす事はできない」
「アメリアさん、我々は国と他勢力の争いに干渉できないんです」
「そんな・・・そもそも何が原因なのかな」
「どうやら国側の何かが盗まれたってんで祭殿側に嫌疑が掛けられているらしいよ」
聞き覚えのある声に周りを見ると、フェリクスさんと仲間達の姿が其処に在った。
合流を果たした所で地響きが響く。人が引き潮の様に左右に分かれたかと思うと、一体のゴーレムが駆け抜けて来る。驚きと混乱で騒がしくなる中、澄んだ声が響く。
「大地に宿りし精霊よ 盟約に基づき・・・」
呪文と共にゴーレムの姿が人型から何かの形へと変化して行く。
「ヒッ・・・!退却だ!」
呪文が終わるかどうかの所で、先程までゴーレムと戦っていた兵士達が顔色を変え尻尾を巻いて行く。
「やけにあっさり退くな・・・」
ダリルの視線は逃げ去る兵士からゴーレムの背後へと向けられる。
そして、乱れた呼吸を整えながらゆっくりと現れたのは、帝都への道中で助けてくれたファウストさんだ。仲間と何かを暫し話すと、一塊にならずゴーレムを消すと去って行ってしまった。
「どうやら、終わったようね。この後の予定は教会かしら?」
ケレブリエルさんがそう切り出す。
その近くで立っていたダリルが黙って一点を睨み考え込んでいる。
「わりぃ、抜けさせて貰うぞ・・・」
「・・・・?それじゃあ、私達は教会に行っているから」
「ああ・・解った」
それから、私達は教会の案内を受けながら情報収集をして待つが、空の色が変わる頃になってもダリルが教会に来る事は無かった。
見上げる空は次第に茜色へと変わっていく・・・




