第 3話 帝都レオネ
アマルフィを出てから五日後、幾つかの村や小さな街を通り、次第に確りと整備がなされた道の端には点々と畑が見えてくる。
仏頂面をしながらライラさんの話を聞いていたダリルは其れを鼻で笑った。
「はっ・・・相打ちになった善神と邪神の生まれ変わりぃ~?うさんくせせぇな」
「な、なんて言う事を言うんですかー?!我々の情報網をなめちゃ、痛い目見ますよ~っ!」
ライラさんはムスッと頬を膨らませ眉を顰めると、手綱を強く握り手を震わせる。
「ほーう、そりゃあ怖ぇな。そこまで言うなら本当の話しか証明してみろよ」
ダリルはニヤリとほくそ笑むと、圧力をかける様にライラさんを問い詰める。
この顔は・・・コイツ、ライラさんを揶揄って遊んでるな・・・
「う・・・うう、詳しくはご自分で調べてくださいー。あくまで仲間とお客様からの話なんですからぁ」
ライラさんは目尻に涙を浮かべ、顔を真っ赤に染め抗議の声を上げる。
しかし、馬車を御するライラさんの気が逸れた為か、馬に指示が上手く伝わらず混乱し始めている。
「お?何だ?逆上か?」
「その辺で止めなよ!ライラさんの言う通り、私達で調べれば良いじゃない」
私が呆れ気味に一喝すると、アルスヴィズとスレイプニルも「クエッ!」「ピギャッ」だのと一緒になって鳴き声を上げた。
「ちっ・・何だよお前達までっ」
「やだねー!女の子を虐める奴はー。ライラちゃん、あんな無知な猿の事なんて気にする事ないさ」
そう言ってフェリクスさんはライラさんの隣に座り、ポンポンと優しく頭を撫でながら宥める。
おかげで馬車の動きも落ち着いてきたようだ。流石、自称全女性の味方。
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農作地帯を抜け、姿を現した帝都は予想を超える賑わいを見せていた。厚く閉ざされた門を通しても漏れ聞こえてくる人々の声と歌や楽器の音色。
辺りを見ると、私達だけではなく検閲を待つ列には商隊の姿が多く見受けられる。
その理由は門を通る時に判明した。
「貴方がたも妃様への祝いの品を届けに来られたのですな」
兵士はそわそわと街の様子を窺う様子を見せながら、ライラさんの出す身分書や証明書等を流し見る。
ライラさんは小声で「商人の情報収集能力を見せてやるですよ」と胸を張る。
「ええ、各地で買い集めた美しい装飾品や珍品を取り揃えてありますよぉ。きっと新しいお妃様にもきっと気に入ってい頂けるかと思います~」
ライラさんは馬車の幌のカーテンの方を見やり、満面の笑みを浮かべると、差し出された証明書を受け取るのと同時に兵士の手を握る。
すると、辺りを確認した兵士は「此処だけの話ですが」と声を潜め話しかけて来た。
「今回で六番目の方になりますが、たいへん美しい方らしいですぞ。陛下が一目惚れされ、即日にと言う異例の速さで婚約した上に。何故か今じゃ婚約者と言うお立場であられながら国の事にも力添えされているとか」
「あら、それは大変じゃありませんかぁ」
ライラさんは更に懐から何かを出し、兵士に握らせた。ダリルが焚き付けたにしても、彼女のやり方は少し汚い。
でも、それより気になるのは事の運び、その速さには奴の影が頭にチラつく。
「それがどっこい、争うどころか友好的な関係らし・・・おっと、これ以上は幾ら何で自分の首が胴体とおさらばしてしまうから堪忍してくれ」
兵士は手を引っ込めると首を斬るような仕草をし、肩を竦めながら苦笑いを浮かべた。
「お勤めご苦労様です~」
ライラさんは愛想笑いを浮かべ兵士に礼を述べると、得意気にダリルを見る。
その表情はしてやったりと言う感じだ。
「けっ・・上手く情報を仕入れたから何だ、さっきと無関係だろ」
「ムキー!」
「ほら、後が詰まっているから喧嘩しないのっ!」
私が喧嘩をする二人を止めていると、呆れ切った様なケレブリエルさんの溜息が漏れ聞こえ、フェリクスさんとソフィアさんが苦笑いを浮かべるのが目に入った。
不安定に揺れる馬車に追従しながら私達は賑わう帝都の喧騒の中へと向かう、白い煉瓦の外壁に緑のかかった海の色をした屋根が生える街並みで、所々に生える萌黄色の葉が茂る街路樹や庭木がアクセントになっている。
しかしその美しい街を堪能して居る間も無く、私達は人混みを避けながら宿を探しヒッポグリフ達を宿に預けると、商売に向かうライラさんと一時的に別れ街を散策しに出る事にした。
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取り敢えずは、様々な人々が訪れる教会へと情報収集と兼ねて運が良ければ書庫を拝見させて貰おう。
意気揚々と街を歩き出した私達だったが・・・
「・・・見事に」
「ええ、迷子になってしまいましたね」
噂話に花を咲かせる女性達、婚約者披露の催しに理由をつけて昼から酒を飲む男性や観光客と、見事なまでに波にのまれ私はソフィアさんと共に初めて訪れた街の中で仲間と逸れてしまった。
幸いな事に目的としていた教会は鐘を据え付けた高い塔が有り、解り易い為に辿り着くのは容易だ。
「ともかく、教会に向かいましょう。皆とは教会で合流できる筈よ」
「そうですね・・・キャッ」
ソフィアさんが何かに躓いたのか軽くよろめく。
何事かと足元を見ると、白髪に褐色の肌と丸みを帯びた耳と太い尻尾。帝都に向かう道中で見かけた人物、ファウストさんが青褪めぐったりと民家の壁に寄り掛かり倒れていた。
ソフィアさんは慌ててしゃがみ込むと、倒れている彼をじっくりと診る
「見た所、怪我も有りませんし・・・呪術などの形跡もありません。もしかしたら病で体調を崩されたのかもしれません、何処か体を安静にできそうな所まで運びませんか?」
「・・・解りました、私は両脇を持つからソフィアさんは足を持ってください」
「はい・・!」
そう言って私が両脇に手を伸ばそうとするとピクリと肩が跳ね、ゆっくりと瞼が開き色素の薄い琥珀色の瞳が姿を現す。
あれ?こんな色だったっけ?
ファウストさんは手をつくと腕に力を込めて立ち上がろうとするが足元はおぼつかない。
「あの・・・手をお貸ししましょうか?」
私が手を差し伸べると彼は首を横に振る。腕と尾を支えに立ち上がると私達を見回し、弱々しく微笑んだ。
「助けてくださり、ありがとうございます。でも、此れは何時もの事なので・・・」
しかしどうにも顔色は優れない、どうにか立ち上がった体が再び揺らぐ。再び倒れそうになった所をどうにか二人で支える事に成功した。
それにしても、アマルフィに向かった筈のファウストさんが何故ここに?一緒に居たリエトと言う豹の獣人の男性の姿も見えない。
「ファウストさん、リエトさんはご一緒じゃないんですか?」
ソフィアさんがそう問いかけると何故か彼は驚いた様な顔をした後、溜息をつき困ったような表情を浮かべた。
「兄とお会いになられたのですね・・・。ファウストは兄でボクは弟のエミリオと言います」
何と言う巡り合わせだろうか。二人はまさに瓜二つ、ライラさんの情報通りファウストさんは双子だった。
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エミリオさんを家に送り届けようと肩を貸しながら歩くと道端の談笑は止み、楽しげな声がヒソヒソ声へと変わる。それを見てエミリオさんは眉を顰めた。
「・・・どうぞ、この家が兄と僕の家です」
家は住宅街の端に在る小さな古びた一軒家、他の家と同様の白壁は所々、傷がつき小さく抉れている箇所が見受けられる。周りを気にしてか、お茶を振る舞いたいと言い家に招いてくれた。
椅子に座るように促され、待っていると何やらガチャンバタンと騒がしい音が聞こえてくる。
「・・・少し心配なので様子を見てきますね」
ソフィアさんが台所へ消え、数分経つと温かな湯気を湛えるお茶が入ったコップが運ばれて来た。
「いやー、忝い。この家に戻ったのは久しぶりなので」
「いえいえ、差し出がましい事かと思いましたがお役に立てて光栄です」
ソフィアさんは微笑み返すと、コップを私達の前にゆっくりと並べた。
二人にお礼を言い皆で一口飲むと、暖かでほんのり蜜とジンジャが利いた体の芯から温まる。
「あの、不躾な質問になりますがエミリオさんは何であの場所に?」
「実は生まれつき病を抱えていまして、本来なら国の管理する治癒院から出てはいけないんです。でも、どうしても兄に聞きたい事がありまして・・・。結局は擦れ違いとなってしまったようですが」
その時だった、ドンドンとけたたましい家の扉を叩く音が響く。
すると、荒々しく下卑た声が聞こえて来た。
「何だ?この祝い事の時に忌み子がふらついていると聞いて来てみりゃあ、何時ものゴーレムが居ないじゃねぇか。こりゃあ、都合が良いな皆の衆!」
大勢の人の気配がし、その声に応えるかのように「忌み子は出て行け」と言う声が沸きあがった。




