第 2話 ゴーレムと操者
渓谷から響く獣の様な声に混じり羽音と共に地響きが響く、其れは徐々に近づき風を巻き上げ砂煙を起こした。思わず細めた瞳に移ったのはイタチの体に蝙蝠の羽根の生えた魔物、ウィーズルの群だ。
群れを作っては野営をしている冒険者達を襲い、荷袋を漁り食料等を奪うだけではなく、気が付いた冒険者に対して一斉に放屁をするやっかいものだ。
暗闇を好む彼らが何故・・・?
「ライラさんは馬車の中へ!皆、馬車を壊されない様にウィーズルの群を殲滅するよ!」
私の掛け声と共に一匹、また一匹と薙ぎ払われて行く。しかし、ウィーズル達は其れに構わず此方へ飛んで来る。
「おい!何だ此奴らは?自殺志願者か?」
ダリルは何匹分かの消し炭状のウィーズルの死骸の山を踏みしめる。
「そう言う考えを魔物は持ち合わせていないわ。風は無数の矢となり 矢は流星の如く 我が敵へと降り注ぐ 射貫け!【ウィンドシャワー】」
ケレブリエルさんの魔法で更に山うず高く積もり、徐々に朽ちて行くそれらからはゴロゴロと小さな緑の魔結晶が現れ地面に転がる。
「でも、これだけ倒して勢いが治まらないって・・・可笑しくない?」
数は確かに減っているが、倒されるのは確実にも関わらず、それを全く意に介していないようだ。
「そうだね、天敵に追われているとかだったりして・・・うっ」
フェリクスさんが冗談交じりにそう言った直後、ウィーズル達の放つ異臭と共に悲痛な鳴き声が辺りに響く。何度も渓谷の両壁を叩き付ける様な地響きの後、周囲は大きな影に覆われ日差しが遮られる。
其れは青紫の鱗で覆われた巨体をうねらせ飛び上がると、数十匹いたであろうウィーズル達を裂けた大きな口で平らげる。
その巨大な蛇のような体を躍らせ対岸の渓谷の淵に乗り上げ向きを変えると、ズルズルと鎌首を持ち上げ私達を睨む。これは蛇と言うより・・・龍?
「蛟・・・極東では無くこんな所で遭遇するなんて予想外だわ」
ケレブリエルさんは口元を引きつらせると、蛟に向けて杖をかまえる。
「これも、カルメンの影響なんでしょうか・・・?」
ソフィアさんの困惑の声が背後から響く。
「どうやら、考えている時間も貰えないみたいよっ」
どうしたものか等と思案する間も無く、蛟は体を前後に揺らし身を勢いよく宙に踊らせた。
私達は背後へと間合いをとり各々、襲い繰る脅威を退けようと武器を構え備える。
しかし突如、対岸から地響きと共に二体のゴーレムが現れ、一体が蛟を掴み地面へと叩き付けると尚も抵抗しようとした所でもう一体のゴーレムが首を掴み締めあげ縊り殺し谷底へと投げ捨てる。
「な・・・何なんだアイツ等は・・」
皆が唖然とする中、ダリルが漏らした言葉は渓谷を渡すように倒される大木の音で掻き消された。
*************************************
仮設の橋をゴーレムのあの巨体で渡るのかと言う不安はやはり杞憂で、ゴーレム達の背後から人影が現れると光と共にその巨体は砂塵と化し跡形もなく消え、操者らしき二人の人物が此方に向かい歩いてきた。
一人は豹の獣人、そしてもう一人は白髪に褐色の肌の獅子の半獣人。歳は私とダリルより少し上と言った所かな。
「突然、驚かせてすまない。僕の名前はファウスト・モランド、彼方はリエト・ベルタッツォだ。君達は商隊のようだが・・・行先は帝都か?」
ファウスト・モランドと名乗った獅子の半獣人の少年は色素の薄い青い瞳をもう一人に向けた後、私達へと視線を戻す。
「いえ、助けて頂きありがとうございました。私はアメリア・クロックウェルと申します。それと行先は合っていますが、帝都で何か・・・?」
「・・・いや、気にしないでくれ。足止めをさせてしまってすまないな、君達の旅路に土の精霊王の加護のあらんことを」
そう言うとモランドさんは私と向かい合い、上着の紋章に手を当て祈るような仕草をすると、リエトと呼ばれた寡黙な青年と共に去って行く。
ふと、後ろを振り返ると、ライラさんが頬を高揚させ目を輝かせながらウィーズル達の魔結晶を拾い集めていた。
「いやー、蛟の魔結晶を手に入れられなかったのはヒジョーに残念でしたが。これだけ有れば悪戯に臭いで相手を怯ませるのにと需要はあるのでまぁまぁ稼げますねぇー。でも、これで満足しませんよぉ、この旅の醍醐味には魔結晶集めもありますからぁ」
先程までの事はさておき、ライラさんの頭の中はすっかりお金の事でいっぱいのようだ。
どうやら、私達の依頼の本懐は魔結晶集めに重点を置いていそうだ。
「お言葉から察するに、あの方達は土の祭殿の関係者でしょうか?」
暫し思案顔をした後、ソフィアさんは左手を顎に当て小首を傾げる。
「まあ、あの祈りの祭に土の精霊王の名が出たところから間違いないだろうね。ただ・・何なんだ、アメリアちゃんと見つめあって何が加護があらん事だ。お兄さん、ああ言うキザな奴とか軟派なやつ嫌いなんだよね!」
先程の光景を思いだしたのか、フェリクスさんの顔が次第に不機嫌そうになって行く。
キザで軟派な奴が嫌いって・・・貴方が言うな!
周囲を見回すと、其処に関しては全員一致したらしく皆もフェリクスさんに対して同じような視線を送っていた。
「あら、それは考え過ぎよ。ただの敬虔な信者じゃない」
「そうですよ、偏見は目を曇らせますよ」
ケレブリエルさんとソフィアさんに叱られ、すっかり気落ちしたフェリクスさんを声を堪え笑うダリルはそれが治まると、真剣な表情で辺りを見回す。
「おい!依頼主にとっちゃ願ったり叶ったりかもしれねーが、せっかく通れるようになったんだ、魔物が集まってくる前に進もうぜ」
「・・・そうだね、帝都に向かおう」
しかし、土の祭殿の関係者だとしたら何故、水の祭殿の管轄へ入っていったのだろう?
疑問が解決する間でこの場に留まったかと言って、解決する訳じゃない。
私は退屈そうに欠伸をするアルスヴィズに跨った。
「はいなー、お二人とも馬車に乗りましたねぇー。出発しますよぉー!」
馬の嘶き声と車輪が動く音がゆっくりと響く。
ゆっくりと仮設の橋を崩れて落ちない様に進んでいく、渡り切った時には全員から安堵の息が漏れた。
***********************************
あれから休息も兼ねて近くの鼠獣人の住む集落に立ち寄り、情報収集の祭に橋が壊れている話をすると、お喋り好きな小母さんの紹介で近々、大工さん達によって修繕される運びとなった。
そして私達は未だに小母さんから解放はされていなかった。
「あーら、確かに土の祭殿の人間が此方へ来るなんて珍しいわねー。どんな方だったの?」
「一人は豹の獣人で、もう一人は白い髪の獅子の半獣人でした」
何故か小母さんは其処まで聞くと、頬を引きつらせ「ほほ・・・」と笑うと私達に礼を言って去って行ってしまった。
「絶対、何か隠してるよね・・・」
「ああ、露骨すぎるな・・・」
「そう言えば、ライラさん。情報も提供してくださるんですよね?渓谷で出会った人の情報を知って居たりしませんか?」
そう私が訪ねると、自信ありげな顔の後、意地悪気な含み笑いを浮かべる。
「そうですねぇ、知っていない事は無いですよぉ。ただ・・・」
ライラさんは腰につけた布袋を指で突き、カチャカチャと音を鳴らす。つまりは情報は有料と言う事だ。
「お前、ふっざけんな有料なんて聞いてねぇぞ!」
ダリルはライラさんの胸倉を掴む。ライラさんは苦し気にしているのを見たフェリクスさんが引き剥がした。
「こら、デコ助。その拳は依頼人に向けるもんじゃないだろ!」
「そうですよ、お怒りになられるのも理解できますが、無料とも有料とも言ってませんし・・・」
「つまりは、依頼人としての説明責任を怠ったと言う事になりますよね?」
「うっ・・・」
ライラさんは私とソフィアさんに囲まれ後へ後退する。
「わ・・・解りましたー。商売は信用第一、もってけドロボーさんですよぉ」
それから、道中でライラさんに質問をし、色々と欲しい情報を仕入れて行った。
帝都の様子や情勢の一部について、女性が国を守り男性が政をすると言う仕組みの国らしい。しかも、一夫多妻制の為、皇帝には複数の御妃様を迎えられているらしい。
「次は、ファウストさんについてですけどぉ。情報は少ないのですが、忌み子の片割れで疎まれつつも国の監視下に置かれつつ、祭殿勤めをしている人物です」
「忌み子・・・?」
「所謂、双子ですね。双子はこの世界の創成時に生まれ相打ちになった、善神と邪神の生まれ変わりと言われていて、同性の場合は何方が邪神か判別は難しい為に監視下に置かれるそうです。そして、それが男女の双子の場合は判別しやすく、善神と邪神として目覚め争い世界を焦土へと変えぬようにと幼い内に殺害されているらしいですー」
息をきらし熱弁するライラさんの話しを聞き、其れが胸につかえ影を落とす。
だが、それを晴らしたのは街道沿いの崖から眼下に広がる、美しくい帝都の姿だった。




