第15話 胸に残るは記憶の残滓
今回にて第三章、ベアストマン帝国《水の祭殿編》、最終話となります。
それにつき、今回は通常より長文となってしまいました。如何かご容赦頂ければ幸いです。
夢か現かも不明なのにも関わらず、先程までの凄惨な光景と少年の叫び声が私の頭と心に強く焼き付いて離れない。知らない人、知らない出来事の筈なのに心が引き千切れるような痛みが胸に広がる。
曇りゆく思考の中、シャランと鈴のような音が耳に響く。
「そう・・・ですか、彼の者がこの世界に戻ったのなら悠長に構えている場合じゃありませんね」
どこか懐かしくもある、聞き覚えのある声だ。
「ええ・・・精霊石を通し、姿を見ましたが間違いないかと」
「・・・・では尚更、酷ですが歩みを止めて貰う訳にはいきませんね。彼女はいずれ、精霊王にとって最も尊い存在となるのだから」
その言葉と同時に頭が冴え渡り、瞼を開けると青白い火を灯すカンテラが目の前で揺れていた。
私は心の霧が払われ、心を締め付けていた胸の痛みが引いて行くのを感じた。
視線を上げると、目の前には白い生地に金糸の刺繍の施されたローブを纏う、白銀の髪に翡翠色の瞳の少年の姿が在った。その傍らには水の精霊王様の姿も在る。
「ウィル・・・光の精霊王様・・・?それに水の精霊王様まで・・・私はいったい」
「貴女を蝕む闇は祓われました。貴女は カルメンの呪術により精神を闇に囚われていたのです」
光の精霊王様は私を見て微笑むが、直ぐに口を一文字に結ぶ。
「ありがとうございます・・・。呪術・・・それは一体?」
「あれは対象の心の奥底に潜む闇を引き出し、精神を徐々に蝕み死に至る忌むべき禁忌の古代魔法。魔族のみに伝えられているものです」
光の精霊王様の表情は強張り、険しい表情へと変わった。
「カルメンは・・・古の闇の巫女なんですね?」
「・・・ええ、そうです」
「やはり、そうだったんですね・・・」
あの力と姿に言動、全ての付箋が確信へと変わる。
精神に干渉し、人を操り狂わせようとする古代魔法とは・・・
「再び、闇の巫女と相見える事でしょう。見せられたものがどのような物か測り知れませんが、お辛いのでしたら苦しみを取り払う事もできますのよ?」
水の精霊王は心情を推し量ってくれたらしく、心配そうにそう問いかける。
確かに辛いけれど、私の失った記憶の唯一の手掛かりだ。
「・・・確かに目を背けたくなる光景でした。しかしこれが幻でなければ、失った過去の唯一の手掛かりであり、同じ手を受けた時の耐性になると思うんです」
「アメリアさん・・・」
「・・・・解りましたわ」
二人は私の顔を見つめると、納得したのか静かに頷く。
「アメリアさん、貴女は希望です。我々は如何なる時でも貴女の為なら力となるでしょう。どうか、忘れないように・・・」
光の精霊王様は徐々に姿を光の粒に変えて去っていく。そして、目覚めの時が来たのだろうか?周囲も徐々に白んでいく。
しかし、水の精霊王様だけは、その場に留まっていた。
「アメリアさん、祭殿を・・・精霊石を救ってくださり感謝いたしております。お礼に良い事を教えましょう。今後の為にも命じられるままじゃ無く何故、女神様は過酷な運命を与えたのか、貴女には真意を知る必要がありますわ」
「ウァル様の真意ですか・・・・?」
どういう事なのだろう・・・?
事実、世界はカルメンの登場によって危機を迎えている事は明白になった。
其れを救わなくてはならないのは事実だ、世界を守護するウァル様の命に疑問の余地は無い。
それ以外に思い返しても、光の精霊王様の仰っていた「最も尊い存在」と言うのも希望と言う意味合いにとれるし・・・
水の精霊王様は合点の言っていない様子の私を見て、悲し気に眉をㇵの時に下げる。
「あの方を知る事はいずれしろ、この世界の理を整える旅路に必要となりますの。しかし大変残念ですが、そろそろお時間の様ですわね・・・」
その言葉にふと足元を見ると体が徐々に消えていく。
最後に水の精霊王様の「貴女達の旅に清き水の導きがありますように」と祈りの様な言葉と共に視界は白く塗りつぶされていった。
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「良かった、お兄さんたち心配してたんだよ!」
薄っすらと瞼を開けると、瞳にはフェリクスさんを中心に、私を覗き込む中たちの顔が映った。
しかし一瞬、目の前の光景に夢の一部と重なった気がした。
何故・・・?
「・・・しかし、あの術は何だったのでしょう?」
「外傷も無く意識を失っていた事から、恐らくは精神干渉魔法の一種かもしれないわね。どう?アメリア?立てるかしら?」
未だに呆ける私を心配そうに見ながら、ソフィアさんとケレブリエルさんは手を貸し、体を起こすのを手伝ってくれた。
「ありがとう、心配かけてごめんね。・・・・カルメンは?妖精の盾は?」
その言葉にソフィアさんは首を横に振る。
「あのまま滝壺に落ちてそのままだ。何も浮かんでこねーよ。後、妖精の盾はいつの間にか居なくなっていたぞ」
ダリルはテイラーさんに肩を貸しながら後方で、不満を漏らすフェリクスさんを睨む。
「つまり、カルメンの生死は不明・・・」
死体があがらないと言う事に加え、あの執着心は彼女が生きている事を確信させる。
「はあ・・・」
心底嫌そうな顔をするフェリクスさんの背には、意識を失ったままのレオニダが背負われていた。
それを聞いて、テイラーさんは申し訳なさそうにフェリクスさんに謝罪する。
「申し訳ございません、私めがレオニダ様を・・・」
「いやいや、気にしなくって良いよ」
「そーゆうこった、さっさと祭殿を出るぞ」
「そうね・・・わわっ!」
水の精霊石が光り、辺りが揺れ出したかと思うと、滝壺に溜まった水が勢いよく何処かに流れて行く。
やはり、何処か外に繋がっているのだろうか?
すると、滝の中から一人のセイレーンが姿を現した。まさか、ザナージ団長の身に何かが?!
しかし、一斉に武器をかまえる私達をソフィアさんが制した。
「皆さん、武器を納めてください。母に敵意はありません・・・」
ソフィアさんの声に武器を納めると、セイレーンは深々と頭を下げた。
「・・・武器を納めてくださり感謝いたします。この島は穢れを祓う為、まもなく祭殿を残し一時、水に沈みます。脱出の経路を開きますので如何か其処から避難してください」
唐突に言われて困惑するが、異常な事態が起きているのは確かだ。
セイレーンが何やら呪文を唱えると、床石の一部が消え、下へと続く階段が現れた。
「此処は信じて行きましょう!」
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私達は湿り気の有る石の回廊を下って行く。進むにつれて大きな水音と潮の香りが鼻腔を擽る。
苔塗れの古びた石戸を押し開けると、蝶番が悲鳴を上げる音が響き、一気に視界が開け目を眩ませた。
しかし、私達の前に広がった光景は予想外のものだった。
「此処まで来て岩場って・・・」
「チッ、どうやって帰れってんだ。まさか・・・」
「いや、そんな事は無いみたいだ・・・」
フェリクスさんは空を見上げ、指をさす。すると、此方を目がけて飛んでくる何かが目に入った
それは次第に大きくなり、岩場に降り立った。
「アルスヴィズ!」
「スレイプニル!」
二匹は驚く私とダリルに近付くと身を低くし、乗る様に促す。
忘れていた訳じゃないが、此処で助けに来てくれるとは予想外だった。
「アルスヴィズ、重くなるけど皆を乗せてくれる?」
「ピイィー!」
取り敢えず二組に分かれて乗る事に、私とフェリクスさんそしてレオニダ、ダリルとケレブリエルさんとテイラーさんとかなり無理をさせてしまうが仕方がない。帰ったらご褒美は豪華にしてあげよう。
「待って、ソフィアさんが来ていないわ」
ケレブリエルさんと共に辺りを見渡すと、石戸の方から遅れてソフィアさんが現れた。
何故かその瞼は赤く腫れ、目元が濡れている。
「どうしたの?!」
「母に・・・別れの言葉を聞かされました。沈めてしまった人々を弔った後、この地区を出て贖罪の為に此処を去るそうです・・」
「ソフィアさん・・・」
「・・・すみません、大丈夫です!何処かでまた会えるのを信じていますから」
そう言って微笑む彼女は少し大人びて見えた。
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それから、私達は運良く探しに来てくれたザナージ団長の船に拾われ、アマルフィーの街へと帰還した。
意識を失っていたレオニダは治療院で暫しの静養の後、意識を取り戻したが、大祭司様を殺害した罪を償う為に収監される事に。悲しい事に実家からは離縁されてしまったそうだ。
救いは、罪を背負う彼を教会が受け入れてくれた事と、テイラーさんが帰りを待ってくれている事だろう。
街だけでは無く領地にも水の祭殿の存在の重要さが再認識され、巫女や祭司様が戻った祭殿は街の人々や領から派遣された人々により復興の兆しを示している。
そして、私達はクエストの失敗をアマルフィーの冒険者ギルドを通して自国のギルドへの報告を終えた所だ。
「報酬が半分以下になったうえに報告仲介手数料を取られて実質、子供の小遣い程度だね・・・。何で国に帰らなかったんだい?」
フェリクスさんは小さな革袋をひらひらと自分の目の前で揺らす。
「教会の人に聞いたら、女神様の事を調べるのなら帝都の大聖堂が在ると奨められたのと、土の祭殿が在って此処と同じような噂が有るらしいんです」
「なるほどね・・・。そう言う事なら、アメリアちゃんに協力するよ」
「そうね、私も賛成だわ」
「・・・俺もだ」
「皆、ありがとう。準備で忙しくなる前に、挨拶をしておきたい人が居るんだけど良いかな?」
挨拶に行きたい所、それはソフィアさんの所属する教会だ。ソフィアさんは祭殿の件が治まった後、教会に戻っていた。お世話になった以上、報告しない訳にはいかない。
「こんにちは、ソフィアさんはいらっしゃいますか?旅立ちの御挨拶をさせて頂こうと思いまして」
「おや、それはそれは・・・少々お待ちください、直ぐにお呼びしますので」
教会の前で応対してくれたのは、ザナントーニ司祭だった。いそいそと教会に戻ると、大きな袋を抱えながらソフィアさんと共に現れた。
「お忙しい所、お立ち寄り頂き有難うございます。あの、何方に向かわれるのか伺っても?」
「帝都の方に、土の祭殿の事を小耳に挟んだので行ってみようかと」
「そう・・・ですか。良い旅路になる事をお祈りさせて頂きますね」
ソフィアさんは少し寂し気にそう言うと胸の前で手を組もうとしたが、その手に大きな荷物が押し付けられる。
「え・・あの、司祭様?」
「彼女達と一緒に行きたいなら素直になりなさい。ちと、強引だが彼女を貴女方の旅路に同行させては貰えませんかな?」
確かに強引だ・・しかし
「ソフィアさん、私達と一緒に旅をして貰えませんか?」
「はい、宜しくお願いします!」
こうしてベアストマン帝国での旅は続く、目指すは帝都レオネ!
此処まで読んで頂き、ありがとうございます。
引き続き第4章という形で継続する予定ですので、宜しければ引き続きお付き合い下さい。




