第14話 囚われの剣
突如、鼓膜が振動するほどの水音が耳に届く。向かい合うは妖精達が張る障壁に動きを止められ、足掻くカルメンの姿。そして突然起こる急降下、空中に放たれた私は目の前の状況と自身に起きている事態に焦り震える唇を動かし、風の精霊王様へとお伺いを立てる。
「吹き渡る風にて 精霊を・・・っ」
降下速度が思いのほか速く、必死に詠唱をしていると、一人の妖精が私の目の前を通り過ぎたかと思うと、キラキラと金色の輝く粉が私に降りかかり体がふわりと浮上する。
驚きつつ妖精を探して上空へと目をやると、浮遊する岩の一つに人影が。
枯草色の外套を纏い、付属の頭巾からは黒い髪が覗いているが、顔を半分覆う仮面により面立ちは不明。
しかし、随分と想像とかけ離れたが、先程の妖精だけでは無く様々な妖精が周囲に居る事から、彼が妖精の盾で間違いないだろう。
「何をしている?時も君に与えた妖精の粉の効果も有限だ」
「・・・解っている!吹き渡る風にて 精霊を統べし者 シルフよ私に天かける力を示せ【レヴィア】!」
互いに探りを入れて居る間もないのは確か、少なくとも助けてくれたと言う事は今は味方であると信じたい。
足元を覆う旋風は私の体を高く舞い上げる。カルメンを覆っていた障壁は私が来るのを待っていたかのように罅が入り砕け散る。
不味い・・・!
その時、首飾りが揺れてカチャリと音が鳴る。そうだ・・・!
「命を育む水瓶よ 慈悲深き水の精霊王 その名の許に命ず 凍てつく気高き獣よ我が敵を穿て【氷狼の牙】」
首飾りが青白い閃光を放つと共に、空気は凍てつき咆哮と共に銀色の狼がカルメンへと襲い掛かり牙をむく。
カルメンは血を滴らせつつ、怒号を上げると鋭い爪を伸ばし引き剥がそうと腕に力を籠める。
「ぐっ・・アタシの・・・アタシの邪魔をするなあああぁぁ!!」
カルメンの爪から伸びる黒い粘性のある液体は狼を縛り上げるように伸び締め付ける。
「ありがとう、戻って来て!」
私がカルメンに目がけ剣を振り下ろすのと同時に、狼は氷の霧となり首飾りに戻る。
振り下ろした剣は爪と衝突し、金属同士が擦れ合うような耳障りな音を立てて火花を散らす。
そのまま競り合い錐揉み状に降下し、仲間達の居る岩場に降りたち再交戦する。
術により筋力の低下を引き起こしている仲間達を巻き込まずにかつ、カルメンを討つにはどうすべきか。
「アメリアさん、皆さんの事は私に任せてください。あたしが何とかして見せます」
そう言うとソフィアさんは杖を握り、祈るように詠唱する。
なるほど、貰った力を使用するから時間稼ぎをして欲しいと言う事ね。
「解ったわ・・・!」
如何にか水の精霊石の元へ行こうとするカルメンの攻撃を受け止めては薙ぎ払い、身を捩じり重心を籠めて剣を振り下ろした。それをカルメンは苛立ちながら爪で受け流す。
そして・・・
「天に御座す我が主よ 清浄なる雫を望み 穢れを祓う事を 膝まづきて乞い願う 【解呪の雫】 」
ソフィアさんは変異すると、大きな翼を広げ歌う様に詠唱する。歌声に導かれる様に水が波紋を描き、仲間達に纏わりつく黒い靄を祓い洗い流す。
皆に見る間に活力が戻るのを見て、風が此方へと優位に変わるのを感じた。
「さて、此処からも反撃させて貰いましょうか」
私は剣を構え直し、カルメンに切っ先を向ける。
だが、私の宣誓を無視し彼女は精霊石に向かおうと羽ばたく。
「馬鹿ねアタシが大人しく待っているとで・・」
次の瞬間、私の横を何かが通り過ぎた。
「はっ!そうかよ。【飛炎連脚】!」
ダリルはカルメンに接近すると、身を捻り上げ炎を巻き上げると彼女の背中を狙い一撃をお見舞いする。
服が焦げ、態勢を崩しよろめくが地に落ちる事は無く、カルメンは歯を食いしばり更に力強く高く飛翔する。
「風は無数の矢となり 矢は流星の如く 我が敵へと降り注ぐ 射貫け!【ウィンドシャワー】!」
ケレブリエルさんから風が巻起り、風刃が杖から放射線状に広がり襲い掛かる。
それを少々の被弾をものともせずカルメンは飛び続け、ある地点で目を見開き動きが固まる。
「な・・・っ!」
その視線の先を追うと、水の精霊石を覆う巨大な魔法陣が宙に描かれていた。
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同様と困惑から、激しい怒りを露わにするカルメン。魔法陣の内側に立つ者は、仮面から覗く口元を緩やかに上げ、ほくそ笑む。
「時間稼ぎをしてくれて感謝する。精霊石の守護が僕の役目なんだが少々、時間が必要でね」
その言葉を聞くとカルメンは狂乱し、爪で魔法陣を掻き魔法を乱雑に放つが、水の精霊石を覆う障壁はピクリともせず、カルメンを弾き飛ばす。その怒りは矛先は当然、妖精の盾の手助けをした私に向かった。
「どうして・・・どうして、あの方の目覚めを邪魔するっ!許さないっ!許さないっ!ゆるさない・・・その報い受けて貰うわっ!!」
カルメンの顔は憎悪で酷く歪み、背筋を凍らせる殺意と共に私の方へと降下する。
重たい一撃と共に振り下ろされた爪と剣が交じり合う。
「報いを受けるのは貴方の方だよ!」
レオニダにテイラーさん、二人を傷つけた罪と水の祭殿の大祭司様を殺めた罪も決して許されるものじゃ無い。私は剣を握る腕に力を籠める。
しかし次の瞬間、カルメンの片腕が私の胸元に向け伸ばされた。
「何を・・・っ?!」
「踏み入るは深淵 眠りの篭に囚われ 永久なる眠りへ誘わん【夢魔の檻】」
カルメンの手から強い粘性のある液体が幾重にも別れ、まるで生き物の様に私を覆い尽くさんばかり襲い掛かる。
「アメリアちゃん!?空を統べし雷龍よ 空を彷徨いし雷よ 我が剣に集い力を示せ【双雷斬】」
慌てて駆け寄るフェリクスさんの雷を帯びた双剣がカルメンを何度も斬り刻み、カルメンを追い詰める。
私も剣で必死に抵抗するが、絶え間なく絡みつく其れに私は空しく飲み込まれていく。最後に見えたのは不敵な笑みを浮かべ、滝壺へ落ちて行くカルメンの姿だった。
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ガタガタと体への振動で目が覚める。
見渡すと不思議な事に視線は低く、木製の壁に複数の小窓に美しく装飾された座席には女性が一人と少年が一人、腰を掛けているのが目に映る。
「え・・・あれ、此処は?」
私は確か水の祭殿の最奥に居たはず。皆は?あの人達は誰だろう?困惑していると女性が扇を口元に当て、クスクスと私を見て笑う。
「あら、目が覚めたのかしら?ほら、此れで髪を整えなさい」
優しくそう言うと、細かい装飾が施された手鏡が差し出される。其れを受け取り、恐るおそる覗き込むと、その姿に驚愕する。
年齢は六・七歳と言った所だろうか、黒髪に丸い金の瞳の身なりの良い少女の姿が映っていた。
この子は私・・・?
「駄目じゃないか、馬車で居眠りだなんて」
そう言ったのは私の隣に座っていた、同じ歳ぐらい少年。黒髪の下から覗く銀の瞳が印象的であり、どことなく私に似ている気がする。
「ふふっ、緊張して眠れなかったのかしら?兄妹での遠出は初めてですものね」
そう言い母親らしき女性は、胸元のペンダントに手を当てながら優しく微笑む。
あのペンダント・・・何か見覚えのあるような気が・・・
「母上、山奥を走っていますが、本日はどちらに向かわれているのですか?」
「それはね・・・」
そこまで聞いた所で視界が急に暗転する。
再び意識が飲み込まれる感覚に眩暈を感じつつ、再び瞼を開くと周囲は一変していた。
耳に響く怒号と悲鳴、鼻につく鉄錆の臭い、先程まで穏やかな表情を浮かべていた母親と兄の顔は恐怖に染まりつつある。
母に兄妹で抱き寄せられていると、乱暴に馬車の扉が開く。
現れたのはボサボサの髪に顎髭をたくわえた男、その背後には瞳に輝きを失くした金髪の少年が無表情のまま立っていた。年齢は義妹のケイティーより少し下ぐらいだろうか。
男の服と手に持っている斧は赤黒く染まっており、次に何が起きるのか容易に想像させた。
「助けてください!せめて、息子と娘だけは!」
「悪ぃな、俺も此れで飯を食ってるんでね」
ザシュッ・・・!!絹が裂ける様な悲鳴と共に、恐怖で固まる私の視界は鮮烈な赤に染めあげられた。
唇と肩が震え、恐怖に囚われ声が絞り出そうとしても出せない。
「あ・・・ああ・・・」
「恨むならコレを産んだ自分を恨むんだな。ああ、もう聞こえないか・・・がはははっ」
此方を見下し下卑た笑い声を上げると男は、後方で目を見開き震える金髪の少年に血塗れの斧を渡す。
「・・・・・・・・」
「殺れ・・・」
男は低い声で呟くと、私達の方を指さす。
逃げなきゃ・・・!
金髪の少年は戸惑い男と私達の間で視線を泳がすと、斧の柄を硬く握り振り上げ絶叫する。
「うわああああああああああ!!!!」
それと同時に視界が白い光に包まれ、体が引っ張られる感覚と共に、聞き覚えのある声が耳に響いた。




