第12話 神秘なる雫の間
光を纏う剣は魔力と精霊王様の加護を受け輝きを増す。
誘い込むかのように開かれた扉は一体どこに繋がっているのだろうか?
祭壇により隠されていたと言う時点で、祭殿にとって秘匿すべき禁足地では無いかとソフィアさんが言っていたけれど。
重厚な外見の扉は思いのほか軽く、警戒しつつ静かに開くと突如、目の前に白光が射し私達を包み込んだ。
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「これは・・・いったい?」
「俺達、祭殿の中に居た・・・よな?」
「しかし、此れは見事だね」
驚き目を瞬かせる私達の前には、破壊され荒れ果てた祭殿ではなく、鼓膜を震わす水音を響かせ流れ落ちる瀑布と波紋上に広がる岩々に守られながら浮遊する神秘的な雫型の青い巨大な鉱石の姿だった。
扉側から点々と植えられた低木、足元は白いタイルが敷き詰められた円状の手摺の無い岩場になっている。
「あの鉱石を見ていると何か胸に暖かいものが込み上げてくるような・・・不思議な気分になりますね」
ソフィアさんは胸元に手を当て、慈しむ様に瞳を細め鉱石を見上げていた。
それを見てケレブリエルさんは何かを考え込むように口元に手を当てる。
「皆はあの石を見て何か感じる?」
「精霊の力を強く感じますが、ソフィアさんの様には・・・」
私と同様に他の皆も似たような返事をそれぞれ返していた。
同じような返答を聞いて「なるほど・・・」とケレブリエルさんは呟く。
「此れは途轍もない物を目にしているかもしれないわ。恐らくこれは水の精霊石・・・ソフィアさんの魔核に宿る水の精霊が精霊界に居る王の力を感じて呼応しているのよ」
此れも同じく精霊を祀る一族に連なるケレブリエルさんならではの得られる知識だろうか?
精霊の力を与えられている者として、確かに強く惹かれる物はある。
「精霊石とはいったい?」
「私も両親から聞きかじった程度の知識だけれど。精霊界からこの世界へと繋がる、六代元素の核と言える存在らしいわ」
「つまりは此れが穢される又は破壊されれば、世界から水が消滅してしまうと言う事だな」
フェリクスさんは神妙な面持ちで頷く。
「それなら、隠されていたのも納得しますね・・・」
理解はできたが、現状の異常さを感じる。
聖域とも呼べる、この場所へと誘導した張本人の姿が見えない。
「アメリア、後ろだ!危ねぇ!」
ダリルの咄嗟の警告に翻すと、クスクスと言う女性の笑い声と共に私の影からレオニダがぬらりと姿を現し、ナイフで襲いかかって来た。
警告のお蔭で如何にか寸前の所で光の剣を振り上げ、その凶刃を掬い上げ受け止めるが、閃光と共に反動が襲い互いに背後へと弾き飛ばされる。
「くっ・・!」
すぐさま腰と足に力を入れ、お互いに踏み止まり、滝壺への落下を回避をする事が出来た。
影から出て来たレオニダは肩で息をしながら対峙する私を睨みつける。
「如何にか部屋に入る事が出来たけれど皮肉なものね・・・。忌々しい力を感じると思ったら剣が居たのね」
声は変わらず、聞き覚えのある女性のもののまま。
様子を窺いふと足元から伸びるその影は、生き物の様にゆらゆらと蠢く。
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「貴方は・・・何者なの?」
私の言葉にレオニダは黙念すると、目元を歪め薄ら笑いを浮かべる。
「そうね良いわ、廻り合わせに免じて教えてあげる。アタシの名前はカルメン。闇の精霊王の最愛の存在であり、その身を捧げ添い遂げる者よ」
カルメンは頬を染め、うっとりと目を細める。
その表情を見た私達の背に怖気が走る。
しかし、これで水の精霊王様の言葉と私の中に浮かびあっていたものが合わさり確信に近付く。カルメンが古の闇の巫女・・・?
「実体のない存在と添い遂げるだぁ?何が最愛だ気色悪りぃ!レオニダを返しやがれ!」
ダリルが煽り喚き立てると、カルメンは顔に強い憎悪の念を深く刻み歯ぎしりをした。
しかし直後、ニタリと愉快そうにゆっくりと口角を上げる。
「・・・そう、なら受け取ってみなさい」
そう言うとカルメンが両手を上げ腕を広げると、彼女が操るレオニダの体はガクリと脱力し、後ろ向きに体が傾く。その背後には、轟音を響かせる滝壺が。
「なんて卑怯な・・っ!」
私達は一斉に駆け寄ろうとするが、レオニダの体は半分ほど宙に浮かび、滝壺に落ちかけている。
その時だった、葉が揺れる音と共に何かが私達の前を横切り飛び出して行った。
「レオニダ様!!」
落ちかけたレオニダの体を抱き寄せたのは、此処に居る筈のない人物。
「「「テイラーさん!」」」
それは宿で帰りを待っている筈のレオニダの執事、テイラーさんだった。
「やはり、貴方だったか・・・」
フェリクスさんは気付いていたらしく、安堵とも呆れとも取れる複雑な表情を浮かべていた。
「申し訳ございません、決して皆さんを信用していなかったわけでは・・・」
テイラーさんはバツが悪そうに眉尻を下げ目を伏せつつ、歯切れの悪い口調で謝罪をすると、抱き留めた主人の顔を見て安堵の息を漏らす。
しかし、私にはカルメンの声も姿も見えないのが不気味でならない。
レオニダを操り、祭殿を破壊したうえに人を手に掛けさせてまでこの聖域に侵入した訳だ。
垣間見た狂気の言動と行動から簡単に身を引くとは思えない
「いやいや、貴方が居なければ彼は滝壺に落ちていたでしょう。助ける事が出来なかった此方の方が謝罪させて頂きたいぐらいだ」
フェリクスさんは珍しく真面目な表情をし、テイラーさんに言葉をかける。
それを聞き、テイラーさんは少しだけ表情を和らげた。
しかしその次の瞬間だった・・・
「ありがとうございま・・・・グァッ!」
呻き声と共にテイラーさんの目が見開かれ、レオニダを抱えていた腕と体が離れて行き、腹部を赤く染め身を反らし床に倒れ込んだ。
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「そんな・・・なんで?!」
「・・・言った傍から気を緩め過ぎたわね」
ケレブリエルさんは苦々しい表情を浮かべ、目の前の光景を睨みつける。
テイラーさんから離れたレオニダはナイフと手を染め上げる赤を見つめ、ふらふらと立ち上がると、愉悦を噛みしめる様に表情を緩ませ私達を仰ぎ見る。
「うふふっ、さっきは惜しかったわ。それとアタシ、返すなんて言ったかしら?」
「この・・っ!」
ダリルはカルメンを睨むと、眉を吊り上げ唇を噛みしめ、拳を握りしめていた。
カルメンに操られているとはいえ体はレオニダ本人だ、きっと相手への怒りと依頼人を守らなくてはいけないと言う気持ちの狭間でもどかしい思いをしているのだろう。
ふと、ソフィアさんを横目で見ると、何か意を決したかのように真剣な表情を浮かべ、翼を大きく羽ばたかせる。
「まだ・・・間に合うはずです!」
「ソフィアさん?!」
「あら、大人しいと思ったら、怖いもの知らずねぇ」
ソフィアさんは大きな羽音と共に飛び立つと、テイラーさんを目がけて滑空する。
しかし、身を守る術の無い彼女がテイラーさんをカルメンから引き剥がす事は不可能だ。
私は剣の柄を強く握ると、カルメンの許へと駆け出す。
しかしソフィアさんから気を逸らす事に成功したが、寸前で避けられ剣は空を斬り、地面へと振り下ろされる。
だがお陰で妙なものを目に捉えた、剣が床に着く直前にカルメンの影が光を忌諱するかの如く、影の主の動きに反した動きを見せる。
やはり、影か・・・!
それに気が付くのと同時に、バキッと大きな打撃音が辺りに響く。
慌てて態勢を整え振り向くと、ダリルの拳がカルメンの頬に食い込むのが目に入った。
「うぐ・・っ」
操られているとはいえ体はレオニダ、貴族を殴ったら色々と不味いんじゃ・・・
「緊急事態だ、目を瞑ってくれ」
どうやら迷いは簡単に崩れたらしい。ダリルは地面に叩き付けられるカルメンを見下ろし嘲笑を浮かべると、拳を鳴らす。
でもお陰で相手に隙が出来た。此れは好機だ。
テイラーさんに治療を施すソフィアさんを一瞥し駆け出す。
正しいかどうかはある意味、賭け事のようなものだけれどね。
彗星の如く振り下ろされた光の剣は影を捕らえ、確かに其処に実体が在るのだと、感触を私の手に伝え、る。
「キャアアアアー!!」
カルメンの耳を塞ぎたくなるような悲鳴が響いたかと思うと・・・
ズルリ・・!
レオニダの影から黒く不定形の何かが這い出て来る。其れは大きく肥大化すると、ジュルジュルと気味の悪い音を立て、私達の前で人の姿らしきものを模り始めた。




