第11話 闇への執心
ザナージ団長の言葉を信じ船の墓場と化したセイレーン巣を後にした私達だったが、足場の心許ない船の残骸を乗り越え陸地に着いたものの、祭殿の影すらも確認できずにいた。
「貴方が私と同じ風属性、しかも雷の属性持ちだったとはね・・・」
ケレブリエルさんは呆れ気味にフェリクスさんの顔を見る。
「取って置きはいざと言う時に・・・と決めてるんでね。それとも、同じ属性で親近感を感じちゃったか?」
「はあ・・・呆れちゃうわね。下手したら私達にまで雷の被害にあっていたのよ」
「はは・・・その点は反省してまーす」
険しい顔つきのケレブリエルさんに流石のフェリクスさんも苦笑いを浮かべる。
それを心配そうに見ていたソフィアさんが二人を仲裁する形で間に入った。
「あの・・・あれで良かったと思います。あの戦いは母達も本望ではありませんでしたし、深く傷つける事無く止める事ができて良かったと思います・・・」
「ソ・・・ソフィアちゃん!お兄さんの味方をしてくれるんだね!」
フェリクスさんはソフィアさんの言葉に歓喜し、表情をパッと明るくする。
「いえ、事前に伝えてくれなかった件については、あたしもケレブリエルさんに同意です」
「う・・・」
まあ、そうは甘くないよね。
ザナージ団長の示した北の方角を目指して歩いている私達だったが、いけどいけど枯れ木と岩が続くのみ。
精霊王様の声は風の地耳を澄ませるがの様に聞こえてこない。
見回しても姿は無く、道には点々と雫のような文様が彫られた石が点々とするのみ。
せめて気配だけでもと心を研ぎ澄ませ探ると、弱々しいが僅かに力を感じた。
それは私に気付いたのか、私の心に静かに水滴を落とし波紋を作る。水音に混じり声の様な物が混じった。
――剣・・・此方・・・で・・・わ――
掠れているけれど声が聞こえる・・・!
「おい・・・どうし・・・って急に顔をあ、上げんじゃねぇよ!馬鹿!」
ふいのダリルの声に斜め上を向くと、間近でダリルと目が合う。すると、ダリルは目を見開き顔色を変え、顔を逸らした。声をかけておいて馬鹿とか謂れのない罵倒だ・・・
ムッする気持ちを抑える、今の優先すべきは水の精霊王様の事。
「・・・心配かけてごめん。水の精霊王様を気配を探っていたの」
「何か言っているか?」
「判らない・・・ん?」
ふと、道に目をやると道の装飾と思われていた石の文様が青く淡い光を灯し、それは徐々に森の奥へと続々と増えて行く。
「これって・・・」
「誘導ね・・・」
ケレブリエルさんは戸惑う私の隣に立ち、光の行き先を眺める。
「いこうぜ、他に手掛かり無いんだしよ・・・」
そう言うとダリルはスタスタと歩き出す。
「うん、モタモタしている場合じゃないね」
「しかし、水の精霊王様か。どんなレディなのか楽しみだね」
「はあ、多分・・・フェリクスさん達には姿は見えないと思いますよ」
相変わらずの様子のフェリクスさんに呆れつつ、私達は導かれるままに道を進むと枯草のみの地面に緑の色彩が入り込んだ。
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辿り着いた先には清らかな水を湛える泉と、石と同様に水の紋章と思われるものが彫られた石碑が置かれていた。泉に私が近付くと徐々に水が女性の形を模り、いつか見た水の精霊王の姿が現れる。しかし、その姿はゆらゆらと揺れて頼りない。
「先程の現象もですが、アメリアさん・・・貴方は一体・・・?」
ソフィアさんは困惑の表情を浮かべ私を見る。やはり、私以外の人には見えていないみたい。
他の人も石碑をまじまじと見つめたり首を捻っていた。
「ごめん、詳しくは後で話すから許してね」
水の精霊王さまの声が辺りに響く・・・。
『この様な姿で申し訳ありません、どうしても貴方達に伝えたい事があるのです・・・』
皆にも聞こえる様で、私はどこから声が聞こえるのか困惑する皆を鎮め耳を傾ける。
『哀れな人の子を操るあの者は嘗て、精霊王に仕えながら、慕情を抱いた愚かな娘。遥か昔、報われぬ思いを実らせる為に世界を貶め、異界送りとなった咎人なのです・・・』
「精霊王への慕情・・・咎人・・・?」
どこかで聞いた様な・・・あ!
さまざまな思い出が廻る私の頭に生まれ故郷を旅立った直後のある光景が思い浮かんだ。
火を囲む中、美しい音色を奏でる吟遊詩人と踊り子の姿。そこで歌われた詩に似たような部分があった。
奴の行使していた魔法は闇・・・歌詞にあった闇の巫女と符合する。
「まさか・・・」
『この地に流れる水脈を通じマナが何者かに捧げられている・・・止めなくてはなりません。しかし・・・その顔は何か覚えがあるのですね』
「ええ、しかし魔界へ追放された筈なのに今になって何故?」
『それは・・・』
確信の持てない様々な憶測が廻るが、答えは返ってこなかった。
そして、何かを言いよどむ様に不安げな表情を浮かべる水の精霊王様の姿が揺らいだ。
『・・・時は待ってくれない様ですね。せめて、このわたくし、水の精霊王が貴方達を祭殿へと誘いましょう』
すると、泉が発光し魔法陣が浮かび上がった。
相手を思わぬ形であったが、レオニダを彼女の操り糸から解放する事はできるのだろうか?
思案に耽っていると仲間達の声が私を呼び覚ます。私は導かれるまま泉に入り、その水に包まれる様な感覚に身を委ねた。
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体が一気に引っ張られる妙な感覚と共に気が付くと祭殿の前の噴水の中に立っていた。
しかし、私達は目の前に広がる光景に驚愕する事になる。
周囲は黒い霧が漂い水脈の影響か、木々は全て黒く染まり、その枝は歪な姿へと変貌していた。
まさに悪夢のような光景・・・
「さて、行こうか。幸い敵はオレ達に気付いていないようだしね」
「そうですね、でも逆に静かすぎるかも」
これ程の闇の魔力の影響を受けた地に魔物が出ない事が不思議だ。
それとも、他に何か理由があるのだろうか?
「今はそうだとしても、此処は祭殿の在る聖地、魔物を退ける力が残っているのかもしれないわ」
「何にしても、氷壁が破壊される前に急ぎましょう」
ソフィアさんは一時でも早くと言った様子で、そわそわと祭殿の方を見ている。
「・・・さっさと行こうぜ」
ダリルは首を左右に動かし肩を鳴らし歩き出す。
松明に火を灯し、ダリルに続いて祭殿の中へ歩を進めると、外と同様の静けさが広がっていた。
湿り気を帯びた空気がじとりと肌に張り付く、まったく人気のない廊下には私達の靴音や武器の微かな金属音のみが響く。もうすぐ目的の儀式の間だ。
「・・・・・ん?」
ダリルが突如、後ろを振り向く。何事かと思い振り向くが何の姿見えない。
「どうしたの?」
「・・・いや、何でもねぇ。それより、アレを見ろ」
ダリルが指さした先には内側から拉げた儀式の間の扉、そこからは凍てつく冷気が漏れている。良くない予想が当たりそうだ・・・
武器をかまえ直し、慌てて五人で儀式の間に入ると私達はあまりの光景に息を飲んだ。
大きく砕けた氷塊と破壊された水の精霊王の祭壇が私達の視界に飛び込んで来る。
祭壇が砕けた事により現れた複雑な文様が描かれた大きな扉は、まるで私達を誘うかのようにその口を開ている。
「そんな・・・」
ソフィアさんは愕然とし、その光景を見て口元を両手で抑える。
相手は闇魔法の使い手・・・
どうしたものかと握る松明で行き先を照らすと、炎は闇を消し去り明るく照らす。
そうだ、闇を祓うのは光、それなら・・・これで!
此処まで来たら罠だろうと迷わない。私は柄を強く握り、呪文を唱えた。
「偉大なる精霊にて光の王 闇には灯を それは巨大な闇をも穿ち 不浄なる者を退ける力となれ!ウィル・オ・ウィスプ!」
眩い光は一振りの白刃を邪なるものを薙ぎ払う光の剣へと姿を変えた。




