第9話 傀儡の信徒
目の前に転がる眼鏡がレオニダの物だと言う確証はないし、水の妖精は人が襲われたと言っただけだ。それが解るのは彼の一番傍に居たテイラーさん以外いない。
テイラーさんに確認をして貰うのは酷な事かもしれないけど・・・
「待て!」
眼鏡を手に取ろうとした途端、ダリルが声を張り上げた。
「・・・何よ?」
「・・・可笑しくないか?何で俺達が来た途端に水の妖精が現れたんだ?」
その言葉にケレブリエルさんも訝しむように水の妖精を見る。
「確かに妙ね、辺りに他の妖精が居ないにも関わらず、まるで予め私達が此処に来るのを知っていたかのようね・・・」
「そんな、これが罠?」
私も愛し仔の名が挙り、エリン・ラスガレンでの事を思い浮かべていた。
あの時、祭殿へ結晶獣を従えたクルニア達を誘導したのは愛し仔と呼ばれる人物だ。
「ちげーよ、俺達は都合が良すぎるって言ってんだ!」
「やれやれだねぇ~」
真剣に話し合う私達を他所に、フェリクスさんはヒョイッと壊れたメガネの蔓を指でつまみ上げた。
「おま・・・っ」
「慎重になるのも大切だけど、時には大胆にでる必要もあるのさ。それじゃあテイラー殿、確認をお願いできるかな?」
驚き慌てるダリル達を呆れるような顔をし一笑すると、フェリクスさんはソフィアさんとテイラーさんの前に壊れた眼鏡を差し出す。
「・・・はっ、はい」
テイラーさんは眼鏡を震える手でフェリクスさんから受け取る。暫しそれを見つめていたテイラーさんの顔色が目に見えて青褪めていく。
「テイラーさん、眼鏡は・・・」
「ええ、間違いありません・・・」
テイラーさんは苦悶の表情を浮かべ、小さく頷いた。
現状、判明しているのは眼鏡がレオニダの物だと言う事のみ。水の妖精の出現について考えていると・・・
『ヨンデル・・バイバイ』
思案する私達の横を水の妖精が飛んでいく。
「近くから私達を見ている・・・?」
水の妖精を目で追うと、近くの建物へと飛んでいく、そこにはフードを目深に被った人影がチラリと見えた。しかし瞬きをした次の瞬間、その姿は水の妖精と共に消え失せてしまう。
遠すぎて性別や顔は判るよしも無かったけれどあれが・・・
「愛し仔・・・・?」
「アメリアちゃんどうしたの?ボーっとしちゃって?まさか良い男でも居たのかい?」
突然の、的外れなフェリクスさんの声に肩がビクリと跳ねる。
「違います!」
「あの・・・すみません、お話の途中で大変恐縮ですが・・・テイラーさんが倒れてしまわれました」
おずおずとソフィアさんに声を掛けられ、振り向くとテイラーさんがダリルに抱き留められていた。
突然の主の失踪はテイラーさんにとって、相当な心労だったのだろう。
「とりあえず、じーさんを宿に連れて行こうぜ」
ダリルにテイラーさんを背負って貰い、私達は再び宿に戻る事となった。
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テイラーさんをベッドへ寝かせ、暫し休ませると、どうにか意識が戻った。
「レオニダ様は、功名心が故に・・・先走ってしまわれただけなんです」
テイラーさんは体を半分だけ起こしゆくりと口を開くと、幼い頃からの優秀な兄弟との確執、兄達のいない教会で上層部の役職に就こうと努力していたと語ってくれた。
そうか、単独行動は兄弟を見返す為だったのね。
「何故、私達にそんな大切な事を?」
「貴方がたにレオニダ様の事を誤解をして欲しくなかったのです・・・」
テイラーさんは私達の顔を見て苦笑をする。
傍若無人な奴だけど、努力家で従者に好かれている良い奴なのかも。
「彼は私達の護衛対象です。安心してください、必ず助けますから!」
「どうやら、私の杞憂だったようですね・・・。では私も早速、捜索に・・・」
テイラーさんは安堵の息を漏らし、ベッドから足を降ろす。
しかしテイラーさんの忠義心は確かな物だが、危険が伴ういじょうは同行して貰う訳にはいかない。
「酷な事かと思われますが・・・。私達に全て任せてくださいませんか?」
私の言葉を聞き、テイラーさんはローチェストに置かれた壊れた眼鏡へと視線を向ける。何かを思案するかのような表情を浮かべ、暫しの沈黙の後にゆっくりと口を開く。
「・・・どうか、どうかレオニダ様をお願いします」
「お任せください!」
さて、主人思いの従者の為に一肌脱ぎますか!
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宿を後にした私達はソフィアさんの案内の下、ヒッポグリフ達に跨り、眼鏡を発見した周辺へと聞き込みをしつつ水の祭殿方面へと進んでいる。
アルスヴィズに乗るようにソフィアさんを誘うと、「大丈夫ですよ」と言い翼を大きく広げ、誘導役を買って出てくれた。そう言う訳で私の後ろにはフェリクスさん、ダリルの後ろにはケレブリエルさんが乗っている。
「しっかし、ソフィアちゃん。さっきは石を投げられたけど大丈夫だった?」
「ええ、まあどうにか」
フェリクスさんの言葉にソフィアさんは少し悲しげな声で答えた。
混血児の白魔術師と気づくと、一部の心無い人々から情報の代わりに汚い言葉や石を投げられる事もあった。
「許せないっ、全く差別撤廃条約を知らないのかな?」
差別撤廃条約は祖父も活躍した種族戦争の終結の祭に締結された、その名の通りの居種族間の差別及び争いを禁ずる条約だ。
「・・・ありがとうございます。でも、知識にない物や異質な物を恐れるのも生物の防衛本能ですから。それに、情報の収穫はあった訳ですし良かったと思いますよ」
ソフィアさんの言う通り収穫はあった、十数件の聞き込みの後、眼鏡が発見された水路は水の祭殿の方面へと繋がっていると言う事が判明したのだ。
「・・・そうだね。これは、水の祭殿でほぼ間違いないかも」
ようやく小島が見えてきた所で低空飛行を試みると、運悪く自警団の船に捕まってしまった。
「そこの五人、直ちに船へとヒッポグリフを降ろせ、従わないのなら強硬手段をとらせて貰う」
気持ちは焦るが、此処まで言われて降り無いわけにはいかない。
大人しく自警団の船の甲板へと着陸すると、上陸前と港で会ったザナージ隊長の姿があった。
初めは「カーライルの者か・・・」とアルスヴィズ達の首輪を見ながら訝し気に見ていたが、それはソフィアさんを見て豹変した。
「ソ、ソフィアちゃーん、久しぶりだなぁ!元気だったか、おいたん寂しかったぞぉぉ」
お・・・おいたん?!
ザナージ隊長は筋肉の塊のような体でソフィアさんを抱きしめると頬ずりをした。
「・・・くっ・・苦しいですっ」
「す、すまない」
余りの衝撃的な光景に私達が固まっていると、ソフィアさんは腕の中から逃れ、私達にザナージさんを紹介してくれた。
「此方の方は海難事故で亡くなった父の元同僚で親友のゴッフレート・ザナージさん。あたしが教会へ入信するまで、父母の代わりに大変お世話になった方です」
そうなるとソフィアさんのお父さんは元自警団の人なのかな?
「港ではご忠告をありがとうございました、アメリア・クロックウェルと申します」
私達はおのおの名乗った後、事情を話し水の祭殿に向かう事を申し出てた。
セイレーンの件や以前から訪れる者が減っていたらしい水の祭殿に何の用があるのか等、目的や意図を色々と詰問された挙句、許可が下りたが条件が出される。
「ソフィアちゃんが行くなら、俺を連れて行け!そうじゃなきゃ、許可はださん!」
「は・・・はい」
「すみません、昔から小父は言い出したら聞かない人なんです・・・」
それで許可が下りるのならと同行して貰う事となった。
到着した小島には酷い惨状が広がっていた。
枯れかけの森に船の残骸と辺りを覆う腐臭、とうてい水の精霊王の住まう地とは思えない光景が私達の前に在る。
何より可笑しいのは船で近づいたのにも関わらず、一向に歌も姿も現さないセイレーンの存在。
「ともかく、警戒は怠らずに進みましょう」
コクコクと頷く一同と共に砂浜を見渡すと、壊れかけた小舟が目につく。
「うむ、これは真新しいヤツだな・・・」
ザナージ隊長は大きな体を曲げ、船の近くで足跡を発見し、踏まない様に辿る。
「この方向だと、祭殿の方でしょうか?」
ソフィアさんの視線の先を見ると、小高い丘の上に祭殿の様なものが見える。
「追ってみましょう・・・」
やせ衰えた木々の中を歩き辿り着いた祭殿は多少は綺麗にされているものの、人の気配はせず、遠くから大量の水が落ちる音が聞こえるのみ。
「どうやら、足跡の主は祭殿の中へ入ったようね・・・」
ケレブリエルさんは杖で足跡の終着点を突いた。
息を殺し歩を進めると、建物の中央に位置する祭壇の前に人が立っていた。その足元には赤い水溜りと、其処に横たわる人の姿が・・・
「え・・・そん・・・な」
床に広がる色と同様に服と手を染める人物の手には鈍く光る刃物が一本。私達に気が付いたのか、眼光を紫色に怪しく光らせゆっくりと振り向く。
その人物はレオニダ・シモンズ・・・その人だった。




