第8話 壊れた手掛かり
小鳥の囀りと木々が風に揺れる音がする朝、木製の扉を叩く音とテイラーさんの取り乱した声に驚き、思わずベットから転げ落ちてしまった。
「痛たた・・・すいません、直ぐに行きますから!」
「なぁ~に、朝早くから」
半分寝ぼけているケレブリエルさんに事情を話し、急いで服を着替えているとテイラーさんと違い乱暴に扉を叩く音がした。
「おい!早くしろ!タレ目野郎を探して、護衛対象の部屋へ集合だからな」
「解ったけれど・・・フェリクスさんいないの?」
「彼の事だから下に降りて受付のお嬢さんでも口説いてるんじゃないかしら?」
「そうそう、フェリクスさんだしね」
「・・・ちっ、一人で宿中探したがいねえんだよ」
そんな朝のドタバタの中、呑気な欠伸が聞こえてくる。
「相変わらず、デコ助は無粋だねぇ」
「ってめ!どこから沸いた!」
「良いか?見目麗しい女性二人が身支度をしているんだぞ。今日はフェリクスさんに可愛いって言って貰えるかな?これでフェリクスさんは私のものよ!って!これが想像するだけで・・・フゴッ!」
やや陶酔ぎみのフェリクスさんの言葉はあっけなく、私が開けた扉により鈍い衝突音と共に遮られた。
「テイラーさんをほっといて何をやっているんですか・・・」
呆れる私の視線の先には青褪めるテイラーさんとお腹を抱えて笑うダリル、そして鼻を抑えて蹲るフェリクスさんの姿があった。
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その後、レオニダの部屋へと招かれた私達はテーブルを挟み豪華なソファに座り、テイラーさんの話を聞いている。
そんな私達の前に差し出された羊皮紙にはこう書かれていた・・・
『僕は女神様に使える者として、教区が抱える問題の解決に手を貸そうと思う。冒険者共に旅の準備をしておくに伝えておくように』
「そんな!」
私は思わずテーブルの上に手をつき、半分だけ腰を浮かせた。信心深い部分を垣間見たが、これは人と人とは言え無い問題だ。危険がある以上、武器の持たない彼には無謀としかいえない。
「あの野郎・・・でかい口叩きやがって」
ダリルは苛立ち拳を強く握る。
「私が居ながら申し訳ございません・・・」
すっかり憔悴しきったテイラーさんは頭を垂れ、悲し気に顔を歪ませる。
「・・・いえ、責任なら此方に。護衛の任を受けながら見張りを怠り申し訳ございません」
ケレブリエルさんは申し訳なさ気に眉尻を下げ頭を下げた。
「教区の問題・・・。状況からして、間違いなくセイレーン関連の事ですよね。そうなると、祭殿へ行くべきでしょうか?」
フェリクスさんは何か思案するような顔をした後、ゆっくりと口を開く。
「うーん、取り敢えず教会に行ってみない?水の祭殿に行ったと仮定してもしなくとも、今回は彼女の協力が必要となるだろうし」
レオニダもソフィアさんの事を知っているようだし、彼女の協力を求め教会へ行った可能性も有る。
「・・・確かにそうですね。ただ、ここは街で情報を集める組と二手に分かれた方が良いかも」
「いいけどよ、タレ目野郎とはお断りだからな」
「当たり前じゃないか、野郎と二人きりなんてごめんだね」
フェリクスさんは肩を竦め苦笑いをした。
「アメリア・・・・彼ら何時もこうなのかしら?」
それを見てケレブリエルさんは苦笑いを浮かべる。
「はははっ・・・。それより、組み分けをしましょ!」
話し合った結果、私とダリルでテイラーさんを連れて教会へ、フェリクスさんとケレブリエルさんで街へ聞き込みに行く事となった。
「じゃあ、十二回目の鐘が鳴ったら宿の前に集合しよう」
「そうですね、宿の場所は覚えましたし」
その後、ヒッポグリフ達を留守番をさせる為に厩舎へ行くと、嘴を鳴らし「ピィィ・・・ピギャ」と不満たっぷりに二頭から抗議の鳴き声をあげられてしまった。
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教会へ行くと黒い体毛に小さな耳の付いた膃肭臍と、二枚貝の髪飾りを付けた海獺の白魔術師に混じり、掃除をするソフィアさんの姿が目に入った。
ソフィアさんは私達の姿に驚き、青い瞳をパチパチと瞬かせると他の二人に何かを話し、駆け寄って来た。
「こんな朝早くにどうかされたんですか?それとその、レオニダ先輩は・・・?」
私達の様子を見てソフィアさんは何かを察したのか、不安に顔が曇る。
「・・・レオニダさんは此方には?」
「ええ、来ておりません。あの、宜しければ教会で続きを聞かせて頂けませんか?」
「・・・ええ、そうしましょう」
そして案内をされたのは人気のない礼拝堂。そこで司祭様にも同席して貰い、話しをする事にした。
「では、詳しくは私めの方から・・・」
テイラーさんからの一通りの話しがされると、ソフィアさんの顔に不安と困惑の色が入り混じった表情が浮かんだ。先輩への心配と血族が関わるかもしれない事が関わっているのかも。
「では、此処に来られたのは・・・」
「ええ、難しいかもしれませんが・・・。どうか、私達に協力して頂けませんか?」
「確かに、レオニダ先輩の仰っている問題が船での件と関連しているのならお役に立てるかもしれません。しかし・・・」
私の言葉を聞いてソフィアさんは不安げに口元に手を当てて腕を抱え込む。
「ソフィア、行っておやりなさい。女神ウァルに使える者として、神に分け与えられた教区を救うのも務めですよ」
ザナントーニ司祭はヒレ・・・手でソフィアさんの肩を叩くと、優しく微笑んだ。
そう言えば、レオニダの手紙にもそんな事も書いてあったなぁ。
ソフィアさんは背中を押された為か不安の色は消え、意を決したように口を開く。
「司祭様・・・・。アメリアさん、あたしで宜しければ同行させてください」
「ありがとうございます!」
「おー、歓迎すっぜ!」
ただの勧誘だけでは問題なので、司祭様に忘れずに水の祭殿の場所等の情報を聞き、私達は教会を後にした。
話によると、祭殿は南西の小島にあり、平常時は小舟で行き来しているそうだが、数年前から水の祭殿はたった一人の祭司を残して無人に近い状態になっているらしい。
今や守り手であるセイレーン達が周辺海域に近寄る船を襲撃するようになり、近づける者も限られてしまったとの事だった。
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合流した私達はそのまま宿に戻らず、情報を共有する事にした。
私とダリルが聞いた話と同時期に、やはり異変が起きたらしい。港での忠告は嫌がらせではなく、真実で眉唾ものでは無かったようだ。
しかし時折、自警団の方々が見回りと祭殿への食糧や生活用品を届けているそうだ。
心配だったけど、一人で残った祭司様はどうにか無事みたいだね。
「それじゃあ、飲み水は?」
「それはあたし達、白魔術師が定期的に井戸に浄化魔法をかけに行っているんです」
「それでも大変ね・・・」
水への悪影響が続いていると言う事は、それを司る精霊王様に何かあったに違いない。
これは益々、一人で向かったレオニダの安否が心配だ。
「それとレオニダさんだけど・・・駄目だったわ。予想通り水の祭殿について聞きまわっているのは目撃されたんだけど・・・」
「うーん、話を聞いていると、あまりうまく情報を聞き出せてなかったみたいだ。止められたにも関わらず、不機嫌そうにしながら祭殿の方面へ歩いて行った姿を見たのが最後らしい」
何となくレオニダの高圧的な態度での聞き込みが目に浮かぶ気がする。
ケレブリエルさんとフェリクスさんは困り果てたような様な顔をしていた。
「予想通りと言うか何と言うか、水の祭殿へ行ってみようぜ。祭殿に向かったなら、途中でバッタリとかあるかもしれねぇしさ」
「・・・ダリルの言う通りだね、レオニダさんを探すのを重視しながら祭殿の方へ向かってみようか」
早々に食事を済ますと、私達は水の祭殿へ向かい水路沿いを歩いていた。
水路は噂通りの有様で、流れている物に目を背けたくなる物は無いが、泡立ち濁る水が発する臭気は予想以上のものだ。
本来、水場なら水の妖精が遊ぶ姿が見かけられそうだが・・・
『ケンミツケタ・・・愛シ仔ノ約束ハタセル』
突如、ポンと言う音と共に思い浮かべていたもの、水の妖精が姿を現した。
またもや愛し仔の名前が浮かんだ・・本当に何者なんだろう。
私達が困惑の表情を浮かべていると、水の妖精はふらふらと水路沿いにある雑草を指さした。
『ココ見テ。 ヒトオソワレタノ』
言われるがまま濡れて変色したその場所を見ると、血がつき歪んで割れた見覚えのある眼鏡を発見した。




