第4話 野営地にて
山脈を無事に乗り越えた私達は様々な方面へ行き交う馬車が集まる大きめの野営地で休息をとっている。
四方には魔物除けが施され、野営地の中央では吟遊詩人や旅芸人による催し物や商人どうしのやり取りなどで賑わっていた。
そんな中、私達と焚火を囲みながら涙目になるケイティー。
けっして煙が目に染みたわけじゃない。
私とダリルに睨まれて、正に蛇に睨まれた蛙と言う状態だから。
「でっ、お前は何で荷物に紛れ込んでたんだ」
ダリルは頬杖を突きながら真っすぐとケイティーを睨みつけている。
「あの・・・あのねっ」
「怖がらなくて良いから、ゆっくり話してもらえる?」
「うん・・・あのね」
ケイティーは話し難そうな様子だけど、どうにか少しづつ話をしてくれた。
要点を纏めると、儀式の準備をしている私を見ていて寂しくなったのに加えて、武器屋のレギンさんの言っていた薬品投擲士の事を詳しく知りたいのなら王都に行った方が詳しく知る事が出来ると言った事が決め手だったらしい。
それを聞いて思わず、ダリルと二人で頭を抱えてしまった。
「あっきれた・・・レギンさんが商人さんに話をつけてくれると言ってたじゃない」
「でも・・・」
「なあ、それよかさ。お前の分の旅費はどうするんだ?」
「それなら、貯金箱を割ってお小遣い持ってきたから」
ケイティーはそう言うと、腰に下げた布袋をチャリっと鳴らした。
どう聞いても心許ない音にしか聞こえない。
「しょうがない、足りない分は私が払うよ」
色々と胃が痛いが致し方ない。
「おねえちゃん、ごめん・・・必ず返すから」
そんなやり取りをしている私達を見て、ダリルはやれやれと言った表情を浮かべている。
「んじゃ、俺も少し出してやるよ」
「「へ?」」
「なんだよ・・・。でも、勘違いすんなよ。これは貸だからな」
ダリルはそれだけ言うと背を向けてしまったので、背中越しにケイティーと一緒に声をかけた。
「ありがとう。この借りは必ず返すから安心してね」
「ダリルにいちゃんもありがとう・・・」
すると、小さく「おうっ」と返事が返ってきた。
なんとか一安心・・・かな?
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ふと、ウォルフガングさんを横目で見ると何やら火に向かって話しかけているのが目に映った。
何をしているのか見ていると、ウォルフガングさんの周りを小さな火が踊るように舞っている。
「何をしているんですか?」
「火の妖精にお使いを頼んでいるところだ。君達の近況をバーウィック村の皆に知らせるためにね」
「それって・・・あわわ」
ケイティーの耳はみるみるハの字に倒れ、顔が青ざめていく。
「いや、村にいない時点でばれてんだろ」
「ケイティー、遅かれ早かれ安否報告は必要よ」
「うう・・・帰りたくない」
すこし意地悪したつもりが止めをさしてしまった。
ケイティーは自分の鞄に顔をうずめて突っ伏してしまった。
再びウォルフガングさんの方へ視線を戻す。
どうやら、火の妖精との交渉が終わったらしい。
以前、ルミア先生の魔法で風の妖精の姿は愛らしい姿だったな。
「火の妖精ってどんな姿をしているんですか?」
「そうか、まだ見えないんだったな。そうだな・・・深紅の髪と炎の羽を持つ妖精だ」
「へぇ・・・早く見てみたいです」
私が目を輝かせながら火の妖精を見ていると、火が大きくなりウォルフガングさんの毛を焦がす。
「そして、このように気性が荒い。どうやら、対価を早くよこせと言う事らしい」
ウォルフガングさんは眉間に皺をよせながら溜息をつくと、指先に小さな火球を作り出す。
それを火の妖精は吸収し、嬉しそうに火の渦を巻き焚火の中に消えて行った。
「あの妖精の対価は火?」
「いや、厳密にいうとオレ自身の魔力。妖精によっては要求する物は様々だけどな」
「なるほど・・・」
「でも、火の妖精がどうやって伝言を村に伝えるの?」
話を聞いている私の横からケイティーがひょっこりと顔を出した。
どうやら、立ち直ったみたいね。
「良い質問だ。火の妖精は火のある所へどこにだって行けるのさ。例えば竈や暖炉にオイルランプの中なんかにな」
「理屈は解ったけどさ。師匠、まだ尻尾が燃えてるぞ」
ダリルの指先を追って目線をウォルフガングさんの尻尾に向けると、チリチリと煙が上がっていた。
「もっと早く知らせろ。バカ弟子!」
そう言うとウォルフガングさんは慌てて尻尾の火を消しに、水汲み場に走り去っていった
さっきまでの雰囲気が台無しだ。
「し・・・締まらないなぁ」
呆れながらその後姿を眺めていると、美しい音楽が流れてきた。
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ふと見上げると、空は暗くなり満天の星空が広がっていた。
私達が中央広場に向かうと、明かりに照らされた大樹の下に人々が木製の長椅子を並べ、飲み物や食べ物を片手に集っているのが見える。
その中央には吟遊詩人と妖艶な衣装を纏った踊り子の姿が見える。
ダリルは周囲の男性と同様にその踊り子に夢中らしい。だらしがなく頬が緩んでいる。
「ダリルにいちゃんのスーケーベー」
ケイティーが手で口元を押さえながらダリルに軽蔑の眼差しを送っていた。
「な・・なんでだよ!」
「スーケーベー」
面白いので私も便乗して追い打ちをかける。
「それ、お前の場合は面白がってるだろ」
「バレちゃったか」
その時、私達の騒がしいやり取りを見ていたらしい吟遊詩人と踊り子から声をかけられた。
「あら、今夜は可愛らしいお客さんがいるのね」
踊り子さんは私達に優しく微笑むと、吟遊詩人方へふわりと体を翻した。
なんか負けた気がする・・・どことは言わないけど。
「もしかして、祝福の儀を受けにいくのかい?」
「はい、これから王都に向かうところなんです」
「そうかい、それじゃあお祝いに一曲披露しようか。リタ、あの曲を弾くよ」
吟遊詩人さんはリタと呼んだ踊り子さんに目で合図をする。
「わかったわ、キース。まかせて!」
リタさんも吟遊詩人のキースさんにパチリと目配せをした。
キースさんは木の根元に腰を掛けると、リュートを抱きかかえ演奏をし始めた。
曲は美しい音色にキースさんの歌とリタさんの華麗な踊りを交えた伝承に纏わる歌だった。
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《 それは昔むかしのお話し。
嘗ては世界に全ての種族の隔たりはなく、人やエルフにドワーフに獣人達に加え魔族ともお互いの領分を尊重しあい共存していた時代が存在した。
各種族でそれぞれの精霊を崇め各地にはそれを祭る祭壇が存在し、そこには精霊に使える巫女達がおり、各精霊に仕えていた。
ある日、一人の巫女が祈りを捧げていると一柱の精霊が彼女の前に顕現する。
それは偶然か気まぐれか・・・又は興味本位か
その精霊は漆黒の髪に夜の闇の様な濃藍の瞳を持ち見つめていると、その何処までも続くその深い闇に飲み込まれそうになる錯覚をしてしまいそうな程だ。
その魔族の巫女は一目でその闇の精霊に恋をしてしまった。
しかし、精霊には彼女も自分達が治める世界の一部でしかなく、二度と彼女の前に姿を現すことはなかった。
しかし、彼女は募る思い諦めきれず闇の精霊と再び逢う為にはどうしたら良いのか思慮に思慮を重ねた結果、彼女は恐ろしい事を考えついてしまう。
あの時のように祈りを捧げれば・・・巫女としての力と魔族の力を用いて全てのマナを捧げれば再び振り向いてくれると・・・
世界は急激なマナの減少により均等は崩れ、それは人だけではなく精霊や妖精達にも多大な影響を与えた。
しかし、それでも彼女の恋い焦がれた闇の精霊は現れる事はなかった。
精霊王達や妖精王から遣わされた、二人の使者と仲間達により、思いは叶わず醜い魔物と化した彼女は葬られ永久の眠りにつくのだった。》
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それは切なく悲しくもとても恐ろしい曲だった。
こうして私達の野営地での夜は更けて行った。