第1話 混血児 -ハーフブリード-
『剣よ・・』
穏やかで凛とした女性の声が何処からともなく響いてくる。
この声は忘れようがない、私に運命を示した女神・・・。
「ご無沙汰しております、ウァル様・・・」
三対の翼を背にし、艶やかな長く白い髪の下にある琥珀色の瞳が細められる。
その輪郭は僅かだが一瞬、揺らいでいるように見えた。
『ええ、息災で何よりです。これで・・・人々の思いと願いが風に満ち吹き渡り、世界樹よりいずるマナはやがて天を清浄なものとしていくでしょう。剣よ良くやりましたね・・』
「お褒め頂き恐縮です・・・」
『しかし、未だに封印の綻びより漏れし瘴気は世界を蝕み、均衡の歯車は狂い続けている。剣よ・・み・・・した』
女神様の姿が徐々に薄れ消えて行く・・・
「あの・・・!」
呼び止めようとした直後、頭の衝撃と共に鈍痛が走り目の前に星が飛び散った。
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「よぉ・・・居眠りとは良い身分じゃねぇか」
これまた聞き慣れた声が耳に響き、クラクラする頭を摩りながら目を開ける。
眉間に皺をよせ、拳を胸元で握るダリルの姿が目に入る。
さっきのは夢?お告げ?
「うっ・・・もう、頭を殴る事ないじゃない」
「あのな、お前を探すのに船内を歩き回ったんだぞ」
捲し立てる様に責めるダリルの声に、ぼやけていた頭も冴えてきた。
「そっか、迷惑を掛けちゃってごめん。・・・探してくれてありがとう」
「こっ・・・こここれはヒッポグリフの・・スレイ達の為だ。ほら、ぼさっとしてないで行くぞ!」
ダリルは目を逸らしムスッと不愛想に振る舞うと、私をおいて疎らに人が行き来する甲板に向かって歩き出す。
エリン・ラスガレンから出航してから三週間、帰国の時は近いが未だに私達は船の中に居る。
油断してしまった事に反省しつつ立ち上がると、ダリルの後を追った。
「今の処、問題なさそうね・・・」
忙しなく働く船員に旅行者と、重鎮の居る下層とは違い、穏やかな雰囲気が流れている。
「・・・だからと言って居眠りはすんなよ」
ダリルはニヤニヤと悪い顔をしながらこっちを見てくる。
「しないわ・・・よっと」
それに思わず頬を引きつらせるものの、辺りを見渡すと強い日差しが降り注ぐ甲板に似つかわしくない、フードを深く被る挙動の可笑しい人物が視界に入る。
「どうした?」
「ほら、あそこに・・」
私は積み荷の影に身を潜め、その不審者の方へ指をさす。
「やれやれ、やっと仕事ができるな。・・・【跳梁足】」
人々の合間に時折、姿を現しては消えるを繰り返し、ダリルの姿は私の前からあっという間に消えて行く。
「まったく・・・」
呆れつつダリルの後を追うと、まさに袋の鼠状態。早合点じゃなきゃ良いんだけど。
「おい!何をこそこそしている」
「ちょ・・たんまたんま!」
不審者が発したその声にはこれまた聞き覚えがある。
それにフードから覗く淡い金髪は・・・
「・・・フェリクスさん?」
「そそっ、流石はオレのアメリアちゃん!」
やや小声で喋っているが、この口振りはまごうことなく・・・
「あぁ?誰のもんだって?!」
ダリルは正体が判明した為か、遠慮なしにフェリクスさんの胸倉を掴んだ。
「馬鹿!大声出すなって!」
辺りを見回すとカーライル王国の制服を着た兵士がちらちらと見える。
「なるほどねぇ・・・」
そう言えば、フェリクスさんはとっくに帰国している事になっているんだっけ。
「ってかお前のもんでもないだろ」
「んだと、ゴラァッ!!」
ダリルの怒りは煽られて更に過熱する。ってか私は誰のものでもないんだけどな。
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「貴方達・・・・いい加減にして!!」
私は未だに治まらぬ小競り合いに一喝をいれた。
「きゃっ・・・」
きゃっ?
小さな悲鳴に振り替えると、白いローブを着た少女が尻餅をつきへたりこんでいた。
服装からして恐らく白魔術師だろう、変わった所と言えば耳と背に青みがかった白い翼があることぐらい。鳥人族?年齢も近そうだ。
「ごめんなさい、大丈夫ですか?」
「あ・・ありがとうございます」
私の差し伸べた手におずおずと彼女の手が伸ばされる。手を取り引き上げると同時にぶわり・・・と海風が吹き、彼女の前髪と両耳の上に対で結ばれた水色の髪が巻き上げられる。すると、額に小さな角がある事に気が付いた。
カーライル王国でも時折、鳥人族は見かけるけど角なんて生えていたかな?
「あ・・わわっ!」
彼女は私の視線に気が付き慌てて前髪を直すと、角を隠す。彼女の蒼い瞳にやや警戒の色が見えた。
「なんだ?角を見られたくないのか?」
ええっ・・・無神経すぎ!
ダリルは全く気にしていない様子で問いかける。そう言うと彼女は戸惑いの表情を浮かべた後、静かに頷く。
「お嬢さん、一人でどうしたんだい?お兄さんが何でも話しを聞くよぉ」
フェリクスさんはニコニコと微笑みながらゆっくりと近付いて行く。
それを見て彼女は肩をビクリと震わせて後退る。
「なんだろ、今すぐフェリクスさんを牢屋に入れなければいけない気がするの」
「奇遇だな!よし、手伝うぞアメリア!」
ダリルは嬉しそうにニヤリと口角を上げ、フェリクスさんを羽交い絞めにした。
「え?酷っ!やめて!お兄さん悪くない!まだ何もしてない!」
まだ・・?
そんな私達を見て、彼女は目を丸くして驚くと、眉尻を下げながら慌てて口を開く。
「や・・・やめて、その人を放してあげてください。あたしは大丈夫ですからっ」
「チッ・・・わーったよ」
ダリルは非常に残念と言った表情を浮かべると、フェリクスさんを乱暴に解放する。
フェリクスさんは服に着いた埃を払い、立ち上がるとダリルを一睨みし、彼女に向かって再び表情を緩める。
「ありがとう、レディ。オレの名前はフェリクス・シーラン。是非、愛らしき恩人の名前を知りたい、窺っても宜しいかな?」
フェリクスさんは本当に女性の前だと露骨に態度が変わるなぁ・・・
「え・・ええ、構いません。あたしは聖ウァル教会で白魔術師見習を務めております、ソフィア・マリーノと申します」
ソフィアさんはそう丁寧に名乗ると、ちらりと視線を私達の方へ向ける。
なるほど、教会所属の白魔術師なのね。
「美しい名だ・・君にー・・・」
「ダリル・ヴィンセントだ。冒険者をしている」
「私の名前はアメリア・クロックウェルです。同じく冒険者です」
「シーランさんに冒険者のクロックウェルさんとヴィンセントさんですね・・・」
「それで・・・ソフィアちゃんはこんな所に一人で何か困り事かな?」
フェリクスさんはダリルを押しのけ前へ出る。
それに腹を立ててかダリルがフェリクスさんを押し返す。再び一騒動ありそうだったので私はこっそりとダリルの足を踏みつけた。
「・・・痛ーっ!!」
「部屋も解っていますし心配はないのですが、少し人探しを・・」
「この船は広い、それは大変だ。オレ達も協力しよう」
フェリクスさんが優しく声を掛けた所で「その心配には及ばない」と横から声が掛った。
その声を聞いてソフィアさんが振り返る。
「レオニダ先輩・・!」
レオニダと呼ばれた少年は翡翠色の髪の下の眼鏡を指で持ち上げ、品定めをするような目で此方を見た後、ソフィアさんを睨みつける。
「目付け役であるこの僕の手を煩わせるとはどう言う事だ混血児?勝手な事をされると僕の評価にさわる・・・気を付けろ!」
ソフィアさんが混血児?魔族の特徴は見られないけど・・・
「も・・申し訳ございませんっ!」
ソフィアさんは青褪めながら何度もレオニダさんに頭を下げていた。
何にしても高圧的な態度や差別用語を使用し、ソフィアさんを委縮させているのに間違いない。
私は黙っていられず口を挟む。
「失礼ですけど、幾ら何でもその言い方は無いんじゃないんですか?!」
「ふん、下民の冒険者風情が貴族の僕に随分な口振りじゃないか。僕は彼女が混血である事、僕の足を引っ張ったと言う事実を解らせてやったんだ何が悪い」
一気に場の空気が悪くなる。
すると、私達を心配してかソフィアさんはレオニダさん・・・レオニダの傍に駆け寄る。
「クロックウェルさん!あたしは・・あたしは大丈夫ですので、どうか溜飲を下げてください。レオニダ先輩、そろそろお暇しましょう・・・」
「だけど・・・」
「ふん、行くぞ・・・」
レオニダは体を翻し、私達に背を向け歩き出す。
ソフィアさんは私達に「ありがとうございました」と何度も頭を下げ、レオニダの後を追っていった。
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すると、呆然とする私達の前方からケレブリエルさんが歩いてくるのが見えた。
「此処に居たのね三人とも。そろそろ、到着のようよ」
その声に周りを見渡すと、見覚えのある城と城壁が見えて来た。どうやら懐かしの母国への帰国の時が近付いたみたい。
しかし、陸に近付くにつれて甲板が騒然となる。
甲板の上の人々の指さすのは空、見上げると其処には翼の生えた二体の大きな影があった・・・
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