第17話 嵐の終結
緑の波に誘われる様に現れた憲兵達が徐々に近づいてくる。
確かに耳にした言葉は“愛し仔”。それは容姿を使い、この祭殿へと逃げ伸びたイズレンディア部長を導いたらしい存在。その意図は不明だが、彼を誘導すれば祭殿へ被害を及ぼしかねない事は予測できるはず。
頭を捻る私達の前に緑の正体が露わになる。
「妖精・・・しかも、あの数はいったい・・・」
数えきれない程の妖精達の翅は開けた雲の隙間から漏れた日差しを反射しキラキラと輝き、暗い色合いの装いをした兵士達と相反して幻想的な雰囲気を醸し出していた。
何故か妖精達は憲兵を誘導した後、此方へと押し寄せて来るが姿を消す事無く私達の周囲を飛び交い、その場に留まり続けている。理由は不明だけど見張られている様で妙な気分だ。
「うむ・・確かに妙だが気にする必要はないだろう。まあ、何にしろ証拠と犯人の確保は済んでいる、結果は我々の交渉次第と言ったところか」
イズレンディア部長は私の横で腕を組みそう言うと、チラリとフェリクスさんに目線を送った。
それにフェリクスさんは頷くと、祭殿の方へと戻って行く。
「・・・交渉次第って事は勝算があるのか?話が通じず、問答無用で処刑台いきなんて真っ平ごめんだぜ」
ダリルは眉間に皺をよせイズレンディア部長を睨み、苦笑いを浮かべた。
「・・・それに関しては半々と言ったところだ。直に証人になって下さるお方がお越しになる」
「それは一体、何方なのでしょうか?」
証人?司祭様や治癒長さんと言わずに“お方”と言うのは何故だろう?
「それは・・・」とイズレンディア部長が口を開きかけた所で、近くまで来た憲兵達は立ち止まり、隊長らしき人物が声を掛けてきた。
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「何故か妖精の群れが押し寄せて来た故、何事かと思えば逃亡犯殿と相見えるとは・・これは此れはどう言う廻り合わせか。是非とも事情を詳しくお聞かせ願いたいものですな」
隊長らしき人物は私達と対峙し、様子を窺うように視線を泳がせるとイズレンディア部長に疑いの視線を向ける。
「憲兵隊隊長マブルング殿、容疑がはれぬ現時点で見苦しく信じ難いやも知れぬが私の話を聞いて頂けないだろうか?召喚結晶の盗難事件などは起きていない、全ては違法な召喚結晶の製造を隠蔽する為に捏造されたものだ」
マブルングと呼ばれた隊長は暫しの沈黙の後、目を細めるとゆっくりと口を開いた。
「盗難事件は隠蔽工作だと・・・?」
「そうだ、証拠の確保と犯人の捕縛は済ませてある」
「フンッ・・・逃亡の末に見苦しい与太話が通じるとお思いですかな?虚偽の発言などをすると後々、ご自身の為になりませぬぞ」
マブルング隊長は冷たく言い放つと、心の奥底まで覗き込まれるような鋭い視線で此方を睨む。
まるで蛇に睨まれた蛙のよう・・・
「・・・嘘なんてついていません!人型の魔物の召喚結晶の製造と世界樹へ害をなす行為があったんです」
「ほう・・・イズレンディア殿への助言のようだが部外者は口出ししないでもらおうか」
マブルング隊長は私へそう言い放つと、イズレンディア部長へと視線を移す。
納得いかずに私が口を開こうとすると、イズレンディア部長は「助言、感謝する」と呟くと私の肩を軽く叩き首を横に振る。
「ランドン殿の言っている事は事実だ。それを証明する為に時間を頂きたい」
ランドン・・・?
そう言えば城に潜入した時にブリジット・ランドンと名乗ったんだっけ。
つまりはフェリクスさんの部下と言う認識のままなのか・・・
「生憎・・・戯言に割ける時間はないのだが」
疑いは晴れず、尚も疑いの色はマブルング隊長から褪せてはいないようだ。
その時、この緊迫した空気を断つ足音が耳に入った。
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「それでは、私の話も聞いて頂くのも叶いそうにありませんね」
鈴を転がす様な可憐な声音で紡がれた言葉に一同は振り向き驚愕する。
蜂蜜色の髪は綺麗に結い上げられ、澄んだ湖の様な浅葱色の瞳は輝き、しなやかで華奢な体を包むのはローブではなく上質な布で作られた白く美しいドレスだった。
「あ・・・アイナさん?」
「アイナだよな?」
ダリルと顔合わせ困惑の声をあげる。何処かに捕らえられ保護されたような話はあったがローブ姿では無く、ドレス姿で現れると言うこの変身っぷりには事情が理解できず頭が混乱する。
一体、何があったの?!
そんな私達にイズレンディア部長は落ち着く様にと嗜める。
「口を慎め、便宜上の名とはいえあの方は気安く名を口にして良い御方ではない。エリン・ラスガレン王国、第一王女アイナノア殿下だ。王家の仕来りで身分を隠して祭殿に籍を置いている」
「なっ・・・!」
「まっ・・まさか証人と言うのは・・・」
私は衝撃の事実の連続に驚愕しつつも、口元を抑え声を潜める。
「ああ、その通りだ。お救いした後、密かに私や祭殿の者と共に一部始終をご覧になられていたからな。王女殿下以上に証人として相応しいお方はいないだろう」
「確かに他に居ないが・・・。どうやって王女が偽物と解った?」
ダリルの荒い口調にイズレンディア部長は僅かに眉を顰めるが、自体が集結し気分が良いのかゆっくりと口を開いた。
「治癒長殿の入れ知恵だ。数日前から突然、世界樹の琥珀に対して興味を示し調べ出したらしい。其れに加え、王女殿下は治癒士や白魔術師では無く司祭様の下で助祭として勤めておられているからな」
「腐っても研究者だったのが仇になったと言う事か・・・」
ダリルの言葉にイズレンディア部長は顔に一瞬、愁いを見せるが「そうだな」と呟き小さく頷いていた。
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マブルング隊長が慌てて部下たちに指示を出し武器治めさせる号令が聞こえてきた。
マルブング隊長はアイナノア王女の前で跪き頭を垂れた。
「申し訳ございません、アイナノア王女殿下!どうか・・・どうかご無礼をお許しください」
「マブルング隊長、頭を上げて頂いて構いません。その代わり、イズレンディアの話を聞いて貰えるかしら?」
「はっ、仰せのままに」
マルブング隊長は先程までとは態度が一変し低姿勢になり、まるで別人のようだ。
「それでは、風の巫女にも証言して貰いましょう」
そう言って呼ばれたのは治癒長さん。治癒長であり風の巫女?!色々と情報が一気に雪崩の様に押し寄せて来て頭が爆発しそうだ。
その後、イズレンディア部長も呼ばれ、王女様達と共にマルブング隊長を引きつれ祭殿の中へと姿を消していった。
何にしろ事態は完全な終息へと向かいそうで私は胸を撫で下ろした。
だが、一つ気になる事が私には有る。
憲兵隊を誘導してきたらしい妖精達が口々に言っていた“愛し仔”だ。
「ねぇ、貴方達。少し聞いても良いかな?」
そう私が呼びかけるが聞こえていないのか、無視をして楽しそうに空中で踊っている。
「おい、無視するなよ」
ダリルが大声で声を掛けると、踊るのを止めてヒソヒソと妖精どうしで喋りだす。
その中の一人が私に声を掛けて来た。
『ごめんね、愛し子以外のお願いはタダじゃ聞けないんだダ』
「要するに情報の対価を要求しているわけね・・・」
しかし、対価を支払わず、大量の妖精を自由に従わせる愛し仔とは何者なのだろう。
ますます、興味が沸いてくる。
道具袋から一粒の飴を差し出す。此れなら作った人の魔力が籠っているし、甘いもの好きの妖精達には有効だろう。
妖精はそれを受け取ると、愛らしい笑みを浮かべる。
「コレだけかー。じゃあ、チョットなら答えてあげてもイイヨ」
然し、この上から目線である。
「チッ・・・現金なやつ」
「コホン・・・愛し仔について教えて貰えるかな?」
それを聞くと妖精は戸惑う様に仲間とヒソヒソと話し合い、顔を見合わせ頷き合う。
『ソレハネ・・蝶やハチが花に集まる様に妖精を魅了してやまない蜜であり守護者たる存在サ』
そう妖精が告げると同時に突風が吹き、視界が塞がれる。
「うわっ・・!」
風が止み目を開けると、先程までの事が夢か幻かと錯覚してしまう様な光景が私達の目の前に広がる。
周囲を覆い尽くさんばかりに存在していた全ての妖精達は忽然として私達の前から姿を消していたのだった。
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