第13話 見極め
イズレンディア部長の『直に此処も争いに巻き込まれるかもしれぬ』との言葉に、部屋の空気が張り詰める。部屋の端々から災厄を招いたかもしれない人物への疑いの視線が注がれた。
「それは・・・本当なんですか?」
「ああ・・・可能性は高い」
私の問いかけに苦し気にイズレンディア部長は上着の胸の部分を握り絞める。
「怪我人に悪ぃが何故、此処に来た?祭殿が火の粉を被るのは誰でもわかんだろが!」
ダリルはいつも以上に荒い口調で迫る。
恐らく、イズレンディア部長がわざと敵を招き入れたと睨んでいるのね。
私もそこには疑問に思っている。けれど、わざとなら私達に知らせたのは何故?
「・・・妖精に導かれたのだ・・・あれらは契約も無しに人の力になる事は無い筈なのに。聞くと、こう告げたのだ、愛し子に喜んで貰いたいからだと。この事態を解決できる手立てが祭殿にあると」
・・・愛し子?何者かしら?謎の人物の存在を知り、私は首を傾ける。
確かに契約なしでの妖精が人の力になるなんて聞いた事が無い。
しかも、喜んで貰う為に敵を此方に誘導するような事をさせると言う事は、その愛し子はクルニアと共謀している?
「なにが・・・っ」
今にも噛みつきそうなダリルをケレブリエルさんが肩を掴み制する。
「お馬鹿さんっ、落ち着きなさいダリル君。妖精の誘導に愛し子・・・私も俄かに信じ難いわ。でも・・・まさかね・・」
ケレブリエルさんの動きが何かを考えるかのように一瞬止まる。
「・・・危機が事実である可能性がある以上、何かしらかの行動を起こすべきでは?」
「ええ、そうね」
ケレブリエルさんはチラリと白いローブの女性を見る。
「うふふ・・・ケレちゃんが言うまでもないわ。妖精の伝達で斥候を森の方へ出してあるわ」
全てはその結果次第と言うところ・・・って、ケレちゃん?!
「祭殿での、その呼び名はお辞め下さい・・・白魔術師ゴルウェン治癒長」
ケレブリエルさんは頬を赤らめ、治癒長を上目遣いで睨む。
「ゴルウェンって・・・まさか」
「うふっ、ケレブリエルの母ですっ」
治癒長はケレブリエルさんと対照的に柔らかな笑みを浮かべている。
「こほんっ・・・結果はどうであれ、話し合いをしましょう。アメリアさん達も良いわね?」
「ええ、判りました」
「それじゃあ、怪我は塞がったとはいえ、体力と魔力は回復していないから続きは講堂でね~」
治癒長はイズレンディア部長の様子を見て、此方へ振り返ると退室を促してくる。
結晶獣の種類について聞きたかったけれど仕方がない。大凡の検討はつく。
しかし、此処に明らかに怪しい動きの人物がここに。
「フェリクス、やけに静かだと思ったら何やってんだ?」
「しーっ、オレはお前らと違って顔覚えられてんの!オレの仕事が掛っているんだよ」
「ああ・・なるほどね」
他国が干渉して来ていると勘違いされたら不味いものね。
「ほう・・・誰かと思えば。フェリクス殿、少し宜しいか?」
フェリクスさんを呼んだのはイズレンディア部長。私達の会話を聞かれたらしい、ギクリとフェリクスさんの肩が震える。
「あらあら、御体は大丈夫なのかしら?」
治癒長がイズレンディア部長を心配し、止めに入る。
「いえ、商売仲間の彼に頼み事がありましてね。手短にすますので、どうかお許し願いたい」
あ、これは完全に城での取引相手とフェリクスさんが同一人物と気づかれたっぽいな。
「あらら、それじゃあ何か有れば部屋の奥に居るから声を掛けてくださいね~」
「こちらへどうぞ」とアイナさんにまで椅子を用意され、引くに引けなくなったフェリクスさん。
「ありがとう、今行くよレディっ!」
「いや・・・呼んだのは私なのだが」
困惑するイズレンンディア部長を余所に、可愛い女の子の気遣いを無下にする訳にはいかないと言わんばかりに歩いて行くフェリクスさん、その背中は心情貫くある意味、漢だった。
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それから間もなくして斥候として先行していた者の持ち帰った情報により、密かに祭殿へと歩を進める複数の影が発見されたと言う最悪な知らせが入るのだった。
それを受け、空気が張り詰めるなかで不安と困惑の声があがるものの、司祭様の咳払いで静けさが取り戻されるのだった。
「ここに居る兵はあくまで祭殿を警備する為の者ばかりだ、相手の戦力や正確な数が把握できない以上は可能な限りの戦力が欲しい。そこでだ、クロックウェルさん達もご協力願えないだろうか」
司祭様は私達の顔を見まわし、真剣な面持ちで問うてくる。
「勿論、喜んでお引き受けいたします」
「言うまでもないな、此処で臆病風を吹かす理由は無いぜ」
「まっ、オレも此処にいる麗しき花々の為に参加させて頂くつもりですよ」
やる気に満ちる私とは比べ、少し疲れたような顔をしつつも、何時もの調子でフェリクスさんも賛同する。
私達の参加で幾分か空気は和らいだのか、安堵の息をつく様子が見て取れた。
「それでは早速ですが、怪しい影はどのあたりに?」
「ふむ、報告によると祭殿まで徒歩で半日ほどの距離を南西方向を進行中らしい」
司祭様は机に肘をつき、地図を改めて見直し、どうしたものかと顔を曇らせる。
「半日・・・それでは防衛線を直ぐにでも引かないと!」
「大丈夫、落ち着くんだアメリアちゃん。それで、戦力はどうなんだ?」
慌てる私を宥めると、フェリクスさんは人が代わったかの様に落ち着いた口調で淡々と話す。
「そうですな、剣士が数名と弓使いに白魔術師と・・・魔術師が一人ですかな」
司祭様は一通り戦力を述べると最後にチラリとケレブリエルさんを一瞥する。
「おっと失礼しました、それでは後は陣形ですね」
「俺とアメリアは前線へか。任せろ!」
ダリルは自信満々と言った様子で胸を叩く。
「ぷぷっ、デコ助のくせにカッコつけちゃって」
「はっ、何だよ?」
「本当に仲が良いわね・・・・」
やれやれ、この光景を何度見た事かな。
「「違う!」」
いつものが始まり掛けたが、二人以外全員の冷たい視線を受けて沈静化するのだった。
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「差し出がましい提案だけれど、編成は私達に続いて剣士数名とケレブリエルさんに弓使いと白魔術師の並びかな?」
魔物と人では対処法が違うと言う祖父から教わった、もしもの時の話を参考に考えてみた。
対魔物戦は経験があるものの、対人戦の実践経験の無い私の意見では穴が有るかもしれない。
「そうだね、アメリアちゃん。単純だけどそれが一番だね」
「そうね、前方からのみ来ると限らないから、祭殿を守る様に半円状に配置する必要もあるわね」
「いや、何か忘れてねぇか?イズレンディアの見張りが必要だ。裏切られて後ろからズドンは遠慮するぜ」
どうやら、ダリルはまだイズレンディア部長を疑っているようだ。
私の中では疑うのも一理あるけれど、ここまでの経緯や詳細に加え、襲撃の情報もくれたのだから信用しても良いんじゃないかと思う言う気持ちが沸いて来ている。
これでは安易すぎるかもしれないけどね。
「では、あの人は一応狙われている事だし、見張りと言うか護衛をつけるのはどう?」
「・・・怪我をしているとはいえ、どんなものか知らないが、結晶獣を使った相手を何人か躱したやつだぞ?」
「なら、その役はお兄さんが買うよ。立場上と言うのもあるんだけれど・・・・・」
「ん?なんだ?」
「実は先日の件で任から外された挙句、国の自宅で謹慎している事になっているんだよね」
「「はぁ?!」」
思わぬ爆弾発言に騒然となる会議場。
「こほんっ、じっくり案を聞かせて貰ったがそれで行くしよう。時間がないのもある、直ちに準備をしよう」
司祭様の言葉に外を見やると、太陽が少しだけ高くなっているのが判る。
確かに時間がなさそうだ。
祭殿の衛兵は使い慣れた得物を掴み、用心の為に装備を身に着けている。準備が整った者から慌ただしくフェリクスさん達の指示で配備を整えていた。
さて、多種多様な種族の混じる急ごしらえの部隊だが、何処まで通じるのだろうか。
警笛が響く音に目が冴え、遠くから大きな影が私達に迫るのが瞳に映った。
「来た・・・っ!」
それは複数の結晶獣の群れ、近づくにつれて不快な臭気が漂う何かが押し寄せる波のように迫り、その背後から巨体が地面を響かせる。
次第に黒ずむ空は不安を駆り立て、私は剣の柄を握る手に力をこめた。




