第12話 戸惑いと反逆の啓示
『それが・・・魔研のイズレンディア殿が血塗れで祭殿付近で倒れている所を発見されたのです』
私はその治癒士の言葉には困惑していた。一体、誰に?
彼が大怪我をし、風の祭殿に行き着いた理由に検討がつかない。
「痛っ!」
眉間に走った痛みで我に返ると、中指と親指を此方に向けてニヤリと笑う。
「おら!なに眉間にしわよせてんだブス!」
「いてて・・・ちょっと考え込んだっていいじゃない」
「あらあら・・・仲が良いのね」
それを見てケレブリエルさんが笑う。
「ケッ・・べ・・別に仲いいとかじゃねぇよ!」
「すみません、こんな緊急時にぼーっとしてしまって」
「いいのよ、あんな事とがあった後だもの」
「・・・ケレブリエルさん」
「ただ・・・あれは許容できないわね」
チラリと目線を泳がせるケレブリエルさんの視線を追うと、私達の隙をついてフェリクスさんが女の子を呼び止めて口説いている。
「ありゃあ、もう病気だな・・・」
「・・何か仲間がすみません」
エルフは対象外と聞いた気がするけど、やはりフェリクスさんに種族の違いの意味は無かったらしい・・・
駄目な大人を女の子から引き離し引きずると、ケレブリエルさんに導かれるまま廊下を進んだ。
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案内をされたそこは、あの日夢見た場所だった。
しかし、精霊王様がいた場所には代わりに、風と世界樹を表す文様が彫られ、参拝者によるものか、その中心は美しい花々で彩られていた。
しかし、その背後にある世界樹は道程で見たものとは比べ物にならない程、弱り切っていた。
「ここを見て貰いたかったの。根を切り刻まれ、風の加護の弱まったこの木は嘗ての魔族の国を封じた楔の一つ。これが何を意味しているのか解るかしら?」
「魔族の復活・・?」
魔界の門が開きかけていると言うのは、そう言う事?!
「つまりは、それを招く者が暗躍していると言うことだね」
フェリクスさんは何時になく真剣な顔をしている。
「・・・その通り。犯人については色々と説が上がっているけれど、混血もしくは匿われ生き残った魔族と言う噂を多く聞くわ。だけど、隔離する為に辺境に作られた混血の村は国による監視をされている筈なのよ」
ケレブリエルさんは口に手を当てると何かを思い出すように顔をしかめる。
どうやら爺ちゃん達の治めた争いの火種は鎮火とならず、嫌疑と偏見という形で燻っているようだ。
「ここでも・・・ですか」
「ここも?」
「俺たちの国にも、そういうトコが在るんだよ。辺境じゃなく王都の片隅のゴミ溜めみたいなところだけどよ」
ダリルのその言葉にケレブリエルさんは「ほう・・」と興味深げにすると、驚いたのか目を丸くする。
そこで低く落ち着いた声が背後からかけられ、振り向くと金色の刺繍がされた深緑のローブをまとった、司祭らしき人物が数人を従え此方に歩いてくる姿が見えた。
「話の最中に恐縮なのだが皆、話をさせて頂いて宜しいかな?」
「お父様・・・ご無沙汰しております」
え?お父様?
「ケレブリエル、場を弁えなさい。ここは風の精霊王様を祀る祭殿だ」
風の祭殿の関係者と聞いていたけれど、司祭様だったのね。
どおりで、すんなり祭殿に入れた筈だわ。
「大変失礼致しました、ゴルウェン司祭。彼女達はカーライル王国からの旅人で、私達の協力者の方々です」
私達がケレブリエルさんに続いて名前と事情を話すと、司祭様は「ふむ・・・」と呟き、再び口を開く。
「では、関係者であるのなら問題あるまい・・・。先刻、治癒部の白魔導士による報告により、イズレンディア殿の意識が戻ったと報告があった」
「しかし何故ここに?助けを求める場所なら他にもあるはずよ・・・」
ケレブリエルさんは眉間に皺をよせ、首を捻る。
研究所の重役である人物が襲われるのは、明らかに異常事態。本当は怪我人は安静にすべきだけど・・
「あの・・っ、無理を承知でお願いがあります。少しでも構いません、イズレンディアさんと面会をさせて頂く事はできませんか?」
「意識を取り戻したばかりで万全ではないが、事情があるようだな。それにケレブリエルの友人の頼みだ、分かった私の方で話を通しておこう」
「とっ・・」
ケレブリエルさんは開きかけた口を閉じると、複雑な表情を浮かべていた。
「司祭様、ケレブリエルさん、有難うございます」
「お心遣い感謝致します」
「ああ、助かるぜ」
「なに、礼には及ばんよ。それより、イズレンディア殿とはやや複雑な関係のようだが、上手く行くと良いな」
司祭様はケレブリエルさんと同じ、碧の瞳を細め微笑む。
「はい、留意しておきます」
「それでは、用も済んだところで失礼させて頂こう。君達に精霊の加護があらんことを・・・」
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廊下に出た所で最初に出会った治癒士の女性を見かけたので声を掛けると、落ち着いた為か、パタパタと小走りで此方に歩み寄って来た。
「あの、何か御用でしょうか?」
蜂蜜色の髪に碧眼の女性は、突然声を掛けられた事に少々驚いた様子だったが、此方を見るとニコリと愛らしく微笑む。
「オレはフェリクス・シーラン。お嬢さん、よろしければお名前を教えてく・・・」
「この馬鹿!頭ん中、花畑は対外にしろ」
条件反射の様にフェリクスさんの口からこぼれ落ちた言葉はダリルに阻まれ、戸惑う彼女はそれでもおずおずと口を開く。
「・・・治癒士見習いのアイナと申します」
「仲間が騒がしくしてすみません。私はアメリア・クロックウェルと申します。司祭様からイズレンディアさんの意識が戻られたと聞き、面会をさせて頂きたいのですが・・・」
「あ・・はい、司祭様より仰せつかっております。では、ご案内させて頂きますので此方へ」
案内され、訪れた部屋は祭殿の隅に在る一室だった。
薬品の香りが漂う部屋に入ると、銀髪の白いローブを纏った女性とアイナさんは何やら話すと暫くした後、「話をしても良い」と本人から許可が下りた事を知らされる。
「ふむ・・・これは一体どうした事か」
私達が遠慮がちに近寄って行くと、寝台からゆっくりと半分ほど体を起こし、イズレンディア部長は私達と言う見知った顔を目の前に戸惑っている様子だった。
私達の後ろでは、ケレブリエルさんと白ローブの女性が何やら話し合っている。
その後、ケレブリエルさんは根の破片とアルラウネの召喚結晶を渡すように私に囁き、それを受け取る。
「証拠があれば、風の精霊王様へ冒涜的行為をしていると認めると言ったわよね」
「ああ・・・言ったな」
イズレンディア部長はゆっくりと頷く。
不安が過る私達を余所に、世界樹の根と一緒に差し出されたのは、やはりアルラウネの召喚結晶。
ケレブリエルさんは結晶獣となったアルラウネを呼び出し、イズレンディア部長に見せつける。
其れを見たイズレンディア部長は驚愕の表情後、俯き眉間に片手を添えて考え込むと、ゆっくりと頭が上がる。
「そうか・・・騒動の要因を招いたのは祭殿側が差し向けた者だったか」
そう言うとイズレンディア部長は、ケレブリエルさんへと怪しみ窺うような目線を送る。
「ちがっ・・・むぐっ」
「しっ、アメリアちゃん。大人の話は最後まで・・・ね?」
フェリクスさんは私の口から出かけた言葉を手で遮ると、唇に指を当て微笑みながら小声で嗜める。
しかしダリルも声には出さないが、眉間に皺を寄せイズレンディアさんを睨んでいた。
「・・・論点は其処じゃないわ。精霊王の宿る世界樹の根の使用、そして本来は労働力や愛玩を主な目的として作られた筈が、禁じられている危険な魔物を結晶獣として使役しようとした事よ」
ケレブリエルさんは街での人問答と相反し、確かな証拠をつきつけ怯む事無く淀みのなく整然と告げる。
イズレンディア部長はさぞやバツが悪いかと思いきや、納得したかのような表情を浮かべて頷く。
「すまない、言葉が悪かった。私もその件については認めざる負えないと痛感している。研究者任せにし、上に立つものとしての役割を疎かにしてしまった。私の管理不行き届きが一因であると認めざるおえない」
「それは・・・世界樹の根を傷つけ利用していた事を認めると言う事ですか?」
不味い・・・はっきりとしない言い分に思わず痺れを切らしてしまった。
突然割り入った私にイズレンディア部長は一瞬、呆気にとられた表情を見せたが、私の問いかけに静かに頷く。
「ああ、私もこの件については研究所内で二匹の鼠を見てから、調査をしていた」
二匹の鼠・・・きっと私達の事だわ・・・
「・・・調査?」
「ああ、研究室に職員の部屋、そして職員の執務室を・・。そこで焼けた職員のローブと世界樹の根の破片をみつけた。その部屋の主はクルニアだ・・信じられずに本人を問い詰めたところ、次の日には犯人幇助の濡れ衣を被せられて逃亡する羽目に・・・」
イズレンディア部長は絶望に苛まれる様な苦しげな表情を浮かべる。察するに消されそうになったのだろう。しかし、直後に紡がれる言葉に私達は戦慄が走った。
「そして、真に申し訳ないっ。必死に結晶獣を何体か倒し振り払ったが、使役者を数名逃がしてしまった。恐らく、直に此処も争いに巻き込まれる事になるやもしれぬ」




