第3話 ままならぬ旅路
私達を乗せた馬車は順調に王都への向かい山道を進む。
道が上手く整備されていない為か、ガタガタと石が車輪に当たる度に馬車が揺れていて正直言って乗り心地は良くはない、正直言ってお尻が痛い。
そして、初めて村を出た故の緊張感も抜けて少し気が緩んで来た頃、それと同時にお腹の虫がグーッとと鳴き出した。
肩掛け鞄からビスケットと小瓶に入ったレッドベリーのジャムを取り出すとジャムを匙で掬いビスケットに挟むと少しづつ噛り付く。
ビスケットがサクッと小気味よい音を立て砕け、半分形が残るレッドベリーの食感と甘みに加えて香りが口いっぱいに広がり鼻腔に抜けていく。
「うん、おいひぃ」
思わず漏れてしまった声に窺うように周囲を見回すと、集まる様々な視線に頬が染まるのを感じた。
ビスケットに注がれる空腹を訴える視線と微笑ましいと言った様子の視線が集まる。
「う・・・皆さんも如何ですか?」
それを皮切りにお菓子や果物を交換し合うお茶の時間が設けられた。
お菓子の香りと同乗していた商人さんの魔法で温めたお湯で淹れた紅茶の香りが馬車の中を漂う。
甘いものが苦手なダリルやウォルフガングさん等の一部の男性陣はお茶のみを啜っている。
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背後から何かが飛んでくる、その主を見つけようと振り向くとダリルが手を招いていた。
「おい、アメリア。ちょっと来れるか?」
「えー」
揺れる馬車の中を移動するのは他の乗客に迷惑になるしどうしよう。
「良いから来いよ!」
「なによ、もう!」
馬車の中は揺れで歩きにくく、周りの人に謝りながら移動するのは一苦労だった。
「すまないな、アメリア」
灰色の毛にアイスブルーの鋭い瞳を持つウォルフガングさんがゆっくりと口角を釣り上げ微笑んだ。
その口の端からは大きな白い牙が顔を覗かせる。小さい頃の私だったら確実に泣いていたわ。
「ウォルフガングさん、何か御用ですか?」
「しっ・・・静かに。他の人に聞かれては不味い」
低くグルルと唸る様な声を漏らしながら呟く。
「ここらの魔物と言ったらなんだ?」
「ロックスライムかマインフォークでしょうか?」
「後はバンデットマウスか?」
「ふむ・・・。来たようだぞ」
何かが転がる大きな音がし、馬が怯え嘶く声が聞こえたかと思うと、馬車が急に停まり大きく揺れ、御者から魔物が現れたとの声が聞こえてきた。
先程まで和やかだった雰囲気は一変し、何事かと言う声と魔物におびえる声で騒がしくなる。
「ほら、行ってこい」
ウォルフガングさんは荷物置き場へ行くとドカッと木箱の上に座り、手をヒラヒラとこちらに向かい仰いだ。
「「はぁ?!」」
護衛なのに何で?
思わずダリルと一緒に叫んでしまった。
「オレはこの箱の中の魔物と戦うからな」
ニヤリ・・・と笑うと鋭い爪を木箱の蓋の隙間に刺し込んだ。
すると、ウォルフガングさんの座っている木箱がガタガタと激しく揺れだした。
何時の間に魔物が?
疑問が解決する間もなく追い出され、ダリルと一緒に馬車の前方へ向かう事になった。
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前方に進むと行者さんが幌の真横で必死に魔法で応戦しているのが見えてきた。
そして向かい打つは山岳地帯に生息する特殊なスライム。
その姿は半透明の体の中に内臓の様な器官が備わり、その中心には赤く光る核が存在する。二枚貝のように上下を鱗状の岩に挟まれ守られている。ちなみに通常のサイズはクッション程度の大きさだ。
しかし、私達の目の前に居るロックスライムの大きさはそんな物のではない。
馬車を丸のみに出きるほどの巨大な体躯に、核を守る殻の様な岩は鋭い複数の角の様に突き出していた。
「ロックスライム・・・ロードおぉぉぉ?!」
「チッ、マジか」
ロックスライムロードとこんな人の往来の激しい道で遭遇するなんて。
突然変異により生まれた共食いをする個体が、仲間から魔力を吸収し長年蓄え巨大化したもの。本来なら洞窟の奥深くに出現する魔物だ。
狙うは核のみ。如何にあの巨大で分厚い弾力のある体を抉り核を破壊するかが問題だ。
剣の柄に素早く手をかけ、素早く抜剣する。
「ダリル・・・っ!」
「わーってるって!」
ほぼ、二人同時に飛び出す。
私は正面から低く前に身を傾け走り出す。
『【飛翔連脚】!』
ダリルは岩壁を弧を描くように駆けあがり、空中で回転をかけて蹴り飛ばしロックスライムロードの体を抉る。
しかし中程まで抉れたものの、欠損した部分が盛り上がり、大量の体液が辺りに飛散し、草花などを石化していく。
ダリルは素早くこちら側に飛び退き、どうにか回避するものの、僅かに服の端が石化してしまっていた。
私自身も掃おうとしたが毛先が石化をしだし、慌てて切り落とす。
そこから私は地面を蹴り、剣で魔物の体に素早く追撃を加える。閉じかけたロックスライムロードの体は再び裂け核が剥きだしになる。
剣の鍔の部分にある魔結晶が僅かに淡く光り、僅かに体が軽くなる感じがした。
『【ブレイドスラッシュ】!』
光を纏った剣が俊敏にかつ鋭く振り下ろされ、核を真っ二つに切り裂く、そこから素早く身を翻しロックスライムロードから離れようとするが・・・。
最後の悪あがきか、ロックスライムロードは裂けた体で私を飲み込もうと覆いかぶさってきた。
「しまっ・・・」
「アメリア!」
大量の石化効果のある粘液が含まれた体が押し寄せてくる、何とか抜け出さなくてはと剣の柄を強く握る。
『【業火烈掌】』
その時だった、凄まじい炎がロックスライムロードを焼き掃ったかと思うと、気が付いたらウォルフガングさんの腕の中にいた。
「すまない、大丈夫だったか?」
鋭い眼を細めて安堵の表情を浮かべ、私を地面に降ろしてくれた。
「はい、ありがとうございます」
「さすがだぜ師匠ー!!どっかの腰を抜かしている大人とは違うぜ!」
ダリルは尊敬の眼差しでウォルフガングさんを見ると、後ろで動けなくなっている御者さんをちらりと一瞥する。
「ダリル、彼はあくまで御者だ。戦闘職とは違うんだから、それは良くない」
「はい・・・」
ダリルは何時も態度と口の汚さが嘘のように縮みこみ、頭をもたげる。
「普段の勢いが嘘の様ね・・・」
「・・・うっせぇ!!」
あ、地獄耳だったみたい。
ダリルは鋭い目で一睨みすると、とぼとぼと歩きだした。
どうやら、御者さんに謝罪をしに行ったらしい。
「あの子を誤解しないでくれよアメリア。あの子は感情のまま、勢いで言葉を口に出してしまうだけで悪い子じゃないんだよ」
「よーく、しってますよ。と言うか暗に馬鹿と言ってません?」
「ははっ、考えすぎだよ」
ニヤニヤと鋭い牙を覗かせながら口角を釣り上げた笑った。
ダリルの口の悪さは師匠の影響らしい。直球で言う弟子の方が解り易いけど。
「ウォルフガングさん、そう言えば馬車の積み荷に潜んでいた魔物はどうなりました?」
「あぁ、それなら箱から出してみっちりお説教しておいたから大丈夫さ」
「お説教・・・?」
魔物にお説教ってどういう事?
意味が解らずきょとんとしている私を見たウォルフガングさんは、馬車の方に向かって手招きをする。
すると幌の影から黄緑色の耳と三つ編みが飛び出してきた。
「もしかしてもしかしなくても・・・」
ちらりとダリルに視線を送ると、幌の影から飛び出した耳と髪を見て遠い目をしている。
そして、そこから姿を現したのは・・・。
「えへへ、来ちゃった」
「「ケイティーー!!!!!!」」
私達の叫び声が岩壁に鳴り響くのだった。