第9話 招かざる客と召還結晶
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夜の賑わいを見せる宿に戻ると私達は酒場を避けて人気の少ない談話室に集まり、協力のお礼も兼ねて事の顛末をフェリクスさんに報告した。
「でっ、その件の召喚結晶はデコ助が持ってる訳か・・・」
フェリクスさんはそう言うとダリルへと怪しむ様な視線を送る。
「なんだ、その目は・・・んな重要なもん失くすわけないだろ」
疑われた事を腹立たしく思ったのか、ダリルはフェリクスさんを睨みつつベルト周辺を無意識なのか、触るような仕草をしている。
「ダリル、解り易過ぎ・・」
「なるほど、道具袋の中か」
フェリクスさんも気が付いたのか、苦笑いを浮かべていた。
「こ、これはちげーよ!ただのガラクタだ!」
「へぇ、そのガラクタをお兄さんに見せて貰おうか?」
フェリクスさんは誤魔化そうとするダリルに向かってニヤリと笑い、隠している物を出すように手を差し出す。
「あ゛?」
「見せてあげたら?」
「チッ・・・」
舌打ちをしつつもダリルは辺りを警戒しながら道具袋の中へと手を入れる。
相も変わらず酒場の方からは大きな声が響いている、何時の間にか少し離れた場所に酔っぱらいらしき集団が集まり、種族独自の言語なのか聞き慣れない言葉で喋っていた。
「一応、身を寄せて話した方が良いかもしれないね」
「だな、移動は逆に目立つだろうしな」
「まっ、賢明だね」
三人で輪を作くり囲む形でダリルの手に収まったアルラウネの召喚結晶を一斉に覗き込む。
「近くで見ると綺麗ね・・・」
素体である世界樹の根は、蔦のような形状で絡みつき、青緑色の魔結晶をよく見ると小さなアルラウネの姿が浮かんでいた。
「これは・・・間違いなく重要証拠になるな」
フェリクスさんは何時になく真剣な表情で、自分が買った召喚結晶と手の平で見比べていた。
そこで突然、フェリクスさんから耳打ちをされた。
その様子を見たダリルが何故か鋭い目つきで此方を睨んでいる。
「・・・おい、早くそれをこっちに渡せ」
私達が二人でこそこそとしているのに疎外感を感じたのか、ダリルが苛立った様子で私達を引き剥がす。
「おい、頼んだからな。絶対、失くすなよ?オレ達以外に渡すなよ?」
フェリクスさんがニヤニヤと面白いものを見るような顔をすると、ダリルは不機嫌そうな顔で乱暴に奪うと召喚結晶を袋にしまう。
「馬鹿にするな。俺は部屋に戻る!」
立ち去るダリルの後姿を見ながら、私達は肩を竦める。
「私もそろそろ、部屋に戻りますね」
色々あったせいか、流石に瞼が重くなっていた。
「アメリアちゃん、部屋まで送るよ。不安ならお兄さんの部屋に泊っても良いんだよ?」
「・・・・・お断りします」
フェリクスさんと一緒に行動する事が多くなって信用してきているけれど、真面目な時とこういう時の態度の落差には戸惑う。
今回の潜入の件でもお世話になったし、悪い人では無いとは思うんだけどね。
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何だかんだ言っても結局は、部屋が横並びの為かフェリクスさんと一緒に宿の廊下を歩き部屋に向かって歩いていた。
木製の階段を上った所で、段を踏みしめる軋んだ音が次第に増えている事に気が付いた。
「・・・フェリクスさん」
私が知らせようと口を開くと、フェリクスさんは頷き自分の人差し指を口に当てた。
私も悟られない様に頷くと、ばれない様に気を付けてはいるけれど背後から迫る音と気配に神経が集まり意識してまう。
「さて・・・デコ助はまだ拗ねているのかな?」
ダリルの部屋の前に着いたところで、フェリクスさんが目配せをしてそう呟く。
私は周囲に自分と相手の気配以外は無いかを探ると、ダリルの部屋の扉をノックした。
「ダリル~、フェリクスさんが馬鹿にした事を謝りたいって言っているんだけど」
暫く間が空いた後、バタバタと足音がしたかと思うと気怠そうな顔でダリルが顔を出した。
「そんなのどうだって・・・何だ?」
「シッ・・・」
私達が立ち止まると足音が徐々に近づいているのを感じる。ダリルは私達の後ろの光景に気が付いたのか表情が険しくなる。
カツカツと音を立てて現れたのは仮面をつけた黒いローブの男だった。
「レ・スイロン、おっと失礼・・・これはこれは予想外にお若い方々だ。失礼ですがお嬢さん方の後を付けさせてもらいました。その表情なら私が何の為に来たかご存知の様ですね」
余裕の笑みが男の口元に浮かぶ。
追いかけてくる様子はなかったのは、気が付かない様に地下室以外にいる仲間に後をつけさせる為だった?そうだとしたら、一杯食わされたわ・・・
「・・・何が望みなんですか?」
ここは大勢の人が泊まる宿屋、剣を抜く訳にはいかないけれど牽制と抑撃を兼ね、相手の出方を見ながら剣の柄を握る。
「おやおや、回りくどかったでしょうか?単刀直入に言いますと、今すぐに私達の大切な石を返して頂きたい」
「大切な石ね・・・誰が渡すかよ!」
ダリルは今にも食って掛かかりそうな勢いで相手に迫る。
「おや、交渉決裂ですか・・・ノロ・ナン・ゴス!」
男は心底残念そうな声で呟き手をあげると何処に隠れていたのか、数人の手下が男の後から飛び出してくる。
「あぶねぇっ!」
ダリルのその声に振り向くと、何時の間にか手下が真後ろに迫っていた。
如何にか背後に飛ぼうとした所で、ダリルの蹴りが手下の腹部にきまり、大きな音と共に床に転がった。
騒がしくしてしまったけれど、これで誰かしらかが音を聞きつけて駆けつけてくれることだろう。
「ありがとう、助かったよ」
「気にすんなよ。それよりアイツがさっきから居ない気がするんだが」
「あ、そう言えばフェリクスさんは?」
辺りを見渡すが、何時の間にかフェリクスさんの姿は見えなくなっていた。
「これはこれは・・・急がなくてはなりませんね」
そう言うと仮面の男は懐から一つの召喚結晶を取り出す。そして、其処から呼び出された魔物は蛇の尾に龍の体と雄鶏の頭をもつ悍ましい姿だった。その瞳と嘴は固く閉じられている。
「コカトリス・・・!?」
「おや、博識ですね。コレは結晶獣とはいえ、なめて貰っては困りますよ。さあ、如何しますか?」
ここで私はルミア先生の授業を思いだす。コカトリスは接近するだけで石化や毒で人を殺める力が有る筈だ。しかし、男達も私達も天に召されていない。もしかして弱体化されている・・・?
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「はいはーい、降参しまーすっ。欲しかったのはコレだろ?」
緊迫した空気を壊すような声がダリルの部屋からしたかと思うと、フェリクスさんが召喚結晶を片手に現れたかと思うと、それを男に投げた。
「ってめぇ!ふざけるな!」
ダリルはフェリクスさんの胸倉に勢いよく掴みかかる。
そうされてもフェリクスさんは平然とした顔をした後、ダリルを見下すように鼻で笑った。
「フェリクスさん・・・なんで?!」
「アメリアちゃん、何でもかんでも正攻法が正しいって言うものじゃないよ。生きてこその物種だ」
そう言うとフェリクスさんは私にパチンとウィンクをする。
「良いでしょう、此処は引くとしましょう」
そう言うと男はコカトリスを召喚結晶へと戻す。しかし、手下は一方に引く様子が見られない。
「しかし、生きて返すとは言ってませんよ。では、クイオ・ヴァエ」
男はほくそ笑み、召喚結晶を懐にしまうと立ち去って行く。ダリルがその後を追いかけようと駆け出すが、手下達が壁の様にそれを阻む。
「くそっ、・・・さっさと倒すぞ!」
「うん!」
私とダリルは左右に分かれて手下達を迎え撃つ。
しかし・・・
「おいおい・・・うちの宿で流血沙汰は勘弁してくれよ」
その声の主は宿屋の主人だ。そして、その背後には宿泊していた冒険者の集団。
これには流石の手下の男達も身動ぎをし、逃げ出そうとする。
「おっと、逃げられると思ったのか?衛兵に突き出してやる」
冒険者達が一斉に襲い掛かり、次々と手下達を捉え始める。しかし数人ほど、近くの部屋の窓から逃げたと愚痴を零す声が聞こえて来た。
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様々な方面への謝罪と弁償に加え、お礼を言い終えても残る問題がある。
「俺は納得いってないぞ。人の苦労を何だと思ってやがる」
ダリルは召喚結晶の件での怒りが収まりきらないらしく、呑気に酒場の女の子を見ているフェリクスさんを睨む。
「大丈夫だって、たまには冷静になれよデコ助。アメリアちゃんは判ってくれてるみたいだぜ」
そう言うとフェリクスさんは耳に手を当てながら、私の方を見て来た。
「え?あ・・・ああ!耳打ち!」
「正解!」
談話室でアルラウネの召喚結晶を見た後にフェリクスさんが二つの召喚結晶を見比べながら私に「ちょっとデコ助を驚かしてみよう」と耳打ちしたのだ。
「あ゛?どう言う事だ?」
「渡したのはコーリングの召喚結晶だよ。摩り替えたって事。」
「はああああ??!」
驚きのあまりにダリルは大声をあげる。
「そうそう。今頃、どうなっているかと思うと・・・ぷぷっ」
私はほっと胸を撫で下ろす。
クルニアの暗躍と地下室に違法な召喚結晶、そして今回の刺客による襲撃。一部の核心をつけたのは間違いないと思う。
地下から徐々に蝕まれている世界樹、精霊王様の宿るそれを救い真実を求め知らしめるには歩みを止める訳にはいかない。
*仮面の男が使用している一部の言葉はエルフ語です。




