第8話 真実を握り絞めて
ハラリと裂けたフードから茶色の髪が広がっていく。
「くくっ・・・結果を出して認めさせれば法など捻じ曲げるのは容易だ。さぁ、次に取り掛かるぞ」
その隙間から垣間見える青い瞳は冷たく、私達の前で生真面目で穏やかな雰囲気を醸し出していたエルフの青年とは別人を思わせる雰囲気を湛えていた。
「・・・クルニア所長」
私は思わず漏れた声を手で抑えた。
しかし、邪魔な男とは誰の事なのだろう?
出会って間もないとはいえ、予想外の人物の姿に私達は驚愕をしていた。
「マジか・・・。上の命令だってのに、碌すっぽ説明もしないで他人に押し付けた時点で怪しいと思ったけどよ」
ダリルは苦々しげな顔でクルニア所長を睨んでいる。
「これは・・・真実を見極めたいとは思ったけれど・・・」
世界樹の破片は手に入ったけれども、証拠としては決定打とは言い切れない気がする。
世界の支えたる存在の一つであり、風の精霊王様の宿る聖樹を守るにはどうすれば・・・
これは私の受けた使命にも通じている気がする。
「ねぇ、ダリル」
「なんだ?」
「馬鹿な事を言うけど協力してほしいの・・・。私、あのアルラウネの召喚結晶を盗もうと思う」
「は・・・?」
ダリルは思わず大声を出しそうになるのを飲み込み、怪訝な表情で私を睨んでくる。
「何を言ってんだこいつ」と顔に書いてある気がする。
「確かに根は手に入れたけれど、これは証拠になると言うのは難しいかも」
「だからって、あの人数だ。二人じゃ逃げられるかどうかだぞ?」
目視で確認する限り、クルニア所長を中心に同じような制服を着たエルフ達が十人ほど。
恐らく、研究員とは言え魔法省に所属する集団だ。
経験の浅い私達では真面に太刀打ちできない可能性が高い、このままでは危険を冒してまで来た意味が無くなってしまう。
「先ずはダリルの火で伐られた根に火をつけてクルニア所長達の気を引いたら、私が魔法で目眩ましをして召喚結晶を盗むわ。どう?できる?」
「・・・できない事は無いが、一つ頂けねぇな」
「え?」
「召喚結晶を盗るのは俺にやらせろ。お前にやらせると成功する気がしねぇ」
ダリルは魔物を連れて来ては品定めをするクルニア所長達を一瞥すると、私に向かって拳を握る。
「何よもう・・・でも、頼むね」
自分で思いついたとはいえ、これはかなり危険な賭けね。
私達は出口の方向を確認すると頷き合い、着ている制服のフードを目深にかぶる。
ダリルは指先に火を灯すと、山積みになった世界樹の破片の山にそれを放つ。
彼らにとって重要な素材だ、火がついてると知ったら全員の視線が此方に向くだろう。
「仇なす者より・・・」
私は静かに目眩ましを詠唱し、その時に備える。
「何か焦げ臭くないか?」
火事に気が付いたクルニア所長の・・・クルニアの部下の一人が声をあげる。その声に折りの中の魔物に目がいっていた全員が慌てた様子で振り向いた。
「【ホワイトダジネス!】」
私の手の平から眩い閃光が放たれ白い光が視界を包む混んでいく。
それと同時にダリルが目を細めながら地面を蹴る。
「【残像翔!】」
ダリルは残像を残し、何時の間にか私の傍から姿を消す。おお、これがウォルフガングさんとの修行の成果かな。
侵入者に気が付いたクルニア所長の部下たちの怒号と消火にやっきになる声が響く。
私は光が収まる前に素早く出口の方へと駆けて行った。
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如何にか私は出口への通路へと迷わずに辿り着き、松明の灯る薄暗い石造りの廊下を走っている。
しかし一向にダリルが追いついてくる気配が無い。聞こえてくるのは怒号と近くの物を破壊する音のみ。
「まさか失敗したんじゃ」と不吉な妄想が膨らみそうになり、私は頭を振った。
そして改めて前を見たところ・・・
「よぉ!」
「きゃっ・・・!」
徒では済まなかったらしく、ダリルの服は所々やぶれ、体に軽度だが複数の怪我をしていた。
「ぶぶっ、“きゃっ”って女みたいだな」
ダリルはさも、面白いものを見るかのように体を小刻みに震えている。
「あのね、みたいじゃなくて・・・」
それに反論しようと口を開いたその時だった。
「おやおや、毛色の違うネズミが侵入しているな」
その背後から響く冷淡な声は、聞き覚えがあった。つい先刻も耳にした声、クルニアの声だった。
「どこの所属か知らないが、目的は何だ?素直になれば命だけは助けてやろう」
クルニアは私達に向かって手を差し出す。恐らくは召喚結晶を差し出すように言っているのだろう。
「・・・その手はどう言う事でしょうか?私には・・」
「お前に聞いてるのではない退け!【エアブラスト】」
クルニアは流れる様に無詠唱で呪文を唱えると、私の体を一本の衝撃波の様な風が吹き飛ばし壁に打ち付けられた。
「てめっ、何をしやがる!」
「それは、此方の台詞だ。さあ、召喚結晶を渡して貰おうか」
クルニアは静かに一歩、また一歩とダリルへ詰め寄っている。
「はっ、そんな易々と渡すかよ」
如何にか頭は守る事が出来たが、背中を壁に強く打ち付け、魔法で裂かれた制服の上腕部分に血がにじむ。でも、この状況なら目眩ましより・・・
私は手早く剣を腰のベルトから鞘ごと外し、床を蹴り上げ立ち上がるとダリルへと意識が向かっているクルニアの頸部へと背後から鞘を外さずに叩き付ける。
「ぐはぁ・・・」
ドゴッと予想外の音が響いたかと思うと、クルニアは短く呻き声をあげ足元をふらつかせる。
え?怯ませるだけのつもりだったんだけど??
そう思った直後、ダリルが私と同時に拳をクルニアの顎にお見舞いしていた。
「「あ・・」」
私達の腕が引っ込むのと同時にクルニアは白目を剥いて昏倒してしまった。
「と・・・取り敢えず怪我の功名って奴だ。とっととずらかろうぜ」
「う・・うん」
そう頷き合うと同時に背後が騒がしくなってくる。
私達は全力で通路を走り抜け、入って来た壁を通り抜けて元の部屋へと飛び出した。
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隠し通路からでると、追手が来る前に汚れた制服を暖炉に放り込み火をつけ、腰に巻いていた自国の制服を羽織り、近くの部屋に飛び込み身だしなみを整える。
しかし、周りを確認しないで部屋に入った為か、一難去ってまた一難。
「・・・・これは、どう言う事だ。説明をして頂こうか、エルガー殿」
きっちりと前髪を撫でつけた金の長い髪に氷のような薄い水色の瞳が私達を一瞥する。
偶然、入ったこの部屋はイズレンディア部長の執務室だったのだ。
そしてエルガーこと、フェリクスさんが苦笑いを浮かべ目で訴え掛けてくる。
「申し訳ございません。実は研究室の見学の後に私の下へと来るように命じていたのです。私の説明不足とは言え、部下が無礼を働いた事はどうかどうかご容赦ください」
そう言うとフェリクスさんは深々と頭を下げた。
「あの、申し訳ございませんでしたっ」
つられて私達も謝罪と同時に頭を下げると、呆れた様な表情と溜息と共に退出を命じられてしまった。
暫くすると、筒状の書簡と書類を抱えてフェリクスさんが出て来た。
「こっちは無事に取引を成立させて纏まったけれど、お前達は何があったんだ?」
ボリボリと困ったような顔をしながらフェリクスさんは頭をかくと、私達の背中を押して歩き出す。
「此処ではちょっとな・・・」
「っと言う事は成果ありって事か」
フェリクスさんの言葉に私は黙ってうなずいた。
「まあ、とりあえず。研究室に戻ろうか、どうせ挨拶無しに研究室を出たんだろ。ケビ・ベンディクス副所長が探していたぞ。あの人は言動がアレだが、優秀な研究員らしいよ」
研究室に戻り、逃げる様に説明半ばで説明を受けずに飛び出してしまった事を謝罪をすると、相手方からも謝罪をされてしまった。
どうやら、ベンディクス副所長は研究者として好奇心に火がつくと我を失ってしまうらしい。
「ほ・・・ほほほ、本当に申し訳ない。代わりに僕に何でも良いので質問してください。可能な限りお答えしますので」
そこで、改めて結晶獣について説明を受けた。
結晶獣の素体は穢れや邪気の無い、マナを多く含んだ物質である事が条件である事。
白いものほど黒に染まりやすい、つまりは魔結晶の魔物の因子に侵食さた素体が影響を受けて変異したものらしい。流石に変異の秘密や其れを隷属するようにする加工方法までは教えて貰えなかったけれど。
ちなみに副所長は完成品の研究のみ担当な為、製造と管理や取り締まりはもっぱらクルニアが担当しているとの事だった。
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その後、宿のフェリクスさんの部屋で事のあらましを喋り、それぞれの自室に戻る事となった。
しかし、私には胸につかえる事があった。
あれだけ大騒ぎをしていたにも関わらず、地下から追手が来なかったからだ。
「寝る前に考え過ぎは良くないわね・・ふわぁ」
欠伸をしながら夜空を眺めると、夜の静寂の中に不自然な音が混じりだした。




