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金色の瞳の剣姫は今日も世界を奔走する  作者: 世良きょう
第9章 善なる神の憂い
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第23話 狐の石像ー善なる神の憂い編

失われた木の神の座を巡る争いが始まろうとしている。

コウギョクと言う正統な後継者がいる中、ドモン様は自身の信徒が自身と同等の存在になろうとしている事をどう思っているのだろうか。

私ならば誰かを遣わせて連れ戻す事だろう、然し当のドモン様はまるで他人事のように無関心と言うか、それを楽しんでいる節があるように見える。

先程から自分の発言を聞いた私達の反応を観察する様子、けれど人と神様では視点が違うのかもしれない。

さっそく興味は移り、シルヴェーヌさんを捉まえては質問攻めに合わせている。

本当に自身の興味が赴くままと言う感じだ。

そう考えると、ホタルさんの苦労は察するに余りある。


「そこの娘、何か用か?」


「いえ、すいません」


如何やら長く見つめ過ぎてしまったらしい、心中を悟られたような思いに背筋が伸びる。

慌てて首を横に振った為か不信感を持たれたらしく、ドモン様の顔は私を見ては怪訝な表情が浮かぶ。

思わず視線を逸らすと暫しの沈黙の後、ドモン様は何かの考えに至ったのか静かに口を開いた。


「そうそう訂正をしておこう、人間が神となる方法は一つじゃない。人神の他には生き神、神霊をその身に降ろす方法が有る」


ドモン様は指を天に向けると、自身の胸元へと下ろしては此方を見てニヤリとほくそ笑む。

つまり自身を神の器として捧げると言う事、それができたとしても本当に彼女自身の神格化したと言えるのだろうか。


「ヒスイさんから、その方法で神様になると聞いたのですか?」


「いや、言っていない。これは君達へのちょっとした俺の親切心だ」


私の問いに首を振ると、此方を見て意味ありげに口角を上げる。

どこが親切心なのだろうか?

ホタルさんは人神が否定された辺りから俯き黙り込んでいたが、此処で漸く顔を上げた。


「いえ・・・でも、あの子ならそれを知っていても可笑しくはないかもしれません」


「そう言えば、座学は蛍より熱心だったな」


ドモン様はホタルさんの言葉に、ヒスイさんの事を思い出したのか懐かしそうに目を細める。

然し、慌ただしくコウギョクはドモン様に詰め寄ると怒声を上げた。


「土門よ、そんなに人心を惑わして楽しいか?妾からすれば生き神などありえぬ話じゃ、とっとと使いを向かわせて我儘娘を連れ戻してはくれぬか?」


コウギョクの態度は明らかにものを頼む態度ではない、あまりに不敬な態度にコウギョクはヤスベーさんよりも早くヒューゴーに羽交い絞めにされ引き戻された。

暫しの静寂、何かしらの罰が与えられるのではと戦々恐々としていたがドモン様の反応を窺うと意外とあっさりとした物だった。


「どうなろうと成すがままで構わないな・・・日乃本さえ安定すれば、俺としては誰が神になろうと万々歳だ」


如何やらドモン様にとっては、神の座の争いも些末な問題らしい。

するとホタルさんは床に手をつき、意を決した顔をしながら静かに腰を上げた。


「お言葉ですが、わたしは早々に妹を連れ戻すべきと思います」


ホタルさんは呆れ顔でドモン様を一睨みすると大きな溜息をつく。

すると、ドモン様は不満を露にする。


「それはできない、それに此れは翡翠にとって良い勉強になる筈だよ」


自身の信徒の事より、格好つけた理由で楽しみを優先。

ホタルさんは其れに慣れているのか、冷やかな目でドモン様を蔑む。


「なりません、神の座を巡っての争いなど良からぬ者が絡む可能性がございます」


「俺、こう見えても忙しいんだよね。ほら調べ物とか・・・」


ドモン様はホタルさんに詰められ、視線を逸らすとシルヴェーヌさんを縋るような視線を送る。

如何やらすっかり西方の魅力に取りつかれたみたいだ。

呆れた神様もいるものだ、此処まで来ると傍に仕えるホタルさんには尊敬しかない。


「もうよい!妾が小娘に事実を直々に理解させてやるわ!」


コウギョクもそうとう辟易としたらしい、床ではなく扇で自身の掌を叩いた。

苛立ちにより尾を揺らし、耳を立てるとヒューゴーの隙をつき腕を擦り抜けると此方に背を向けた。


「短気は損気だぞ紅玉とやら。例え、神気を受け継ぎ次代となろうと俺達は信仰されねば神の座から落ちるからな」


怒るコウギョクを宥めようと、ドモン様は神の在り方を説き其れらしく諭す。

これには言葉が無いのか、コウギョクは唇を噛み締めた。

そして暫しの間が開いた後、俯きかけた顔をコウギョクは上げて胸を張る。


「その様な事になるわけなかろう。翡翠とやらの身柄は無事に送り届けてやる、妾は優しいからな」


コウギョクは嫌味を聞かせながら自分に任せろと胸を張って見せた。


「そうか、助かるよ。これで最後なんだが、狐護の最後はどんな感じだったんだ?」


ドモン様は余裕を崩さず笑顔を向け、柔らかい口調でコウギョクの心を抉る言葉を口にした。


「・・・」


コウギョクは驚愕で言葉を失い、瞳の光が一瞬で奪われる。

顔は今にも泣きだしそうな顔に変わり、悔しげな表情を浮かべ本殿から飛び出す。

障子戸に袖が挟まれ風に揺れ、スルリと引き抜かれたかと思うと慌ただしく階段を下りる足音が聞こえてきた。


「コウギョク!?」


痺れる足で如何にか立ち上がると、此方を不思議そうな表情で見るドモン様の姿が目に留まる。

あんな質問を何故にコウギョクにしたのだろうか。

ともにヒノモトを護ってきた神の最後を悼む為か、それとも好奇心か知る由は無い。

恐らくは忘れられない心の傷、それに加えて弧護様が利用されると知って、コウギョクはいても立っていられなかったのだろう。


「土門様、今のは如何かと思われます。もし謝罪をされるのでしたら、わたしではなく御本人してくださいませ」


ホタルさんが冷やかな声で諫めると、ドモン様は漸く状況を理解したらしく気まずげに私達との間で視線を泳がせ苦笑いを浮かべる。


「う・・・またやってしまったか。まあ、悪気が無いは免罪符ではないか、何れその通りにさせて貰うとする」


「はぁ、当然です」


ホタルさんはドモン様の言葉に苛立ちを見せると、大きな溜息をついた。

ドモン様は額を抑えると、今にもコウギョクの後を追おうとする私達を見た。


「俺は先程の通り、何方が神となろうと構わないと思っている。そこで失言の詫びの一環としては何だが、君達の荷車を預かろう」


「・・・しかし」


唐突にそう言われて、「はい、宜しくお願いします」などと返答ができるわけもない。

然し、今の弧護の森で私達が歓迎されないだろう。

事実、荷物を預かって貰える事は有りがたい

戸惑っている中、障子戸が開けられヒューゴーが舌打ちをしながら部屋を飛び出していった。


「土門様・・・」


ホタルさんはじっとりとした目でドモン様をみつめる。


「いやいや、誤解だって!西方の知識を調べ尽くしたいなんて思っていないから!?」


ヒューゴーが出ていく姿を目にした途端に、ドモン様はそわそわと外を気にしだす。

ホタルさんは今度こそ確信をもって溜息をついた。


「はあ・・・私欲に塗れていますね。皆さん、どうなさいますか?」


ホタルさんはドモン様に辟易とした様子を見せながら、障子戸の方と交互に私達を心配そうな顔で見てくる。


「それならワタシ、人質になりマス!」


緊迫感すらあった空気が一瞬で吹き飛ぶ。

シルヴェーヌさんは朗らかな笑顔を浮かべながら勢いよく手を振り上げた。


「シルヴェーヌさん、そんな人質だなんて・・・」


私達の心配をよそに、シルヴェーヌさんの宣言をうけてドモン様の目が途端に輝き出す。


「決まりだ、日照大神に誓ってお前達の荷物を大切に守ると誓う。なんなら、代わりに蛍を連れて行ってくれないか?土の術に関しては俺に次ぐ実力だ!」


ドモン様は期待に胸を躍らせ興奮気味に私達へ詰め寄ると、大きく腕振り上げ勢いのままにホタルさんを指さしては本人の許可も無く勝手に人を貸すと言い出す。

これはホタルさんの言う通り、本当に私欲まみれの神様だ。


「また、勝手な事を・・・」


ホタルさんは組んでいた腕を解くと、じりじりと徐々に距離を縮めて詰め寄る。

その気迫に押され、ドモン様は胸の高さまで腕を上げると両掌でホタルさんから自身を護る。

暫し額に汗を浮かばせながら場を収めようとするも、何か思いついたのか急に表情が明るくなった。


「蛍、君も翡翠を連れ戻したいのだろ?」


「いや、ですがその・・・巫女ですし」


驚きながら戸惑うも、ホタルさんはそれを否定しなかった。

されど職務と私情の間で揺らぐ意思。

そこで静かにヤスベーさんが声を上げた。


「蛍殿の意思を尊重するが、拙者としても有り難く思うでござる。されど二人はどう思われるか?」


ヤスベーさんはドモン様の申し出に頷くと、此方を振り向き私とザイラさんの意思を訊ねる。

勿論、私も荷物の処遇に関しては異論はない。


「シルヴェーヌさんの同意がありますし、私もそうして頂ければ助かると思っています」


「アタシも、荷車を牽く分には問題ないが。あのガメツイ船長にギャーギャー騒がれたら敵わないからね。ホタルに関してもアタシは歓迎だよ」


ザイラさんは同意しながら、さり気なくライラさんへと皮肉めいた言葉を口にして苦笑する。

その気持ちは解らなくはないだけに、これに対しても否定の言葉は見付からない。

ザイラさんは遠慮がないが、ホタルさんの意思は如何なのか私は本人の返答を待つ事にした。


「ほら、後は君しだいだ。如何するんだい?」


これにはホタルさんは難しい顔をするが、肩の力を抜いたかと思うと観念したのかドモン様の瞳を真直ぐ見つめる。


「はあ・・・解りました。神事を決して蔑ろにせぬよう御願いしますね」


溜息をつくと、言葉の節々に念を押しながらドモン様に言い聞かせる。


「ははっ、勿論だ!」


ホタルさんはそれを耳にして何とも言えない険しい表情を浮かべる。

ドモン様の声に揺ぎ無い、しかしホタルさんにとって私情を優先した罪悪感と、ドモン様への不信感が募っている様に見えた。



**************



ホタルさんが神社を留守にすると聞いた、土秀神社と土富(つちとみ)町は騒然となっていた。

身支度をするホタルさんを引き留めようと説得する神職の方々、不安を訴える町人たち。

まったくドモン様はどれだけ信用が無いのだろうか、町を出る頃にはホタルさんの顔には疲労の色が浮かんでいた。

彼女を労わる様に背後からビャッコが付いてきている、如何やら彼女を見送りに来たらしい。

ホタルさんが鼻先を撫でるとビャッコは目を細め、地鳴りのような音をたてて喉を鳴らす。


「白虎、土門様を頼みましたよ」


ホタルさんがそう頼み込むと、ビャッコは険しい顔になり鋭い牙を覘かせながら猛々しく唸り町へと戻っていった。

それから数日、コウギョクの記憶を頼りに狐護の森を目指して山中を歩き続けている。

運が良い事にホタルさんを心配する町人の方々に渡された食料のおかげで、食事情は充実しており中々に良い旅路だと思う。

枝葉の合間から見える空には太陽が真上にあり、開けた場所に野営地を設けてさっそく足を休める事にした。


「然しこの国、山が多すぎじゃないか」


ヒューゴーは竹の水筒の水を飲むと、口周りを拭いながら今までを振り返る様に空を見上げる。

コウギョクはそれに対して頷くと、痛そうに自身のふくらはぎを撫でては溜息をつく。


「長く山を離れたツケがくるとはの・・・」


「悔しいが俺もだ」


珍しい事に二人は口喧嘩もせずに愚痴をこぼし合っている。

この面々で旅をしだしてから初の山歩き、特にコウギョクはヤスベーさんやザイラさんに背負われて移動している事が多いいので尚更だろう。


「あの、宜しければコレを・・・」


ホタルさんは二人の許に歩み寄ると、大きな葉に包まれた薬らしき物を差しだす。

それは緑色の軟膏だった。

ヒューゴー達はその臭いに顔を顰めていたが、ホタルさんの笑顔を目にして渋々と言った感じで塗り始めた。薬の形状にしても、ヒノモトと西方の文化の違いは確かに興味深い。

ヒノモト出身のヤスベーさん達は西方に居た頃、私達の文化を目にして同じように思っていたのだろうか。

コウギョクは木の神の後継、ならば共に行動していたヤスベーさんとは如何いう関係なのだろうか。

長く様々な困難を協力し合い乗り越えてきて、今更ながら気になってきた。


「あの、ヤスベーさんはコウギョクは何処で知り合ったのですか?」


ヤスベーさんからは木々を眺めた姿勢のまま返答はない。

遠慮せずに訊いてしまったが、もしや話ずらい事だったりするのだろうか。

心配になり様子を窺っていると、ヤスベーさんは此方へ振り向き一瞬だけ不思議そうな顔を見せるが、懐かしそうに語り出した。


「拙者は元は、弧護様の護衛の任されて守り人だったのでござるよ。紅玉殿は九つの尾の中でも特に・・・くっくっく」


ヤスベーさんはコウギョクの事を途中まで話すと、堪え切れなかったのか低い笑い声が漏れる。

ヤスベーさんが弧護様の護衛だったとは驚いたが、腕前を踏まえれば可笑しくはないか。

コウギョクに関する話も其の続きは何かは不明だが、目の前に薬草の臭いを漂わせながら詰め寄ってくる姿を目にすれば察するに余りあるかもしれない。


「これ、やめぬか!お主を蛙に変えても良いのだぞ。しかも、雨蛙ではない蟇蛙(ひきがえる)じゃ」


コウギョクは顔を赤らめながら扇を広げ、ヤスベーさんの鼻先へと突き付ける。


「それは、勘弁願いたいでござるよ」


ヤスベーさんは怒るコウギョクが手にする扇を申し訳なさそうな顔で手で押し返す。

それを不服に思ったのか、コウギョクは不機嫌そうな顔のまま頬を膨らませると扇を閉じて顔を背けた。


「あははっ、私もカエルは遠慮させて貰いたいな」


後は混乱を防ぐ為に偽名の事や此方の事情を簡単にホタルさんに説明したりと束の間の和やかな談笑を終えると、野営地に差し込む日が傾いてきた様に感じた。


「なあ、談笑中に悪いが暗くならない内に山を下りないかい?」


「そうですね、獣だけではなく妖もが害意が有る者もおりますし。わたしも其れが最善かと思います」


ザイラさんの呼びかけに、ホタルさんも周りを見渡しては同意する。

それを合図に身支度を整えると、ヒューゴーに警戒をして貰いながら何事もなく無事に下山。

崖下に街道を垣間見る事もあったが下りず、コウギョクの案内で深くて人気のない森へと入っていく。


「判りづらいけど、確かに人が通った形跡があるね」


目を凝らせば下草は刈られ、低木は引き抜かれた跡があり道である事が判る程度の道。

周囲からは木々の騒めきや清流の音、遠くで流れ落ちる滝の音しか聞こえて来ない。

里らしき姿が見えない為か、皆の顔にも流石に不安の色が見えてきた。


「案ずるな、迷ってなどおらぬ。そろそろ見えて来る筈じゃ、妾の様に美しく気高い大きな狐の像がのう」


コウギョクは扇を構え、自身に満ちた表情で胸を張ると足取りを軽く弾ませながら先陣をきっていく。


「うむ。里に入るには御揚げを供える必要が、そこまで一緒とは・・・」


故郷に近づいてきて浮かれているのか、ヤスベーさんは冗談を交えながらヒューゴーに捕まるコウギョクを見て苦笑する。

身動き一つせず立ち尽くすコウギョク達を不思議に思いながら近づくと、目前には無残にも首を砕かれた狐の像が転がっていた。

コウギョクは呆然とすると、次第に行き場が無い憎しみに固く扇を軋むほど強く握りしめる。


「石の記憶を探ってみます、少々お待ちを・・・」


ホタルさんは誰もが呆然とっち尽くす中、砕かれた石像に近寄り手を当てると瞼を静かに閉じた。


「これ酷いね・・・それで、どうすんだい?」


ザイラさんは遠巻きに破壊された石像を眺めては顔を顰める。

これは侵入者などの敵の襲来を警戒して造られた物だ、もしかすれば破壊される事も想定しているかもしれない。


「ヤスベーさん、この石像は他にもありますか?」


「在る、他も当たる必要がありそうでござるな」


ヤスベーさんは低く落ち着き払った声で答えると辺りを見渡す。

次の石像の場所をコウギョクに訊ねようとした所で、ホタルさんの叫び声が静寂を破った。


「皆さん、これは罠です!!」


何時から潜んでいたのだろうか、深緑の装束に身を包んだ集団が木々の合間から次々と現れる。

襲撃者は私達に隙を与えず、気が付けば石像を背に包囲されてしまっていた。

本日も当作品を最後まで読んで頂き誠にありがとうございます。

紆余曲折在り、漸く弧護の森へと到着したが波乱の予感。

神の座の引継ぎはままならないようです。

それでは次回までゆっくりとお待ちください。


***************

次週も無事に投稿できれば12月1日20時に更新いたします。

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