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金色の瞳の剣姫は今日も世界を奔走する  作者: 世良きょう
第9章 善なる神の憂い
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第22話 神となり得るかー善なる神の憂い編神

重厚感のある門を潜り抜け、土門様を祀る土秀(つちひで)神社へと招かれた。

境内を見渡せば神社らしかぬ不思議な光景が目に留まる、引き戸の隙間から見える大量の本を収納した書架、鉱石を囲んで議論しあう人々。ここは本当に神社なのだろうか?

背後から聞こえる白い獣の息遣いを感じながら歩けば、本殿の前でドモン様は立ち止まり此方へ振り向く。


「人の子と・・・狐護の一応後継者の狐ちゃん、俺の社にわざわざ来てもらって悪いねぇ。んじゃ白虎、下がっても良いぞ」


白い獣はビャッコと言う名前らしい、ドモン様に仕えてる事から察するにゲンブと同様の神獣と言う存在なのだろうか。

ビャッコは上半身を低くし、腰を突き上げて背伸びをすると大きな欠伸をしながら何事も無かったかのように去っていく。

歓迎をしてくれている事は間違いないが、結局はシルヴェーヌさんを誘拐してまで私達を町へと招いた理由は未だに明かされずじまいだ。

土門様が作り出す空気に呑まれそうになる中、コウギョクの白い肌が怒りで赤く染まっていた。


「失敬な、妾こそ狐護様から直々に指名された正当な後継じゃ」


何時ものように声を荒げず、低く唸るような怒声がドモン様へと向けられる。

その表情は何処か暗く、目元に影が落ちていた。


「え?そうなの?そっかぁ・・・」


土門様はコウギョクの言葉に戸惑うも、数回うなずいた後に興は逸れて落ち着かない様子で荷車を覗き込む。


「まぁ、ああ言う奴も居るってわけだ」


怒りの行き場を失い肩を震わせるコウギョクの頭をザイラさんは溜息をつくと、気が紛れるよう優しく撫でる。


「ところで、君達に見せて貰いたい物が有るんだ。きゅうぶって物なんだけど」


何を言い出すのかと思いきや、興奮気味に手振り身振りでキューブが見たいとドモン様は伝えてくる。

如何やらシルヴェーヌさんは手荒に扱われるどころか、ドモン様の良い話し相手になっていた様だ。

此処で漸く、ランギョク様が言っていた意味が解った気がした。


「それなら、確かに積んでいますが」


「お、おおおっ!!」


荷車からではなく腰鞄から一粒取り出すと、食い付かんばかりの勢いでドモン様は指先に摘まれたキューブに目を輝かせる。

思わず後退した所で、ついにコウギョクの怒りが爆発した。


「そうなのって何じゃ・・・!」


コウギョクは悔しさが抑えられず、大股でドモン様へと詰め寄っていく。


「あ、おい、止めときなって」


ザイラさんのコウギョクを捕えようとした腕が空を切る。

文句を言おうとする気迫に満ちたコウギョクだったが、その小さな手がドモン様を掴むより早くヤスベーさんの手がコウギョクの襟を掴んだ。


「紅玉殿、気持ちは察するに余りあるが此処は此の安部に免じて抑えて下さらぬか」


そう言い聞かされるとコウギョクはヤスベーさんを一瞬だけ睨み、ゆっくりと力なく頷いた。

見ていたドモン様は一気に表情を明るくすると、ヤスベーさんに向けて拍手する。


「お、良い従者を控えているね。それじゃあ本殿においでよ、君達の素晴らしい友人も待っているからさ」


ドモン様は踵を返し、振り向き様に此方に笑顔を向けると靴を脱ぎ本殿の渡り廊下へと上がる。


「な、なるほど、神様って言うのは色々いるんだな」


ヒューゴーは顔を顰め、口元を片方だけ引き()らせる。

私は小さく頷くと、同じく神様の振る舞いに辟易とした顔の三人に声をかけた。


「シルヴェーヌさんもアチラにいる様なので行きましょうか」


気を取り直して本殿へ歩いて行くドモン様へと目を向けると、その後を私達は大人しく付いて行く。

紅玉の癇癪も治まったようだが、それを抑え込んだヤスベーさんの顔にはハッキリと疲労の色が窺える。

ヒューゴは眉根を寄せると、力なく階段を上るコウギョクを見て嘲笑した。


「なんだ散々、神になるって豪語しておいて湿気た顔しやがって」


「そんな顔はしておらぬ!妾以上の逸材が居るわけ無かろう」


境内の空気が震える程の何時もの声色、おかげで本人は吐き出した事により目の輝きをすっかり取り戻したようだ。然し、暢気に喜んでいる状況ではない。

周囲の視線に委縮すると、本殿の引き戸がゆっくりと開けられた。


「えーと、こっちずっと待っているんだけどなぁ」


戸の隙間から覗くドモン様は表情こそ穏やかだが、醸す雰囲気にひりついたものを感じる。

その矛先はコウギョク達に向けられており、二人は肩を跳ねさせると頭を勢いよく下げた。


「す、すみません!」


二人の怯え声に周囲からの注目は一気に逸れ、痛いぐらい突き刺さっていた注目は嘘のように霧散した。

東西問わず知識欲を高める事に熱心な人は居るものだと感心してしまう。

未知の情報と知識、それに胸を躍らせる気持ちは解らなくはないが盲目になるのも限度が有る。

本殿はカエン様とは違った意味で個性的、祭壇を中心に書籍や収集した物で溢れていた。

そして待ち惚けをくらった当の一柱はすっかり機嫌が直り、私に手渡されたキューブに頬を紅潮させながら子供の様に目を輝かせている。


「魔法・・・魔力により生成する透過された膜、薬草の名前も知らない物ばかりだ!」


薬品を包む魔法被膜とは何かという話に始まり。

其の製法と、薬品の薬草の種類や封入方法などをシルヴェーヌさんの、のんびりとした口調の説明にドモン様は大興奮しているようす。


「ええ、ワタシ達の国が生み出した自慢の品の一つデス」


シルヴェーヌさんは拍子抜けするほど穏やかに微笑むと、少しだけ得意げに胸を張る。


「ああ、興味深い!これを書にしたためて、書架に収めたいぐらいだ!」


それも次第に探求心と好奇心が溢れ出し、シルヴェーヌさんすら押され気味になった所で引き戸が勢いよく開かれた。


「土門様!外出されたかと思いきや、帰るなり御勤めを怠けて何をなされているのです!」


開け放たれた引き戸の先には、長い黒髪を馬の尾の様に束ねた女性が立っている。

年の頃は私と同じか、少し歳が上だろうか栗色の瞳の凛とした雰囲気の巫女さんだ。

その手には細長い板がしっかりと握られていた。

巫女さんに対してドモン様は神様であるにも拘らず、顔を青褪めさせると正座をしだす。


「ほ、蛍、障子はあれほど丁寧にと・・・いや、そんなのは如何でも良いんだ、見てくれ此れは西側の叡智だ。しかも実物も有る・・・」


土門様は嘘のように委縮し、懇願する様に渡されたキューブを彼女に見せつける様に差し出す。

その瞳には共感を期待する物があったが、巫女さんは冷めきった態度でドモン様を眺めていた。


「いけません、わたし達の村は鉱石を主に交易を行う事で生計を立てているのです。それには工夫の方達には土門様の加護が必要なのです・・・よ?」


ホタルさんはドモン様に滾々(こんこん)と説教をしだしたが、此方に気付くなり目を丸くして手を止める。

慌ててドモン様から離れると、私達に向けて勢い良く頭を下げた。


「大変失礼しました!わたしは土秀神社の巫女を務めさせていただいている、蛍と申します。御見苦しい所をお見せしてしまい大変申し訳ございません」


ホタルさんは私達の存在に気付いてなかったと平謝りをする。

その背後でドモン様はキューブを片手に気配を殺して逃亡を図ろうとするが、ホタルさんは私達に会釈すると迷わず板で叩きのめした。


「逃げるつもりは無いんンだ、君の言いう通り務めを果たそうと思って・・・」


ドモン様は如何にか誤魔化そうと、ホタルさんの顔色を窺い媚び(へつら)う。

あまりにも威厳の無いその姿にホタルさんは、恥ずかしそうに顔を手で覆い大きな溜息をついた。


「御神よ、わたしに謝罪するより威厳を重んじてくださいませ。我ら民に示しがつきません」


「う、解った、儀式に赴くとするよ。それじゃあ客人、俺に代わって蛍が持て成してくれる筈だ。ゆっくりと寛いでくれよ」


土門様は肩を竦め、私達を一瞥すると口許に浮かぶ苦笑から不敵な笑みに代わる。

そのまま、何気なく入口の方へと歩いて行く。


「なっ、土門様!何を勝手な・・・」


「頼んだよ、我が巫女」


障子を開き、ホタルさんの制止も聞かずに颯爽と軽やかな足取りで本殿を後にする。

残された私達は茫然とその後姿を見送ったが、勝手に押し付けられた当人の心中は如何がなものだろうか。

ホタルさんは出入り口を眺めたまま硬直していたが、突如として手に握られていた板がミシミシと悲鳴を上げたかと思うと二つに折れた。此れは相当、腹の虫の居所が悪いらしい。


「シルヴェーヌさん、此処で私達は御暇しませんか?」


「そうですネ、ドモン様との約束も果たせましタシ」


シルヴェーヌさんは少し名残惜しそうに部屋を見渡すも、此方を向いて頷いてくれた。

ヤスベーさんは静かに手をつき床から腰を上げ、何やら呟きながら思案に耽るホタルさんに声をかける。


「蛍殿、拙者達は此処にて失礼させて頂くでござるよ」


挨拶だけでもとヤスベーさんが呼びかけるが、思案に耽り声が届いていない様でホタルさんからの返答はない。

此処は申し訳ないが立ち去ろうとすると、私達の足音に誰かの慌てふためいた物が混じる。


「お、お待ちください!わたし達の神に代わり、紅玉様に折り入ってお願いしたき事がございます」


床を踏みしめ叩き付ける音、ヤスベーさんの隣を歩いていたコウギョクの体が仰け反った。

ホタルさんは慌てたあまりにコウギョクの箒のような白い尾を必死の形相で握り締めている。

コウギョクの眉間に深い皺が刻まれるが、さきほど窘められた事が効いたのか声だけは平静を保っていた。


「・・・妾にか?」


尾を何時まで立っても放さないホタルさんに対し、コウギョクは振り返ると眉間に皺を寄せ睨みつける。

そこで漸くホタルさんは自身の手元に気付き、顔色が一瞬で蒼白になった。


「もももも、申し訳ございません!!」


ホタルさんは大慌てで両手を振り上げると、勢いのままにコウギョクに向かって土下座をしてみせた。

勢いに圧倒されるも、コウギョクは気を取り直し櫛で自慢の尾を丁寧に整え直す。


「あーもう、お主はあの神の巫女とは思えぬ真面目な子じゃな。それで、願い事とは何じゃ?面を上げて話してみるが良いぞ」


場が和らいだところで、コウギョクは扇で口元を隠しながら顔を上げたホタルさんを見下ろす。

その顔はコウギョクに許された為か、それとも伝える事ができる喜びか安堵の表情に見えた。

ホタルさんは体を起こして正座をすると、緊張の面持ちで口を開く。


「弧護の森にて次期の神候補と祀りあげられているのは我が妹を止めて頂きたいのです」


「・・・え?」


まさかの好敵手の正体にコウギョクは開いた口が塞がらないようだった。



************



ホタルさんは姿勢を崩さず真直ぐ此方を見上げている。

人が神様になろうとしていると聞かされても正直な所、困惑しかない。

コウギョクもこれには、口許に添えていた扇を閉じて首を捻った。


「人間が神となると聞かされた時点で笑止千万、お主は何を言っておるのじゃ?」


コウギョクは腕を組み、ホタルさんを見上げては鼻で笑う。

ホタルさんはコウギョクの言葉に呆然となり、胸にあてた拳を握り締めながら震わせていた。


「妹の翡翠は人神になろうとしているのです」


ホタルさんは膝をつき、コウギョクに縋り付きながら必死の形相で訴えかけた。

コウギョクはピクリと耳を立てると、少し躊躇をするが意を決したのかゆっくりとホタルさんに訊ねる。


「ふむ・・・失礼を承知じゃが、翡翠とやらは存命か?」


コウギョクだけはホタルさんの言葉の意味を理解しているような口ぶり。

失礼極まりない問いにホタルさんの眉間に皺が刻まれ、私達の視線がコウギョクへと突き刺さった。


「はい、妹は狐護の森におります」


ホタルさんはコウギョクを意図を探る様に見つめると、低くはっきりと答える。

その返答にコウギョクは納得がいったかのように失笑した。


「ふっ、ならば尚更。お主は何を妹が人神になるなどと心配しておるのじゃ」


「それは・・・」


言葉を詰まらせるホタルさんにコウギョクは辟易としていると言いたげな顔をする。

二人は互いの言い分を理解している様だが、此方は如何にも状況を呑みこめない。

何とも言えない息苦しさを感じる中、黙り込む二人に私は問い掛けた。


「待って、そもそも人神とは何か私達に説明してくれないかな?」


「良いぞ、祖霊や祟りを恐れての鎮魂、生前に優れた功績を行った者を死後に神として祀ったものじゃよ」


コウギョクは扇を広げ、ホタルさんの顔色を窺う。

この空気に聞くに堪え兼ねたのか、ホタルさんは声を張り上げる。


「妹は土の巫女の試練に落ちた後、弧護の森を救って見せると飛び出した末に開いた大穴を塞ぐ事に成功させました。しかしそれ以来、この村へ戻っていないのです」


如何やらコウギョクの好敵手は、大地を塞ぎ調える程の術者らしい。

姉として、これも妹の安否を不安視してるからこそかもしれない。

然し、神の欠員による五行の崩れを危ぶみ、正そうと動くヒノモトに置いて否定しきれるだろうか。


「つまり、その実績から捕らわれていると?」


「ええ・・・」


ホタルさんは肯定する様に静かに頷く。

そんな私達を見て、コウギョクは呆れを通り越して言葉の端に苛立ちをわずかに滲ませる。


「だから、人は神になり得ぬと言っておろう。そもそも、頼まれずとも妾が神となるのじゃ」


傲慢だが頼もしく、実にコウギョクらしい振る舞いだ。

周囲に耳を澄ますとガタリと何かが動く音がし、新鮮な空気が部屋に押し寄せてきた。


「いや、そうでもないみたいだよ」


コウギョクの言葉を否定する、気の抜けた声が背後から響く。

その声を耳にし、ホタルさんは慌てた様子で振り向いた。


「土門様?!」


「あ・・・うん、そんな顔をしなくても務めはきちんと果たして来たから!」


帰ってくるなり、自身へ疑惑の目を向けてくるホタルさんにドモン様は頬を引き攣らせながらたじろぐ。


「やれやれじゃな・・・」


コウギョクは自信を置き去りにして行われる茶番に深いため息をつく。


「あの、先程のそうでもないとは如何いう事ですか?」


ドモン様は私の問い掛けに助け舟が来たと安堵の表情を浮かべる。


「うーん、本来なら、俺は姉妹で巫女になって貰いたかったんだけどさ。あの子の使いからの言伝、何があろうと、妖狐に負けず必ずや神となって見せますわだそうだよ」


説教を免れた事で気が緩んだドモン様は話を脱線させながら語り出す。

されど此方の不安は拭えず、伝えられたのは姉の心、妹知らずなヒスイからのコウギョクへの挑発だった。

本日も当作品を最後まで読んで頂き誠にありがとうございました。

好敵手からの挑戦状。

人は神になれはしない、それを覆す方法は果たして存在するのだろうか?

それでは次回までゆっくりとお待ち頂けたら幸いです。


***********

次週も無事に投稿できれば、11月24日20時に更新いたします。

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