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金色の瞳の剣姫は今日も世界を奔走する  作者: 世良きょう
第9章 善なる神の憂い
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第21話 神と軋轢ー善なる神の憂い編

白い獣は低く唸りながら、騎手を背に手足の筋肉を引き絞るとシルヴェーヌさんを(くわ)えて自身の体高の何倍もの高さの崖へと軽々と跳躍する。

獣は崖の上で立ち止まり振り向くと、騎乗していた人物は白い外套に身を包んだまま正体を明らかにせずに朗らかな声で「見送りお疲れさーん」とランギョク様を労う言葉を残して森へと姿を消していった。

それにしても肝が据わっているというか、シルヴェーヌさんは自身が攫われた事を面白がっている様に見えたのは気のせいだろうか。

その予想が当たっている可能性も無きにしにも非ず、何か此方ばかりが焦っている気がする。


「シルヴェーヌの奴、なんで攫われてんのに喜んでやがるんだ?」


ヒューゴーは眩しいのか、目を細めながら崖上を見上げると苦笑交じりに皮肉めいた口調で呟く。

思わず自身と想像が合致して苦笑すると、ヒューゴーが怪訝そうな顔で此方を見上げる。


「さ、さあね、捕らわれの御姫様を演じて見たかったとか?」


軽い冗談で受け流すつもりが悪手だったらしく、ヒューゴーから返ってきた反応は残念な人間を見る冷めた視線だった。

ヒューゴーとの間に流れる微妙な空気に、失策だったかと自覚し頭から血の気が引く思いが湧きあがる。

居た堪れない空気が僅かに流れた所で、次第にヒューゴーの表情も複雑な物に変わっていく。


「・・・それはないと言う所だが、アイツの考えは時々ぶっ飛んでるから無いとも言えないのが複雑だな」


互いに見合い、首を横に振ると急かすようなコウギョクの声が聞こえてきた。


「お前達、何を暢気にしておるのじゃ!ザイラがあの上に登る道を探そうとしていると言うに」


ともかく海岸を離れて崖の上に行かなくてはと私達が動き出すよりも早く、ザイラさんで海岸線をウロウロと散策し始めている姿が見える。

コウギョクに捲し立てられてザイラさんに続こうとすると、ヒューゴーは何時になく自信ありげな顔をして口角をあげると片方の拳で胸を叩く。


「俺が何年、ヤスベーの許で斥候をやってると思ってんだよ」


見ているだけで不思議と苛立ってくるような、腹立たしいしたり笑顔を浮かべるヒューゴー。

その直後、間が空いたのを見てヒューゴーは身構えるが何も起きない事に唖然とした表情を浮かべた。


「確か、出会った直後に仲間達と報告してくれたよね。そこは疑っていないわ、ねぇコウギョク?」


旅を振り返っても記憶は朧気(おぼろげ)、不意を突かれた状態だったのか訊られたコウギョクの額からは脂汗が滲み出す。


「も・・・勿論じゃ、妾は忘れてなどおらぬぞ!」


「・・・嘘こけ」


ヒューゴーはじっとりとした怪訝な目でコウギョクを睨んだ。

ヤスベーさんの助け舟を求めて周囲に視線を向けると、此方に背を向けてランギョク様と何やら話し込んでいる。

話しかけるべきか、迷って立ち尽くすとランギョク様と目が合ってしまった。

その瞳は珍しく、何故か同情や憐みが込められている気がする。


「如何やらこの者の言葉に偽りはなそうですわね。お前達の仲間を連れて行ったアレは話をする事が難解な男神、今から苦労する姿が想像できて流石に同情を禁じえないわ」


ランギョク様は頬に手を当てながら目を伏せると首を横に振る。

如何やら先程の暢気な声の主は神様らしい、それにしても毛嫌いしている私達に同情するとはどんな神様なのやら。

不安が過る私達の顔を見て、ヤスベーさんは先程の男神について得た情報をくれた。


「ふむ・・・あの方は日乃本の土の神、土門様だそうだ。早く向かいたい所だが、出立の前に藍玉様に御礼を言わねばな」


ヤスベーさんは何度か頷くと、私達にランギョク様への挨拶を促す。

すると、ザイラさんが息を切らしながら駆け寄ってきた。


「ごめん、思ったより広くて・・・あれ?」


ザイラさんは戻ってきたもの、話が聞けなかったので戸惑い視線を彷徨わせる。

そんな中、コウギョクは扇で口元を隠すとランギョク様から目を逸らす。


「ふん・・・世話になったな」


コウギョクは扇で口元を隠して何処か傲慢に御礼を口にするが、ランギョク様から返ってきたのは小馬鹿にするような失笑だった。

コウギョクは眉根を寄せながら頬を膨らませるも、ランギョク様はまったく目を合わさずに我関せずな様子。

そんなコウギョクに続いてヤスベーさんがお礼を言い、それを見たザイラさんも状況を漸く把握して後に続く。


「そんじゃ、世話になったな」


神様に軽口を叩くのは如何かとヤスベーさんが眉根を寄せるが気に留めず、ヒューゴーはザイラさんを問い質し何やら話をし始めた。

道中での関係を鑑みれば至極当然の事だが、何故か私とコウギョクへの辺りが強い。


「・・・この度は大変お世話になりました」


深々と頭を下げると、ランギョク様は険しい表情のまま短く何かを呟く。

その様子に顔を上げた所で、ランギョク様が視線を逸らさず真直ぐ私を見ている事に気付いた。


「お前、先程の刀は何です。ワタクシとは似て非になる力、もしやお前は月の神の使いか?」


「え・・・?」


唐突だったが、月の神は西方の神を指す言葉だと思い出す。

その問いの真意が判らない、このまま肯定すべきか迷っているとランギョク様の顔は不愉快そうに歪んだ。


「今の世に荒魂が居ないのは解っている、和魂(にぎたま)に仕えているのか訊いているのよ」


荒魂に和魂は何度か耳にした事が有る、邪神と女神と何方に仕えているのかなど言うまでもない。

これは華焔様は西方の人間だと知らせているからと、魔法を油断して使用してしまった事が災いとなったのかもしれない。

嫌な雰囲気が漂うが、此処で嘘をつく必要はないだろう。


「はい、女神様にお仕えしております」


そう素直に答えると、ランギョク様は眉間に皺を刻む。


「まあ、良いでしょう。ここは餞別として伝えておくわ、魔法を此の国で使用するのは控えなさい。ワタクシたちは嘗ての戦いで月の神の尻拭いをしたまで。今も大神の御怒りは鎮まってはおりませんのよ」


共闘ではなく尻拭い?

邪神との戦いはヒノモトを巻き込んだ、その中で主神に恨みを抱かせる何が有ったのだろうか。

言い方はきついが魔法を良く思わない者もいると、ランギョク様は忠告してくれているのだろう。

然し創世の時、その神々の戦いの真実の謎は深まるばかり。


「はい、しかと心に刻んでおきます」


当然、異質な力を受け入れる事は難しい。

忠告を心に留めるも、ランギョク様からの返答は更なる拒絶だった。


「・・・今、月の神のせいでこの国に危機が訪れている。故にワタクシ達は憤っている、出来得る限り早く日乃本から出なさい。本来、神格化はあの子狐に勝手にやらせるべきなのよ」


如何やらランギョク様は自分が護る国に対する脅威に感づいているようだ。

そしてその根本となる事態を作り上げた西方の神に連なる者への嫌悪は根深いのだろう。

恐らく、執拗にコウギョクを嫌い好敵手を候補にと考えるのは其処に起因しているのかもしれない。

黙々と思案していると腕が引っ張られ、視線を落とした先にはピンと三角の白い耳を立てたコウギョクの姿が映る。


「月の神と過去に何が遭ったかは分からぬが。藍玉、妾の友人を虐めないでくれぬかのう」


コウギョクはヒューゴー等との小競り合いの時と違い、怒りに身を任せずにランギョク様を静かに睨みつける。

しかし冷静なコウギョクの態度に、ランギョク様は小馬鹿にした溜息をつくだけだった。


「いい?貴女も神になろうとするならよく御考えなさい。誰のせいで世界が終焉の時を迎えようとしているのかをね」


ランギョク様はコウギョクを(たしな)めるように言い放つと、時間の無駄と言わんばかりに此方に背を向けて歩き出す。

砂浜に頭を下ろした蛇の頭に軽々と飛び乗ると、ランギョク様は甲羅の上へと運ばれ何を言うでもなく海の彼方へと姿を消していった。


「うぬぬぬっ、なんて奴じゃ!」


ランギョク様の数々の辛辣な物言いに、コウギョクは行く場のない憤りを拳を握り締めながら地面へと何度も踏みつけて発散する。

そんな姿を目にして、自分の代わりに怒ってくれたコウギョクの姿に思わず感謝してしまった。


「・・・コウギョク、ありがとう。でも、あの振る舞いをただ批判する事も良くないわ」


庇ってくれたにも拘らず、ランギョク様の事を肯定した為かコウギョクの顔が絶望とも怒りともとれる妙な感情に染まる。

そんなコウギョクの頭をヤスベーさんは優しく撫でまわし、渋い顔で唸りながら思案すると何かに気付いたのか片眉をあげた。


「ふむ・・・察するに、異界からの穴の件でござるか」


ヤスベーさんは思い返したのか渋い表情を浮かべる。

私がそれに頷くと、二人して思わず黙り込む。

然し次の瞬間、地面に顔がめり込みそうな勢いで背中を叩かれて地面に二人して情けない姿で倒れ込んでしまった。

体を起こすと、ザイラさんが両手を腰に置きながら私達を見下ろしている事に気付いた。


「もう、何をしけた顔してんだい?ソイツが原因としても、西方と決別した所で巻き込まれる事は間違いない。それでも神々が何もしないで自国に籠るってんならほっとけば良いじゃないか」


ザイラさんは呆れ混じりに乱暴に諫める。

方法はともかく、おかげで女神様と繋がりがある事で気負ってしまっていた事に気付かされた。

この国の協力は得られずとも、世界を奔走する事は変わりないと。

不貞腐れた顔のコウギョクを見て、思わず口から笑い声が零れる。


「そうですね。それに幾ら相手が神様とはいえシルヴェーヌさんを助けに行きましょう、コウギョクの神格化も急がないとね」


この一言に、コウギョクは困惑しながら私の顔を見ると、次の瞬間には何時もの自信に満ち溢れた尊大な振る舞いを見せてきた。


「妾がついで・・・まあ良い!妾は森へ戻り、必ずや狐護様の跡目となってみせるぞ!」


コウギョクは私達を見回すと、自分に何もかも任せろと言わんばかりに仰け反り出す。

ヤスベーさんは微笑ましそれを見守っていたが、そこに斥候として離れていたヒューゴーが帰ってきて自分に酔いしれるコウギョクのお尻を蹴り飛ばした。


「わりぃ、蹴りやすいケツがあったんでな。それよりアイツの痕跡を見つけたぞ、とっとと行くぞ」


ヒューゴーが心底あきれた様子で肩を竦めると、踵を返して案内をし始めた所をコウギョクに足首を掴まれて派手に躓く。

何時もの小競り合いが起きるのではと危惧していたが、次の瞬間にはザイラさんに二人は摘まみ上げられながら引き剥がされて事なきを得た。



***************



ヒューゴーは私達と崖を登り終えると、森の中へと巨大な肉球による足跡が点々と続いている事をしてきた。


「これ、露骨過ぎない?」


あまりにワザとらしいと訝しむと、ヒューゴーは共感するかのように頷く。

ヒューゴーは眉間に皺をよせながら頭を掻くと、面倒くさそうに足元を指さした。

猫の物と似た形状それは、くっきりと土の上に痕跡として残っている。


「良いから、これを見ろ」


ヒューゴーは私が確認したにも拘らず、もう一度見る様にと促す。


「んんっ、なに?」


心の内を見透かされたのか私の顔を見るなり、ヒューゴーは蟀谷(こめかみ)に血管を浮かび上がらせながら怒りを堪える様に片足で地面を何度も地面を打ち付ける。

渋々、屈み込むと足跡に影が落ちる、光る水滴の跡が点々と進行方向にむけて伸びていた。


「これ・・・もしかしてシルヴェーヌさんの薬?」


「ご明察、シルヴェーヌなら光る薬品も無い話じゃないぜ。まあ、効果は知らないがな」


ヒューゴーは不穏な言葉を交えるも、何の事もないかのように足跡を先行しながら追いかけていく。

少し薬の影響も含めて気になる事が有るが、どのみち他は無い。


「まっ・・・行きましょうか」


「うむ!ヒューゴー殿の手をこれ以上、煩わさずに済みそうでござるな」


ヤスベーさんは地面に残った痕跡を追いかける様に順にじっくりと眺めると、満足をしたらしく大きく頷くと慎重に行方を探るヒューゴーを無視して追い抜いて行く。

これには呆気に取られてしまったが、一緒にヤスベーさんの様子を見ていたザイラさんは組んでいた腕を解いて頭を掻くと何かを悟った顔をする。


「んー、アイツは時々、慎重なんだか大胆なんだかわからなくなるね。まあ、アタシ達も行こうか!」


背後から迫る危機感に一度は振り下ろされた腕を避ける。

するとザイラさんは今度は逃すまいと躍起になり強引に私の手首を掴み、凄まじい腕力で引っ張り出した。


「え?ちょ・・・ちょっと!」


狙っていた獲物を捕らえて満足っという顔のザイラさんに引き摺られ、半ば諦めた所で(ようや)くヒューゴーも気付いたらしく大声を張り上げながら追いかけてきた。


「ま、待て!足跡さえ追いかければ良い訳じゃ無いぞ。途中で・・・って俺の話を聞けぇ!」


今度は怒りが収まりきらない様子のヒューゴーから目を逸らすと、ザイラさんが牽く荷車の上ではちゃっかりとコウギョクはおやつに御揚げを頬張って堪能していた。

それにしても、縄で固定していたとはいえどよくあの状況で無事に荷車ごと運べたなと今更ながら感心してしまう。

そして罠を疑っていたヒューゴーの考えはまさかの杞憂に終わり、私達は石造りの建物が並ぶ秘境の村へと辿り着いていた。


「・・・本当にあっさりと到着したわね」


私も少し楽観的すぎやしないかと思っていたのだが、同時に強い違和感を感じていた。


「まっ、これも妾が神である故の幸運よな!」


コウギョクはまるで全てが自分の手柄かのように胸を張る。

然し、その態度を取り続けられたのは束の間、それは一個の落石により終わりを迎える。

直撃は避けられたが、ヒューゴーは短刀に伸ばしていた手を引っ込めては苦笑した。


「そりゃあ、大そうな物だな」


土の神様を乗せていた白い獣が高さを物ともせずに崖から飛び降りてくる。

土煙を上げて私達の背後を取り、退路を塞ぐとそのまま陣取り咆哮をあげた。

辺りは一気に静まり返ったかと思いきや、岩場の陰から次々と人が姿を現す。


「これは自業自得ね・・・」


荷物も有り、既に逃げ道は無いと悟ると、先程の事を根に持ってかヒューゴーは恨めし気に私達を睨んでいる。

円陣を作り出方を窺うと、村から数人の神職の者と思われる人間を引き連れて見覚えが有る人物が近づいてきた。その正体は言わずともない。

相手は白い体を包む外套を羽織っており、近づいても頭巾を目深まで被っている為にその表情は窺えない。

此方の反応を察したのか頭巾を取り現れたのは、畏まる事も罪悪感も無いヘラヘラと気の抜けた笑みを浮かべる芥子色の髪の青年。


「よお、俺は土門。この土地を護らせて貰っている神様って奴だ。言っとくけど、此処は下手に動かな方が良いと思うよ」


その気の抜けた物言いに意表を突かれたが、どうであれ態度を崩すわけにはいかないだろう。


「勿論、そのつもりですよ」


私達は両手を上げて敵意は無いと示す。


「うん、宜しい!」


土門様はそれを目にして上機嫌で頷くと、特に拘束をする訳もなく周りを置き去りにして村へと帰っていく。

慌てた様子で神職の者や村人達が口々に土門様の名前を呼びながら後を追いかけていく、思わず唖然としながらその光景を眺めていると背後から白い獣が低い声で唸った。


「大丈夫、逃げたりはしないわよ」


その鼻先を優しく撫でると、白い獣は背後から一定の距離を置きながら追従してくる。

何にしても、妙な神様に絡まれた物だ。

本日も当作品を最後まで読んで頂き誠に会いがとうございます。

紅玉の好敵手の存在に、目的不明の愉快犯もとい土の神。

東西の因果もこじれる中、何が待っているのやら。

それでは次回までゆっくりとお待ちください。


***********

次週も無事に投稿できれば11月17日20時に更新いたします。

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