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金色の瞳の剣姫は今日も世界を奔走する  作者: 世良きょう
第9章 善なる神の憂い
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第19話 神は汁の上ー善なる神の憂い編

齧り掛けの御揚げがスープにゆっくりと沈みこみ、絶叫が聞こえてくる。


「あぢいいいい!?」


スープから飛沫が飛び、コウギョクが無言で襟首を抑えて床を転がった。

店中から集まる気まずい視線に苦笑しながら会釈をすると、静まり返った所で器に恐々と箸を伸ばすも手が止まる。

ヒノモト独自の調味料と魚の出汁が合わさった良い香りがしており何の変哲もない美味しそうな麺料理。

箸をつけた所でスープの中に女性の顔が浮かんだのが見間違いだったらどれ程よかったか。

慣れない箸さばきで恐々と御揚げを掴むと、器から小さな水柱が上がった。


「初手から何なんなのかしら、ワタクシは煩い火の神がどうしてもと言うから僅かな(いとま)を犠牲に来て差し上げたと言うのに!」


水柱は徐々に人の形へと変化する、水浅黄色の癖のない艶やかな長髪に真珠や貝の簪、ヒノモトの海を現した着物を纏っている。

アヤカシではない、恐らくは華焔様から話を聞かされた神様だ。

朱華様よりも着飾ってはいるが、うどんのスープから顕現していると言う点で、如何にも格好がついていない。


「あの、申し訳ないんですけど・・・そこ、私の昼食なんで下りて頂けませんか?」


暖かな湯気が上がる器の上で立ち尽くす女性、正体は推測できるが正直に下りて貰えるとは思っているが待ってみる。

女性は首を横に振り、呆れたのかやれやれと肩を竦めてみせた。


「・・・無理な相談ね。火の神が火を通じて移動するのと同様だもの」


神力でスープを通じて自身の姿を投影していると言う所だろうか。

つまり、私達の間近に有る物で顕現できたのは私のうどんだけだったのだろう。


「あの、水を頼むのでスープからは止めませんか?」


「言っておくけど、これは『すうぷ』ではなく(つゆ)よ」


如何やら移動は却下らしい、代わりに的外れな返答が返ってきた。


「あの・・・」


藍玉姫(らんぎょくひめ)よ、華焔からお前達を助けるように頼まれてきたわ」


「これはこれは、我々などの為に御側路いただき心より感謝いたします」


ヤスベーさんが深々と頭を下げるのを目にし、私達も続いて頭を下げる。

これには藍玉様もご満悦な様子、僅かに弧の字を画くが、すぐさま口元を引き結び直すと視線を移動させた。


「では、弧護美神(こまもりのみかみ)から次代の座を譲り受けたものが現れたので連れて行くようにも頼まれたの。それで、その者はどこに居るのかしら?」


「う、やっかいな・・・それなら、妾じゃが」


コウギョクは煩わしそうに眉を顰めるも、気を取り直して自身に満ちたすまし顔を藍玉様に向けて浮かべると扇を広げて口元に添え、白い尾をふわりと揺らして見せた。


「ん?んん??あの・・・本当の狐護様の後継の方は?」


藍玉様は視線を周囲に彷徨わせると首を傾げながら困ったように眉尻を下げて小首を傾げる。

これはコウギョクが小柄な為に目に付いていないか、わざとか無視しているのかどちらなのだろうか。


「ここに居ますけど?」


箸を握ったまま隣に座るコウギョクへと指を差す。

すると藍玉様の瞳が私の指先から辿るように動くと、漸くコウギョクを捉えた。


「人間にしては面白い事を言うのね。私の耳に入った情報では、こんなチンチクリンの子狐だ

なんて話じゃ無かったわ」


藍玉様はくすくすと愉快そうに笑う。

そして視線をコウギョクに戻すと嘲りながら腹を抱え込む。

本人は真面に受け取っていないだけのようだが、私は冗談を言ったつもりはない。

ヤスベーさんは逡巡するも、僅かに怒りを滲ませながら意を決したような顔をして藍玉様に訊ねた。


「・・・それは、華焔様よりの情報でござるか?」


藍玉様は華焔様の名前を耳にするなり嘲笑する。


「ワタクシ、華焔とは親しく話す間柄ではありませんの。これは噂好きの風神からよ」


私達の反応に藍玉様は目を丸くしたまま唖然とすると、はぐらかすように情報源を明かす。

いったいどんな噂を聞いているのだろうか気になるが何だか鼻持ちならない神様だ。

然し、コウギョクの溜飲は下がらなかった。


「な、妾は狐護様から直に託されたのだぞ。それ以上の証拠は無かろう」


暫く怒れるコウギョクをじっくりと真剣な顔で観察すると、突如として噴き出す。


「・・・ぷっ」


その嘲笑の意味を問いただそうとコウギョクが詰め寄ろうとすると、カナが困り切った顔で此方に声をかけてきた。


「あ、あの・・・」


周囲のお客さんの視線が何時の間にか私達へと向いている。

二柱はその事に気付く様子もなく、互いを罵り合ったまま睨み合っていた。

ふと藍玉様の足元の器に目を向ける、時間が経った為か汁は麺にほぼ吸われたうえに伸びきっている。

私の中でも怒りと悪意が渦を巻く。

箸を器に差し入れる、重くなった麺を引っ張り上げると藍玉様も此れは放っておけず、私が器に口を付けて残る汁を飲みだすと顔を青褪めさせながら止めに入るが時すでに遅し。

私は一切の躊躇もせずに飲み干し、同時に藍玉様も姿を消した。


「ごちそうさま・・・」


コトリと器を机の上に置く、周囲は私の突然の奇行に言葉を失うも、コウギョクを中心に賞賛される。

コウギョクは空の器を見て御腹を抱えて笑うと、扇を広げて上機嫌な様子を見せた。


「ははは、これは天晴じゃの!」


ふと冷静になると、華焔様から頼まれて私達を助けにきたのだと藍玉様が言っていた事を思い出す。

挨拶と雑談のみで何も話も聞けていなければ、肝心な話ができていない事に気付き背筋が凍った。


「早まったかも・・・」


思わず心の声が呟きとなって出ると、ザイラさんはお茶を一気に飲み干した後にニヤニヤと笑いだした。


「いや、あれは的確だったね。神様と言えど、他の誰かに迷惑をかけて気に留めないなんて可笑しいじゃないか。でも、意外と間髪入れずに戻ってきたりして」


痛快だったと言うザイラさんの冗談めいた言葉が出ると、近くの御爺さんが自身の目の前の器を見て驚きの声を上げると同時に藍玉様の声が店内に響いた。


「待ちなさい、漁村に来るのよ。ワタクシはアンタ達を連れて行くように華焔に・・・」


藍玉様は少々、怒りつつも必死に私達に伝えるも現実は非常だった。

御爺さんは藍玉様が喋っているにも拘らず、遠慮なしに自身が頼んだうどんを残さずに平らげた。


「ふぃー、ごっそさん。香菜ちゃん、お勘定ー!」


御爺さんは自身の御腹を摩りながら平然とカナに清算を頼む。

カナは慌てて応えると、草履でパタパタと音をたてながら御爺さんに駆け寄っていく。


「はいー」


お客さんで賑わう店、以前とは違い温かな料理の香りと忙しない調理場から聞こえてくる音。

カナは増えたお客さんに四苦八苦しながらも生きいきと楽しそうに働いている。

そして飲んだくれていた父親のミツヤさんの姿は無く、食事を終えるとカナは店の名前を『きつね』に変えると上機嫌で教えてくれた。

私達は再び店に立ち寄る事を約束し、ミツヤさんの店である『よろづや』へと立ち寄る。

相も変わらず不愛想なミツヤさんだったが、今までと違い覇気が有る様子。

店の品は丁寧に磨かれた状態で並べられ、その傍らには見覚えの有る二人の影が在った。


「おっ!ヒイラギちゃんじゃん、久しぶりー」


「えっ・・・うん、久しぶりだね」


聞き慣れない名前に困惑したが、直ぐに自分が名乗った偽名だと気づくと取り繕う様に相手に笑顔を返した。

天鋼村の金細工師のイスズと、その祖父で鍛冶師のテツジさんだ。

二人は大きな荷物を荷車に積み、ミツヤさんからの知らせを受けて意気揚々と自分たちの作品を卸に来たらしい。


「このバカ孫!挨拶だけではなく礼も言わんか!」


「うるせぇ爺!アンタは挨拶すらしてないだろうが!」


再会して早々に以前も目にした御爺さんと孫の笑劇が始まる。

それをミツヤさんは渋い顔をしながら舌打ちをすると面倒くさそうに煙草に火をつけ(くゆ)らせた。


「どーでも良いが、挨拶は手短に済ませてくれ。日が暮れては敵わない」


「おっと、すまんな」


「皆のおかげで手始めに朱華町との取引が再開できそうだよ。ありがとうね!」


イスズは先日より嬉しそうに声を弾ませながら笑顔を振りまいて来る。

私は(かんざし)の事を思い出し、そっとイスズの前に袋を差しだした。


「イスズが加工してくれたおかげで簪が売れたよ。これ、加工賃ね」


差しだした手をイスズは力強く握ると、私の胸元に突き返した。


「そんなのいらないよ。仲裁してくれたんだし、変に気を使わないの!」


イスズは白い歯を見せながら人懐こい笑みを浮かべると、私が手を下したのを見て満足そうな顔をする。

然し、テツジさんは首を横に振った。


「バカ孫、これは俺たち職人への正当な報酬だ。それこそ受け取らなけりゃ、おまんま食い上げだ」


「で、でも」


イスズは戸惑いながら私とテツジさんの顔を交互に見る。

私は、そんなイスズの手に引っ込めようとした布袋を握らせた。


「テツジさんの言う通りだよ」


「・・・うん、解った!これは有難く頂戴するね」


イスズはそう元気よく答えては袋を握り締めると、テツジさんと共に私達に笑顔を向けてきた。

その直後、気怠げな溜息が聞こえる。


「そいじゃ、交渉再開するか」


ミツヤさんは小さな金属の皿に灰を落とすと、イスズ達の顔を一瞥する。


「それじゃあ、私達はこの辺で。色々と御世話になりました」


「おー、こっちこそだ。娘を助けてくれてありがとうな」


ミツヤさんは私達には目もくれずに呟くと、イスズ達が持ってきた商品を無心で眺めて品定めを始める。

私達は再び荷車を牽きながら町の境を出る、振り返ると祭りの片づけで忙しない様子の人々の姿が目に映った。



**************



再訪した漁村は様変わりしていた。

村を囲む篝火(かがりび)、海を見張る為に(やぐら)まで建てられようとしている。

カイマルに訊ねたところ、先日の魔族の襲撃の話を基に火を通じて華焔様から神命が下ったのだそうだ。

そんな昼下がりの漁村は、あの日の夕暮れと違う意味で騒然としていた。

大勢の野次馬が漁港近くに集まっており、道端では謎の来訪者の正体について様々な推測が飛び交っている。


「なっ、凄いだろ?父ちゃんから聞いた話だと、港の沖にすげーでっかい島が出現したらしい。オイラが思うに悪鬼が復讐しに来たんだと思うんだよな」


すっかり元気を取り戻したカイマルは港を指さしながら鼻息荒く熱弁すると、私達の顔を見るなり期待に満ちた眩しい瞳で見つめてくる。

港への道で立ち話をしていた村民達が私達に気付いた途端に道を開けだした。

如何やら、先日の一件で私達に期待しているのはカイマルだけではないらしい。


「なんじゃ、えらく歓迎されとるのう」


「良いじゃないか、それだけ期待されているってだけじゃないか。アタシはわくわくするね!」


ザイラさんは唖然とするコウギョクと相反し、戦いの予感に瞳を輝かせる。

そんな中、ヒューゴーは怪訝そうに期待をする村人達の顔を見上げていた。


「能天気な奴・・・」


漁港を埋め尽くしていた人々は私達の姿を確認するなり道が作られていく。

期待するザイラさんには悪いが、その正体は明らかだ。

海上に浮かぶ島は植物も土も無く、殆ど凹凸が無い大きな岩の様に見える。


「皆、アレのせいで船が出せるか不安になってんだ」


カイマルは波際に近寄らず、腕を振り上げながら海に浮かぶ其れを指さした。

ヤスベーさんは徐々に陸へと移動してくる島に苦笑する。


「これは・・・如何に」


まるで私達を待っていたかのような光景。

悲鳴を上げながら一斉に逃げ出す村民の中にカイマルも紛れて避難していく、港に残る中で私は思案に耽っていた。


「ねぇ、何か忘れていない?」


徐々に浮上しながら明らかになる姿にシルヴェーヌさんは胸元で掌を打ち付けた。


「おぅ!水の神様ですネ!」


「だよなぁ・・・」


ヒューゴーは頬を引き()らせながら入り江の先に停まった生ける島を見上げ、その上に佇む一柱の姿に辟易とした顔を浮かばせる。


「まあ、そんなに肩を落とさずとも良かろう」


ヤスベーさんは気落ちして顔を歪めるザイラさんを見て肩を叩き宥める。

目の前の海には巨大な蛇の尾を体に巻き付けた亀と、その背に乗る藍玉様の姿が在った。


「ふんっ、良い心掛けね。約束を守った事は褒めてあげるわ」


藍玉様は甲羅の上に腰を掛け、髪をかき上げると嘲笑を浮かべながら此方を見下ろしていた。

コウギョクは不愉快そうな表情を隠さず片眉を上げ、眉間に僅かに皺を刻む。

如何やら狐護様から後継者として小馬鹿にされた事が未だに腹に据え兼ねているらしい。


「のう・・・妾は陸路と言う手も検討しても良いと思うぞ」


断固拒否の姿勢を誇示するのは解るが、華焔様の物言いも魔族達の行動を鑑みてもコウギョクの我を通すわけにはいかない。


「いえ、お願いしましょ」


他の皆もそれは同様のもよう。

ヤスベーさんは村の外へ歩いて行くコウギョクの襟を掴んで引き止めた。


「華焔様も急ぐように言っておられただろう。好みでなど我儘は許されぬでござるよ」


ヤスベーさんはコウギョクに言い聞かせるように淡々と諭す。


「俺は異論なしだ」


「アタシも異論なーし」


「右に同ジク」


ヒューゴーもザイラさんもシルヴェーヌさんまで賛同の声を上げ、コウギョクは断念したのか力なく項垂(うなだ)れた。


「う、うぐ・・・」


砂地に蛇が首を伸ばす、如何やら此処を渡って甲羅に乗るようにと言う事らしい。

見送る村人達と漁村が何時の間にか遠く小さくなっていく。

私達を運ぶのはゲンブと言う神獣らしい。

そんな神聖な生き物を乗り物代わりにして良い物かと言うのもあるが、足の形状がどう見ても海を向いていない事に一抹の不安と疑問が湧いてきた。


「海をこんな形で渡る事になるなんて・・・」


様々な事を思い浮かべながら感慨深く海を眺めていると、藍玉様はくすりと笑いかけてきた。

どうにも此の神様の振る舞いには裏が有るように思えて構えてしまう。

それが不可解だったらしく藍玉様は暫し考え込むと、手を叩き私達の注目を集めた所で話をきりだした。


「そうね・・・アイツが出なければ明後日には着くわよ」


「アイツ?」


「常に空腹を訴え、自身の周囲に在る物を海水ごと丸のみする大食漢・・・ヒノモトの船が何隻も食べられてるわ。何とかできれば良いのだけど」


高圧的な態度をとったり煩わしそうなわりに強引に事を運ぶ真意が漸く見えてきた。


「はぁ・・・なるほど」


藍玉様が伝える魔物姿には妙な既視感があった。

海水ごと船を丸呑みにする大食漢。

つい先日、海水ごと同族達を吸い寄せ平らげた魔物の姿と印象が重なる。

静かな海面に波紋が生じ、波が荒れると空気を震わせる振動と共に空腹を訴える音が響き渡った。


「なんなんだい、この地の底から響くような音は?!」


ザイラさんが耳を抑えながら叫ぶ。

藍玉様は私達を眺めながら高みの見物を決め込んでいる。


「あの時の・・・こんな所で再会するなんてね」


頭に甦る記憶と光景に思わず苦笑する。

あの時の記憶に残るのは体のごく一部、円形に並ぶ巨大な牙がケートゥス達を嚙み砕かれ海水ごと呑み込まれていく姿。

今はその時より更に近い、海面ごしに見える巨大な赤味がかった肌色の円形の体、そこから半透明の触手が複数のびていた。

本日も当作品を最後まで読んで頂き誠にありがとうございました。

何もかも不透明な中、静かに迫る危機に難儀な旅はつきものですね。

宜しければ、次回までゆっくりとお待ちください。


*********

次回こそ無事に投稿できれば11月3日20時に更新いたします。

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