第17話 鎮火際ー善なる神の憂い編
夜闇は魔族に与えられた恐怖も、負わされた傷さえも呑み込んでいく。
魔族が人を襲う訳は理解していた、だからこそケートゥスと呼ばれていた魔物は愚者の命を奪い去っていた事を妙に感じていた。
刀についた灰を布で拭い、そっと鞘に収める。
漁村は静けさを取り戻し、点々と民家から人の気配が戻ってくるが瘴気の影響は否めない。
それに対し、シルヴェーヌさんは薬を手に自身の出番だと意気揚々と家々に往診して回っている。
私はと言うと、海への警戒が解けずにヤスベーさんと巡回をしていた。
「さっきの魔・・・悪鬼の事をヤスベーさんはどう思います?」
気の緩みから魔族と言いかけて慌てて口を噤む、村民の皆さんに気を配りながらヤスベーさんに問い掛けた。
「・・・言葉を理解している様に見えたでござるな」
ヤスベーさんは首を捻り左上へ視線を傾けると、眉間に皺を寄せながら腕を組む。
呼び出された直後に浴びせ掛けられた罵詈雑言、そこからの味方である魔族の殺害。
確かに、そう考えても可笑しくは無い。
「恐らくは、異界から流れ者でしょう」
「ふむ・・・無い話ではないでござるな」
「しかし・・・他の者と違い本能を御せる者までいる。これは覚えた方が良いようでござるな」
巡回と言っても入り組んだ地形の中に隠れた小さな漁村、結局はケートゥスと言う魔物は見かけず。
互いに労う言葉を交わしながら人々は解散していく。
空は日が沈み、空には星々が瞬いていた。
結局は魚を貰ったのは良いが、日が落ちて闇に包まれた街道を戻る訳にはいかず。
カイマルの父祖母の厚意で鱈は夕食に、おまけに宿まで提供してもらってしまった。
諸々のお礼だそうだが、改めて朝の漁で獲れた魚を持たせるとまで言われたのは流石に申し訳ない。
「立ち話は其処までだ。カイマル達が飯ができたと呼んでるぜ」
ヒューゴーの後ろに建つ、カイマルの家からは嗅いだ事がない香りだが、食欲がそそる暖かな湯気が此方に漂ってきた。
「・・・では、御相伴にあずかるとしよう」
ヤスベーさんは軒下の壁に凭れ掛けていた体を起こしては着物についた土埃を払う。
「コウギョクんとこにはザイラが行っているからな」
此方が何か言ったわけでも無いにも拘らず、ヒューゴーは食い気味に詰め寄る。
思わず呆れながら頷くと、ヒューゴーは私達の顔を訝し気に窺ってきた。
真面に話を聞いているのかと言う所だろうか。
「そうか、それなら安心かな。でも、一宿一飯の御礼だけは欠かさないようにしないとね」
「へいへい・・・礼をされた側だってのに律儀なこった」
ヒューゴーは適当に受け流すと、掌をひらひらと振りながらカイマルの家に入っていく。
ヤスベーさんはそんな背中を眺めると、擦れ違い際に無言でヒューゴーの脳天を小突いた。
皆で料理を囲む食卓、笑顔の中に何処が寂しさが見え隠れする。
それでも寄り添い仲睦まじい四人の姿は料理より暖かだった。
「この度は嫁と息子を救って頂きありがとうございます・・・ううっ」
カイマルの父、ウオマサさんは体は筋肉質で大柄で正に海の男と言った風体にも拘らず涙脆い。
「こら!人様の前で泣くんじゃない!」
泣き出したウオマサさんを見た祖父のナミマルさんは呆れてはいるが、説教している内に目の端に薄っすらと涙を浮かべだす。
「おとうちゃーん!」
そんな二人につられてカイマルまで泣き出す。
祖母のナミカさんだけは何処か平静を崩さず、苦笑いを浮かべながら火に視線を落とし、淡々と鍋をかき混ぜていた。
「あらあら、困った男どもだねぇ。ところで、おかわりはどうだい?」
「あ、ありがとうございます」
思わず空になった御皿を差しだすと、それを受け取ったナミカさんは木製のおたまを鍋に沈めて掬い上げる。
湯気の上がる鍋は野菜がたっぷり、ヒノモト独特の茶色い調味料で味付けられており、旨味が染み込んだ鱈がほろりと口の中で解けた。
思わず口角が緩む中、ナミカさんが見つめる鍋の下から火が吹きあがり部屋が赤く照らされる。
「鎮火際は華焔様を慰め、その年の火災が起きぬよう願う祭りじゃ。特に昨今、火が乱れる事が多くてね」
火は徐々に鎮まり、部屋を柔らかな光に包む。
「つまり、火にまつわる災厄を鎮める為の祭りなんですね」
「それだけではないぞ、炊事場に部屋を照らす蝋燭の火も奴の領分じゃ」
コウギョクは喋り終えると無造作に料理を掬い、口に放り込んだ途端に目を輝かせると一気に掻き込み尻尾をピンと真直ぐ立てる。
そんなコウギョクの姿を見てナミカさんはまるで孫を見るかのように微笑んだ。
「その御揚げとやらを食べたかったんだろ。アンタの言葉を頼りに余りもんで作って鍋に入れてみたよ」
よく見ると刻まれた御揚げが野菜や魚に少ないが混じっている。
「うむ、褒めて遣わそう!」
「あらあら、光栄だねぇ」
この微笑ましい光景の後、片づけを終えた私達は早々に床に就く。
漁が早朝に行われるのもあるが、鎮火際に余裕をもって鱈を届ける為だ。
そして日が昇る、忙しなく漁に出かける人々と見送る家族と海鳥の鳴き声が聞こえてくる。
ウオマサさんとナミマルさんを見送ろうと、眠い目を擦りながら後を追いかけると港は大勢の人々が集まり騒然としていた。
怒りと慟哭が周囲に響き、昨晩は歓喜に満ちていた港の景色は一晩で様変わりする。
海には破壊された船の残骸が浮かんでおり、浅瀬にはケートゥスが数頭、一人の魔族と共に我が物顔で寝そべっていた。
地面には鮮烈な赤が広がっており、それは繰り返し押し寄せる波に攫われて薄れていく。
ケートゥスに凭れ掛かるように眠っていた魔族は気怠そうに瞼を開き紫の瞳で周囲を見渡すと口の端についた血を拭う。
「あらぁ、ごめんねぇ。お前達と話すには言葉が必要でしょ?だから仕方なかったのよ」
女魔族は漁師から奪った着物を纏い、艶やかな肢体をくねらせながらペロリと舌なめずりをする。
「な、何が仕方なかっただよ!この村から出て行け化け物め!!」
誰よりも早くカイマルが魔族に向かって叫んだ。
父親のウオマサさんの着物にしがみ付き震えているが、街道で泣き叫んでいたとは思えない勇敢さを発揮していた。
そして、それに刺激された村人達もカイマルに負けじと、石礫を魔族の女とケートゥス達に投げ付けだす。
ケートゥス達は幾ら石の雨を浴びせ掛けても微動だにしないが、魔族の女性はわなわなと震えだした。
「あのねぇ・・・あたしはギャンギャン喚くだけの無能な生き物が嫌いなんだよ!!!!」
先程までのおっとりとした口調が嘘の様、額に血管が浮かばせながら地を這うような低い怒声が港に響き渡る。
カイマルに勇気づけられて魔族を追い返そうと意気込む漁師達まで動きを止めて固まった。
魔族の女は舌打ちをすると、何かを唱えながら宙に魔法陣を画く。
「私達と話す為に人型になったんじゃないの?!」
他のケートゥスもそれと同時に一斉に生臭い息を吐きながら口を開ける中、私は中央に立つ魔族の女へ接近すると正面から一閃おみまいする。
詠唱は寸前で中断され、女魔族は刀が手を霞めた為に苦々しい表情を浮かべたまま跳ねる様に後退した。
「違うわ、話じゃなくて命令よ。そして此れは決して難しい事では無いわ、このビビアナちゃんに港を譲り渡せば良いの!」
ビビアナは冷笑を口元に浮かべると、勢いよく空に向けて手を振り上げる。
ケートゥスはそれを合図に口内に水球を形成。
「不味い!逃げるでござるよ!!」
ヤスベーさんが叫び、それを耳にした村人達が逃げ惑う。
「・・・・っ!」
せめて一匹でも多く標的を漁村から逸らす事ができればと刀を引き抜き、ケートゥス達の前へと躍り出る。魔力を込めた事により光る刀身、一匹の瞳がギョロリと此方へと向く。
たったの一匹、期待は外れたが気を引く事ができれた。
刀を見せつける様に振り上げると、ケートゥスは平らな前足で体の向きを変えて大きく口を開く。
青白い閃光、水球から水の槍が伸び私の横を掠めた。
振り向くと漁村を囲む崖の崩落により、土煙がたち漁村を霞ませる。
村側からケートゥスの気を逸らそうと走り出すとザイラさんが走ってくる姿が目に飛び込んできた。
その腕の中にはコウギョクが抱えられており、ザイラさんが足を止めると同時にひらりと飛び降りた。
「馬鹿者!たった数匹、気を引こうと被害は変わらぬ!」
コウギョクは捲し立てながら私を罵倒すると、扇を広げながら詠唱を始める。
「まさか夕飯が功を奏すとは思わなかったね!」
ザイラさんは昨晩の事を思い出したのかコウギョクを一瞥すると、大槌を振るい一匹の横面を叩き潰す。
するとビビアナの余裕綽々な表情は崩れ、私の接近に気付くと歯軋りをしながら何かを短く唱えると、水槍を生成しきるより早く私の刀がそれを防ぐ。
怒りに顔を歪めるビビアナだったが此方の顔見るなり表情を変え、突如として口元に嘲笑を浮かべる。
「撃てぇー!!!!!」
腕を振り上げながら叫ぶビビアナの声に呼応するかのようにケートゥスが生み出した水球が拡大する。
ザイラさんのおかげで魔物の数は減ったもの、小さな漁村を壊滅させるに足る脅威と言えるだろう。
ケートゥスは背を逸らし、大きく口を開くと同時に胸部が膨張した。
ヤスベーさん達が必死の思いで逃げる様に叫んでいたが、その思いが何処まで届くか如何か。
罰が当たりそうだが、久方ぶりに女神様に心の底から願った。
「ふん、妾の前で蛮行が許されると思うでないぞ【防波葉塞陣】」
コウギョクはビビアナ達に対し居丈高に振舞いながら、額に汗を滲ませながら体を捻ると扇を振り下ろした。天に向けて光る木の葉の柱が伸びていく。
私達の傍で飛び散るコウギョクの汗、ケートゥスから放たれる水の槍は人も建物も村さえも貫かんばかりに一斉に掃射された。
ただパチンと澄んだ音が一瞬の間に響き、空を伸びる水槍は水飛沫となり周囲に飛び散る。
視線を逸らして一瞥すると、背後には地面から広がる扇状の木の葉の壁。
コウギョクは術の成功を見守ると、扇を握ったまま気を失いザイラさんに抱き留められる。
僅かに破られるも漁村を護り切ったコウギョクの術にビビアナは唖然としていたが、我に戻ると沸々と湧きあがる怒りに余裕を失っていた。
「はあああ???ふざけんなよ、このビビアナちゃんに人風情が逆らうなんて許されないんだか・・・らっ!!」
「許し?そんな物は一々とってられないわ」
隙をついての一閃、ビビアナの顔は醜く歪み肩から胸にかけて紅い飛沫が私に向けて浴びせ掛けられた。
痛みで体を逸らしたのかと思うと、水の矢をビビアナは口や鼻から放つ。
咄嗟の事に面を喰らうも、一本は頬を掠めるも躱し、残る二本を間髪入れずに払い除けると大きな水飛沫が起きる。
ビビアナの姿は其処には無く、港を塞いでいたケートゥス達は後を追う様に一斉に海へと退却していった。
「物足りないけど、此処でまでにするしかなさそうだね」
ザイラさんは心底悔しそうに海を眺めながら歯軋りをした。
海に沖に向かって彼女達の軌跡が画かれていくと、低く地の底から湧きあがる様な音が響き渡る。
海の潮の流れは風もないのに陸側から沖へ流れ、その勢いが増すとぽっかりと海面に巨大な穴が開く。
大穴からは円形に並んだ塔の様な牙が飛び出し、流れ込む海水と共にケートゥス達を呑みこみ咀嚼した。
血に染まる海、正体不明のそれは此方に向かって何をする訳でもなく海底に沈んでいく。
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残骸だらけの漁港、船は一隻も残らずに流れ着いた木片が僅かに残っているのみ。
これは如何にもならないと肩を落とすも、漁村の人々は後ろ向きにならずに早々に樵や船大工と相談し始めていた。
そして絶望的と思われていた供物の鱈だったが、ウオマサさんが近隣の村へ馬を飛ばして如何にか一尾だけ確保してきてくれた。
「いやー、普段は畑仕事させて碌に走っていない奴だから如何かと思ったが間に合って良かったぜ」
その傍らには西では見ない全身が筋肉質の荒い息をする馬が不機嫌そうに前足で地面を掻いている。
ウオマサさんは不機嫌そうな馬を見て苦笑すると、背に掛けられた籠を下して大きな葉に包まれた鱈を私に差しだした。
「ご面倒をおかけしてすみません、必ずや間に合わせて見せます」
「おう、村も救って貰えたし。何にしろ俺達の華焔様の為だ仰々しくしなくて良い、頼んだぜ若人!」
魚を抱えた私の背中をウオマサさんは豪快に叩く。
思わず受け取った魚を落としかけたが、カイマルが慌てて桶を差しだしてくれて如何にか事なきを得た。
「ありがとう、おかげで助かったよ」
そう言ってカイマルの頭を撫でるが何処か元気がない。
カイマルはゆっくりと顔を上げると、腕で顔が赤くなるまで擦り笑顔を作った。
「ねぇちゃん、オイラとかーちゃんは行けなかったけど良い祭りにしてくれよな」
「ええ、勿論!華焔様の許に必ず届けて見せるから任せて」
少し大げさな身振り手振りを交えてカイマルの前で胸を張ると、涙は何時の間にか消えてニカッと良い笑顔が返ってきた。
鱈を入れた盥には冷たい井戸水が被るほど注がれる。
それが想定外に重く、馬が嫌がったので結局はザイラさんに天秤棒を担いでもらう事になった。
鱈を届ける道中は行きより不安は無く、朱華町に無事に帰還する。
既に冷たかった盥の水も温くなり、すっかり祭りの賑わいを見せる街中を通り抜けると、よろづやの娘であるカナが朱華神社を見つめる姿を見つけた。
「カナさん!」
そう呼びかけるとカナは気まずげに目を逸らし立ち去ろうとする。
祭りの雑踏に紛れる様に逃げるのをヒューゴーは見逃さなかった。
「おい!何で逃げるんだよ」
ヒューゴーは人ごみを縫うように楽々と擦り抜けると、カナの進行方向を塞ぐ。
カナは街角に追い詰められ、ヒューゴーを見つめながら息を呑む。
カナは如何にか足に力を込めて踵を返すと、人ごみに紛れて逃亡を図ろうとするが私は其の腕を掴み引き留めた。
それでも諦めきれないのか藻掻くが、ヤスベーさんとシルヴェーヌさんに囲まれて断念したのか急激に大人しくなった。
「み、皆さん、戻って来られたんですね」
カナは引きつった笑顔を浮かべて、私達の顔を眺める。
「カナさん、朱華神社を眺めていたのは何でですか?」
焦る気持ちを抑え、慎重に訊ねるとカナの目が急に泳ぎ出して肩が震えだした。
「華焔様にお伝えしたい事があって・・・・でも、止めます」
追い詰められ反射的に出たと思われる言葉にカナは驚き口を結ぶと、絞り出すような小さな声をだす。
「そんなの駄目です。そうやって苦しんでも、華焔様への贖罪にはならないわ」
口を噤み続ければ罪の意識が蓄積するのみで、カナさんの懺悔の気持ちは伝わらない。
おせっかいだと煙たがられても、カナの逃げようとする気持ちが許せなかった。
「余計な事を言わないで、あたしは怖いの!失敗を謝らずに逃げた私なんて良いのよ!」
カナは眉を吊り上げて思いの丈を叫ぶ。
周囲からの視線を浴び、赤面しながらカナは立ち去ろうとするが意外な人物によって阻止された。
「良い訳ないだろ、この馬鹿娘」
ミツヤさんが人ごみの中を周囲の好機の目に睨みを利かせながら歩み寄ると、カナは戸惑う様に父親を見つめる。
「父さん!あの・・・」
「母さんから引き継いだ店を潰す気が無いなら、今こそお前自身の心に火を入れろ」
カナの姿を見て何も言わずに頷くと、脳天を拳で小突く。
「・・・カナさん、供物を持った仲間が朱華神社の前で待っています。私達と華焔様の許へ届けに行きませんか?」
「・・・はい、お願いします」
これで良い筈なのに、先程までの卑屈な態度や発言との違いに思わず拍子抜けをしてしまった。
然し、好機が訪れたのだ。意思が天気の様に移り変わらない内に行こう。
「では、行きましょう」
聞こえてくるのは町人の騒めきのみ。
カナはシルヴェーヌさんに励まされながら私達の後についてきてくれている。
「待て!」
「え、何か?」
何故かミツヤさんに呼び止められた。
一息つくぐらいの間を置き、背後からミツヤさんの声が聞こえてくる。
「天鋼の連中も変わっていっているらしいな。それなら、取引を再開してやってもやっても良いかもな」
それはまさかの、天鋼村から頼まれた本来の役目を果たせた瞬間だった。
「なんだあのオッサン、上から目線で言いやがって」
「ふっ、これは幸先が良いでござるな」
ヒューゴーは訝しみ、ヤスベーさんは嬉しそうに笑顔を浮かべて歩き出す。
気が付けば夕方、ぽつぽつと神社の篝火に火が灯り出した。
「ともかくお祭りは始まり出している様だし、儀式が始まる前に届けましょう」
朱華神社へ立ち入るとパチッと火花が散る、それは私達の姿を確かめる様に周囲を飛び跳ねる、華焔様の使いである火花達は待ちかねていたと言わんばかりに丁寧にお辞儀をする。
「お待ちしておりました、華焔様が本殿にて皆様をお待ちです」
火花達は人気を避ける様に案内をすると、中庭に沿う渡り廊下を飛び跳ねながら案内していく。
朱色の柱から覗く中庭には儀式用の着物を纏い並ぶ人々、供物を備える祭壇が見えたかと思うと天へと伸びる炎が舞う様に燃え盛っていた。
本殿が近づくにつれてカナの表情が青くなるが足は止まらず、意思が固まれば揺るがないと言う印象が持てる。
本殿の手前、火花は急に足を止めると瞬く間に姿を消す。
「なんだ?このまま建物に入れと言う事か?」
「いや、違うね。神様のお出ましだよ」
ヒューゴーの疑問に対し、ザイラさんは目を細めながら中庭を扇ぎ見る。
祭壇の奥で赤々と燃える炎は火柱となり、それは驚愕する人々の上空でうねり地上を焦がさんばかりに降り注ぐと華焔様が姿を現す。
炎そのものと表現するに相応しい姿の女神は私達の中からカナを見つけるなり、怖気のするような笑みを向けてきた。
「なんと、漸く戻ってきたか。待ちわびたぞ、加奈よ儂の許へ参れ」
カナはザイラさんから鱈を受け取ると、緊張で足元を震わせながら祭壇の最奥の炎の前へと辿り着く。
炎の前に辿り着いたカナを嘲笑するように火が纏わりつくが、華焔様はただその姿を見守っている。
鱈を包んでいた葉を開き、炎を意識し息を呑むと怯えた表情で華焔様へと向き合う。
「あの祭りの日、足を縺れさせた恥ずかしさと失態により絶望からいたたまれず逃げてしまい、ご無礼を働き申し訳ございません」
魚を手にしたまま深々と頭を下げるカナを見て華焔様は大きな笑い声をあげた。
「くくく・・・その言葉、誠に待ちわびたぞ。儂はその言葉を待っていた、此れにてお前の罪を許そう」
笑顔をカナに向ける華焔様の神には取られたままの簪が炎を反射して煌めく。
「ありがとうございます・・・」
カナは暫し放心状態にあったが、慎重に鱈を供物として捧げると安堵からか泣き笑いをした。
供物が揃い、宮司さんが祝詞を唱えながら供物の中から瓢箪を手に取り炎へと振りかける。
そこに土を撒き、青菜で燻る火を覆う。
祭りは滞りなく行われ、この地に住む者達に火による災いは起きぬ事が神様から約束されたのだった。
本日も当作品を最後まで読んで頂き誠に有難うございます。
名誉挽回、今週は如何にか間に合って安心しました。⸜(ˊᵕˋ)⸝
漸く危機は過ぎ、安息の日は訪れるのか?
それでは次回までゆっくりとお待ちください。
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次回も無事に投稿できれば10月20日20時に更新いたします。




