第12話 奮起ー善なる神の憂い編
神の居場所を取り戻す戦いはこうして終り、戦いの爪痕が残る屋敷に朝日が差し込んだ。
改めて見ると酷い光景だ、当然だが中庭を中心に四方を囲んでいた建物のうち北側は全壊、他はほぼ半壊と言う有様。
煤と鉄の臭いが漂う中、スイこと天冴鋼神様はタンジと金床を囲み何やら儀式の様な事をしている。
スイは穢れを纏い、瘴気を放っていた頃の悍ましさは消え、背には炎を背負い、鋼の様な肉体を持つ神々しい姿へと変貌していた。
屋敷外が先程から騒がしいが、戦いを終えた半壊した屋敷に押し寄せる者と言えば考えるまでは無いだろう。
「はぁ、一難去ってまたと言う話かしら」
村長の死亡は悟られずとも、この村の現状を思えば屋敷が破壊された騒ぎに乗じて火事場泥棒が現れても可笑しくはない。
耳が良いヒューゴーは誰よりも逸早く、周囲を警戒する様に瓦礫だらけの屋敷を歩き出す。
「うむ、全くけしからんでござるな」
ヤスベーさんは眉根を寄せて溜息をつくと、カタナの柄に手を添えた。
「ふん、音の方向からして一ヶ所から纏めて来るみたいだな。よし!此処で提案だが・・・」
ヒューゴーは緊張する空気の中、私達の許に帰ってくるなり報告がてら悪い表情を浮かべるが、その提案を口にするより早く一蹴される。
「日向殿、今は報告のみで結構でござるよ」
ヤスベーさんが仮名で呼ぶと、自分でも名前を認識していない為か困惑するヒューゴーだったが、間をおいてから少し不満げに口を堅く結ぶ。
「・・・解ったよ、玄関に繋がる南西の廊下の方だ」
僅かに時間を置き、ヒューゴーは荒れてはいるが、如何にか人が通れそうな廊下を指さす。
「ふむ、警戒も当然でござるが、早々に敵と判断してしまうのは早計やもしれぬぞ」
「解った、それでも警戒しておくのは悪くないだろ」
少し不満が残っているのかヒューゴーは不愛想に応えると、弓を扱いにくそうに引き摺りながら矢を番える。それは、ヒノモト式の弓は私達の国の弓とは違うと言うのもあるが何よりも大きさだろう。
弓はヒューゴーの身長の二倍近くあり、先程の戦いで活用したが無理をしたのか地面と擦れて傷んでしまっている。
「ほう、それにしても身の丈に合わぬ弓で良く戦えたものじゃ」
コウギョクは感心しているのか、揶揄っているのかヒューゴーを上から下まで眺める。
「うるせぇ!お前もチビだろ!」
如何やらヒューゴーは皮肉と受け取ったらしく何時も通り、コウギョクに悪態をつきだした。
「おや、妾はチビなど申しておらぬが・・・気にしておるのかの?イシシ」
コウギョクは悪い顔でじりじりと追い詰め、顔を赤くして憤怒するヒューゴーを揶揄っていく。
私達からすれば、御互い様と言う感じなのだけどな。
ともかく、侵入者に関しては私達で対処するしかなさそうだ。
「もう、相手に気付かれずには無理そうですね」
私の言葉にヤスベーさんは静かに頷く。
ザイラさん達が何を真剣に見ているのか覗き込むと、針葉樹から回収したライラさんに頼まれた装飾品の検品をしているようだった。
見える限りでも、土台などが拉げているうえに、殆どの魔結晶は粉砕されている物が散見している。
無事な物が在ったとて、あのような使い方をされたのだから魔結晶に力が残っているかは怪しいかもしれない。
先刻の戦いを思い出しながら、これをどう言い訳するか頭を四人で悩ませているとヒューゴーの言う通り、南西の方向から何か砕ける音がした。
「何時までも壊れた物を眺めていても仕方がないね。できれば、鍛冶道具じゃなくてもっとしっくり来る奴があれば良かったんだけどね!」
ザイラさんは舌打ちをすると腕を振り上げ、ヒューゴーが示した方向へ放り投げる。
回転する黒鉄の大槌は見事に壁を打ち砕き、土煙の中に退避する人影が見えた。
「待て!」
地面を踏みしめ、土煙の中に飛び込む。
飛び込んだ崩れかけの廊下の先には、大槌を始めにカタナや包丁などを手にする三人組の姿が在った。
朝日により顔が照らしだされるのは鋭い目つきで此方を警戒する老人、廊下に開いた穴に片足が嵌って動けなくなった隻眼で筋肉質の大男に、それを助ける手を止めて幅の広い包丁を突き付ける向ける険しい表情の女の子。
暫し、警戒から互いに睨み合うも、無言の睨み合いはあっけなく終わりを迎える。
「敵襲ですか?!」
スイとの話を終えたのか、タンジが慌てた様子で走ってくる。
その姿を見て、私とヤスベーさんに捕らえられた三人は表情を変えた。
「おお、鍛治様!ご無事でしたか!」
大男はタンジの姿を見るなり、目尻に薄っすらと涙を浮かべる。
タンジも三人の姿に覚えが有るらしく顔を緩めると、女の子の手から包丁が滑り落ちた。
それを見るなりタンジは固まると、此方を振り向いて苦笑する。
「彼らは敵襲でなくて反村長派、つまり昔から住む村民で俺の仲間です。左から、鉄二殿に岩夫殿、そして五十鈴と言います」
タンジからの紹介に僅かに緊張感が和らいだが、先ずは互いに事情が解らなければ話にならないだろう。
「先程は手荒い事をして申し訳ございません。私はヒイラギともうしま・・・す?」
仮名を名乗る事に違和感は未だに拭えないが、如何にか謝罪の後に名乗ると五十鈴に押し退けられ突き飛ばされた。
「な・・・何て事なの!」
酷く感動しているような声が聞こえたので振り向くと、イスズはスイの傍に駆け寄り行き成り土下座をしだした。
「色々誤解があったとて、孫娘がすまんな娘さん」
テツジと呼ばれていた老人は此方に笑顔を向けながら蟀谷に青筋を立てると、つかつかと土下座するイスズに近づく。
そしてスイに深々と一礼をすると、イスズの後頭部を小突いた。
「痛っ!よく知らない人間より、神様を優先するのは当然だろ?なにすんだ爺!!」
「ふん、瘤にもなってもいないくせに何じゃ。天冴鋼神様がお戻りになられた喜びは理解できるが、その前に不敬を詫びぬとは何じゃクソガキ!」
急に豹変するイスズに驚かされたが、テツジさんも説教を始める内に激昂して同等に怒鳴り合うのもなかなか。
そのまま勢い任せに手を出したかと思いきや、孫娘の頭を鷲掴みにして私達に向けて無理やり下げさせる。
「・・・ご、ごめんって」
イスズは合点がいかない様子で黙り込んでいたが、テツジさんの頭を抑える手に力がこもると、涙声になりながら此方に謝罪してくれた。
「もう良いですよ、この状況じゃ優先したくなるのも何となく解りますし」
「やったー、柊ちゃんやっさしー!」
イスズはテツジさんの手から逃れると、今度はタンジの許に駆けつけて彼を質問攻めにしだした。
テツジさんは大きな溜息をつくと、此処で改めて私に頭を下げる。
「全くもって、躾が成っていなくて大変申し訳ない。歳が近く見えるにも拘らず、この差はいったい・・・」
「本当に!如何かお気になさらず」
思わずテツジさんを宥めると、ゆっくりと俯いていた顔が上がる。
「優しい心遣い、痛み入ります。所で、此処に至るまでの経緯を如何かお聞かせ願えないだろうか!」
気落ちした所から一気に立ち直るまでの速さに血筋を感じる。
「この村に再び、天冴鋼神様がお戻りになられる日が訪れるとは・・・嬉しいッス」
妙な声が聞こえたと思い、思案するふりをして視線をイワオさんへと向けると、スイの姿を遠巻きに眺めて咽び泣いていた。
「どうせなら揃って話をした方が手短に済むでしょう。俺が経緯を話します」
タンジは自由奔放に振舞う三人の姿に苦笑すると、さっそく三人を呼び寄せて経緯を話し出す。
前村長との遣り取りと死亡、村に巣くっていた悪鬼の討伐などを語ると、さすがの三人も暗く沈んでいた。
「此度は我々に変わり、鍛治様に助力して天冴鋼神様をお救い頂き誠に申し訳ない。御礼を返したいと思っているので、何なりと申し付けてほしいッス」
イワオさんは私達の力になりたいと真剣に熱を込めて手を握られて振り回される。
振り回される私達を見て、テツジさんはイワオさんの肩を大槌で叩いて止めると苦笑していた。
「儂達があの悪鬼に村を奪われたあの日から潜伏しながらも、一日千秋の思いで待ち焦がれておりました」
そして三人は改めてスイこと、アマサエルハガネノカミと向き合い謝罪と感謝を伝え、そして賊だらけの犯罪に染まった村の浄化を共に戦うと私達と誓いを立てた。
タンジはイワオさんに何かを託すと、屋敷よりも浄化を優先させてテツジさんとイスズに仲間を掻き集める様に頼んだ。
「近くの大きな村に役人が来ているそうです。恐らくは盗賊達による違法な物品や金の流れの噂を聞いたのでしょう、そこで俺は此の村の事を岩男に伝えに行って貰いました。恐らくは俺もただでは済まないでしょうが・・・仕方ありません」
タンジが神具で作った主無き墓石の前で緊張の面持ちで語ると、ヤスベーさんは苦笑しつつ真剣な顔で頷いた。
「これも乗り掛かった舟、最後まで付き合わせて貰うでござるよ」
それからは怒涛の日々だった。
逃げ果せた者も多少はいたが、役人が到着する頃には犯罪者達を縄で拘束して引き渡す事が出来て、遂行の後にはボロボロになりながらも村に笑顔が満ちる。
その後、タンジの予想通り、役人に連れられて前村長とサンダの事も含めて話す為に連れていかれた。
そして、七晩が過ぎる頃にはやつれてはいたがタンジは無事に戻り、奮起した村人達と共に鍛冶師の里である天鋼村が誕生させる事となる。
「皆さんの貴重な時間を下さりありがとうございます。此度は天冴鋼神様より、この神社の宮司と村長をおおせつかえる事となりました。前村長の急逝に伴い、腐敗した村の浄化を行った後に復興と発展に尽力する所存です。何卒宜しくお願い申し上げます」
タンジは村人に囲まれる中、村長として神社を護る者として挨拶をやり遂げる。
「我が大地に火の祝福を、何にも惑わされずに身の内に火を灯し続ける限り、この地を護ると約束しよう」
スイも生まれ変わった土地と、そこに住まう竈に火をくべ、その技術と魂で金属を打ち続ける民達を祝福するのだった。
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村は一気に様変わりした、怪しい商人もいなければ、賭場の馬鹿騒ぎや喧嘩と其れを煽る野次馬もいない。
忙しない鍛冶師や細工職人の往来、空に立ち上る鍛冶場の煙、金属が焼ける臭いが村に漂っており、盗賊の隠れ里から職人の村へと生まれ変わりつつある。
「はい!これ、良い感じでしょ?この簪なら売り物になると思うよ」
そう言うとイスズはヒノモト調の髪飾りを私達に突き出す。
壊れた異国の装飾品は、花や鳥などの形に打ち直され、散りばめられた魔結晶が繊細で美しい形に生まれ変わっている。
「ありがとう、おかげで雇い主に怒られないで済みそうだよ」
カンザシは藁が詰められた長持の中に紙で個々に包まれて詰められており、イスズの仕事はとても丁寧で驚いた。
形状が崩れていたとはいえ、異国の品と怪しまれず詮索もされないのもありがたい。
見本として手渡されたカンザシに見惚れていると、イスズはニタリと不敵な笑みを浮かべた。
「それじゃアタシ、あんたの恩人だね。天鋼村の金細工の職人と言えば五十鈴って紹介してよ!」
イスズは嬉しそうに胸を張ると、念を押すような視線を向けてくる。
「あははっ、勿論だよ」
期待に応えられるか判らないけど。
指先で転がして角度を変えながらカンザシを眺めていると、小さな手が伸びてきてそれを掠め取った。
「ほうほう、簪か。どうじゃ?」
コウギョクは私から取り上げたカンザシを、自身の髪に挿して自慢げに見せつけた。
白銀の髪に金と魔結晶の赤が映える。
「似合っているし、良いんじゃない?」
「当然じゃ!褒めて遣わすぞ」
コウギョクは私だけでは無く、イスズや他の職人達に見せつける様にぐるりと回って見せる。
「あははっ、生意気だぞぉ」
イスズは座りながら自分を見下ろすコウギョクの頬を鷲掴みにした。
「いひゃい!ぶえいものぉー」
「お前は何をやっておるのだ」
背後の日の引き戸がガタリと音をたてて開けられる。
それに気付いたイスズは笑顔を作るが、目にした相手を見てげんなりと項垂れた。
「あ、なんだ爺か。皆の武器を打っていたでしょ?遅かったね、久々すぎて腕が落ちたんじゃないのー?」
テツジさんの後ろからは入ってくるヤスベーさん達の武器を指さす。
「このバカ孫!髪飾りと武器じゃ違うに決まっているだろうが!!」
それに対し、テツジさんの頭が怒りで赤くなる。
この狭い空間で口喧嘩を始めた祖父と孫、それを制したのはヤスベーさんの咳払いだった」
「こほん・・・鉄二殿、彼女にも武器を引き渡して貰えぬでござろうか」
「怒られてやんのー!」
イスズのテツジさんの声を揶揄う声が聞こえたが、ガキンと言う鈍い鉄拳制裁の音で一瞬で静かになった。
「ぐっ・・・柊殿の刀はちと雑な手入れをされていたんでな。柄や唾の調整と、刃を研ぎ直しておいたぞ」
あの盗賊頭が使っていたカタナの柄は巻かれていたボロ布が取られ、黒と金の布を編み上げる様に巻かれており、研ぎ澄まされた刀身は光を反射している。
「凄い、奇麗・・・」
「儂にかかれば朝飯前だ。どんどん活用して、儂の刀を宣伝してくれたら嬉しい」
この反応は流石にこの孫があって、この祖父があり。
何だかんだで馬が合っている二人は実に微笑ましい。
「じじまご揃って自己顕示欲の塊じゃのう」
「んなの、当たり前じゃん。これから名声を上げなきゃいけないんだもん」
「成程、合点がいった。妾の失言じゃったな」
コウギョクは頷くと、申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。
「これは、責任重大でござるな」
ヤスベーさんは腕を組みながら何度か頷く。
「ええ、でもおかげで道中の不安がだいぶ和らぎました」
その場しのぎの武器でやり過ごしてきたが、今後の事を踏まえると戦力が活かせずに不安を抱えていた。
私の顔を見て、テツジさんはイスズに弄られながらも自身の作品について語り出す。
如何やら仲間達、それぞれの身長や体型、そして好みに合わせたりと何とも贅沢すぎて頭があがらない職人魂を見せつけられた気がした。
幾ら何でも村を救う手助けをした報酬にしては過ぎた物ではないかと財布に手を伸ばす。
「あー、儂らに余計な気遣いは無用だ。気が収まらないなら先ほど言った件を遂行してくれ、そっちの方がありがたい」
テツジさんは私が差し出した手を押し返し、ニヤリと白い歯を覘かせて口角を上げる。
「そう言えばアンタ達、狐森の里ってとこを目指して旅をしているんだったね。何処へ行くのか教えてよ」
イスズは祖父の言葉に共感するように何度も頷くと興味津々と言った様子で私達の顔を眺めた。
「確か・・・タンジさんの頼みごとのついでに火釜町に向かう事になっているかな」
タンジから村を再建するにあたり、途絶えてしまった馴染みの店との関係を再構築して販路を拡大したいと手紙を預かっていた。
「おおー!そこなら馴染みの金物屋があるね。アタシ的にはそこの温泉がオススメだよ」
「うむ、狐森の里は辺境の地に在ると聞く。急ぎでなければ、そこで骨休めも宜しいかもしれませんな」
テツジさんもイスズもしみじみと温泉の事を思い浮かべて恍惚とした表情を浮かべる。
気付けば窓から差し込む茜色、旅の楽しみができた所でタンジさんの屋敷に戻る時が来た。
「では、大変お世話になり申した。拙者達は、早朝に発つが故にそろそろお暇させて貰うでござるよ」
「そうか、何時でもアタシんとこに立ち寄ってね。ついでに、爺んとこも」
「ついでとは何じゃ!」
暖かい二人と別れて私達は修繕し終えた、タンジの屋敷へと帰っていく。
そして、長期の滞在になった村と人々の別れが訪れる。
「ヤスベー殿たちに受けた此の御恩は生涯、忘れる事はありません!」
タンジは此方が恐縮するほどの勢いで頭を下げる。
その周りには大勢の職人と、天鋼神社の神職の人々も集まったりと、かなり大事な見送りとなっていた。
「いえ、こちらこそ一月もお世話になったうえに色々と良くしてもらって感謝が尽きません」
私達とタンジで互いに頭を下げ合い、お礼を言い合っているとテツジさんが肩を叩いて空を見上げた。
「まあ、タンジよ。お堅いのはそこで終いじゃ、此処で引き止めては日が落ちる前に次の村へ辿り着けぬぞ」
太陽は挨拶をしている間に、挨拶の前より高い位置に昇ってしまっている。
タンジは酷く焦った様子で振り向くと、村人達と一斉に頭を下げる。
「貴方達の旅路の安全を天冴鋼神様と共に祈っております」
この祈りの成果もあってか、その後の私達の旅路は山賊に合う事も、災難にも見舞われず。
気付けば無事に湯煙と硫黄の臭いがする活気にあふれた町へと辿り着いていた。
今までにない賑わう町並みに感動しながらふらりと歩き、金物屋を目指すと袖を何者かに引っ張られる。
驚いて振り向くと、コウギョクが力なく崩れ落ちていた。
「コウギョク!」
皆で懸命に名前を呼び、助け出そうとするとコウギョクの指が地面を引っ掻く。
『アブラアゲが食べたい』と。
唖然とする私達の前で、コウギョクの腹の虫が鳴いていた。
本日も当作品を最後まで読んで頂き誠に有難うございます。
決戦を終えたので今回は繋ぎと箸休め回となりましたが、次からまたもや何やら一騒動が
起きます。
それでは遅延や無駄に話が伸びないよう頑張りますので、次回までゆっくりとお待ちください。
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次週も無事に投稿できれば9月8日20時に更新いたします。




