第09話 ヒイラギー善なる神の憂い編
長く艶が無い髪の下から覗くスイの瞳は淀んだ沼の様なのにも拘らず、その存在を無視する事は出来なかった。近づいてはいけないと本能が警鐘を鳴らしている。
けれども、足は地面に張り付いた様に一歩も動かない。
「村の長は西国に魅入られた、盗人の守り神に。恨めしい許さない、氏子とこの村を奪った彼奴を憎悪の泥沼に堕さねばならぬ」
周囲の人間はスイが見えないのか、私達を怪訝そうに見つめる。
恐らく、彼らからは虚空に話しかけている様に見えるのだろう、目を合わせないよう逸らしながら真横を通り過ぎて行く。
人気が減り静まり返った所で、ピシャリと小気味が良い音が響き、私達を包む淀んだ空気が切り裂かれ、一瞬で澄み渡った。
コウギョクは庇う様に歩み出ると、スイと私達の間を分かつ様に扇で宙を薙いだ。
「祟よ、それを妾達に聞かせて何とする?祟り神に堕ちるほど穢れをその身に内包しながら、他者に託した所でそれは晴らせる物ではあるまい」
コウギョクは落ち着き払った振舞いをするが、その蟀谷から滲んだ汗が一滴、顎を伝い流れ落ちた。
コウギョクの術の影響か、気がつけば体が呪縛から放たれて動かなかった足が自然に動きだす。
「ふん・・・紳使に毛が生えた程度の小物は口を慎め、誰がお前達に全てを委ねるなど言ったのだ」
ゆらりと体を揺らしスイは此方へとにじり寄ると、コウギョクへと伸びた手が怒りからか黒く染まる。
もはや人ならざる者である事を隠す気は無いらしい。
スイから感じる得体が知れない何かに突き動かされ、気がつけば手がカタナへと伸びていた。
「だったら何故、誤解程度でそこまで憤っておるのじゃ。図星かの?」
コウギョクは強気な姿勢を崩さないが、自身に害意を向けるスイに付け入る暇を与えまいと気を張っているようにも見える。
「煩い!獣風情が・・・わたしは此の村を取り戻したいんだ!」
漸く聞けた本音の一片、長く黒い髪の合間から見えるスイの瞳が暗く濁る。
両腕どころか、スイの全身から瘴気が溢れ出してきた。
「むっ・・・お主、此の村の神だったのか。では、その姿はどういう事じゃ!?」
スイの手はコウギョクの首を目掛けて伸び、鋭い爪は喉を掻き切ろうとしていた。
片足で一歩、地面を踏み締める。
成れない感触に戸惑うも、見様見真似だがヤスベーさんの姿を思い浮かべては抜刀した。
山賊が所持していたと思えない程の手入れが行き届いた鋭い刀身に驚きつつも、厚化粧の頭領に感謝しながらカタナを閃かせた。
使う内に緊張は好奇心に変わり心臓を高鳴らせ、魔核に宿る精霊の力を感じながら迫りくる穢れの塊である爪を切り落とす。
落ちた穢れは徐々に炭化し、灰となって風に舞い散っていく。
スイは見た事が無い光景に茫然とするが、既に怒りの矛先は私へと向いていた。
「西国の・・・異国の衣を纏う神から村を奪い返す。奴等の護りを崩し・・・」
何時からだろうか、周囲の視線が恐怖に染まり、瘴気を纏うスイに注がれていたのは。
恐らくスイ自身もそれに気付いたのだろう、怒りが瞳から消えて絶望に揺れていた。
「それだけ強い瘴気を放てば、周囲の人に姿を見えるようになっても可笑しくはないと思う。ともかく、今直ぐ此処から離れた方が良いわ」
周囲の人々は震えあがり、堕ちた醜い姿が晒され、溢れる瘴気に一斉に悲鳴が上げて村人は逃げていく。
それでも残った者が抱くのは変わり者ゆえの好奇心か、無謀な目立ちたがりだろうか。
その中には遠くから傍観する者、短刀や石や板切れを手に身構える者までいる。
スイは自分が取り戻そうとしている者から向けられる嫌悪や害意に頭を抱えて身震いをした。
「う・・・うああああ・・・見るな!見ないでくれ!!」
スイが取り乱すとその分、穢れが大地を汚す。
「ふむ、だから端から命じようなど思わず協力を求めるべきだと言うに。天上の者としての自尊心を捨て、悲願を達成する事に妾達に首を垂れるべきだったのじゃ」
コウギョクは小馬鹿にされた恨みを晴らすような口調でスイを嗜めると、鼻の穴を少し膨らませながらしたり顔を浮かべる。
それも束の間、ヤスベーさんは無言でコウギョクの頬を抓り静かに溜息をついた。
「その様に紅玉殿が語るのは烏滸がましいでござるよ」
「やふへ、なにをふぅるんひゃ!」
コウギョクは支離滅裂だが、涙を滲ませながらも必死にヤスベーさんを罵倒している。
思いっきり頬を引っ張っていた指は放され、戻った頬は僅かに赤く腫れあがっていた。
涙目で頬を摩るコウギョクだったが、不貞腐れるとヤスベーさんを睨んだ。
「何をするんだじゃねぇ!そんなんで大そうなもんになろうとしている事が俺は信じられねぇよ」
状況なだけに静かに様子を見ていたヒューゴーだったが、コウギョクの態度に眉根を寄せた。
「うむ、尤もでござる」
ヤスベーさんが静かに頷くと、ザイラさんは何故か嬉しそうに拳を鳴らす。
此方に凶器を向ける村民達も然り、武力のみで制圧する事は容易だが不利益が生じる事も鑑みれば、ザイラさんの胸を高鳴らせる方法は良案とは言えない。
スイは話し合う間にも、姿は絶望に比例して醜悪になっていく。
「スイの代わりはできませんが、何か私にできる事があればお力になりたいと思います」
ともかく、何れは縁遠くなるが村でも未来を考えれば、少しでもスイの妄執を晴らすべきだと思う。
もしも復讐の一端を担う物とするならば、大人しくザイラさん達の案を選択する事となるが・・・
「此のわたしの力に・・・ふっふくくく、ならば、神主である村長と話をさせてくれ。それ以外は何もしなくて良い」
スイは不気味で覇気のない瞳で私を見つめると、低い笑い声をあげながら拍子抜けな要求を口にした。
「話ですか・・・」
一抹の不安を感じながら呟くと、スイの体に小石が打ち付けられた。
それは止む事は無く、始めの一投を皮切りに罵倒と共に石が次々と飛んでくる。
投石は瘴気に呑まれ消えていく。
更なる酷い仕打ちを受け続けても尚、スイは黙ってそれを受け続けていた。
「出ていけ!俺達で三田様に代わって御守りするんだ!」
「掃き溜めの様な村でも、俺達のような奴等にとって大切な居場所なんだ」
「祟ろうもんなら、化け物だろうと仲間ごと容赦しねぇぞ」
仲間と誤認された事は仕方がないが、村長の屋敷を目前に身を引いたとして、再び戻ってくるどころか村に留まれる気がしない。
「如何する?」
ヒューゴーの手には炸裂玉が握られている。
「この場合、爆発は悪手でしょ」
「それなら、これは如何でショウ?」
シルヴェーヌさんは微笑みながら不思議な丸薬を私達の前に差し出す。
それがどのような効果があるのか聞く間もなく、空を切る音と共に緑の棒が私達の方へと振り下ろされるが同時にザイラさんの拳で縦に打ち砕かれた。
「何でも良い、争うつもりが無いなら早く決断しておくれよ」
やはり村人達はスイを恐れてか、村を護ると言う名目に基づく攻撃の対象は私達に定まっている。
ただし問題は、シルヴェーヌさんが差し出した丸薬がどの様な効果が有るかだ。
ヤスベーさんは今も尚、瘴気を溢れさせるスイの姿に息を呑むと、意を決した様子でシルヴェーヌさんに向かって口を開いた。
「シ・・・ともかく無事にこの事態を抜けられるのであれば頼むでござる」
西国での名前を口にしかけて慌てて口を噤むも、ヤスベーさんが下した判断はシルヴェーヌさん特性の丸薬に賭けるだった。
シルヴェーヌさんは嬉々として頷くと、掌で丸薬を握り込んだ。
「皆さん、目的地の方向は把握していますネ?」
「え、ええ、勿論!」
私が応えると、ヤスベーさん達も頷く。
その中でヒューゴーだけはシルヴェーヌさんの手元を見るなり何かを察したかのように顔を顰めた。
「皆、効果は短いから目を瞑ったら全力で走れよ!」
その次の瞬間には淡い緑にシルヴェーヌさんの手が光り、魔力で光る丸薬が地面に叩きつけられた。
眩い光に瞳から視界を奪われ、困惑と恐怖の声が村人達からあがる。
スイが上手く姿を消す事ができるか定かではないが、私達はヒューゴーの指示通りに村長の屋敷方面へ全力で駆け出した。
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如何にか村人達を撒く事には成功したが、危機は去るどころか増していた。
あれだけ派手な事をしたのだから当然と言ったらそうなのだが、何故か妙な結束力を発揮して神職らしき人々まで混じり私達の捜索が始まってしまっている。
良い様に捉えれば、スイも村人達に被害を出さずに逃げ果せた証拠と言えるかもしれない。
必死に道を駆け抜け、集結した私達は目的地の村長の屋敷の近くに潜伏している。
その屋敷は住居を塀で囲まない小さな村の中で浮いており、臙脂の瓦に白壁と目立つ外観をしていた。
私達はその片隅の雑木林に止められた荷車の陰に身を寄せて息を潜めている。
コウギョクは慣れない全力疾走で顔に死相が出ていたが、ヤスベーさんから受け取ったオアゲを口にすると見る間に垂れていた耳が立ち上がり元気を取り戻したが盛大にむせ込んだ。
「おえっ!げほげほっ!!」
「おいおい、不味いぞ何とかしろよヤスベー」
「そのように申されても水が・・・」
近くを行き交う自警団の気配に肝が冷える思いがし、咄嗟にヤスベーさんとシルヴェーヌさんがコウギョクを抑えるが時は既に遅し。
何者かが私達の存在に気付き近づいてくる足音が聞こえてくる。
各々武器を手に強引にやり過ごそうと構えるが、そこには白髪と豊かな髭を蓄えた鮮やかな赤いキモノを身に纏った老人が立っていた。
「ふぉっふぉっふぉー、君達はこんな所で何をしているんだい?」
始めこそ場の緊張感に似つかわしくない柔和な笑みと陽気な声を出していたが、表通りの騒がしい様子に老人は口を噤んだ。
そこから何かを悟ったのか、老人は首を捻り何かを考え込む。
「少し相談をしていただけですのでお構いなく。此処はお邪魔みたいですし、場所を移動しますね」
騒動との関係を悟られないよう、精一杯の作り笑いを浮かべると老人は朗らかな顔で何度も頷く。
「君達の様な者は此の村ではよく見かける。心配は無用だ、探している連中に引き渡したりはしないよ儂らの屋敷に来なさい」
そう言って指を刺されたのは、まさかの村長の屋敷だった。
下手すれば祟り神の信者として差し出されるかと懸念を抱いていたが、老人は私達に被っていた布をかけると通りに目配せをしては手招く。
如何やら何か勘違いされたらしい。
何と言う僥倖なのだろうと言う所だが、何と言っても此処は盗人達の村だ。
善人ではない事は間違いないので、素直にそれを喜べなかった。
「我々の様な者を匿って頂けるとは実に忝い・・・」
ヤスベーさんは老人に向かい静かに礼を言うと会釈をする。
「ありがとうございます・・・」
「ふむっ、気にせんで良い」
老人は戸惑いながら礼を言う私達を見ると、口許に指を立てる。
そして踵を返し、屋敷の門をくぐると玄関先で誰かと話し出した。
庭も屋敷も立派な造りをしており、如何に盗人達からの恩恵を授かっているかが窺える。
それを苦々しく思っていると、ヒューゴーに背中を叩かれた。
「馬鹿、愛想は良くしとけ」
「ああ、ごめんっ」
ヒューゴーと小声で言葉を交わし、老人の方へと視線を向けると引き戸が大きく開かれた。
玄関の中には金糸が織り込まれた緑色のキモノを纏った不愛想な表情を浮かべる男性が立っていた。
これは何方が村長なのだろうか?
「三田様、実に早いお戻りで・・・さあ、客人も急いで入りなさい」
サンダ様?
何か先程耳にした気がする。
導かれるままに玄関に踏み込むと、漂う雰囲気と色彩に妙な感覚を覚えた。
所々に赤や緑の装飾、部屋の角には植物が束ねられて吊るされている。
「ふむ・・・これは魔除けかの?」
コウギョクは入るなり、大きな花瓶に挿さされた赤い実とトゲトゲしい葉を持つ植物を興味深げにみあげる。
「ふぉ、賢い御子ですな。これも御父上の教育の賜物ですかな」
赤いキモノの老人、サンダはコウギョクの頭を撫でるとヤスベーさんを称賛する。
当のヤスベーさんはコウギョクを見て苦笑すると、照れくさそうに頭を掻いた。
「いえいえ、とんでもない。遅れましたが、拙者は安平と申す。これは娘の紅、そして・・・」
ヤスベーさんはコウギョクの名前をベニと紹介すると、何かを察してほしそうに私達の顔を見る。
ヒューゴーは苦笑すると、頭を捻り唸り声をあげると急に明るい表情を浮かべる。
「俺の名前はヒュウガだ・・・です」
そう名乗るとヒューゴーは少し自慢げに私達の番と言わんばかりに流し見てくる。
よく咄嗟にヒノモト風の名前が思いつくなと感心してしまう。
如何にか自分で名乗らなければならない雰囲気に額に汗が滲んだ。
「ワタシはシ・・・シラユキと申しマス!」
「アタシはえーと・・・ザクロだ」
予想を外し、シルヴェーヌさんもザイラさんもあっさりとヒノモト風の名前を名乗り出し、冷汗が頬を伝う。少し違和感が有るけど、よくも簡単にそんな名前が口からついて出るものだ。
「私は・・・」
何か手掛かりになる物は無いかと玄関を見回すが、幾ら視線を泳がしても何もない。
その様子に村長が怪訝そうな表情を浮かべるのが視界の端に映る。
戸惑っているとコウギョクが小声で「いっそ、これを名乗ってしまえ」と花瓶を指さす。
確か魔除けの効果があるとコウギョクは言っていたが、この棘のような形の葉から西国でも確か見た事がある気がした。
「あ、ヒイラギと申します」
家に招かれ全員が名乗ったがサンダはともかく、もう一人の表情が妙に険しい。
身内からの口利きがあろうと、身分が確かではない者を家に上げる事は警戒するのは当然だ。
「ほう、安平に紅、白雪に日向に柘榴・・・えーと、柊か。ふむ、覚えたぞ」
サンダは少し苦戦しながら、名前をゆっくりと嚙みしめるように記憶していく。
大人しく様子を窺うと、出迎えた男性はさげずむ様な視線を私達に向けると、不愉快そうに鼻で笑った。
「ふん・・・三田九郎様の命だから匿うが、山の民どもの様に利になる話が無い者を置くのは気が進みませんな」
やはり、山賊はライラさんから預かった装飾品をこの屋敷に持ち込んでいたらしい。
如何にか村長の屋敷に忍び込めそうなので、先ずは第一関門を突破と言う所だろうか。
「・・・金田、盗掘の村の長よ。儂の言葉に不満があるのか?」
サンダは顔を顰めている男性に対し、一変して凄みのある声で問いかけた。
村長がどちらか予想を外したが、それならサンダは何者なのだろうか。
見る限りでは村長より立場が上なのは明白、屋敷内の権限を牛耳っている様子から他所からの訪問者と考え辛い。
「め、めめ、滅相も無い!ささっ、客人の方々、我が屋敷へどうぞお上がり下さい」
村長はサンダの言葉に竦み上がり言葉を詰まらせると一変して、私達を恭しく屋敷へと招く。
ただし、サンダに見えない角度から見せる苦虫を嚙み潰したような表情どうにかならないものか。
幾つもの引き戸により仕切られた部屋、木の長い廊下を村長に案内されながら歩く。
最後尾をサンダが穏やかな表情を浮かべながら歩いており、妙に落ち着かない。
先程から廊下の角には必ずと言って良いほど、柊の一輪挿しを見かける。
中庭にはヒノモト式の庭園が造られており、その中でも背が高い針葉樹が異彩を放っていた。
「一本だけ煌びやかな樹が有りますね」
枝葉には月光に輝く金色の装飾が点々と散りばめられており、かなり庭の雰囲気から浮いて見える。
隣を歩いていたヒューゴーもつられて樹を眺めるとみるみる表情が変わり、眉間に深い皺を刻んだ。
「ああ、あれは儂の故郷の風習でな・・・」
サンダが後方から懐かしそうな声を上げる。
それに対し、村長は振り向くと遮るように声を上げた。
「左様ですか?私は見慣れておりますが・・・それよりも、お部屋まは直ぐそこに用意しておりますので、どうぞ今宵はごゆるりとお休みください」
村長はお面の様な張り付いた笑顔を浮かべて私達の気を引くと、小走りで隙間から灯りが漏れる部屋の戸を開けて誘導する。
本心と相反する丁寧な口調に唖然とすると、村長は構わず更に部屋へ入るように捲し立ててきた。
「如何やら相当、お主等を持て成したいようじゃの」
サンダは少し呆れたような顔を見せ、肩を竦めると私達から村長へと仰ぐように視線を移動させる。
「は、はあ・・・」
このまま余計な詮索は不可能と判断し、廊下を歩き出すと地響きのような鼾が何処からか聞こえてきた。
「何じゃこの音は、家畜の小屋でもあるのかの?」
コウギョクは大きな耳を両手で抑える。
それを聞いてヤスベーさんは青褪めると素早く、コウギョクを叱りつけた。
「こら、その様な物言いをするではない。無礼ではないか!」
「ふぉふぉふぉっ、別に構わぬよ」
「アレは素晴らしい品を持ってきた山賊・・・客人がお休みになられているのですよ」
何気に部屋からは酒気が漏れている。
村長は爪先で何度も床を叩き、苛立ちを隠せない様子。
私達が招かれた部屋からは村長の面影がある青年が此方に会釈し、無言で屋敷の奥消えていった。
「・・・皆さん、お言葉に甘えて今夜は休ませてもらいまショウ」
シルヴェーヌさんは私達と村長達を見て、穏やかな笑みを浮かべる。
それに胸を撫で下ろす村長、サンダは私とヒューゴーに視線を向け「良い夢を」と一言残し去っていった。
部屋に通されると細やかな食事が用意され、それを済ますとフスマにより男女の部屋に分けられる。
食事を済ませた長机の代わりに布団が敷かれ始め驚いていると、手伝いをしていた先程の青年が此方に近づいてきた。
「何かお困りの事はございますでしょうか?」
「いえ、特に・・・偶然、助けて頂いたにも拘らずに此処までして頂けるとは思わなかったので」
「成程、左様でございますか。我らは盗人を御守りくださる崇高な、さんだくろう神に殉じたまでですよ」
青年は穏やかながら皮肉めいた言い方をすると、一枚の紙を私に差し出してきた。
薄紙の為か何かが描かれているのが透けて見える。
「これ・・・」
「俺の名前は鍛冶と申します。何か御用が有れば申しつけ下さい」
タンジはそう言い残して頭を下げると、何事も無かったかのように立ち去っていく。
部屋が整い、燭台を片手に部屋を移ろうとした所でヤスベーさんに呼び止められた。
「アメリア殿、先程の紙には何が書かれていたのでござるか?」
「文字では無く、何かが描かれている様です」
少し戸惑いながら床に紙を開いて置き、燭台を片手に皆で囲む様に覗き込むと、それは屋敷の見取り図だと言う事が判明した。
所々にバツ印が書かれており、じっくりと目を凝らす内にザイラさんが小さく声を上げる。
「これってさ・・・あのギザギザが有った所じゃないかい?」
ザイラさんはショウジを開け、柱に掛けられた一輪挿しの花瓶を指さす。
確かにそこにはヒイラギが一枝だけ活けられており、見取り図と符合する。
「驚いた・・・お主の言う通りではないか」
コウギョクが驚愕する顔が蝋燭の光の中に浮かび上がる。
ザイラさんは其れに対し、何処か得意げに口角を吊り上げた。
「だろう?っと言う所だが、これは何の意味が有るのかい?」
ザイラさんは振り返ると、床に置かれた見取り図を指さす。
「それは流石に・・・」
もう少しだけ詳しく聞くべきだったと後悔しだした所でヒューゴーが僅かに大きくなった。
「それなら色々、気になるし部屋を抜け出してみるか?」
ヒューゴーは共感を求める様に私達の顔を眺める。
その心許ない灯りの中でコウギョクは静かに頷いた。
「ふむ、気を付けるんじゃぞ」
「無事をお祈りしますネ」
シルヴェーヌさんは瞼を閉じると、西国式の祈りの仕草をして見せる。
ヒューゴーは事態をされる事を想定してなかったのか、急に首を振りながら焦り出した。
「ま、待てよ!こう言うのは最低二人で組むもんだろ?」
「ヘタレか?妾は寝不足は御免じゃ」
「同じクー」
コウギョクもシルヴェーヌさんも答えは変わらない様子。
そこで次に選ばれたのはザイラさんだった。
「アタシも辞退するよ。大女が夜中に廊下を練り歩いていちゃ目立つだろ?」
ザイラさんは確かに種族ゆえんか、女性としてはかなりの高身長だ。
「では、拙者が同行するとしよう」
ヤスベーさんは愛刀にそっと手を伸ばす。
スイの村長との対話や、此処に来て見てきた不可解な点が頭を過る。
それを改めて考えると、何だか居ても立ってもいられなくなった。
「待ってください、私が行きます。確かめたい所が有るんです」
カタナを素早く握ると、ヤスベーさんより早く立ち上がっていた。
「うむ・・・アメリア殿、祟殿との関りが有るやもしれぬ。危険は捨てきれぬでござるよ」
ヤスベーさんは私を見るなり心配をしてくれたが、それをヒューゴーは嘲笑った。
「はあ?コイツも戦えないってんじゃないんだ。過保護にする必要は無いだろ?」
ヒューゴーは呆れ顔を浮かべると、私達に背を向けて部屋を出ていく。
引き止める為に声を上げる事は出来ず、皆も慌てて立ち上がった。
「あ、すみません!私も行きます」
「待って、ヒューゴーさんにコレを渡してくだサイ。丸腰は危険デス」
シルヴェーヌさんは慌てて布袋を私に差し出してくる、中には私には用途不明な丸薬の数々。
私は思わず息を呑むと、無鉄砲な行動をとったヒューゴーを追いかける事にした。
廊下に出ると自身が丸腰である事に気付いたのか、服の中などを探っているヒューゴーの姿を発見。
「ほら、これを預かったよ」
「チッ、せめて短剣でも仕込んでおくんだったぜ」
ヒューゴーは照れ臭かったのか、不満を漏らしながら乱暴に袋を受け取ると帯に引っ掛けて歩き出す。
「ねぇ、中庭のあの樹って・・・」
「解ってる。此処は壁で仕切られてんじゃないんだ、喋っていないで行くぞ」
柊を意識しつつ、記憶を頼りに中庭を目指して私達は忍び足で長い廊下を歩いて行く。
木々の騒めきと互いの足音が響く中、何処からか重い何かを引き摺るような音が響いてきた。
本日も当作品を最後まで読んで頂き誠に有難うございました。
今回は如何にか間に合い感無量です。
今後も精進していくので、如何かこれからも宜しくお願いいたします(^^;
さて、謎の異音の正体は如何に?
次回までゆっくりとお待ちください。
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次週も無事投稿できれば8月18日20時に更新いたします。




