第07話 柑橘と山賊ー善神の憂い編
木柵の合間から覗く白く眩い太陽をコウギョクはそっと指さす。
私たち西国の面々が目を細めながら眺めるのを見るとコウギョクは唸り、記憶探るように視線を傾けては難しい顔をする。
思い出したのか何度か満足そうに頷いては、周囲を探るように大きな耳を傾けると声を潜めながら言葉を紡ぐ。
「この国の主神である天明大神は創世の時より自身よりいずる八百万の神とヒノモトと名付けた島で暮らしておってな。そこにとても強い力を持つ一柱の神が西から現れた、暫く思案の後に自らを月世命と名乗ったそうな」
コウギョクが語ったのはヒノモトに伝わる神話の一説。
一息をつき再び話し出そうと口を開いたが、それはヒューゴーの苛立った声によって遮られてしまった。
「眠くなるだろ?もっと簡潔に話せないのかよ」
「それならお主は聞かなければよかろう?そもそも、この様な事態に陥ったのは誰のせいだと思っておる?」
コウギョクの顔は見る間に険しくなり、怒りと声を抑えながらヒューゴーに注意をするが、勢い余って体が傾き埃塗れの古い床板へと顔を打ち付けた。
ヒューゴーは説教を面倒くさそうに受け流していたが、コウギョクが倒れる音に驚き振り向くと、顔を赤くしながら苦しそうに笑いを堪えだす。
今は取り敢えず二人が現状を忘れなかった事に安堵するが、私より長く二人と知り合っていたヤスベーさんは呆れを通り越して疲れた表情をしていた。
「はあ・・・それは紅玉殿でござろう」
「う・・・そ、そうじゃったかのう?」
コウギョクは目を逸らして天井を見上げる、如何にか逃げ道を探しているらしい。
そしてヒューゴーの方だが、笑いを堪える事により頬が船の帆の様に膨らんでおり、忍耐も限界に近い様だ。
ゆっくりと息を吐き、呼吸を整えるとヒューゴーは今にも思い出し笑いをしそうな顔でコウギョクをいじり出す。
「お前がタチバナヒメから山賊について聞いて、山道で大声で挑発なんかしなければなぁ」
今現在、あの村を出た私達は山賊に捕らわれ監禁されている。
旅立つ直前にタチバナヒメも山賊に注意をするよう忠告してくれたのだが、現実はままならない物だ。
西国の武器は迎島の中でも目立っていた、実際は取り上げられずに堂々と帯剣していた為に怪しまれていたのだ。
そこで気を利かせ、ライラさんに頼んでいたのだが、ヒノモト側が自国の武器の仕組みが他国に流れる事を恐れて入手できなかったと謝罪の手紙と共に御金が包まれていた。
つまり機会を逃したうえに、荷物を盗り上げられた今の私達は丸腰。
そして、コウギョクとヒューゴーが捕らわれ人質となり、瞬く間に十数名ほどの山賊達に連れ去らわれたと言うのが事の成り行きである。
山賊達は商品がしまわれたナガモチの中から輝く装飾品の数々を発見、そこから裕福な家の者と勘違いしたらしい。
取り敢えず、コウギョクの名誉の為にもきちんと訂正してあげよう。
「ヤスベーさん、ヒューゴーも討伐する人数で競おうとしていたのだから御互い様ですよ」
「なんと!面目ない・・・」
私の言葉にヤスベーさんは頷き、気まずげに頬を引きつらせるヒューゴーを見て確信を得たのか眉を顰める。そのままコウギョクに対して謝罪しようとしたところ、善意が災いして床に額を打ち付けた。
小声で話していたとはいえ、これだけ大騒ぎすれば見張りが憤慨するのも当然だ。
癇癪を起した山賊により殴られた木戸が錠前共に大きく軋む。
私達が沈黙すると、格子の隙間から厚化粧の気が強そうな女性が眼力で人を殺せそうな勢いで睨んできた。
主がいない寂れた社の中を視線が泳いだかと思うと舌打ちし、金属の管を銜えると煙草の煙を吐き出しながら怒鳴りつけてきた。
「煩い!人質がギャーギャー喚いてんじゃねぇよ!」
此方が唖然とするのを見ると女山賊は舌打ちをし、再び金属管を銜えて煙を吸うと、灰色の煙を此方に吐き出してきた。
私達が煙にむせ返るのを女山賊は面白そうに嘲笑い、何か反論してくる事を待つかのように見つめていた。
皆が女山賊に呆れ果て黙り込む中、シルヴェーヌさんは女山賊に向けて頭を下げた。
「申し訳ございません、以後気を付けマス」
シルヴェーヌさんの顔には怒りは無く真剣そのもの。
そこがまた面白くなかったらしく、女山賊は顔をより険しくした。
「これなら、とっとと人攫いにでも売っちまえば良かったかもな・・・」
女山賊は私達に背を向けると、鍵がかかっている木戸を乱暴に揺らしながら座り込む。
ヒューゴーは怖い女だなと言う仕草をすると、冗談交じりに肩を竦めてみせる。
暫しの沈黙の後、木戸の裏から女山賊の欠伸が聞こえてきた。如何やら居眠りをし始めたらしい。
「こんな時にだけどヒノモトの神話の話、良かったらまた別の機会に聞かせてね」
コウギョクは不貞腐れている様子だが、耳を片方だけ此方に向けると小さく頷く。
「うむ・・・そうする事の方が吉のようじゃしの」
商品の事を考えると逸早くナガモチを取り戻すべきと、次にとるべき行動は解っている。
武装した集団の中へ突入し、荷車と荷物を探し出して取り戻す。
単純だが、実際に戦えるのはザイラさんのみ・・・
視線を移す中、何故かコウギョクが気まずそうな顔しているのを見た気がしたが、目の前でザイラさんが縄を引き千切るのを目にして全てが吹っ飛んだ。
「なんなら、一人で暴れてもアタシは構わないよ」
ザイラさんの瞳が急激に輝き出す、村の時と違いどうどうと暴れる事ができる機会に喜んでいるようにも見える。然し、ヤスベーさんは首を縦に振らなかった。
「今はどう見ても彼方に分がある。せめて日が落ちてからにせぬか?」
「何を暢気に構えてんだ、いま動かなけりゃ意味が無ぇだろが。賊が盗品をどう扱うなんて容易に想像できるだろ」
「いや・・・そうでござるな」
ヤスベーさんは渋い表情を浮かべては黙り込む。
ヒューゴーはザイラさんと目を合わせると互いに頷き合う。
「戦える奴の方が多いんだ、奪うなりそこら辺の者を代用するなりできんだろ。ザイラ、頼む!」
「はいはい、解ったよ。まあ、残党なんて出さないようにしないとね」
ザイラさんは木戸を警戒しながら一瞥すると、ヒューゴーの物だけではなく全員の縄を引き千切る。
拘束を抜け出した事に気付かれていない事に安堵し、さっそく女山賊に奇襲を仕掛ける事に決めた。
ザイラさんは獲物を狙う様に目を光らせ、身を低くして木戸へと接近する。
すると、大事な局面にも拘らずに空腹を報せる音が阻害した。
額に滲む冷や汗、変な態勢のまま固まるザイラさんの顔に橙色の塊が投げ付けられた。
「マンダリン?何でこんな物が?」
「橘姫からの贈り物じゃ、アレは古い蜜柑の木が年月を経て神格化した者なのじゃろう。細やかな加護の様なものじゃ、これで、空腹を満たせと言う心遣いじゃろ」
出立前にタチバナヒメから、純白の花の蕾を貰っていた。
御守と持ち歩く様にと言われていたが、それが根も幹も無い状態から果物に変わるなど信じ難い。
コウギョクは私達の顔を見るなり肩を竦めると、掌に木の葉を浮かび上がらせる。
それは忽ち扇へと形を変え、コウギョクは茫然とする私達の前で蕾をヤスベーさんから受け取ると、それを優しく扇ぐ。
蕾は柔らかく膨らみ、可憐な白い花が咲くと途端に萎れて小さな緑色の実が結実する。
やがてそれは掌ほどの大きさまで育ち、黄色から夕陽の様な橙色の美しい果実に変わった。
疑念が晴れてコウギョクはしたり顔で私達を見つめる。
「しかし、根も木も無いと言うのに不思議デスネ。ヒノモトの術は実に興味深いデス」
私達と反対にシルヴェーヌさんは好奇心から興奮し、目を輝かせながら様々な角度からミカンを見つめる。そのな勢いに気圧されたコウギョクの口元は引きつるほどにだ。
あまりに執拗に眺めるので、怯えながらミカンをシルヴェーヌさんへ差しだす。
「せ、せっかくだから食べみると良いぞ」
シルヴェーヌに手渡したのを切っ掛けに、コウギョクは次々と私達から蕾を預かりミカンに変えていく。
柔らかな皮をむくと同じ鮮やかな実が現れた。
一粒もいで口に入れると柑橘系の香りと甘酸っぱく瑞々しい果汁が口に広がった。
思わず無言で感動していると、コウギョクがミカンの皮をヒューゴーに向けて絞る。
特に何かあったと言う覚えが無い事から、ほんの遊び心なのだろう。
ヒューゴーは何かされてもタダでは起きない所が散見するが、これは何とも理不尽な・・・
悶絶するヒューゴーにハンカチを差し出しても押し退けられてしまったが、涙を腕で拭うと何かを握り締めながら悪い笑みを浮かべていた。
お腹を抑えて笑うコウギョクにヒューゴーは目にも止まらない速さで接近すると、ミカンの皮を目前に突き出し絞った。この後の事は想像に容易い事だろう。
まさか自分自身にその災難が降り掛かってくるとコウギョクは思っていなかったらしく、悲痛な声を上げながら顔を抑えて床に転がり悶絶しだした。
「おい・・・また何やってんだアンタ達は!」
当然、二度目の馬鹿騒ぎに女山賊の怒髪天をついてしまったようだ。
女山賊は怒りに震える手で乱暴に開錠しようとしているが、上手くいかずに苦戦している。
私達は手の中にある物を見ては全員で顔を合わして頷き合う。
背が高いザイラさんとヤスベーさんで囮となり、女山賊が怒鳴り付けようと中を覗き込んだ所で、格子越しにミカンの皮を絞り目に吹きかけた。
低い呻き声があがり身が後ろに反らしもがく内に、女山賊から色付きの涙が滝のように流れだす。
脅威はミカンの汁だけではなく、自身で施した化粧が仇となるとは思ってもいなかったのだろう、目に入った痛みで言葉が出なくなっていた。
ミカンの皮自体は威嚇に使用して、緩んだ鍵を壊して女山賊を捕らえるつもりだったが、厚化粧が功を奏すとは思わなかった
「バカバカしいと思っていたけど、意外と役に立つんだな・・・」
ヒューゴーは掌のミカンの皮を一瞥すると、木戸を乱暴に蹴る。
木戸の鍵は既に開錠されており、勢い良く女山賊の背中に叩きつけられた。
その衝撃も加わり、痛みで視界を塞がれた足取りで階段を踏み外し、柱に衝突して金属の管を地面に落とした。
ヒューゴーは飛び出すなり火が燻るそれを蹴り飛ばす。
女山賊は金属が蹴られる音を耳にするなり、手探りで帯刀している武器に手を伸ばそうとしたが、呆気なくザイラさんに背後を取られると首を締め上げられて意識を手放す。
「まあ、出来得る限りしめやかに済ますつもりだったが・・・ヒューゴーどうだい?」
ザイラさんは真剣な顔のまま身動きをしないヒューゴーに訊ねる。
ヒューゴーは煩わしそうに振り返ると、呆れ気味な声で答える。
「当然、警戒されていない筈は無いだろ」
社の周りには雑な造りの小屋と森がある、あれだけ騒いだのだからヒューゴーの言う通り警戒されているはず。
それにも拘らず、私には辺りから聞こえるのは虫や枝葉が揺れるのみで、その妙な静寂が緊張感を醸し出しているように思えた。
「うーん、様子見って所かい」
ザイラさんは不満げに眉を顰めると、周囲に睨みを利かせながら拳を鳴らす。
女山賊はヤスベーさんにより拘束されており、恐ろしい形相で此方を睨んでいる。
「まったく面倒くせぇ・・・お、良い物持ってんじゃないか」
ヒューゴーは暴れる女山賊の腰に手を伸ばすと帯を緩め、一振りのカタナを取り上げた。
それを確かめる触り、刀身を鞘から引き抜いては隅々まで調べると、ヒューゴーは眉を顰める。
女山賊は怒りで魔物の様な表情を浮かべていたが、助けが出てこない事態に苛立ちながらも胡散臭い張り付いた笑みをヒューゴーに向けた。
「それを返せよ、ガキが扱うと怪我するぞ」
それを聞いたヒューゴーの手が一瞬だけ固まる。
次の瞬間、女山賊は頬を平手で打たれ、その勢いで庭に転がり落ちた。
「次の日の朝日を拝みたけりゃ黙ってろ、クソババア」
女山賊の言葉と態度はヒューゴーの神経を逆なでしてしまったらしい。
ヒューゴーは女山賊の頬を打った手を壁に擦り付けると足を踏み鳴らし睨みつけた。
「ば・・・」
女山賊も負けじと反論を試みようとするが、コウギョクに再びミカンの皮の汁を顔に吹きかけられ、瀕死の蠅のように転がり出した。
「ヒューゴーよ、女人に暴力は褒められたもんじゃ無いぞ」
「あ?加減しただろ?」
ヒューゴーはつまらなそうに言うと、視線をカタナに落としたまま黙り込んでしまった。
何の飾り気がない無骨な見た目の一振りのカタナ、鞘から抜いた刀身は意外と丁寧に手入れされており、武器として申し分がない。
「ほら、これを使え」
ヒューゴーは満足そうな顔をするとカタナを鞘に戻し、私の方へ投げてきた。
片刃であるが、重さも愛用している剣と変わらない。
「ありがとう、助かったわ」
「その分、お前達に頑張ってもらうからな」
ヒューゴーはシルヴェーヌさんと共に胸の前でひらひらと手を振る。
漸く、山賊達の地鳴りのような怒号が静寂を奪い去った。
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空気を震わせながら押し寄せる山賊達を目にし、手に入れたカタナをゆっくりと引き抜く。
然し、一人ひとりが握る得物は意外な物だった。
カタナや弓ではなく農具だったからだ。
そして今一番、山賊達よりも暴れ狂っているのはザイラさんだろう。
「はははっ!やはり思いっきり暴れられると気持ちが良いね!」
振り下ろす拳や、逞しい脚から繰り出される蹴りが唸る度に山賊達の悲鳴が音楽の様に奏でられる。
そんな中、楽しそうなザイラさんと対照的にコウギョクは眉を顰めて呟いた。
「目論見は外れたが、妾とて好きで人質などになった訳じゃないわ・・・」
扇を広げると、コウギョクはポツリと愚痴をこぼす。
そこに、一度は軽々と捕らえられた事から小馬鹿にしているのであろう、下卑た笑みを湛えた山賊達がコウギョクに群がってきた。
「へへへっ!脱走なんて止めて、おいちゃん達と遊ぼうぜぇ」
「何なら、その目論見って奴を聞かせておくれよ」
二人は頬を紅潮させながら両腕を広げ、鼻の下を伸ばしながらコウギョクとの距離を詰めていく。
然し、街道で山賊に遭遇した時と違い、コウギョクは冷淡な表情で何かを唱え、一人の山賊に扇を突き付けた。
「うっさいわ!この痴れ者が!!」
青い炎がコウギョクに触れようとした途端、山賊の体を包み込む。
周囲が炎に照らされて青白く染まると、当然だが此方に山賊達の注意が向く。
コウギョクの怒りは解らなくもないが、ボロ小屋に廃寺院、そして森に囲まれているので下手すれば大火事になり兼ねない。
まだ手に馴染まないが、襲い掛かる山賊を手に入れたばかりのカタナで切り伏せると、渦中のコウギョクの許まで私は駆けていく。
「ひぃ、ぎゃあああ」
仲間は悲鳴を上げ地面に転がりながら暴れる仲間を見ては固まるも、もう一人の山賊は逃げようともせずにコウギョクに向けて鍬を振り上げた。
「目論見なら私が聞かせて貰おうかな」
山賊の背後から鍬の柄を切り落とす。
本来なら土を耕していただろう刃は土に突き刺さり、先端を落とされた棒は紅玉に触れる事無く空を切った。
それを見たコウギョクは安堵するどころか、私の顔を見るなり口角を引きつらせながら青褪めだす。
純粋に目論見とは何かと訊こうとしたが、その表情から否が応にも何か裏が有ると察してしまう。
コウギョクは私が深く追求しない事に免れたと思ったらしく、へらへらと頬を緩ませた。
「よ、よぉーしっ、ヤスベー達など居らずとも妾達にかかれば山賊など屁でも無いと解らせてやろうではないか!」
コウギョクは何時もの調子をすっかり取り戻し、鼻息荒く扇を広げては祝詞を唱える。
扇と舞いに合わせて木の葉が舞う、それは次第に自らの意思を持っているとさえ思わせる動きとなっていった。
「へ・・・へへっ、オラ達を油断させようとしたって無駄だからな」
などと油断しきった声も聞こえてきたが、その余裕も一瞬で吹き飛ぶ。
次々と山賊達は吹き飛ばされ、地面に倒れた山賊の全身に鋭い傷が走り、野太い叫び声があちら此方から聞こえてきた。
開いた傷口に怯える山賊だったが、血の一滴も流れていない事で更に困惑している。
「こんなになってんのに、何で痛みが無いんだ?!」
その光景をしたり顔で眺めると、コウギョクは不敵な表情で山賊達を嘲笑った。
コウギョクの傍らには宙を舞う三匹のイタチ、然しその両手は鋭い光を放つ三日月の様な鎌。
「さて、次は切れ込みだけで済むかのう?」
コウギョクは薄ら笑いを浮かべ、扇で首に線を引くとイタチ達に何かを囁く。
その意図に気付いた一人がヨウカイだと叫んで逃げだすと、周囲に恐怖が伝染していった。
如何やらアヤカシはヒノモトの民によっては恐怖の対象となるらしい。
蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う山賊達、恐怖に支配されて乱れた太刀筋を躱すのは容易だ。
左右斜めに交互に振られる鍬をいなすと、その背中を切りつける。
短く呻き地面に倒れ伏す仲間を目にしても、我に返る者はおらず。
逃げ出す者が殆どの中で、義理堅く武器となる農具を失っても怯まずに襲い掛かってくる猛者もいた。
投擲された短く鋭い柄をカタナで弾くと、その一瞬の隙を狙い岩の様な拳が降り掛かってくる。
咄嗟に身を屈め、足を山賊に引っ掛けて横転させると、起き上がるより早く腹部を踏みつけ、喉元に切っ先を突き付けた。
他の山賊の動きが止まった所で息を吐くと、山賊を踏みつけながら周囲に目を配る。
何時の間にやらヒューゴーが短刀を片手に、残党達を次々と縄で縛り上げていた。
この光景には、やはり違和感が有る。
「私達を捕まえた時より仲間の数が少ないけど、何処に行ったのかしら?」
「それを知って如何する?お宝を返せってか?」
山賊は狂った笑みを浮かべると、刀身を素手で掴んだ。
刃が手を傷つけ喉元を赤く染める、自死するつもりか・・・
山賊にそこまで捧げる価値があるか、他に生きる術がないか判らないか。
「無責任な事は言うつもりはないけど、命を賭ける価値はあるの?」
そう尋ねても尚、手を止めようとしないので腹部を踏みつけ、えずいた隙に山賊の頬を空いた足で横から蹴り飛ばした。
硬質な音が響き、抜けた歯が数本だけ吹き飛ぶ。
これにより首元に浅い傷はついたが、山賊を昏倒させる事はできた。
見る限りでは動ける山賊は残り僅か、改めて見ても頭領らしき姿はない。
「野郎ども武器を捨てろ!これ以上、死に急ぐことはアタシが許さねぇからな」
乱暴で荒々しい女性の声が辺りの空気を震わせる。
その傍らで見張りをしていたヤスベーさんが驚きで目を見開き、その目の前で女山賊は容易く縄を抜けてだした。
「お前が頭領か、どおりで他の奴と違ってカタナなんて確りした武器を持っていると思ったぜ」
ヒューゴーは短刀を構えたまま、女山賊を警戒しながら距離を詰めていく。
すると、女山賊は思いつめながら地面に膝をつき、ヒューゴーの前に首を差し出した。
「ほら、アタシを殺してかまわねぇから。元農民の奴らを逃してやってくれよ」
「す、菫の姉さん!頭領!?」
山賊達の間から次々と、頭領の死を免れないかと示談を求める声が聞こえてくる。
そこで、一番先に口を開いたのはヤスベーさんだった。
「拙者達は命を取るつもりなど無い、荷物を返して貰えれば他に要求は無いでござるよ」
ヤスベーさんは宥める様に優しく情報を訊き出そうと手を差し伸べている。
「そんな事、今更できるかよ!」
意表を突く絶叫の後、差し伸べた手は乱暴に振り払われ拒絶される。
これにより頭領は仲間を助けると言う条件を不意にした挙句、自ら勢いで本音を吐露した。
「それは、どう言う心づもりでござるか?」
ヤスベーさんが声をかけようと反応せず、取り乱した山賊の頭領は自己犠牲など忘れて、己の欲望から喚き続けた。
「そ・・・それはできない相談だ。売り捌いた金で豪遊するって旦那と話して・・・ぎゃあああ」
ブッシュと油断していた頭領の目に向けて、ヒューゴーはミカンの皮の汁を力一杯ふきかけた。
「仲間の為なんて嘘じゃねぇか!ふざけんな!」
ヒューゴーに罵られながら、頭領は配下達の前で顔を抑えながら地面に転がると言う醜態を晒している。
「最初から逃げるつもりだったのね・・・」
ザイラさんやヒューゴーと共に頭領を逃すまいと囲む。
そんな中、ヤスベーさんは手を差し出し、私達を制すると頭領の前に屈み込んだ。
「さて、盗品をどこへ売り捌きに行ったのか教えてはくれぬだろうか?」
ヤスベーさんは静かな怒りを孕んだ声で淡々と頭領に問いかける。
その手にはミカンの皮の搾りかす、それでも視界が霞んでいる頭領には恐怖でしかなく良い薬になっているようだ。
本日も当作品を最後まで読んで頂き、誠に有難うございました。
コウギョク達の故郷を目指すも、次回は大切な物(商品と持ち物)を取り戻す為に寄り道しながら進んでいく事になりそうです。
ぐだらないように心がけていくので、宜しければこれからも宜しくお願い致します。
*無月様*
多数の誤字の指摘、報告をして頂きありがとうございます。
大変助かりました。
さっそく修正させて頂きました。
*********
次週も無事に投稿できれば、8月4日20時に更新いたします。




