第06話 ヒノモト商い道中-善神の憂い編
荷車の車輪がガタガタとヒノモトでは珍しい石畳の上を転がる、別れ際にライラさんが指定した迎島の一角に驚くほどの速さで辿り着いていた。
厳重な護りの商売拠点、やたらと異国の者に厳しいがお金一つで此処まで騒ぎがなく、ヒノモトの闇の部分を垣間見ている気がしてきた。
それよりも気になるのは、船から一緒に出てきたアヤカシ達。
勿論、人払いはされているがアヤカシ達が闊歩する姿は見ぬふりをする事は難しい気がするのだけど。
頭を捻ると背中を誰かに突かれた。
「何をボーっとしておるのじゃ、そろそろ海から迎が来るぞ」
コウギョクは眉を顰め、怪訝そうな顔をしながら私の腕を引く。
海?迎えが来る?
「いや、かなり目立っているだろうなって」
苦笑する私を見るなり、コウギョクは扇で口元を隠し鼻で私を笑った。
唖然としていると、コウギョクは壁の向こうを気にしながら扇を口元から外す。
「すまぬ、あまりにも可笑しな事を訊ねるのでな。妖は実体を持たぬ故に要らぬ心配は無用なのじゃ・・・ふむっ」
「それってアヤカシ達が見えないって事?」
私の声を遮るように石垣を超える大きな水柱があがり、潮の臭いと霧状の水飛沫が迎島に降りかかった。
ゆうに十数メトルは超えるであろう青白い巨人の半身が現れ。此方を大きな目玉で見下ろしている。
「お、おい、何だあのでっかい奴」
ヒューゴーは戸惑いながら振り返り、コウギョクへとその正体を問う。
コウギョクはその反応が可笑しかったらしく、再び口元を扇で隠しながら笑うと自慢の友を紹介する様に振舞った。
「こやつは海坊主じゃよ。良いか、今から起きる事で決して大声を上げぬ事をゆめゆめ心せよ。でなければ、商人の努力も水の泡じゃ」
コウギョクはヒューゴーとザイラさんにだけを疑い強調する様に語尾を強める。
ヒューゴーは察したのか奥歯を噛みしめながらコウギョクを睨み、ザイラさんは呆れたように見下ろしていた。
生臭い息がかかるのを感じ見上げると、異界で出会った巨大なアヤカシを思い出す。
「そう言えば、異界でもこのアヤカシより大きい・・・わっ」
ダイラダラボッチと言ったなとぼんやりと思い出していると、ウミボウズは断りも無く私達を鷲掴みにして持ち上げた。
「うおっ」
「おおっ!中々、絶景だねぇ」
突然の事に様々な声が上がり、中でもザイラさんだけが指の間から見える景色に目を輝かせていた。
「これ、燥ぐでない」
コウギョクは扇ではなく、キモノの袖で覆いながらザイラさんを見ては眉を顰める。
間も無くして対岸の針葉樹の林に目に付かぬように荷物と共に下ろされると、ウミボウズはコウギョクと言葉を交わしてから海へと帰っていった。
シルヴェーヌさんは姿が見えなくなるまで海と私を眺めては物思いに耽ると不思議そうに呟く。
「アヤカシは実体がない、それだけで見えない人がいるのは何ででショウ?」
シルヴェーヌさんの瞳が姿を確かめる様にアヤカシ達へと向けられる。
コウギョクは問い掛けに対して難しい顔をしながら首を捻ると、急に顔がパッと明るくなる。
「確か、お主等は妖精やら精霊の存在を信じておるのであろう。つまりはそう言う事じゃ」
精霊と同様の存在と称するのなら、ますます疑問しかない。
精霊もアヤカシも存在を信じているからこそ見えるものと言いたいのだろうか。
それが正しければ、ヒノモトの民がそれらを信じる者ばかりでは無いと言う事になる。
「なるほど・・・それじゃあ、ヒノモトでは霊的な物を信じる者が少ない為に妖が見えないと言う事?」
コウギョクは満足そうに頷くと扇を束ねては此方に突き付けた。
「うむ、意外と賢いのう。この国の者も少し前まで信じる者が多く、使役する者や祓う役職の者までおったな。まあ、妾の様に格の高い存在は別じゃが・・・」
「・・・まあ、確かに精霊王様達も崇める現地の人々の祈りから力を得ていたし納得かな」
「ふむ、補足は助かるぞ。で、シルヴェーヌは如何じゃ?」
「はい、とても解りやすいデス」
シルヴェーヌさんは満足げに頷き、改めてアヤカシ達を興味深げに見つめると、居ても立ってもいられなかったのか駆け寄っていった。
「そうか、俺は居て当たり前って認識だったがな」
ヒューゴーはそう呟きながらも遠くに見える迎島の灯りを警戒している。
賄賂が功を奏しているとはいえ、慎重に荷物を運び出していたので空は日が沈みかけ、薄暗くなり始めていた。
「日が沈みかけているなら尚更、此処は島も町も近そうだし急いで野営地を探した方が良いんじゃないかい?」
ザイラさんは古びた紙切れを眺めるヤスベーさんの背中に声をかけた。
ヤスベーさんは神から視線を上げ、周囲の環境に戸惑う様子を見せると髪を折りたたみ懐にしまう。
「すまぬ、故郷までの道のりを確認していたものの、如何にも古い物でな」
「そもそも、こんな所じゃ何も見えないだろ?」
「忝い、では此処を離れるとしよう。道が変わりがなければ、記憶を頼りに迷わずに行けるでござるよ」
コウギョクが呼び出した二匹のシキガミに道を照らして貰い、山道を歩くヤスベーさんの背中を荷車を押しながら追いかける。
大きな道を出来得る限り避けながら山中で夜を越し、服装をライラさんが用意してくれたキモノに着替えては物珍しいヒノモトの風景に目を奪われる。
コウギョクの術で姿を変えているとはいえ不安なので、ヤスベーさんにヒノモトについて教わりながら進むと集落が目に留まった。
迎島と違い、古びた木製の建物が並ぶ賑やかな農村と言った様子。
雑草交じりの村へと通じる三股に分かれた道は何度も踏み締められた為か土は硬いが荷車の通った跡が残っており、行き着く先には商人の荷車が何台も役人と言葉を交わしているのが見える。
まさかの検問に、荷車を眺めて思わず頭を抱えてしまった。
何か打開策は無いかと、皆でライラさんが用意してくれた木箱を覗き込む。
着替えに観物などの携帯食料にと、中身を探ると人数分のヒノモト語らしい難しい文字が書かれた板が全員の目に留まった。
ヤスベーさんはそれが何か知っているらしく、一枚だけ手に取ると眉間に深い皺を刻んだ。
「手形・・・ありえぬな、こんな物まで長持に入れて寄越すとは」
ヤスベーさんの顔は信じられない物を見たと言わんばかり、一枚づつ確認をすると額を片手で抑えた。
それと対照的だったのはコウギョクだった、目を興味深げに輝かせるとヤスベーさんを見上げてはニヤリと悪い笑みを浮かべる。
「あの商人、なかなか有能では無いか。この際、罪悪感など捨ててしまえ」
「紅玉殿・・・」
「誰でもない神である妾が許す」
ヤスベーさんの軽蔑の目にも動揺せず、寧ろ自信に満ちた振る舞いをする。
コウギョクは腰に手を当て胸を張り、得意げな顔をしながら尻尾を振って見せた。
「まだ、コウギョクは神様じゃないでしょ」
「アメリアまで、みなまで言うな。これは妾が狐護様の地を受け継ぐ為に避けて通れぬ事なのじゃ」
如何やらコウギョクはライラさんの裏工作を必要悪と言いたいらしい。
現実的に、他に妙案がある訳では無いので、コウギョクの言う通り目を瞑る事にしよう。
そう自分に言い聞かせる事にした。
「なあ、その木箱がナガモチってのは解るけどよ、テガタって何だ?」
ヒューゴーは特に気に留めていない様子でテガタを一枚だけ手に取り、裏表を確認するように眺める。
ヤスベーさんは慌てながらテガタをヒューゴーから取り戻すと、他の者と一緒に大事そうに布に包む。
「所謂、通行証でござるよ。本来なら役所からの厳しい審査の末に発行される物だが・・・嘆かわしいでござる」
ヤスベーさんは深く溜息をつくと、迎島が在るであろう方向を不愉快そうに仰ぎ見る。
「成程な、それでそんな顔してるのかよ・・・」
ヒューゴーはヤスベーさんの反応は困惑と呆れが混じっている。
「うーむ、迎島の連中の内部が腐敗していると言う所かの・・・。まあ、気にするな藤十郎の頭が固すぎるかの」
コウギョクはヒューゴーに共感しつつ半ば、その物言いからヤスベーさんを揶揄っている節がある。
これだけ手回し手くれた事に感謝しかないが、それによりヒノモトの内情に不安を覚えるヤスベーさんの気持ちも解らなくはない。
「ああ、確かにライラさんに関するなら納得できる気がします」
賄賂も怖いが、ライラさんの徹底した手回しも末恐ろしい。
「同意だぜ。まあ、ありがたく利用させてもらうけどな」
「ささっ、初の商売でスヨ!」
此の場にいる誰もが慎重に考える中、知的好奇心と言うザイラさんと別の理由で村を見て胸を高鳴らせ始める。
ライラさんが何を売り込んで欲しいのか、ナガモチの中を確認する間もなくシルヴェーヌさんはザイラさんの腕を引っ張り出した。
「こら、シルヴェーヌ!ここの勝手は解らないんだ、慎重におしよ!」
ザイラさんは荷物を意識しつつ、荷車が脱輪する事を危惧したのかシルヴェーヌさんに抵抗しつつも押し歩いて行く。
「い・・・胃が」
色々と考え込んだ結果、ヤスベーさんも仕方なしに二人の後を腹部を抑えながら付いて行く。
「なっさけないのぉ、これから妾達が纏めなくてはならぬと言うのに」
コウギョクは私やヤスベーさんを尻目に、さり気なく荷車の後ろに飛び乗り腰を掛けると扇で自身をあおぐ。大小さまざまな石が混ざる道は決して良い道とは言い難い。
コウギョクの神様への道は此処から始まる、珍道中はこうして始まったのだ。
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一抹の不安があったがテガタは確りと、その効果を目の前で示してくれた。
役人はテガタをヤスベーさんから受け取ると、最初こそ怪訝そうな顔を見せるが、文字を読み進めている内にあっさりと通行を許可する。
ヤスベーさんによると、迎島と繋がる港町を含む土地を統治するダイミョウの名前が書いてあった事で本物と見做されたらしい。
「どうせ、そんなの大量に書置きした物を適当に判子を拝借したんじゃろ」
「紅玉殿!」
ヤスベーさんは顔を青褪めさせ、コウギョクに余計な事を言わない様に慌てて口を塞ぐ。
「ヤスベーさん、コウギョクが死んでしまいマスヨ」
シルヴェーヌさんに指摘されて、顔を赤く染めて藻掻くコウギョクに気付きヤスベーさんは手を放す。
「ぷはっ・・・ふん、この程度で死ぬ事はないから安心せい」
コウギョクは空気を求める様に大きく口を開けて呼吸し、心配が無いと私達を安心させた後に「妾の言い過ぎのようだしの」と付け加え小さく呟いた。
「色々助けられましたし、ラ・・・雇い主の命令も果たす為にも先ずは品を確認しませんか?」
「ふむ、往来で確認は危険でござる。取り敢えず、何処か物陰に身を寄せるとしようではないか」
ヤスベーさんを始め、皆で身を寄せる場所を探すがどこもかしこも商人と身なりが良い人達でごった返している。歩いて行くうちに人気が少なくはなるが、同時に村の様相もがらりと変わっていった。
薄汚れたものから、当て布を縫い付けたキモノを身に纏った者が混じる生活感のある風景の中、小さな家のような物を発見する。
その前には乾いた丸い菓子らしき物が供えられていた。
「祠じゃな、何処にもやはり護る神は居るものよな」
コウギョクは横から興味深げに覗き込む。
「ホコラ?でもそれで、お菓子が供えてあるのね」
「そうじゃ!さすがに神の前で悪さはせぬじゃろ、ここらで中を確かめてみぬか?」
小さなホコラが有るのは木製の同じ造りの村民の家が並び連なる通りより少し奥まった村を見守る大樹の根本。
気なしに通りに目を向ければ道行く人々は大人子供関係なく、見掛けない商人の装いをした私達を訝しげに見ている気がした。
「此処にいては人の往来がありマス。邪魔にならない様にしまショウ」
シルヴェーヌさんは行き交いする人波を観察しながら目を配り、村民達の様子を窺いながら縫うように此方へと歩いてくる。
荷車をゆっくりと寄せていくと、道を行く人々の視線は擦れ違いに常にナガモチへと注がれている事に気付く。この村は思いの外、治安が良くなさそうだ。
コウギョクに手招きをされ、ホコラへと荷車を寄せていると小さな子供たちの歌声が聞こえてきた。
『日が昇るは天下原、見守るは神の庭』
『西方より顕現するは一柱、輪を描きて舞うは泡沫の夢』
『和魂によりて荒魂、逢魔が時に鎮まん』
不思議な光景に足を止めて聞き入る先には、熱心に歌を言い聞かす大人の姿。
その言葉を怯えながらも、子供達は真剣な顔で復唱していた。
「あれは子供を日が沈み、怪異が跋扈する逢魔が時までに帰るよう言い含めているのでござるよ」
ヤスベーさんは懐かしそうに目を細める。
気がつけば荷車はホコラのそばに寄せられており、好奇心が抑えられないのか、ヒューゴーとコウギョクは嬉しそうな声を上げながらナガヒツの蓋を開けた。
瞬く間に輝く二人の瞳に一抹の不安を覚えた私とヤスベーさんは、二人がナガヒツの中身に興味を示した所で腕を掴み抑え込んだ。
ヒューゴーは我に返るが、コウギョクは気まずそうにしつつも如何にか誤魔化そうと笑顔を作る。
「妾は供物にと考えておっただけじゃ」
そう主張するコウギョクが手にする朝袋の中には、様々な果物の干菓子が入っている。
ライラさんなりにヒノモトでも通用する物を選んだのだろう。
コウギョクは拘束を解かれると、祠の前にしゃがみ込み干菓子を備えていた。
「これにてお主の役目をしかと果たして見せよ」
コウギョクは手を合わせながら祠に頭を下げ、祈るように瞼を閉じる。
「うむ・・・」
ヤスベーさんは実に不可解そうにコウギョクを見るも暫くして頷き、視線を移動させると顔を顰めた。
「ヒューゴー、それは止めた方が良いわ」
ただし、ヒューゴーが取り出そうとした魔結晶がうめ込まれた装飾は見逃せなかった。
そもそも、宣伝用の品の落差もそうだが、こんな目立つ物を当てもないのにどう売り込む様に言っているのだろうか。
「他は生地に瓶入りの薬品もろもろ・・・。細かな支持は無いし、どれを宣伝用に売るかはこっちの采配で如何にかしましょう」
「・・・うむ。ヒューゴー殿、それを早く長持に戻すでござるよ」
ヒューゴーは掴まれた腕と反対側の袖から金色の腕輪が滑り落ち、光を反射しながら手首に引っかかる。
それを暫し、名残惜しそうに眺めるとヒューゴーは向けられる冷ややかな視線に眉を顰めた。
舌打ちと共にヒューゴーの口から大きな溜息が漏れる。
「解ったよ、身に着けていれば良い宣伝になると思ったんだけどな・・・くそっ」
金の腕輪は何度もヒューゴーの腕で回転する、腕を振るとヤスベーさんを目掛けて投げ付けた。
乱暴な扱いに慌てたヤスベーさんの手が腕輪へと伸びる。
指先が触れるかどうかの所で小さな影が金色に輝く腕輪を掠め取った。
「もーらいっ!」
ヒューゴーと同じ身長か、それ以下かだろうか。
雑に髪を束ねた活発そうな少年がニタリと怒るヒューゴーとヤスベーさんを嘲笑う。
一体、何処に潜んでいたのか、大人を揶揄う様に仲間が次々と家屋の間から飛び出してきた。
「おい、こっちに寄越せ」
「うおっ!金ぴかだぁ、スゲー!!」
私達に取られまいと投げ渡しながら、終には表通りに飛び出そうとしていた。
「そこな童、待つでござる!」
ヤスベーさんは両腕を広げ、捕まえようと飛び掛かるが其れも虚しく空を切る。
ヒューゴーは子供達から目を逸らさず舌打ちをすると、懐からパチンコを取り出した。
打ち出された小石は二人に命中し、ヤスベーさん達とヒューゴーで押さえつける。
残る一人の手には金色に反射する物が見え、私は腰帯に結びつけられた紐を解くと鞘のまま最後の一人の後頭部を手加減しながら小突いた。
「ぐえっ!」
潰れた蛙の様な声があがり、金色の腕輪は手から落ちると何度も道端で跳ねてパタリと倒れた。
後頭部を抑えて蹲る少年を尻目にそれを拾い上げる。
「痛い思いをさせてごめん。これは大切な物なの、だから返して貰うね」
「ううっ、俺が手に入れたんだ・・・返せよぉ」
怒りながら流す涙で土が顔に纏わりついている。
少年の態度は変わらず不遜で、自分の所有物と言う主張を譲る様子がない。
ヒューゴーはそんな歪な主張などに左右されずに毅然と振舞った。
「こら、坊主!返せでは無くてごめんなさいだろ」
「うっせぇチビ!横取りすんな」
「こいつ・・・」
ヒューゴーの顔は平静を装うが、その忍耐はあっけなく崩れ落ちようとしていた。
ヤスベーさんは燻り出したヒューゴーの怒りを鎮めようと、真逆の冷静で落ち着いた口調で諭す。
「ヒューゴー殿、此処は拙者に免じて抑えてくれぬか?」
「此処でガツンとやらなきゃ、そいつらの為にならねぇぞ」
ヒューゴーの心根は言葉や態度と裏腹だった。
ヤスベーさんはそれに呆れつつ、今度は下手にではなく、はっきりと咎めた。
「お主にそこまでやる義務はないであろう」
「良く状況を見て」
周囲は盗みを働いた子供達を庇い集まる大人達。
大人としての情による物と思ったが、それは此方を軽視する一言で霧散した。
「相手は子供なんだ、腕輪の一つなど恵んでやっても良いんじゃないか」
濁り切った黒紫の瞳で此方を見つめ、村民はうすら笑いを浮かべる。
ヒューゴーは片眉を吊り上げると同時に舌打ちをし、恨めし気な目で此方を睨む。
「・・・大人まで腐ってんのかよ。アメリア、これでも俺は間違っているか?」
何処か勝ち誇った声色、相手への怒りは混沌とした状況を手早く鎮静化したいと言っている。
腕輪も此方の手に有る以上は強引な手に出る必要は無い。
「私もヤスベーさんも間違っているとは言っていないわ。でも、力で強引に解決するのは賢明じゃないと言っているの」
地脈は世界に張り巡り、各々の地の守護者の力が均等を保っていると学んだ。
それが壊れた影響が地脈にも及んでいるとしたら、これは仮説に過ぎないが、ホコラの様子から察するに弱った守護者の地に滞る物が要因と断言できる。
「だ、だったら、如何するんだ。保身の為に相手の要求に応えたら、それこそ大損だろ」
「うん、アタシもヒューゴーに同意だね」
気が逸るヒューゴーとザイラさんをヤスベーさんは二人の上を行く気迫で諫めた。
「お前達は落ち着いて人の話を聞く事ができぬのか。その要因を見極めてから討つべきと言っているのでござろう!」
普段は物静かな口調のヤスベーさんの激変に押され、二人は茫然とすると同時に溜飲が下がるのが見て取れる。
村人達は便乗して揶揄う者、腕輪や積み荷を謝罪として渡すように等の声まで上がり始めた。
そんな中、シルヴェーヌさんがポツリと呟く。
「要因・・・それは村の皆さんの瞳でショウカ」
「ええ、私はホコラによる影響が村人へ影響していると思う」
大きく枝を広げる大樹に葉は一つも無く、見下ろすと根元には何故かしたり顔を浮かべるコウギョクと小さなキモノ姿の女の子。
腰より下まで伸びた黒髪に赤い無地の着物、その手には供えた干菓子が握られており、嬉しそうに微笑んでいた。
「やれ、混乱しておるな」
コウギョクは何か訊いてほしそうな意味深な顔をする。
「何か妙案でも有るのでござるか?」
ヤスベーさんの問い掛けにより一層、コウギョクの顔が輝く。
少ししゃがむと、黒髪の少女の肩を両手で掴み、戸惑う背中を無理やり前へと押し出した。
「ふふふっ、こ奴にな」
少女はコウギョクに押し出され困惑しつつも、罵倒し続ける村人達を眺めては懐から取り出した小さな鈴を鳴らす。涼やかで美しい音色が飛び交う暴言すら掻き消し鳴り響いた。
それを満足げに眺めると、彼女は恭しく私達へ頭を下げる。
「我が力なき故に民が失礼をした。今は弱気力でも、うぬらと子供達のおかげで村を清浄にできる」
声は弱々しくも、彼女が纏う力は人に非ず。
髪からぽつぽつと白い小花の蕾が生まれ、徐々にそれは開花すると同時に柑橘の香りが広がった。
緊張と静寂に満ちた村の中でポツリと子供が戸惑う呟き声が聞こえる。
「橘姫の命・・・橘姫様?」
「太助に弥太郎、そして与一。何時も我への供え物に感謝する」
村の守り神こと、子供に感謝を示すタチバナヒメを前に盗みを働いた子供達は、すっかり別人のように背筋を正し、緊張に体を強張らせる。
俯きながらガタガタと震えると、声を絞り出すように喋り出した。
「お、オラ達はそんな神様に褒められる奴じゃねぇ・・・ないです」
少年達の俯く顔を見上げてはタチバナヒメは優しく諭すと、ゆっくりと視線を移動させる。
「そうだな。でも、その気持ちは我に示すものではないな」
それを子供達も追うと、私達の顔を見るなり一瞬だけ言葉を詰まらせると地面に座り頭を地面へとつけると涙ながらに謝罪をしだした。
「う・・・姉ちゃん、兄ちゃん。お侍の小父さんも、金ぴかの腕輪を盗んでごめんなさい!」
「ごめんよぉ」
「お・・・おじ?!」
ヤスベーさんの表情が一瞬で崩れる。
大人の姿勢は信用ならないが、拍子抜けするほどの子供たちの真面目な謝罪に怒る気はすっかり失せている。問題の要因になった腕輪はしっかりと私の手元にあるし受け入れる事にした。
「もう十分だよ、ほら頭を上げて」
私やヤスベーさんは三人を立ち上がらせ、膝に着いた土を払う。
その最中で、一番に捻くれていた態度をとっていたヨイチが短く悲鳴を上げる。。
「チビって言ったの、ごめん・・・」
如何やら顔を顰めていたヒューゴーと目が合ってしまったらしい。
ヒューゴーは話を蒸し返され、御立腹であろうと止めに入る構えをとるが、実際の反応は落ち着き払った物だった。ただし態度は十分に威圧的であったけど。
「あ?謝罪は良い、それより盗みはしないと約束しろ」
ヒューゴーは詰め寄ると襟を掴み、苦しがるヨイチに言い聞かせながら睨んだ。
「う、うん・・・神様の前で誓うし嘘はつかないよ」
怯えながら誓う与一の後ろでタスケもヤタロウも同様に頷く。
そこを囲み遠巻きに見る大人達は相も変わらずだが、タチバナヒメは守り神として民を護る決断をしたらしい。それは感謝から始まった。
「其方等が救いを求め拝み、供物を捧げてくれたから消えずにいられたのだ我も其れに応えよう。人の子の願いに満たされし力で村を浄化して見せる」
紐を通した五つの鈴を手に巻き付けると、路地を舞台に舞い始めた。
タチバナヒメが舞う度に清らかな音が響き、辺りが花の香りに包まれていく。
コウギョクは私達と共にそれを眺めると扇を取り出す。
「では、妾も微力ながらこの地が生まれ変わる一助となろうぞ」
コウギョクの手により扇が蝶のように舞う。
木の葉は鱗粉のように舞い、タチバナヒメが持つ鈴が姿を変えた。
重なる三つの輪に通された黄金の鈴は、舞いをより神聖なものに変える。
始めこそ驚いていた様子のタチバナヒメだったが、笑顔すら浮かべて民衆を引き付けていく。
「何だいヒノモトの事は詳しくないが良い音色だね」
ザイラさんは荷車に凭れ掛かりながら舞いを眺め、シルヴェーヌさんはすっかり見惚れている。
「あれは、神楽鈴と言う物じゃよ」
祠を護る大樹は芽吹き、葉が青々と茂り、白い花が咲き誇ると結実して橙色の実がたわわと生る。
これは解決ではないだろう、恐らくは民と神の新たな絆の始まりだ。
気がつけば、この荒み切っていた小さな村の一角に飛び交う声は罵声からタチバナヒメへの感謝の声へと変わっていくのだった。
本日も当作品を最後まで読んで頂き誠に有難うございます。
更新が遅れてしまい大変申し訳ございません。
ヒノモトの旅は何をもたらすのか、これからの珍道中をお楽しみに!
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次週も無事に投稿できれば7月28日20時に更新いたします。




