第59話 ヒノモト防衛戦2ー邪なる神の監獄編
雨音も悍ましい魔物の鳴き声さえも、掻き消す声が夜闇に響き渡る。
紅色の傘を斜めにかけ、コウギョクはチョウチンの灯りに照らされながら自身に満ち溢れた顔で私達の顔を眺めては胸を張ってみせた。
「この妾が来たからには案ずる事は無い!ささっ、ドンと構えているが良い」
何時も以上の尊大な振る舞いをするコウギョク、どうやら窮地に颯爽と現れ仲間を救う自分と集まる視点に酔いしれているらしい。
そんな救世主の様な振る舞いの主の姿に感動したフジは歓喜の声を上げると、青白い軌跡を残しながら主人を出迎える犬の如く飛んで行った。
「紅玉様ーっ!」
嬉しそうに主の顔を眺めては、何度も飛び跳ねながら踊り出すフジ。
「ご、ごめんなさい」
ツガルはフジのせいで先程より暗くなった事に気付くと、周囲の顔色を窺うように左右に揺れながら律儀に謝罪をすると、全員を照らしながら旋回し始める。
壊れかけた結界の裂け目からは今も魔物が目の前の御馳走を求めて鬩ぎ合い、他を押し潰してまで雪崩れ込もうと藻掻き呻いている。
コウギョクは此方を見ると手に下げていたチョウチンをフジの火で焼き払い、代わりに挿していた扇を帯から引き抜く。パタリと広げれば華麗に光る木の葉が舞った。
「この地を護りし御神よ 妾は其に使えし者なり 穢れを退け隔絶する力を与え給えと 柏子見かしこみお願い申す【狐護結界】!」
フジがコウギョクの扇へと静かに扇に吸い込まれたかと思うと、舞いに合わせ振るう度に木の葉が青白い炎と共に渦を描きながら力が枯渇した霊石を包み込んだ。
弱りゆきつつあった結界は力を取り戻した事で甦り、押し寄せる魔物を焼き払いながらヒノモトを護る障壁となる。
コウギョクは私達を見渡す、そしてこの露骨に賞賛の言葉を期待するしたり顔を浮かべた。
然し想定を外し、暫し訪れる静寂にコウギョクの視線が泳ぎ出す。
「お見事!実に大儀でござる」
それを遮ったのはヤスベーさんの賞賛と拍手だった。
ヤスベーさんにつられて一人また一人と拍手が増えると、不安そうな顔が再び自身に満ち溢れた顔に戻る。
「ま、まあ、妾ほどの神使になれば其処らの妖との実力の差は天と地ほどの差があるの・・・あちちっ!!」
これ以上の無い程の鬱陶しい得意顔をしながらアヤカシ達を見下すコウギョクの尾に、カシャが飛ばした火の粉が引火した。
「変に謙虚に振舞って卑屈になるのもアレだが、お前は調子に乗り過ぎなんだよ」
ヒューゴーはじっとりと冷ややかな視線を向け、焦げた尾を労わるコウギョクに向けて毒づいた。
コウギョクは不服そうに眉間に皺を寄せると、青筋を立てながらヒューゴーと睨み合いを始める。
お馴染みの光景に何処からともなく安堵の溜息が漏れ、平穏が戻ってきたのだと雨を避けて軒下に身を寄せた。
一難去って零れる溜息、結界越しに見る魔物達は飢えに狂わされ続けている。
前足で結界に触れては弾かれ、それでも怯まずに角や牙を何度も打ち付けると次第に火花が散り始めた。
牙と角に加えて爪、繰り返される魔物達の常軌を逸した攻撃により、致命的な変化が結界に齎される。
複数の大型の魔物による体当たりが立て続けに加わえられる、コウギョクが張った結界を除き、全ての結界に蜘蛛の巣状の罅が入り始めた。
「・・・ヤスベーさん、結界が!」
「うむ・・・!」
ヤスベーさんは私の声に短く返答すると、雨の中で泥塗れになったコウギョクとヒューゴーに駆け寄り素早く襟首を掴み引き剥がす。
「ぬあっ?!何をするのじゃ」
「チッ・・・」
ヤスベーさんは状況が理解できず悪態をつく二人に事実を見せつけると無言で理解をさせる。
二人が理解したのを確認すると、ヤスベーさんは眉間を抑えた手を下ろし、神妙な面持ちをしながら顔を上げた。
「この地を魔物に奪われ、蹂躙させる事への責め苦は拙者が甘んじて受けよう。皆に命ずる、この場を捨てて神社へ退避せよ」
突然の退避命令に、魔物に対して体制を整えつつあった団員達の動きが止まる。
それと同時にコウギョクの顔は一気に青褪めた。
「な・・・何故、妾では無くお主が?!」
コウギョクはヤスベーさんの毅然とした態度に狼狽える。
ヤスベーさんは静かに首を左右に振ると、団員も何も言わずジンジャに向かい走り始めた。
コウギョクが張った結界を残し、次々と崩壊が始まる中で魔物の歓喜の声が響く。
人間が退却する姿を目にし、アヤカシ達は魔物達の侵攻を遅らせる陣形を取り始める。
「・・・話すのも考えるのも後よ!」
コウギョクの腕を取り、顔を顰めるヒューゴーと顔を合わせて頷き合う。
縺れがちの足取りのコウギョクを引きずると、その手は途端にするりと擦り抜ける。
「任されよ・・・」
ヤスベーさんは軽々とコウギョクを抱き上げると、私の顔を一瞥し追い抜いていく。
「ったく結界ぐらい真面に張れよな」
ヒューゴーはヤスベーさんに抱えられながら此方に手を振るコウギョクを見て苛立ちながら毒づく。
「それ、術を使えてからって言えってなるわよ」
「う、うるせぇ!」
泥濘を踏みしめながら踵を返すと、崩れ行く結界を背に振り向かずに団員達と共に雨が降るヒノモトを駆け抜ける。
フジとツガルの先導を頼りに進む道中、アヤカシ達の目を潜り抜けた魔物を切り捨てた所でトウロウに照らされたトリイが視界に飛び込んできた。
「まだ気を抜くのは早い、全力で駆け抜けよ!」
ヤスベーさんの檄が飛ぶ、雨音に混じり重なる慌ただしい足音に泥水を這う何者かの気配がした。
飛び散る泥飛沫、狐火に浮かぶのは大百足の姿。
けたたましく大顎を鳴らすと、団員達により一斉に放たれた矢が何節にも分かれた大百足の甲殻を貫き地面へ体を縫い付ける。
団員達の総攻撃を受けながらも、大百足は自らの体を引き千切り身を躍らせた。
コウギョクを抱えたヤスベーさんを頭上から大百足が強襲する。
然しコウギョクを手放しも迎え撃つ事もヤスベーさんは選ばなかった、大顎を躱しながらトリイへと滑り込む。
ジンジャの結界に弾かれて暴れる大百足の頭を切り落とし、暴れる体を蹴り飛ばすとトリイへ背に手招きをする。
「・・・さぁ、アヤカシ達にこれ以上は迷惑を掛けられないわ」
畳み掛けるような足音はトリイの遠のき徐々に消えていく、雨音を魔物の怒声が掻き消した。
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ジンジャは静寂に包まれている、まるで外界から切り離されているかのようだ。
危機を乗り越えた事を認識した途端、団員達の荒い呼吸に混じり緊張から解き放たれた事による咽び泣く声で真の安息はなかなか訪れなかった。
雨をよけて渡り廊下に腰を下ろすと、ヒューゴーが傘を差さずに不機嫌そうな顔をしながら歩いてくるのが見える。
「あー、クソッ!」
ヒューゴーは軒下に入り、木の手摺に体を預けると険しい表情を浮かべた。
その頬には引っ掻き傷があり、何も言わずとも彼に起きた事は容易に想像できる。
「呆れた、コウギョクを詰めたのね・・・」
そう私に指摘されると、早々にヒューゴーは仏頂面で黙り込む。
思わず溜息をつくと背後からドスドスと大きな足音が聞こえ、立ち止まったかと思うと私の横にザイラさんがドカリと座り込んだ。
ザイラさんは私とヒューゴーの顔を交互に見ると、何かを察したかのような表情を浮かべる。
「まあ、気にする事は無いよ。あー見えてアイツ・・・結界が壊れてビビってんだよ」
ザイラさんは口角を吊り上げると、奇麗に並ぶ尖った歯を見せながら意地悪く笑って見せる。
如何やら不機嫌の理由は結界を一ヶ所しか修復しなかった事が原因ではないらしい。
「成程ね・・・」
隠された理由に思わず苦笑をすると、鼓膜を劈く程のヒューゴーの怒声が耳に響く。
「うっせぇ!聞こえてんだよ!」
羞恥か怒りか、ヒューゴーは顔を赤くしながら喚く。
もはや、それは肯定なのではと苦笑すると、噛みつかんばかりの勢いで迫るヒューゴーの前にザイラさんが立ち塞がった。
「ぶふっ・・・ごめんよ。あ、あたしが勝手に喋ったんだから、アメリアは見逃しておくれよ」
ヒューゴーの反応に笑いを堪えながら窘めるザイラさん。
ゆうに自身の二倍はあるザイラさんとの睨み合いにも臆さずにいたヒューゴーだったが、周囲からの視線が突き刺さり口を噤んだ。
「次はこんな・・・いや、もう余計な事を言うなよ!」
ヒューゴーは声量こそは落ちたものの、確りと私達に釘を刺す。
如何やら昇華しきれない物が心に蟠っている様だが、一先ずは落ち着いたらしい。
その様子を見る内にある疑問が思い浮かんだ。
「今、訊くのもなんだけど少し良いかな?」
そう尋ねると、ヒューゴーから返ってくるのは暫しの沈黙。
間が悪かったと思い身を引くと、ぶっきらぼうな返答が聞こえてきた。
「あ?さっさと言え、こっちは此処の巡回を頼まれてんだよ」
「あの時、何を私に渡そうとしていたの?」
ヒューゴーはあの時と聞いて思案すように視線を宙に彷徨わせると、思い出したのか険しい顔をしながら腰鞄を探り手を止めた。
「気にするな、今は関係ないからさ」
腰鞄から手を放すと、如何にも胡散臭い薄ら笑いを浮かべるヒューゴー。
「ほう、今はね・・・」
ザイラさんはヒューゴーの襟首を掴むと軽々と持ち上げ上下に振る。
「止めろ!色んな物を仕込んで有るんだからよ!」
ヒューゴーはザイラさんの手から器用に逃れて飛び降りると、着地した衝撃で何かが腰鞄から転がり落ちた。
荒い断面を持つ中央に風の精霊紋が浮かぶ魔結晶、見覚えがある鉱石だと気づき唖然とする私達を見て、ヒューゴーは青褪めて肩を落とす。
「これ・・・」
「いや、ほら、元の世界へ戻る約束をしていただろ?一々、遺跡に戻るにしても無事に戻れるか判んないしさ」
「そうだとしても、封印に何か影響がある可能性を配慮すべきだったわ」
闇の精霊王様の封印が弱まり、現に空に門ができてしまっている。
そう考えると自制する余裕は無かった。
「まあ・・・呆れるけど一理は有るんじゃない?」
ザイラさんは落ち着けと私の軽く叩くと、ヒューゴーに視線を送る。
賛同を得たと思ったのか、ヒューゴーは表情を緩めると魔結晶を拾い上げ、私達を手招きする。
「このまま、守護者を呼んでしまわないか?」
ヒューゴーは苦笑いをしつつ、手を揉みながら媚びるように頼み込んでくる。
あまりにも勝手な発言に、私が却下するよりも早くザイラさんが止めに入った。
「考え方には賛同したけれど、アタシは考えなしに使用する事は良しとしていないよ」
「私達だけの問題じゃ無いし、先ずはヤスベーさん達と相談しよう」
「・・・悪い、つい先走っちまってたな。もうこの際、これはお前が持っていてくれ」
流石に此処まで言われたら無茶ができないと判断したらしい、拾い上げた魔結晶を私に見せつけるとそれを私に向けて放り投げた。
魔結晶は弧を描き、私の指を擦り抜け床へと落ちていく。
ヒューゴーをザイラさんに雑に扱わないようにと叱責する中、如何にか床下に転がり込むより早く魔結晶を拾い上げる事ができた。
「どうだい?お、無事に拾う事が出来たようだね」
「え、ええ・・・如何にか」
力なくザイラさんに答えると、今度は落とさないように魔結晶を抱き寄せる様に握る。
ガルーダが元の世界に戻る為に力を約束してくれた事を思い出す、それを思い出すとふわりと自身の髪が浮かび上がるのを感じた。
「悪かった、今度から気を付けるからよ」
ヒューゴーは気まずそうに私に向けて謝罪をする。
僅かな間を置くと、風の魔結晶は眩く光りながら周囲すらも巻き込み突風を生む、ジンジャ中を吹き抜けた。
引き戸はガタガタと揺れ、屋根から垂れ下がる植物の編み物さえも舞い上がりながら打ち付け、木々も騒めく。
然し、これだけの事が有ったのにも拘らず、ジンジャも周囲の人々に怪我人が出なかったのは不幸中の幸いだ。それと同時に、何も起きなかった事への空しさが周囲を包んだ。
「ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございません!」
今度は私が周囲へと謝罪する番だった。
深々と頭を下げ、傍にいた団員達から許しを貰うとザイラさんが突然に大声を上げる。
「あっ、そうだ!ごめんよアメリア、シルヴェーヌがレックスについて話したいって言ってたのを忘れていたよ」
突拍子もない振る舞いに意表を突かれたが、シルヴェーヌさんが団長のヤスベーさんでは無く私を指名したのは更に驚いた。
「私にですか?これって、やはり一緒にこの世界に落ちてきたからですかね?」
「うーん、だろうね。まあ、アタシもヒューゴーと同じく、これから巡回だからアタシ達の分も宜しく言っておくれよ」
「んじゃ、行ってくるぜ」
ヒューゴーは風の魔結晶の事も白状した事で身軽になったらしく、軽い足取りでジンジャの庭を駆けていく。
「解りました・・・って、何処の部屋か聞いていませんよ!」
二人を追いかけようと立ち上がると、背後の引き戸が勢いよく開く。
落ち着いた足取りで近づく誰かの気配に振り向くと同時に顔を叩かれる。
顔を摩りながら見上げると、背後に立っていたのはコウギョクだった。
「まったく、一目でも顔を出すぐらいすれば良いものを・・・境内の巡回に直行するとは薄情な奴等じゃな」
コウギョクは二人が去っていった先を睨み、不愉快そうに扇を握り締めながら振り回すと、憤慨しながら地団駄を踏む。
「・・・」
如何やら八つ当たりだったらしい、その怒りが収まるのを待っているとコウギョクは私の視線に気づいてビクリと肩を震わせた。
「む、何で叩いたと言う顔じゃな。まあ良いではないか、探しておる部屋なら妾が案内してやろう」
コウギョクは気まずげに頬を引きつらせると靴を脱ぐように指摘し、手招きをすると池が見える渡り廊下を暫し進む。
立ち止まった先は少し離れた角部屋、団員からの嫌疑は晴れていない事を危惧して別室を設えて貰ったのだろうか。コウギョクは静かに引き戸に手を掛ける。
「この障子戸を開けたらレックスを休ませている部屋じゃ。良いか?シルヴェーヌと話す時は、あまり大声を出すのではないぞ・・・」
直後に鈍い音が耳に響く、ショウジドに大きな影が映ったかと思うと、其れはコウギョクを巻き込み吹き飛んだ。
本日も当作品を最後まで読んで頂き誠に有難うございます。
如何にか今週は間に合って一安心ですが、この所は更新日が安定せずすみません。
異世界からの帰還も間近となりました。
出来得る限り間に合うようにしますので、見捨てずに頂けたら幸いです。(•ᴗ•`;)
*新たにブックマークの登録を二件もして頂けました!ありがとうございます!(>᎑<`๑)
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次週も無事に投稿できれば5月26日20時に更新いたします。
(遅延しても27日の同時刻に更新します)




