第58話 ヒノモト防衛戦ー邪なる神の監獄編
炎に包まれたヒノモトを冷たい雨が癒していく。
勝利に喜び湧き立つ中に仲間に絶望を届けさせる、これが邪神の置き土産なのだろう。
あらゆる負の感情を嘲笑し、争う姿を好み喜び求め続ける。
人間に、少なくとも私にとっては理解しがたい人外の趣向だ。
雨に焼き焦げた草木の臭いが混じる、狐火に照らされる中でチヅルはザイラさんがレックスを背負っている事に気付いたらしく怪訝な表情を浮かべる。
「魔族だった物により数名が犠牲に・・・一部の魔物はそれにより姿を変容させています。霊石により結界を張り、妖達に見張らせていますが何時までもつかは断言できません」
更なる報告は、目の前で起きた仲間を失う恐ろしい現実、決断を迫るものだった。
ヤスベーさんは声に出さず静かに怒りを顔に滲ませる。
「拙者達を魔物どもの供物にするとは許し難き所業か・・・」
邪神の「楽しみは最後まで味合わないと」と言う言葉が頭に響く、今も遊戯盤と名付けられた此の地で遊んでいるのだと思うと怒りと同時に吐き気がした。
「ハッ!それなら、打って出るしかないじゃないか」
ザイラさんは思い悩む仲間達を見て短く笑うと、前進あるのみと明快に答えた。
「この脳筋!ここらの領だけでも、どれだけの魔族が居ると思ってんだよ!」
そんな単純に済む訳が無いと、ヒューゴーは呆れを通り越して怒りながら冷静に諭す。
ザイラさんはヒューゴーの意見に賛同するが、それと同時に疑問を投げかけた。
「ああ、そりゃそうか。で、実際にどうすんだい?敵さんは待ってはくれないよ」
あれこれ考えているだけで動かない事が罪だとヤスベーさんや私達に訴えかけているのだ。
ヒノモトは包囲されており、脱出は行きの隧道は大勢を逃がす事に向いていない。
徐々に強くなる雨に幾つもの足音を耳にしながら、暗い空を見上げてふと思う。
「ヤスベーさん、この術の範囲は解りますか?」
そう尋ねると、狐火に浮かぶヤスベーさんの顔は困惑から驚きの表情に変わる。
「うむ、神社の池ではせいぜい都一つ分と言う所。つまりは雨雲の外、彼奴は未だに満月を通じて力を行使しているのでござるか・・・?」
「ええ、残念な事に間違いないかと・・・」
レックスと言う依り代から切り離されようと執念は深い。
そして障害の排除には余念は無く、魔族の姿へ戻ろうと渇望する眷族を利用して自身の言葉通り食い尽くさせようとしているのだ。
「・・・ザイラ殿はともかくレックス殿をシルヴェーヌ殿の許へ急ぎ搬送してくれぬか」
ヤスベーさんは怪訝そうな顔をしたままのチヅルを横目で見ると、レックスを背負ったまま待機をしているザイラさんに急ぐよう命じる。ザイラさんも苦笑しながら頷いた。
「ああ、呆けていてごめんよ」
ザイラさんは踵を返し、私達に背を向けるとジンジャの敷地に有る医師の燭台に点々と明かりが灯り始め、軽い足取りで歩いていく。
フジとツガルに教わった所によると、トウロウと言う東側の照明具だそうだ。
緊張の最中に居ながらも物珍しさで感心していると、チヅルが酷く焦った声をあげでザイラさんへ駆け寄る。
「ちょっと待ってください!」
突然引き留めたと思えば何故か戸惑いながら口を噤む。
「千鶴殿?」
「如何したんだい?そんな、藪から棒に・・・」
ザイラさんは意味が分からないまま引き留められ、冷淡な表情でチヅルを見下ろし不愉快そうに眉根を寄せた。
僅かな沈黙から気圧されていると思いきや、チヅルは真直ぐザイラさんの目を真っすぐ見ながら問う。
「何故、ソイツを神社に入れてしまわれるのですか?」
ヒノモトを魔族に引き渡した、仲間を傷つけたレックスを許せない。そんな強い疑念を感じられた。
憑依されていただけなんて信じられないと、チヅルの仲間への思いとレックスを許せない気持ちが昂っているように見えた。
理解できない訳では無い、けれども彼女の気持ちが静まるの待つ事はできない。
「・・・彼はコカトリスの毒に侵されています。今直ぐにでも治療を受けさせなければならないんです」
真直ぐチヅルの目を見ると、視線には戸惑いが見られたが、その視線は自然とザイラさんの背中へと向いた。呆れて言葉にならないとザイラさんは肩を竦めつつジンジャへ歩いていく。
ヒューゴーは舌打ちをし、地面に転がるワームの死骸を蹴り飛ばすとチヅルを睨みつけた。
「うっぜ、コイツはまだそんな事を言ってんのか。ザイラ、この馬鹿をほっといてジンジャへ行けよ」
「それじゃ、面倒なのはあんた等に任せるよ」
煙たそうな顔でチヅルを睨むヒューゴーにザイラさんは白い牙を覘かせながら笑うと、私達を盾に泥濘を踏みしめながら颯爽とトリイを潜り抜けてジンジャへと入っていく。
チヅルはその背中を歯痒そうに拳を握り締めると意を決し、泥の飛沫を飛び散らせながらザイラさんを追いかけようとするが追いつけず焦り出した。
「ちょっと・・・もう、待てください!!」
チヅルは私とヒューゴーに見向きもせずに押し退けると、足を縺れ掛けながら必死にザイラさんの後を追いかける。
恐らくはジンジャやそこを護る人の身を案じて背に腹は代えられないと後を追う事にしたのだろう。
初顔合わせから邪神に操られた言動や振る舞いを見聞きしていたのなら、幾ら善人であると言い含められても理解する事は難しいのかもしれない。
「付いていくのかよ・・・」
ヒューゴーは辟易といった様子で溜息をつくと、渋い表情を浮かべながら腕を組む。
「別に害意は無い様に見えたし、納得できるようにすれば良いんじゃない」
「まあ、ジンジャは殺・・・穢れが生じるような行動は禁じられているらしいしから大丈夫か」
穢れが生じるような行動か、それが何かは察するに余りあるがヒューゴーの中のチヅルの評価はどうなっている事やら。
「仲間に対して不信感を持ちすぎじゃないの?」
「お前、そー言う所が甘すぎんだよ。あー言う、融通が利かなくて何をするか判んない奴はあの獣人ともども厄介だぞ」
「それこそ偏見じゃない」
如何やら初対面のチヅル達の疑り深い態度に対する反感がヒューゴーの中で尾を引いているらしい。
フジとツガルにより照らされる闇夜、ヤスベーさんは視線をジンジャからチヅルが走ってきたヒノモトの方へと向けると拳を堅く握りしめた。
「今より、前線で結界を護っている人間達の神社への撤退を支援する」
ヤスベーさんが私達にそう命じた後、フジとツガルの二匹も昂る雰囲気にあてられたのか火の勢いが粗ぶり出す。
二匹の狐火は暫し私達の間を自由に浮遊していたがピタリと止まると、「了解!」と口など見当たらないと言うのに威勢の良い声でヤスベーさんに答えていた。
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濡れた地面を踏みしめながら歩き続けると、雨音に混じり地鳴りのような魔物の声が聞こえてくる。
ヒノモト式の傘を差しながら巡回する人間とアヤカシ達はチョウチンを掲げて結界を照らす、灯りにより映るのはひしめき合いながら張り付く魔物の群れ。
何と言う悍ましい光景なのだろうか、悪夢のような光景は灯りを持つ人間達の動きに引き寄せられるように動いているように見える。
聞くところによると、やはり魔物達は妖達には無反応であるが、人間に対しては異常な反応を示すらしい・・・
これ程、夜闇で視界が狭まっている事に感謝した日はない、奴らは魔族の姿に戻る為に私達を食そうとしているのだ。
チヅルから報告を聞いていたとはいえ、こんな誰も想像を超えてくるとは思いもしないだろう。
ルトヴィーコはこれらの報告を終えた後、ヤスベーさんと何やら長々と言葉を交わすと真剣な顔で私に詰め寄り頭を下げてきた。
「えっ、なに?」
少し身を引きながら訳が分からず困惑していると、ルトヴィーコは頭を下げたまま喋り出した。
「いやー、アメリアさんをアイツと親しいからって疑ってすまないッス」
アイツと言う呼び方にレックスへの不信感が滲む。
ルドヴィーゴは私に対しては謝罪をしてくれたが、レックスに関しては未だにチヅルと同じ認識なのだろう。
それでも此処まで態度を軟化したと言う事は、先刻の邪神との戦いの様子をヤスベーさんから滾々と聞かされたのだろう。
少し疑われたぐらいで、こんなに改まった謝罪を要求する気など無いのだけどな。
「大丈夫だよ、気にしないで」
出来得る限り明るい笑顔で返すと、ルドヴィーゴーは急にガバリと顔を上げ、満面の笑みを浮かべながら目を輝かせた。
「へへっ、安心したッス。んで、憑依された奴は如何する事にしたんすか?」
あまりの態度の変わりように目を白黒していると、ルドヴィーゴは軽薄な態度の中に何気なく詮索をしてくる。何か抜け目がない人だ、やはりレックスへの疑念は解けていないらしい。
まあ、これ以上は私や誰かが説得するより当人同士で解決する他はない様に思う。
ヤスベーさんは此の微妙な空気を察してくれたらしい、ルトヴィーコの質問攻めを遮るような声量で私達と周囲へと呼びかけた。
「魔物の暴走は日の出までと推測する。そこで事前に決めた籠城戦を中止し、非常時に備えて我々で防衛戦に当たる事にしたでござる」
魔物の鳴き声がいっそう激しくヒノモトを包む、団員達はヤスベーさんの言葉に反応せずに顔色を悪くし黙り込んでいる。
「おいおい、如何したんだよ。防衛は無謀と言う話じゃなかったのか?」
静寂を破り、ヒューゴーが此の場にいる者の思いを代弁するかのようにヤスベーさんへ疑問を投げかける。
ヤスベーさんは何かを言おうと口を開きかけたが、それを遮るように薄氷を割る様な音が響き何かが地面に打ち付けられる不気味な音が立て続けに響いた。
「成程、こりゃあ余計な事を話している場合じゃ無いッスね」
ルドヴィーゴは結界に視線を向け、金属の籠手をつけた拳を堅く握りしめる。
一部の霊石の光が弱まり、結界の一部が破られたのだ。
破れた結界の穴は大きくはなく、魔物の群れがひしめき合い、互いに押し出し合うように此方へ雪崩れ込んでくる。
その姿に魔族であった頃の知性は無く、食欲と言う本能に突き動かされて醜く潰し合いながら蠢いていた。
カシャと言う燃え盛る車輪型のアヤカシが炎を辺りに振りまく、それは間近の建物に引火し、襲い来る魔物の姿を映し出す。
死骸の山を踏み潰しながら二頭、それに続き三頭と双頭の犬の魔物が次々と飛び出してくるのが見えた。
オルトロスの群れだ、結界の見張りのつもりが戦わざる負えない事態になるのならザイラさんも呼ぶべきだったろうか。
「来ます!」
「承知!」
泥を蹴る複数の足音が近づいてくる、それによりオルトロスが涎を滴らせながら次々と此方へ接近する姿が青白く照らしだされる。
人間の二倍ほどの筋肉質な体躯、黒い被毛に覆われており、この双頭の魔物は他の者と連携するように分かれるとアヤカシを無視し、回るように私達を取り囲んだ。
雨に打たれながら泥水を跳ね上げつつ、唾液なのか雨水なのか不明の液体を垂れ下がった舌から滴らせ、嬉々としてご馳走にありつこうとオルトロスが迫ってくる。
先程視認した時よりも数が多いい、しかも遅れてはいるが続々と魔物達が続いてきていた。
ヤスベーさんは傘を投げ捨てると、誰よりも早く先頭の一体へと接近、その鼻面へと一閃を見舞わせれば左側のオルトロスの頭は低い鳴き声をあげて仰け反った。
然し、それでも身を引かずにもう一つの頭で唸り声をあげると、血を滴らせながらヤスベーさんを捕らえようと前足を踏み下ろすが躱される。
それを見越してか、挟み込むように二頭のオルトロスが挟撃をヤスベーさんへ仕掛ける。
「へぇ、まだ連携する理性が残っているとは驚いたッスね」
「残念だけど、餌はおあずけよ」
ヤスベーさんを追うように左舷と右翼に分かれる、ルトヴィーコはオルトロスが屈んだ所で跳躍すると、その横面を蹴り飛ばす。
私は右舷のオルトロスの懐へ滑り込むと全ての腱を切り裂いては抜け出す、地面を揺らしながら倒れたところで跳躍して胴体を駆け登りると一つ目の首を落とし、もう一方の頭には口に腰鞄に残っていたシルヴェーヌさん特性の薬を振舞った。
直後に大きな図体に似合わないオルトロスの鳴き声と、爆発音が響き嫌な臭いが漂う。
「うっわ、エッぐ!何を食わせたんスカ」
声を聞いて顔を上げれば、カタナの血を拭うヤスベーさん越しにルトヴィーコの蒼白な顔が見える。
つられてその視線を追って背後へと振り向くと、上半身が融け落ちたオルトロスが其処に在った。
「・・・」
本当に私は何の薬を呑ませたのだろうか、一瞬だけ気が遠くなりかけたが照らしてくれているフジに離れてもらい他の団員達の方へ向かってもらった。
二匹が照らす先は自分達以外の団員の戦果が見えてくる、ツチグモによる複数の繭玉、ヒューゴー達の矢が魔物や地面へと乱れ刺さりまるで針山のよう。
「残念ながら、この様な目に遭っても魔物どもは拙者達を諦め切れないらしいでござるな・・・」
結界の裂け目からは際限なく魔物が溢れてくる、延々と繰り返される堂々巡りに辟易しているのは否めない。やもえず各々の武器を握り直すと大きなため息が聞こえてきた。
ヒューゴーが神妙な顔をしながら私の許へ歩いてきたかと思うと、自身の腰鞄へ手を伸ばす。
「あのよ・・・」
ヒューゴーの表情は何処か後ろめたさを感じる、鞄から何かを取り出すと握りしめたままの拳を私へと突き出してきた。
「これは・・・?」
待てども中々、開かない拳を怪訝に思っているとこの張り詰めた闇夜に甲高い声が響く。
「待たせたのぉ!此処は妾に任されよ!!」
光る木の葉は雨雲に隠れた夜空の輝く星々の様だった。
本日も当作品を最後まで読んで頂き誠に有難うございます。
今週は更新予定日その2となってしまい、遅くなってしまいすみませんでした。
必ず更新しますが情けない話ですが度々、この様な事態になると思いますが
御容赦頂ければ幸いです。
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次週の更新は5月19日か20日、どちらかの20時に更新いたします。




