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第55話 赤き竜の背に乗ってー邪なる神の監獄編

肌が焼けるような空気により汗が頬を伝う。

遺跡を円形に囲みながら(そび)え立つ岩壁は上空に行くほど狭まる、初めは底知れぬ闇が広がっていた峡谷であったが今は溶岩が満ちる火口と成り果てていた。


「とんでもない変わりようね・・・」


今いる遺跡の中央は元から孤島、見回せば周囲の四基の塔も無事の様だが、それを繋いでいた拱橋は敵の襲撃の影響だろう、一部が崩れ落ちてしまっている。

見上げる魔物群れと紫に光る満月は、無駄な悪足掻きをするなと私達を嘲笑しているのかのように見えた。

不完全な封印に加え、今宵が満月だった事がこの状況に拍車をかけたのだと思う。


「そんな暢気な事を言っている場合じゃないみたいだよ」


状況を把握し、決意した表情のザイラさんの顔に鱗が浮き上がる、その意味を逸早く気付いたコウギョクは驚き目を丸くすると、血相を変えてヒューゴーに目潰しをお見舞いした。


「ぐぁ!行き成り何しやがる!」


ヒューゴは思わぬ方向からの刺客に不意を突かれて両手で顔を覆い、痛みに悶えながらコウギョクを罵倒する。

コウギョクはそれを聞かずに受け流すと、私に向かって酷く慌てた様子で叫んだ。


「ほれ!か弱き・・・じゃないかの。まあ、ともかくザイラの尊厳の為にもお主はヤスベーの目を潰さんか!」


「えっ!潰す?!」


驚愕しながらゆっくりと顔を合わせると、ヤスベーさんは驚きのあまりに顔面蒼白になる。

そして視線をザイラさんへと向けた所で、自ら武具を外す姿を目にしてコウギョクの意図を理解した。


「ヤスベーさん・・・ごめんなさい!」


さすがにコウギョクの様に目を潰しては支障が出る、ヤスベーさんは目隠しをしようと接近する私を目にし、状況を察して自ら顔を手で覆い隠して背を向けた。


「こっ、紅玉殿、これにて御許し頂きたいでござるよ」


「何じゃ、つまらぬのう。よいか二人とも、少しでも下心を出したら大槌で煎餅に変えられると心しておくがよい」


脅す声にヒッと短い悲鳴が上がる、暫し二人を観察するとコウギョクは心底残念そうに溜息をついた。

ザイラさんは武具も衣服も何もかも脱ぎ終えて目の魔の広場へ歩いていく。

皮膚や筋肉が膨れ上がり始めると赤い鱗が全身に浮かび上がり、全身の骨格も変化しだしたりと本格的に竜化が始まった。

有翼の赤竜と化したザイラさんは、空から降下してくる生首に蝙蝠の翼の耳を生やした魔物、チョンチョンの群れを炎で一掃する。

私はザイラさんの服を拾い上げるとそれで防具を包むと、ザイラさんの大槌に括り付けようと力を込めて柄を起こした。


「ほれ、これを使え!」


ヒューゴーは目に残る痛みに顔を顰めたまま、背負っていた革袋から縄を取り出すと、私に向かって乱暴に投げつける。


「ありがとう!」


縄を受け止めると、武具や服を括り付けた大槌をヤスベーさんに協力してもらい、ザイラさんの足へと括り付ける。

敵も此方を炙り出せたと思ったのか、時が経過するにつれて鳴き声が騒がしくなっていった。

ザイラさんは降下してくるワイバーンの群れを見据えると屈みこみ、私達に早く背中に乗るように促す。

全員がその大きな背中に乗り込むと遺跡が発光し、それに三基の塔も光り呼応する。

私達を乗せたザイラさんが力強く羽搏き飛翔すると、それぞれの塔より守護者が私達を援護してくれるかのように魔法が放たれた。

放たれた数多の氷塊がワイバーンの翼や体を貫き、負傷した個体が此方へと落ちてきた所をザイラさんと火の塔の双方で次々と消し炭に変える。

何ともありがたい支援を受け、私達はついに封印の遺跡を離れて火口を抜け出す。

空に浮かぶ紫の月は、それを冷笑(せせらわら)っていた。



**********



「おお、壁が・・・遺跡が火山に」


ヤスベーさんは眼下の遺跡の姿に驚嘆の声を上げる。

魔物達により崩れ落ちた山肌は徐々に修復され、知らなければ判らない程に自然と風景に馴染んでいく。


「ちっ・・・あれを見ろよ!」


ヒューゴーは顔を顰め、苛立ちながら私たちに夜空を見るよう指をさす。

先には危機的状況にも拘わらず夜空は皮肉の様に美しいが、そこには縮小されているが世界間を貫く穴が残っていた。


「機嫌が良い理由はこれね・・・」


月を睨みつけた所で、周囲が再び騒がしくなっていく。

魔物の群れが月と睨み合い留まり続けていた私達の許へ迫ってくる。


「ザイラ殿!」


ヤスベーさんが先を急ぐように声をあげるとそれに応え、ザイラさんが周囲に響き渡る威嚇の鳴き声を上げた。

ザイラさんが希少な風を纏いながら、空を切り裂く様に飛べば、追っ手も私達を逃すまいと執拗に追跡を始める。

然し、視界はとても良好とは言い難い。

コウギョクはヤスベーさんの背中にしがみ付きながら立ち上がると、扇で空中に何かを画いた。


「フジにツガル、妾達を照らすのじゃ」


「はいなー!」と何処からか二匹の威勢の良い返事がかえってきた。

扇から青白い火球が二つ飛び出し、空中で互いを追いかけながら回転すると、見た事もない不思議な形のカンテラに変わる。


「あれって、カンテラ?」


「いやいや、あれは我が故郷の照明具での、提灯と言う物を模したのじゃ」


「へぇ、チョウチンか・・・」


変わった円柱型の照明はザイラさんの背中を青白く照らし、迫ってきた追っ手の姿を灯りの中に浮かび上がらせた。視認できたのは、ハーピーに再びのチョンチョンの群れ。

「チュウンチョ、チョンチュニー」と気味の悪い鳴き声が聞こえてくる、チョンチョンの群れがザイラさんを囲んだ為、その不気味な姿を間近で見る事になってしまった。

眠っているかの様に瞼を閉じた女性の頭、耳の代わりに白い蝙蝠の翼が生えている。


「うぇっ、生首が飛んでやがる」


ヒューゴーは弓を引き絞り、チョウチンの灯りに引き寄せられたチョンチョンの群れの一匹を貫く。

チョンチョンが橙色に光ったかと思うと、火矢に付けた炸裂玉が周囲の個体を巻き込み四散した。


「さすが、ヒューゴー!」


「・・・甘えんな、てめぇも打ち負かせ!」


ヒューゴーは眉を顰めると、容赦なく辛辣な言葉を吐き出す。

然し、言う事は最もだ。

残りのチョンチョンは、先程の爆発から学習したのか、一塊とならずに分散して襲い掛かってくる。

ザイラさんは大きな口を開き首を振りながら炎を吐けば、矢の何倍ものチョンチョンやハーピーが一瞬で灰燼(かいじん)に帰す。

ヒューゴーは其れを見て顔を険しくすると、残党に気付き無言で私を睨む。


「勿論だよ!」


そこから汲み取れる心中に思わず苦笑すると、押し寄せる風を感じながら剣を握りしめ、ザイラさんの背中を駆けて炎を潜り抜けてきたチョンチョンを切り倒し、糞を飛ばしてきたハーピーを頭から切り伏せた。

ザイラさんの体から滑り落ちる魔物の死骸を見送り、漂う異臭に顔を顰めつつ腰を下ろすと、落とされまいと盛り上がった背骨へと掴まる。

そんな私をヒューゴーは鼻で洗うと、先程から一言も発さずにいるヤスベーさんの方を見た。


「ふん!おい、ヤスベー!お前も戦え・・・」


ヒューゴーは頬を引きつらせ、眉を吊り上げると青筋を蟀谷(こめかみ)に立て、言葉を失ったままヤスベーさんを残念なものを見る目を向ける。


「もっ・・・申し訳ないっ!戦いたいのだが、如何にも腰が立たないのでござる」


ヤスベーさんは顔色は正に蒼白、カタナを抱きしめたまま腰も上げられずにガタガタと肩を震わせていた。

空には此方を警戒するハーピーの群れ、月は何かを仕掛ける訳でもなく静かに私を見下ろしていた。

この事態に、敵を人一倍警戒しているヒューゴーは固く口を結んで自制していたようだが、苛立ちが口を突いて出てきてしまう。


「使えねぇ・・・っと」


自身の口から洩れた声に一瞬、驚き慌てて片手で口を塞ぐヒューゴーだったが、ヤスベーさんと目が合い顔を背けた。

ヤスベーさんは怒らずに困り顔を浮かべていたが、代わりにコウギョクの扇が謝罪をしないヒューゴーの後頭部を打ち付け、痛そうなバチンと言う音を響かせる。


「この戯けめ!此処は適材適所、妾達が精を出す他は無かろうが」


「くそっ、そんなの解ってるさ。それと・・・悪かった」


コウギョクに責め立てられ、バツが悪そうにヤスベーさんに背を向けたまま、しどろもどろになりながら謝罪の言葉を吐き捨てると。

その湧きあがった感情を消化するかのように、乱暴に矢を番えてはハーピーを一体、二体と撃ち落としていく。


「拙者は気にしてはおらぬ。そのように、ヒューゴー殿を責め立ててくれないで欲しいでござるよ」


ヤスベーさんはヒューゴーの背中を一瞥すると、不機嫌そうな顔のコウギョクを穏やかな口調で(たしな)めた。

怒っていたコウギョクもヤスベーさんの言葉には弱く、溜飲を下ろすと呆れたように大きなため息をついた。


「ヤスベーも甘いのう。不良な団員の躾は特に、細目にせぬと統率にも関わるのじゃぞ?」


コウギョクは少し不服そうに愚痴を漏らすと、一人で魔物に応戦するヒューゴーに続き、術を唱え始めた。

扇で舞うように宙を仰げば、光る木の葉は螺旋状に舞い、一つ一つが白刃と変化していく。

然し、魔物側もただでは転ばない、ハーピーの群れはヒューゴーの矢を逃れると術を詠唱するコウギョクの許へ襲来する。


「此処であまり活躍できなかった分、私達は陸で存分に力を示しましょう」


瞳はハーピーを捉え、少し緩んだ剣を握る手に再び力を込め、ザイラさんの背中に立つ。


「ア、アメリア殿、それは拙者の負担が大きくはないでござるか?」


ヤスベーさんの悲痛な声を背に、コウギョクの前に回ると剣を抜き放った。

数匹のハーピーが私達を取り囲みながら接近してくる、押し寄せる悪臭に顔を顰めると、先陣を切ってきた一匹の太くて鋭い鉤爪を薙ぎ払い、素早く刃を翻すと足を切り落とす。

ハーピーは痛みと怒りからか、顔を歪めながら泣き叫ぶ。

怒り任せに続く一匹を間髪入れずに切り伏せると、続くハーピー達は地上へ落ちていく仲間の死骸を見て更にけたたましく鳴き声を上げた。

如何にか戦えているが、此処は竜の背中、風を切りながら飛んでいるのもあって足元は不安定だ。


「へぇ、そう言う所が魔物にもあるのね」


意外に思い、ハーピー達を見つめながら呟くと、(まと)めて襲い掛かってくる事を警戒するが、そうではなく一斉に私達に背を向けた。

何事かと思えば、力みながら全員で腰を突き出し尾を上げだした。

すると、コウギョクが広げた扇を振り上げる。


「悍ましきは其の偽り器 祖の記憶を手繰り寄せよ 遡れ在りし日の姿へ【隔世変幻】」


木の葉が力むハーピーの群れを取り囲むと、小さな爆発と共に白い煙が包み込んだ。

風により煙は流されると、そこには数羽の小鳥の姿。

小鳥と言ってもやはり、異界の鳥なだけあり、可愛さの欠片も無い不気味な姿形をしている。

小鳥達は互いの姿を確認すると、「グェーギェー」としゃがれた声で鳴き、慌てて飛び去った。


「コウギョク・・・」


「お主は間抜けよのう、これは術にかかった者に自身や周囲の者に姿を誤認させる幻術よ」


コウギョクは自慢げな顔をすると、驚く私を小馬鹿にした表情を浮かべた。


「って事は私にもかかっているんじゃない」


振り向き目にしたコウギョクは白い狐の姿に変わっていた。


「近くにいるお主が悪い。なぁに、半刻もすれば元に戻る・・・鏡を見るかの?」


「・・・結構よ」


私は鏡を出そうとするコウギョクを眺めて苦笑する。

(ようや)く訪れた静寂、心中に逸る思いを抱えながら雲間を潜り抜ける私達を月は見下ろしていた。

不気味だ、先程までの様に魔物を仕掛けてくるわけでも、自らの術で妨害をするわけでもない。

雲に再び飲まれる、白んだ景色は徐々に薄まり、合間に艶のある鱗状の何かが視界に映った。

幻覚だろうか、瞬きを繰り返すと視界は再び雲に覆われる。

ヤスベーさんは言わずもだが、余裕しゃくしゃくと好物を頬張るコウギョクと対照的にヒューゴーは私と同様に雲を訝し気に見つめていたかと思うと、急に此方へと振り返った。


「おい、さっき変なもん見なかったか?」


見たと肯定の言葉を発するよりも早く、衝撃と共にザイラさんの鳴き声があがり体が斜めに傾く。

コウギョクは私にしがみ付き、ヒューゴーは赤い鱗に覆われた背中に浮き出た背骨に掴まりながらコウギョクを支えていた。

ザイラさんに何が起きたのだろうか、ともかく生きた心地がしない瞬間だった。


「と、藤十郎!大事ないか?!」


コウギョクは酷く焦った声でヤスベーさんの名前を呼ぶ。

然し、ヤスベーさんの姿は見当たらない。


「こっ、此処でござるょ・・・」


すると、翼の付け根から弱々しい声が聞こえる。

声がした方に目を凝らせば、翼の付け根にヤスベーさんは引っ掛かっている姿があった。

如何にかザイラさんは態勢を立て直したが、ヤスベーさんは立ち上がり這い寄ろうとするも、腰が引けて手間取っている。

その背後、雲の切れ間から紫色の巨大な目が覗く、新手は鱗に覆われているが翼は無く角も無い

次第に雲は途切れて姿が露になる、翼が生えた大蛇だった。

ヒューゴーはヤスベーさんを助けに行こうとする私を無言で引き留め、コウギョクを押し付けるとヤスベーさんの腕を掴み、ぶつぶつ文句を言いながら引きずりつつ此方へ戻ってくる。


「コイツを頼む!」


ヒューゴーはヤスベーさんの腰を蹴り上げて私達に押し付けると、身を翻して矢を引き抜くと腰に下げた魔結晶に伸ばした手を止め、コウギョクに火を借りると矢を弓に番えて解き放つ。

矢は黒煙で弧を描き、魔物の鼻先で爆発して煙幕となり視界を奪った。


「コウギョク、方向は間違いないのよね?」


「ああ、そろそろの筈じゃ。そのまま地上へ向かっておくれ」


ザイラさんは左翼を気にしつつ、大きく翼を羽ばたかせると急降下を始める。

押し寄せる風、魔物の怒声を背に地上を目指す。

雲を抜け、追っ手の気配が無い事に驚きつつ瞼を開けると平原には炎と煙、空からでも視認できる数の赤い花が点々と咲いていた。

本日も当作品を最後まで読んでいただき誠にありがとうございます。

毎回、お待たせしてしまいすみません。

更新だけは欠かしませんので、宜しければ今後も当作品を読んで頂け

たら幸いです。


***********

次週こそ無事に投稿できれば、4月21日20時に更新いたします。

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