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第54話 遺跡の扉ー邪なる神の監獄編

封印は六つの魔結晶のマナで満たされ、創世神の像には神々しい光を纏っている。

響き渡る地鳴り、遺跡への起きる変化には不安はなかった。

封印は補われたが、心ここにあらずな二人からは落ち着かない様子。

ヤスベーさんは部屋の隅で胡坐をかき難しい顔を浮かべ膝を何度も指でつき、コウギョクは忙しなく腕を組みながら部屋中を落ち着きなく歩き回っている。

邪神が残した去り際の言葉は二人にとって呪いの様なものだ。

床に視線を落とすと刻まれた魔法陣が目に入る、辿るは六つのマナが合わさる美しい光の曲線、追うにつれて一部に違和感を発見した。

光る魔法陣に並走するように伸びる線、繋がっているのにも拘らず作動していない。


「これは・・・」


床に画かれるのは見た事がない文字と蝶の文様と伸びる線。

視線を落とすとヒューゴーと目が合った、途端に眉間に皺をよせるも怪訝な表情は消え、僅かに思案すると唐突な質問を投げかけられた。


「なあ、ガキの頃に聞いた神話を覚えているか?」


「うん・・・まあ、要約すると男女の双子の神の仲違いによる、精霊や妖精を巻き込んだ神々の戦争と言う所よね」


創世神話、語ると長くなる話だが、女神様の作り出した世界に生まれた者なら誰でも知っている話だ。

私の返答にヒューゴーは満足そうな顔をすると、噛み締めるように何度も頷く。

何かを思い出すように視線を傾けると、少し嬉しそうに口元を緩めたが慌てて口を堅く結ぶ。


「だよな、俺がガキの時に商隊で聞いた話と同じだ」


「へぇ、ヒューゴーは商隊の出身なんだ」


身の(こな)しから、雑技団かなにかと思っていたが、ヒューゴーも他の小人族(ハーフリング)の例にもれず商人だったとは意外に思う。

ヒューゴーがそんな私を怪訝そうに睨んできたので、思わず頬が引き()ってしまった。


「なんだい、まどろっこしい!あの石像が創造神だろうと誰だろうと関係ないじゃないか」


ヤスベーさん達を気遣い、こっそりと話をしていたが、それもザイラさんの無遠慮な大声により「無碍(むげ)にされてしまった。

地鳴りに負けない声量に、ヒューゴーは眉間に皺を寄せながら両耳を押さえ、腹立たしそうにザイラさんを見上げた。


「つうか、盗み聞きとは趣味悪いな・・・」


「ははっ、図星かい。まあ、アタシはその辺はサッパリだしどうでも良いけどね」


ザイラさんはヒューゴーの反応に満足すると、肩を竦めながらヘラヘラと笑う。


「・・・ちっ、何かもやもやすんな」


納得がいかない様子でヒューゴーは不服そうに不満を漏らす。

真実は正しい知識を得る必要がある、理解が深まればあの邪神が異界と言う監獄を抜け出そうとする動機を知る事ができるかもしれない。


「これはもう、教会の書架でも見せて貰うしかなさそうね・・・」


闇の国に大穴が開いた今、女神様の創られた世界がどのような境地に有るのかは不明だが、そこに必ず戻る事が大切だ。

新たに増えた課題と不安が積み重なり溜息が漏れる、ゆっくりと下降していた建物がガタンと大きな音を立てながら左右に振動したかと思うと辺りは静まり返る。

先程まで明るく部屋を照らしていた石像や六つの魔結晶の明かりは徐々に消え、残すは結晶灯のみとなり部屋が薄暗くなったように感じた。


「むむむっ・・・よーやっと終わったのか?!」


誰もが緊張から息をのむ中、場違いなほどコウギョクの期待と安堵が入り混じる声が響き渡った。

コウギョクは目の色を変えると寝ていた耳と尻尾を立てると他の物を目に留めずに駆け出す、それに気付いたヤスベーさんが引き留めようとするも、それさえ振り払い鼻息荒く出口の扉を抉じ開けようと指を掛ける。

歯を食いしばり、顔を真っ赤にしながら必死に力を籠めて開けようとするが、コウギョクには腕力が足らず扉を開ける事は叶わなかった。

コウギョクは悔しそうに歯を食いしばると、ザイラさんやヤスベーさんへ助けを求めて縋り付いたが、首は縦には振られない。


「紅玉殿の御気持ち、察するでござる。されど、他に特殊な絡繰りがあるやもしれぬ。此処は頭を冷やし、部屋を入念に調べるべきではなかろうか」


コウギョクの心情をヤスベーさんは理解しているのか、苦し気な陰のある表情を浮かべるも、石像を見つめた後、視線をこちらに向けて申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。

コウギョクに代わって場を搔き乱した事への謝罪か、何かしらの助力を求めてか、見る限りでは両方だろう。

冷静に宥められたコウギョクだったが、やはり気がはやり腑に落ちないのか、ヤスベーさんに対し感情任せに怒鳴り声を上げた。


「何を悠長なっ!団員以外にも多くの者が避難していると聞いたぞ、それにあの地には狐守様のお社が有るんじゃぞ!」


コウギョクはヤスベーさんの服のゆったりとした袖を強く引っ張ると、俯きながら膝をつく。

見た事もない取り乱し方に驚く中、不意に口走った名前はコウギョクの大切な人なのだろうか。


「あー、その・・・心中お察しに余りあるが、急いては事を仕損じるでござるよ」


ヤスベーさんの顔には心労の影が見えるが、見捨てずにコウギョクを宥めにかかる。

然し、如何やら押しに弱いらしい、次の瞬間にはヤスベーさんから助けを求める視線が送られてきた。

現状、ただの我儘であるけど此処は下手にコウギョクを興奮させても仕方がない。


「ねぇ、コウギョク?悪いんだけど、私は魔法関係には明るくないから少し見てもらえないかな?」


気を逸らそうと無関係な話を振り、紛らわす事ができればと頼んでみるが、やはり反応は悪く不機嫌な様子だ。

暫しの無言の見詰め合いの末、コウギョクは急に項垂れると、顔を上げずに大きな溜息をついた。


「すまぬ、妾とした事が何たる醜態を・・・では、何を見てほしいのか妾に申して見せよ」


コウギョクは気まずそうに此方を見ると、少し気落ちした声色で私に尋ねる。

一先ず、話を聞いて貰えそうで安心した。

落ち着きを取り戻したコウギョクを呼び寄せると、床に画かれた魔法陣を指し示す。

囲むように画かれた線と蝶の紋様、術に詳しいコウギョクなら意味が解るのではと尋ねてみた。

コウギョクは見つめるにつれ、難しい顔をすると線を指をなぞり、唸りながら首をかしげる。


「陣の外周を囲むように伸び、同じ場所へ帰結しておるな・・・妾は西の術には疎いがこれはもしや機能不全ではないかの?」


コウギョクは少し自信が無さげでありながらも、淡々と見解を口にする。

本来の目的を成す事が出来なかったのだと知って背筋が凍る思いがした。


「つまり、封印は失敗・・・」


「いや、多少なり動作したのじゃから、そう悲観する必要はあるまいて」


青褪める私を見て、コウギョクがは慌てた様子で励ます。

更に思いを馳せ、頭を巡らせると急に神話の一説が思い浮かび胸がすく思いがした。

邪神の封印をしたのは女神様と妖精の王族・・・


「あ・・・・」


「何じゃ覚えがあるのか?まあ良い!こうなればヤスベーの案では時間が掛かり過ぎる、社へ向かう為にも、いっそのこと扉を壊すのも悪手では無いと思うんじゃが」


困惑する私を見るとコウギョクは呆れながら鼻で笑う。

コウギョクは横目で仕掛けを探すヤスベーさんをじっとりした目で見たところで、それに付き合っていたヒューゴーは投げやり気味に手を止めた。


「何だよ!お前の為に部屋から出る方法を探してやっているって言うのによぉ」


「そ、それには感謝しておるのじゃ。しかしのぉ・・・故郷が危険にさらされていると聞けば冷静ではおられぬじゃろうて」


コウギョクは息をのみ口元を扇で隠すと、ヒューゴーから慌てて目を逸らす。

もう、此処に留まる理由はない。

ヒノモトの隠れ里への救援に向かう算段を練る中、ザイラさんだけはその事態を見て大槌を担ぎ入り口の前で嬉しそうに構えた。


「ヤシロ?ああ、あの建物かい。やっぱ何か有るのかい。やけに大切にしているなと思っていたけど、そういう事ならアタシに任せ・・・な?!」


扉の破壊を妨げる様に天から大地を震わせるような衝撃が貫いた、ザイラさんは舌打ちをしながら大槌を下ろし、繰り返される衝撃に誰もがしゃがみ込んだ。



*********



襲撃は止まずに流星の如く降り注いでいたが、ゆっくりと止んでいく。

実際、遺跡自体がどの様な状態にあるかは不明、襲撃を受けていると言う事は外部から視認できるのだろう。やはり、仕掛けを探す余裕はなさそうだ。


「・・・ザイラさん、扉をお願いします」


「えっ、あ・・・任せな!」


切羽詰まった私の声に、ザイラさんは肩を震わせると我に返り、慌てて大槌を振り上げた。

然し、大槌の頭は空を切り、床へと下ろされる。

石の扉が斜めにずれ、綺麗な曲線を描き内側に倒れると、重い音を響かせ床へ沈み込んだ。

立ち込める煙の先にカルメンの姿が浮かび上がる、その瞳は鋭く暗い。


「何をしているの、あんた達にのんびり雑談などしている時間は無いはずよ」


カルメンの表情には暗い影が落ちているが、口調だけは不満や反論を許さないと言う気迫を感じる物だった。

一瞬、その勢いに押されそうになるが、カルメンを目の前にして誰もが警戒心から、この場を離れる事を躊躇する。

考えてみれば今回は特殊な条件下に置かれた結果、思わぬ形で共闘をしたにすぎない。

闇の精霊王様の為とはいえ、カルメンが邪神側へとつき、女神様が創り上げた世界での悪行は決して許される物ではない。

警戒心を忍ばせながら、慎重にカルメンの伺いつつ訊ねる。


「扉を開けてくれて感謝するわ。それで、何か用?」


カルメンは眉根を寄せたかと思うと、私達を見定めるように視線を泳がせた。


「ふん、心にもない事を言わなくて結構よ。でも、アタシが敵である事を忘れないでくれたのは安心したわ。馴れ合うなんてごめんだもの」


カルメンは満足そうな表情を浮かべながら嘲笑すると、踵を返して此方に背を向けた。


「えっ・・・」


想定外の行動に思わず気の抜けた声が漏れた。

それでもカルメンは振り返りもせず、呆れたように溜息を漏らしただけだった。


「あんた達を利用すると言っているのに、間抜けな声を出してんじゃないわよ。それと、初めからアタシが仕えるのは何方の神でもなく闇の精霊王様だけだから」


カルメン自身は封印に危害を加えるつもりはないと伝えたつもりなのだろう。

邪神側についた事さえも闇の精霊王様への思いからの行動と言う理屈には呆れてしまうけど。

ただ、闇の精霊王様による封印を護る為と考えれば、カルメンの言い分も筋が通る。

邪神が呼び寄せた封印の遺跡への襲撃は止むどころか寧ろ、苛烈になっている気さえした。


「・・・そう、解ったわ」


これ以上、この事に割く時間は残されていない。

私もヤスベーさんもカルメンを追おうとはしなかった。


「って、おい!本当に何もしないのかよ」


ヒューゴーは私達のやり取りを黙って見ていたが、堪え切れなくなったのか弓に矢を番える。

ヤスベーさんは(やじり)に手を添えると、ヒューゴーの顔を冷静な顔で見降ろし、首を横に振った。


「今、拙者達が一番に成すべき事は何でござるか?」


「そ、それはだな・・・」


ヒューゴーは私達の顔を見回し、賛同する者がいないと悟ったのか弓を下ろし、矢も矢筒へと収める。

ふと、封印へと目を向けると台座から複数の魔結晶が転がり落ちていた。

ヤスベーさん達がヒューゴーを説得している横で、台座へと戻していく火に水、そして最後に風の魔結晶を拾い戻そうとするが、そこで迷いが生まれる。

風の封印の守護者であるガルーダと元の世界へ送ってもらう約束をしていた事を思い出し、台座に置こうとした手が止まってしまった。


「これは新たに帰還方法を考えないといけないよね・・・」


風の魔結晶を眺めながら肩を落とすと、怪訝そうな顔のヒューゴーと目が合う。

ヤスベーさんにお説教をされているとばかりと思っていたのと、一瞬でも風の魔結晶を持ち出そうと言う気持ちになった後ろめたさで思わず小さく飛び上がってしまった。


「なぁに、盗もうとしてんだよ」


「なっ・・・何を言っているの?ほら、本当に戻そうとしただけだから」


思ったより激しく動揺してしまった。

ヒューゴーと手元を見比べ、慌てて魔結晶を台座に戻すも、先刻の様な変化は台座にも石像にも変化はない。壊れたか条件が悪いのか、何方だろうか?


「へぇ、そうかよ」


ヒューゴーはまだ、疑わし気に私の手元を見ている気がする。

ともかく、色々と急がなくてはいけない時だと言うのに時間を取り過ぎた。


「ヒューゴー、ヒノモトへ急ごう」


「へいへい、解ったよ・・・」


ヒューゴーは辟易とした顔をしながら両手で耳を抑えると、何やらぶつぶつと呟きながら装備を確認しだす。


「ほら、此処が壊される前に行くよ!」


ザイラさんの掛け声が騒音に混じって聞こえてくる。

中枢の部屋を出ると、ザイラさんはカルメンが切断した扉を軽々と抱え上げた。

ふと、あの扉はいったい何百キロあるのだろうか?

見ていて、さすが竜人族としか言いようがない。


「さて、そこを閉じたら一旦、外の様子を探るとしよう」


ヤスベーさんの口調が些か何時もより早い、真剣であるが落ち着きのない様子で階段を見上げている。


「まあ、こうすれば開けっ放しよりマシだろう?」


「ふむ・・・何か忘れている気がするんじゃが・・・」


部屋を護る為とはりきりながら扉を持ち上げるザイラさんを見て、コウギョクは険しい表情で思い出そうと首を捻る。

ザイラさんの耳にはコウギョクの呟きがいっさい届かず、持ち上げていた扉を切断された部分へと嵌め込もうと慎重に下す。


「・・・危ねぇっ!」


扉が塞がれる間近、聞き覚えがある声が聞こえたかと思うと、ヒューゴーが僅かな隙間に体を滑りこませ飛び込んできた。

ヒューゴーは地面に両手をつき、床を転がると苦笑いを浮かべ立ち上がる。


「何故、遅れたのか馬鹿者!あと少しでも遅ければ、お主などただの挽肉になるところじゃったぞ」


「まあ、こうやって間に合ったんだから良いじゃねぇか」


コウギョクから遅れた事を滾々(こんこん)と説教をされるも、ヒューゴーは受け流すと、質問に対し答える事は無かった。

上階に近づくにつれて、耳を塞ぎたくなるような轟音が大きくなる。

駆け足で階段を登りきると、中枢へ入り口は動く石煉瓦により閉じられ、何故か懐かしく感じる三対の石像が出迎えてくれた。

ザイラさんは扉に目を向けると、大槌を担ぎながら意気揚々と立つ。


「さて、今度こそアタシに任せておくれよ!」


その自信に満ち溢れた顔は先を越したカルメンと張り合うおうとしていると悟らせる。

幾ら事態が急いているとはいえ、重要な遺跡の護りを崩すべきじゃない。

察した誰しもが驚く中、ヤスベーさんとコウギョクに続き、私もパヴォールが開錠する際に使用していた魔結晶を取り出し追いかける。

ザイラさんの眼が水を得た魚の様に輝きだしたかと思うと、足を開き腰を落とすと胴体を捻ると同時にヤスベーさんの顔に肘が入り、跳ね飛ばされて私とコウギョクを下敷きにして三人で倒れ込んだ。


「ぐえっ!」


「もっ、申し訳ないっ!」


潰れた蛙のような私とコウギョクの呻き声と肩とヤスベーさんの慌てふためく声、ザイラさんは其れさえ無視して腕の筋肉が隆起させ、柄を握る手に力を籠めて腕を引き絞る。

空気を切りながら振り払った大槌は扉へ叩きつけられると衝突音が鼓膜を震わせた。

扉には(ひび)が入り扉の枠から外れると、ゆっくりと傾き、倒れた途端に埃が舞いあがり高温の風が一気に室内に吹き込んだ。

視界は夜にも関わらず茜色に照らされている、此処まで来たらもう諦めるしかない。

目の前に映るのは土壁、空からは魔物咆哮が響き、幾度となく落盤が起きる度に溶岩の柱が上がった。

いったい如何なっているのか、私達は足並みを揃えて外へ踏み出す。

陸の孤島の様な遺跡を天を仰ぐ程の岸壁が囲み、広場の下には溶岩が沸き立つ、まるで火口だと思った。

数多の飛翔する魔物、それを見下ろすように照らす月が私達を(わら)っていた。

今回も当作品を最後まで読んでいただき誠にありがとうございます。

大変お待たせしてすみませんでした、何が有っても必ず投稿はするので

見捨てずに頂けたら幸いです。


*************

次回こそ間に合えば4月14日20時に更新いたします。

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