第48話 レプスー邪なる神の監獄編
パヴォールの背を追跡しながら残る建物の扉を潜った。
遺跡なだけあり大変古めかしい様式で造られており、祭殿にも似たような雰囲気が残っている。
流れ出す空気は生暖かく、黴臭いので思わず顔を顰めてしまったが、パヴォールは気に留める様子もなく奥へと歩みを進めると一つの石を取り出しては掲げる。
するとその石が放つ金色の光に呼応するように壁に掛けられた結晶灯が琥珀色の光を放ち、室内を照らしだした。
石造りの楕円形の広間、その中央には光の精霊王様と闇の精霊王様の石像が背中合わせで立っている。
その二柱の背後には三対の翼を持つ不思議な像、その頭部は乱暴に砕かれ破損していた。
その正体は不明、幾ら記憶を辿ろうと記憶を辿るが何者か見当がつきそうにない。
ふと床へ視線を落とすと、パヴォールが手にしていた石と同色の人間大の魔結晶が四枚。
その内の一枚は欠けているが、今までの事からその正体は察するに容易い。
「その石は、この守護者から取った物だよね?」
のんびりと何かを確認するように広間を歩き回るパヴォールを呼び止め、床に転がる魔結晶を指さすと一瞬だけ不快そうな顔で眉を眉間に寄せられた。
「そうだけど何?まあ・・・良いけど」
一瞬の間に凍る空気、その反応と裏腹に一瞬でパヴォールの反応は寛容な物だった。
どこか此方を探る様に視線を動かし、嘲笑する様に鼻で笑うとパヴォールは面倒臭そうに小さく溜息をついた。
「ああ、此奴らは元守護者だよ。君達を此処に招く為だったんだ、褒められさえはしても非難される覚えは無いんだけどなぁ?」
想像通りの返答に眉をしかめると、パヴォールはあくまでも自身に責は無いと苦笑をし、魔結晶の破片を投げては握るを繰り返す。
しかし此れにより今までの塔も然り、忌むべき邪神の眷族を遠ざける力が働いている此の地が侵入を許したのか判明した。想像以上に事態は深刻な物になっている。
ヤスベーさんはこの事態においても、瞼を閉じて思案に耽り、微塵も行動を起こす様子が伺えない。
ヒューゴー達は珍しく平静を務めているが、内心は穏やかではないだろう。
此処はパヴォールの反応から真意を引き出してみるか・・・
「そう・・・其処までして此処で私達に何をさせようと言うの」
「やだなぁ、解っている癖に。僕自身はあの女の力が強く施された場所に入る事は出来ない、そこで君達の手を借りたいんだ」
あくまで目的については言葉を濁すつもりか、茶を濁され曖昧な返答のみ。
憮然とする私達を他所に、パヴォールはお道化た仕草をしながら中央の像へ触れる。
パヴォールの指先が石像へと伸びるや否や金色の閃光が雷の様に弾けたかと思うと、たちまち手が白い煙を上げて焼け爛れた。
「これで信用してくれるかい?」
パヴォールは苦痛に顔を歪めつつ、これを自身の発言の証明とし、対する此方の反応を窺うようにわざとらしく目配せをする。
あくまで私達に鍵を入手させる必要が有るか、又はその他の目的があるのか。
このまま、この茶番に乗って惚けてみるか。
「成程・・・その前に鍵を集めたとして、この遊戯の褒賞はいつ貰えるのかしら?」
「・・・まあそこは短気は損気と言うじゃないか、後々の楽しみにしておいてよ」
パヴォールは敢えて邪神が催したこの遊戯に対し明言もせず受け流しはぐらかす。
要は黙って指示通りに動くようにと言う訳だ。
今やそれに縋りつく必要もない、私達が去れば奴らの望みを絶つ事ができるのだから。
「体を張ってもらって悪いけど辞退するわ」
私は大袈裟に溜息をつき断言した。
横目でパヴォールから視線を逸らす、こう言う役割は未だに沈黙を保っている人物にお願いしたい物だ。
パヴォールは焼け爛れた手を治癒しながら固まったかと思うと徐々に表情は崩れ、眉尻を下げながら信じられない物を見る目でわなわなと肩を震わせると、ゆっくりと口角を釣り上げる。
「で、でも、ここまで来て今更じゃないか。僕が辞退だなんて許可するわけないじゃないか?」
像の真後ろに大きく口を開ける二つの回廊への入口から視線を戻すと、パヴォールは此方を鋭い目で睨みつけると鈍い光を放つ鎌がついた足を交互に律動とりながら地団駄を踏みだした。
「それって脅しか?往生際が悪いな諦めろ」
ヒューゴーはパヴォールを睨み苦笑すると、革帯に括り付けた腰鞄へと手を差し込み固く握りしめた拳を振り上げる。すると、その指に嵌められた赤い指輪が淡い光を灯したのを目にした。
「何をしておる、退け!」
突如、コウギョクが声を張り上げる。
それに何の疑問を抱く間もなく、その声に従うと激しい炸裂音と共に黒い煙が視界を覆った。
如何やら煙幕だったらしい。
私はコウギョクを抱えながら走るザイラさんを横目にヒューゴーと共に走り出す。
「如何した、一人足りないじゃないか」
レックスは私の肩に必死にしがみ付きつつも、煙を抜け出た面々の顔を見るなり煙幕を振り返った。
もうもうと煙が漂い、視界を覆い隠す煙幕の中、一同で足を止める。
「アイツは団長だ、気にせず此処を出るんだよ」
ザイラさんは心配ないように言うと、私達の背中を順に手で叩きながら脱出を促し、迷わず通路を走り抜けていく。
振り向きもせずにひたすら通路や広場を駆け抜けると、身を貫くような殺気が背中から迫るのを感じた。
このままでは追いつかれる、柄を強く握りしめると殺気が迫る方向へと抜き放った。
迫りくる追い風、薄れゆく煙幕の中で甲高い金属音が鳴り響く。
咄嗟に剣で受け止めて薙いだ刃は鋭く重く、足首から伸びるあの鎌なら追撃も考えられる。
周囲からの仲間達が騒ぐ声を耳にしながら相手から距離を取ると、私はぼんやりと煙の中に浮かぶ影に向けて駆け出した。
「皆、此処は先に行って!私はヤスベーさんと一緒に後を追うから!」
徐々に相手の姿が鮮明になってくる、薄煙のなかで何かが閃くのが見えたかと思うと私もそれに応戦する。再び甲高い響きが鼓膜を震わせた。
次第に視界は鮮明となり、敵の姿を確りと肉眼で捉えたかと思えば、見覚えの有る異国の剣士の姿が目に飛び込んでくる。
「ヤスベーさん・・・」
「・・・」
見知った顔に一瞬、追いついたのだと気が緩んだ所で剣はカタナにより受け流される。
剣の軌道がそれた所を姿勢を崩さずヤスベーさんのカタナが振り上げられた。
混乱する思考を抑え奥歯を噛み締めると、カタナを私へ向けるヤスベーさんの瞳と視線が重なる。
「紫・・・?」
困惑する頭と耳に場にそぐわない軽快な声が響く。
ヤスベーさんの肩越しに、薄まり行く煙の中から愉悦交じりの表情を浮かべるパヴォールが姿を現した。
「いやー、助かるね。生真面目な下僕は本当にありがたいよ」
ヤスベーさんを下僕と称し、私達が剣を交えるのを退屈そうに眺めると、足に付いた鎌を擦り合わせた。
既に聞きなれた金属音、それは合図であり、聞こえるとほぼ同時に私とヤスベーさんは剣を交える。
やはり此処で私を殺すつもりは無いようだ。
されど、ヤスベーさんに起きた異変は既に気のせいや思い違いでは無い域に達している。
「・・・ヤスベーさんに何をしたの?!」
此処に近づくにつれ、ヤスベーさんの変化はヒューゴー達も周知している。
ただ、その原因が何かまでは思い当っていない。
パヴォールは苦戦する私達を鼻で笑うと、人を小馬鹿にした表情を浮かべ肩を竦めて見せた。
「何って・・・君達も見ていただろ、僕が行った儀式をさ」
儀式と言う言葉とパヴォールの態度を見ながら記憶を辿ると、ヤスベーさんがテローとウドブリムの領主となった戦場跡での光景を思い出した。
ウドブリムとの戦いを終えて疲弊した所、私達の前にパヴォールが突如として現れて話を持ち掛けられている。
複雑な思いが心や頭を巡る中、レックスは深い溜息をついた。
「継承の儀・・・そうか、自分の傀儡となった者を各参加者の中に忍ばせて動向を見張っていたんだな」
領主継承とは名ばかりと気付かされ、悔しさに打ち震える私の肩をレックスは叩くと、冷めた口調でパヴォールを睨む。
それをパヴォールは怪訝そうな目で見つめる。
「何だい?その羽虫は?」
如何やら人工妖精の姿な為か正体がレックスである事が知らないらしい。
小さく「ごめん」とレックスにお詫びをする。
「ただの魔物よ、たいして気にする必要はないわ。それより、ヤスベーさんを返して貰えないかしら」
ヤスベーさんは身動き一つせず、その身は未だにパヴォールの手中にある。
レックスからはこれで気を逸らせるか定かじゃないが、このままパヴォールは私達を逃すつもりは無いだろう。
「悪いけどそれはできないな。その理由は説明するまでもないよね?」
結果は半々と言った所だが、見事に悪い事ばかり的中してしまう。
「じゃっ、頼むよ!君達が頼りなんだ」
不条理が心を騒めかせる。
パヴォールは機嫌が良いのか、嘗て無い程の薄気味悪い笑みを浮かべていた。
*************
「頑張ってねー!」
私達の背後でパヴォールの暢気な声が聞こえてくる。
如何やらヤスベーさんを監視役にし、本人は私達が鍵を持ってくるのを高見の見物を決め込むつもりらしい。
ヒューゴーは苦虫を嚙み潰すのを通り越して、磨り潰していそうな凄まじい顔でぎりぎりと歯ぎしりをしながら堪えている。
それを見て、ザイラさんはヒューゴーの頭を優しく撫でた。
「キレなくて偉いじゃないか」
「うっせぇっ!お前ならその大槌でアイツを伸す事ができるんじゃねぇのかよ」
結局は堪え性が無く、ヒューゴーは子供扱いをしてきたザイラさんに対し青筋を立てて怒鳴りつけた。
ザイラさんは驚き目を丸くするが、ヒューゴーの性質を熟知しているのか、辟易している様子で大きな溜息をついた。
「あのねぇ、こんな所で大槌を振り回したらコイツを壊しちまうじゃないかい」
そう言うと、ヤスベーさんの様子を見ながらザイラさんは指をさす。
光と闇の精霊王、そして二柱が崇める謎の首のない石像。
その横をすり抜け、裏側に回ると二つの回廊が私達を出迎えていた。
二つの回廊を隔てる壁はかなり厚い。
コウギョクは同郷のヤスベーさんが人質になり、さぞや心配してる事だろうと思いきや、床にしゃがみ込んで串状の金属製の髪飾りで熱心に何かを描き込んでいる。
「・・・何を描いているの?」
「故郷に伝わる占いじゃよ。どちらが先でも構わぬのなら、より良き方へ行くべきじゃないかの?」
縦線が数本、その間を不規則に横線が走っており、コウギョクはそれを上から慎重になぞっている。
二つの回廊の内、どちらか一方を選ぼうとしている様だが、見てもいったい何をどうして道を選ぶと言う仕組みなのかは解らない。
するとピタリとコウギョクの手が止まった。
「こっちじゃ!」
何故かコウギョクは目を輝かせながら右側の回廊を指さす。
それはもう自信ありげに、したり顔全快だった。
それに対する私達の顔は胡散臭さでコウギョクの期待を裏切る反応をしてしまう。
「それじゃあ・・・左側かな」
「アメリアお前・・・意外と捻くれてんな。だが、異議なしだ」
ヒューゴーは私の反応に唖然としながらも、片手をあげると意地悪く微笑んだ。
コウギョクの顔は怒りで徐々に赤く染まる。
ザイラさんはそんな林檎の様になったコウギョクの頭を落ち着くように優しく撫でまわした。
コウギョクの顔は味方が現れたのだと見る間に晴れていくが・・・
「ヒューゴー、アンタはそれ言えた義理は無いんじゃないかい?あぁ勿論、あたしも賛成だよ」
「なっ、お主ら、いい加減に・・・」
コウギョクの怒りは再燃し、噴火せんばかりの様子だったが、そんな堂々巡りも終止符が打たれる。
「・・・ゴホンッ、ともかく賛成意見が多いい方へ行くべきかと思う」
私へ集まる視線と咳払いにより生じる一瞬の静寂、レックスの言葉を皮切りにパヴォールの視線を感じる。何か仕掛けてくるでも怒るでもなく無表情のまま、ただ此方を見ているのみ。
私達が自分の意のままになった事に満足したようだが何か薄気味が悪い。
ヤスベーさんも相変わらずな様子、監視役と言う存在が牽制になると高を括っているのだろう。
荒廃した庭、何処か鬱々とした景色を抜けると私達は巨大な門の前に辿り着く。
この石炭の如く黒い巨大な門は粉ごうこと無く、闇の守護者が護る封印の間。
「後悔しておるようじゃのう?今なら引き返せると思うのじゃが・・・」
コウギョクは私を中心に自分の占いを信じようとしなかった面々を恨めし気に眺める。
どのみち、光だろうが闇だろうが行く羽目になるだろうけど、少し捻くれていたのかもしれない。
「まあ、親切心を無下にしたのは悪かったわ。でも、此処まで来たら引き返すなんて今更でしょ?」
「ほう、お主は他の者と違って心根は真直ぐな様じゃのう」
コウギョクは僅かに満足そうな表情を浮かべると、ニヤニヤと嫌らしく口角を吊り上げてヒューゴー達を見る。
「チッ、一人だけ楽になりやがって・・・行くならさっさとしろよな」
ヒューゴーは私を睨み舌打ちをすると、片手で重厚感が有る扉を拳で叩く。
思わずそれに苦笑しつつ、私が扉に手を伸ばすより早くザイラさんが扉へと両手をかけた。
「もし、神話が事実なら不自由な主に代わってどんな奴が護ってんのかね・・・」
神話によれば、闇の精霊王様は邪神に加担したとして、本体である霊体を封じられていると言われている。
元の世界において祭殿やマナが濃い龍脈にのみ姿を顕現していたのも、その為だったのかもしれない。
ザイラさんにより扉がゆっくりと開かれ、床を擦る重苦しい音が響くと、其処には古めかしい装飾が施された真紅と黒の世界が広がっており、干乾びた魔物の骸や骨が散乱していた。
「まるで食い散らかした跡の様だな・・・」
ヒューゴーは適当に床に転がる魔物の頭蓋骨を爪先で蹴り飛ばした。
扉が閉まるとポツポツと結晶灯がともり、中央の封印石は見上げるほどに巨大な金属製の鳥籠に囲まれている。その目の前には棺が意味あり気に置かれていた。
「警戒していない事は無いと思うけど・・・」
此方の様子を窺っているのか、有り得ないと思うが害意が無いと判断したのか、棺は一向に開く様子がない。私達はそっとヤスベーさんを一瞥すると、顔を合わせて頷き合った。
先程のパヴォールの言葉が真実か定かではないが、何の縁か此方には神術を無効化する術者がいる。
詰まる所、パヴォールからの干渉を逃れた好機を生かし、コウギョクの提案を受けてヤスベーさんを捕縛しようと言う算段だ。
コウギョクを護りながら各々の得物を構えるが、ヤスベーさんは眉一つ動かそうとしない。
「我が声に応え疾く芽吹け 其の棘で捕縛し 彼の者を妨害せよ【花茎式捕縛術】」
術を唱えると同時に青白く光る種子が宙を舞うとヤスベーさんの頭上で忽ち蔓が伸び、四方八方へと伸びていく。
ヤスベーさんは頭を上げ、それをのんびりと眺める仕草を見せたかと思うと其れを一瞬の後、カタナで細切れに変えた。
そして短く息を吐くと、私達を見て呟く。
「・・・酷く間抜けだなぁ」
ヤスベーさんの声だと言うのに、別人の様な口調で喋り出した。
一頻り笑い終えるとヤスベーさんの表情は一瞬で無くなり、カタナを構えたかと思うと一瞬で脇を擦り抜けると棺桶を一太刀の後に両断する。
棺桶はガタリと音を立てると、真っ二つに割れて中から灰がさらさらと流れ出した。
あまりに一瞬の事に唖然とする私達をヤスベーさんは腹を抱えて笑い出す。
「あはははっ、やっぱり不老長寿とはいえ餓死には勝てなかったか。やっぱり、何時までも代用品じゃもたないものね」
私達の中には困惑が広がるが、何処かこうなる予感していたのかもしれない。
「パヴォール・・・!」
私がそう呼ぶと、封印石の前でヤスベーさんの姿を借りたパヴォールは驚きからか大袈裟に瞬きをした。
「あれ?何でバレたんだろ?まあ良いか。女神の力さえ無ければ用済みだし、此奴を返してあげるよ」
ヤスベーさんが白目をむき、前方へ倒れ込むと同時に影の中からパヴォールが姿を現す。
「ヤスベーさん!」
武器を握りしめ、救出に向けて駆け出しヤスベーさんを必死の思いで抱き上げるとパヴォールは冷ややかな目で私や周囲を見渡すと背後の封印石へ顔を向けた。
「黙っていれば、あの女が作った世界に風穴を開ける所を見せてあげるよ。消滅する瞬間なんてめったに見れないから必見だ」
「そんな事、許さないわ!!!」
パヴォールは私達の怒りを一身に受けながら、心の底からの笑顔を浮かべては足を振り上げ身を躍らせる。
然し、何よりも早くパヴォールのアンクレットから伸びる鎌は、私の前で大きな黒い刃により防がれる。身の丈ほどの湾曲した刃が結晶灯の光を反射し、憎き相手を映しながら殺意を込めて向けられた。
「・・・聞かされていた話とは違うじゃない。そこの灰に代わって、あの方の全てをアタシが護って見せる!」
背後から羽音と共に聞こえる声は仲間の誰の物でもなく、果てしない時をも越える程の執着交じりの情念が渦巻いていた。
本日も当作品を最後まで読んで頂き誠にありがとうございます。
今週はかなり遅れた更新となってしまい申し訳ございません( ; >ㅿ人)
必ず更新だけはするので如何かこれからも当作品を宜しくお願いします。
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次回こそ無事に投稿できれば3月3日20時に更新いたします。




