第44話 狭隘ー邪なる神の監獄編
天井から赤と黒の巨大な羽が火花と共に上空から舞い降りる。
塔内の中央には世界樹を模した巨大な封印岩、その根元には守護者の物と思われる赤い羽根が屍人を貫いたりと散乱していた。
コウギョクは匂いには特に敏感らしく、顔を顰めつつも屍人の山から突き刺さる守護者の羽を見つけると眉根を寄せる。
「あの慌てよう、如何やら彼奴は油断していたみたいじゃの」
コウギョクは先程の守護者とカルメンの争いを思い返したのか扇で掌を軽く叩くと、その所業に呆れたと言わんばかりに溜息をつく。
一人と一体の激し争いを示すように上層から蔓の破片に羽など、二人が争いを繰り広げる度に破片が地上に落ちてくる。
「だからこそ、此の侭にしてはおけないわ」
カルメンの存在を忘れ、私達を迎え撃ちに来た事にしても、守護者としての行動は間違いではない。
問題を上げるとするならば守護者との意思の疎通に加えて、レンコルの領主の力を得たカルメンの実力が測れず大きな懸念となっている。
それでも、優先すべきは封印と守護者に加勢する事だ。
ヤスベーさんは宥めるように私の背中を軽く叩くと、コウギョクへと視線を向ける。
「コウギョク殿、慢心など誰もしてはござらん。ここからは、守護者殿に先程の恩を返さねばならぬでござるよ」
ヤスベーさんはコウギョクの物言いに釘を刺し、少しだけ不満顔をするコウギョクに困ったようにザイラさんに助けを求めるが、その視線の先に目を向け顔を顰めた。
無言のままザイラさんと頷き合うと腰に下げたカタナに手をかけると私達を庇う様に二人で立つ。
その様子に私達も警戒すると、ザイラさんは勢いよく振り返った。
視線で射殺すような表情が垣間見えたが深呼吸をすると、淡々とした口調で私達に言った。
「あんた等は何をやってんだい、とっと守護者と言うやつを助けにいくんだよ」
普通に蔓を使い塔の上層まで登れば、一人と一体の許へ辿り着くだなんて到底間に合う訳がない。
私は風が腐臭を巻き上げる事に顔を顰めつつ屈むと、足鎧に触れて、浮かび上がる文様を確かめ安堵した。風の加護は使えそう、これで火星に行くには問題はなさそうだ。
そう安堵する私の側で、慌てた様子でヒューゴーが口を挟んだ。
「待てよアイツを一人で行かせる気なのか?奴らが下りてきた所を狙い撃つとかじゃ駄目なのかよ」
「ふむ、ならばヒューゴー殿は敵がわざわざ降りて来てくれるとでも?」
必死に訴えるヒューゴーだったが短くうめき声をあげると、表情が一瞬で固まった。
ヒューゴーは肩を落とすも、視線を落としてヤスベーさんの足を目にして苦笑する。
その訳を探れば、苦手な高所を思い浮かべたのかヤスベーさんの足が震えていた。
「ヤスベー、アタシも体が全快とは言えない、だから此処は色々と頼りにするからね」
「・・・任されよ」
息がぴったりの様子で二人は私達に背を向けたまま、振り返りもせずに各々の得物を構える。
その理由は再生する屍人達の悍ましい姿だった。
徐々に人型を取り戻そうとする屍人を眉を顰めながら見てしゃがみ込むと、コウギョクは私と目が合うなり扇を口元から外すと生暖かい目でこちらを見てくる。
「ふむぅ、妾は二人に代わってアメリアたちの健闘を祈るぞ」
何処か安堵したようで興味なさげな言うと、やれやれと肩を竦めてヤスベーさん達の方を向き、背を向ける。然し、その穏やかに揺れる尻尾をヒューゴーは鷲掴みにした。
「何を言ってやがる、お前も来るんだよ!あいら、二人で十分だって言ってんだろ?」
「・・・うぐぐ、何故にか弱い乙女の妾が肉体労働など無理じゃー!」
コウギョクは拒絶し、尻尾を掴んだヒューゴーの手を逃れると体を勢い良く捻るとヒューゴーの顔面に扇を顔面に叩きつけた。
然し、ヒューゴーも負けっぱなしではない、怒り任せに再びコウギョクの尻尾を掴み引き留めた。
「このバカ狐、どっちみち楽な方なんてねぇんだよ!」
小柄な二人を喧嘩が終わるの待つ謂れは無い、正直言って戦力は多いい方が良いので二人を参戦させるべく、早々にこの兄妹喧嘩もどきを注視してもらう事にした。
「私に妙案があります」
私に笑顔で頭を掴まれた二人は怯えた顔で此方を見上げていた。
如何やら怒声を浴びる事には慣れているが、静かに怒られるのは怖いらしい。
「へぇ・・・面白そうだね」
ザイラさんは少し怪訝そうにしながらも興味深げに私を見た後、ヒューゴーとコウギョクへと視線を向ける。それにヤスベーさんは静かに頷いた。
流石にヒューゴーは腹を括ったのか肩を竦めながら鼻を鳴らすと苦笑する。
「まあ良いぜ・・・俺には弓が有るしな」
「え、いやいや、待て妾は・・・」
「いい加減にしな、ただでさえ術が有り余ってんだろ?活用しないでどうすんだい?まあ・・・あの高度で戦うのにヤスベーは向いていないだろうし、アタシに関しては翼がこんなだしさ」
コウギョクはザイラさんに諭された挙句、ヤスベーさんに助けを求めるも黙って見つめられるのみで得られず、観念してガクリと肩を落とした。
「アメリア殿、して妙案とは?」
「簡潔に言うと、二人を抱えて飛びます」
簡潔すぎるとヤスベーさんは困惑し、ザイラさんも頭を捻るが諦め、屍人の声に考えるのを止めて私達に背を向けた。
踏ん切りをつけた理由は明らか、気が付けば屍人に周囲を囲まれており、その一部は封印の方へ向かっているからだろう。
「ここの守護者は本当にだらしがないね。この手の獲物を狩るなら完膚なきまでに磨り潰し・・・焼き払う!」
「ささっ、此処は拙者達に任せ、上層へ参られよ」
頼もしい二人の背中に見送られ、私は困惑するヒューゴーと、飛ぶと聞いて目を輝かせるコウギョクを背負い、風の精霊紋に魔力を込める。
それに呼応するかのように冷たい足鎧に翡翠色の風の精霊紋が浮かび上がるとヒューゴーとコウギョクに呼びかけた。
「コウギョクにヒューゴー、今から飛ぶから私に掴まって」
「待て!本当に飛ぶのかよ?!」
やはり、翼がない人物が飛ぶと言った所で理解ができないらしい。
そんなヒューゴーの背中を扇で引っ叩き、コウギョクは扇で口元を隠しつつ眉間に皺を寄せて睨んだ。
「この間抜けめ!こー言うのはノリじゃ、さっさとせい!」
飛ぶと言ったらそのままだろうと急かすコウギョクに困惑しつつも、ヒューゴーはコウギョクと共に私の背中にしがみ付いてくれた。
「蔓を登る事を思えば救われた気分じゃ。ほれ、善は急げじゃ!!」
「おい、舌を噛むから口を閉じておけ」
レックスがそう注意をした途端、耳元で聞こえていたコウギョクの声が一瞬で止まる。
緊張からか二人の心臓の鼓動が背中から伝わってくる、二人が確りとしがみ付くのを確認すると足鎧に手を添えて詠唱を始めた。
「雄大なる空を支配する風にて 精霊を統べし王よ 我等に天駆ける加護を【風の加護】!」
髪が足元から吹き上げた風により舞い上がり、それが旋風へと変わるとヒューゴー達の重みも物ともせずに体が徐々に床から離れていく。
ヤスベーさんとザイラさんの活躍に交じり、捲し立てるように聞こえる屍人のうめき声と滑り気を帯びた足音。
「ひいぃぃっ!」
「あはは、実に愉快じゃー!ふっぐっ!」
然し、不安を煽るそれは急激に飛翔した瞬間、ヒューゴーとコウギョクの悲鳴交じりの歓声により一瞬で搔き消されるのだった。
守護者とカルメンの姿を求めて何度目だろうか、細い木の幹のような蔓を合間を潜り抜けた所で漸く、その姿を発見した。
絡み合いう蔓に身を潜め、機会を見計らう事にした所で相も変わらずのコウギョク節が炸裂した。
「さあ此の妾が手助けをしてやるのじゃ。臆せず威風堂々、守護者とやらに恩を売りに行くと良いぞ」
本当に、その上から目線と自信は何処から来るのやら。
適当にコウギョクの事を受け流すことにしつつ、先の事を考えて二人に忠告をした。
「うんうん、二人を信頼しているからね。でも、自身の命を最優先にすることを忘れずにね」
「あい、承知した」
「おう!」
精霊王様に選ばれた守護者と元闇の巫女の戦いか、そんな事を思い浮かべつつ、丸太の様な太さの物が何本も絡み合う蔓の上を走りだした。
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後方の二人が散開するのを確認すると中央に向かい蔓の上を走り抜ける。
上空から一際、激しい衝突音と響くと同時に空気が震え、蔓はしなり弾けると同時に踏み止まるのが難しいほどの突風が押し寄せて来た。
堪らず蔓に剣を突き立てると、多く破片と共に視界を巨大な赤い尾羽が埋め尽くす。
「・・・っ!」
驚愕のあまり声を失うも、落下する守護者の姿を目にするや否や剣を引き抜き後方へ飛ぶと、踵を返しては振り返りはせず壁際まで無我夢中で走り抜けた。
足場となっている蔓が守護者を受け止め、その衝撃と重量に耐えられず上げる悲鳴のような音をたてて大きくしなる。
壁にたどり着いた所で中央へ視線を向けると、守護者を追撃するカルメンの姿が飛び込んできた。
迷いなく壁を蹴ると、風の加護を生かしながらカルメンの前へ躍り出ると大鎌を剣で薙ぎ払う。
重量感のある金属音、カルメンの怒りに染まる顔に満足すると足止めされたカルメンの標的は私へと移った。
大きく翼を羽ばたかせると身を捩り大鎌が私を排除しようと振り下ろされる。
感情の昂ぶりにより鈍る軌道を読み薙ぎ払うが、踏ん張りがきかず思うように払い除ける事は難しい。
おまけに浮力が落ち降下し始めたりと体制を余儀なくされる事態に。
如何にか足場を見つけ、そこにカルメンを誘い込まなくては・・・
カルメンは此方を見下ろし鼻で笑うと、翼で風を切り大鎌を握りしめ接近してきた。
「どきなさい、あのガルーダはアタシが狩るわ。それと、あのウサギが遂行しようとしている企て阻害しない事ね、不完全な世界を維持する事こそ破滅を生むだけよ」
守護者の名前を知ると同時に耳にした言葉は不可解なものだった。
不完全な世界と言う言葉が妙に引っかかる。
気が付けばカルメンの大鎌が喉元へと迫っていた。
思わず息をのむと同時に、カルメンは一本の弓に腕を貫かれ仰け反った。
つい直前まで余裕の笑みは消失し、カルメンの顔が苦痛に歪む。
「う・・・ぐっ!」
何処にいるか判らないヒューゴーに感謝しつつ、大鎌を退けた隙に足場を探し目を配る。
カルメンの言葉は邪神側の認識によるもの、それに惑わされる訳にはいかない。
そして運が良い、蔓の上に着地できた。
「・・・そんな話に惑わされないわ」
視線を逸らさずゆっくりと蔦を踏みしめ静かに剣を構える。
カルメンは冷淡に私を見下ろすと、面倒くさそうに髪を搔き上げ大鎌を握りしめ睨みつけて来た。
「アンタのせいでガルーダを見失ったわ。アンタがどう受け止めようと知った話じゃないけど・・・大人しくしていて貰えるかしら?」
「・・・見失った?」
驚き足元へ視線を向ければ、眼下には幾重にも絡まる蔓と世界樹の形の封印の岩。
墜落した形跡もなければ当然、あの巨体を隠す場所など無い。
一体、何処に行ったのだろうか。
思案する中、突然として目の前の空間が歪むと白い一本の腕が現れ一瞬の内にカルメンを捕らえる。
カルメンが抗おうとすると、鈍い音をたて容赦なく壁に叩きつけた。
僅かに壁が崩れる音すら聞こえる静寂と緊張の中、似た記憶が幾つか蘇る。
何時かの妖精が見せてくれた時空移動、そして此の塔に強引に潜入した時と此の腕がガルーダの物であると確信すると同時に恐怖した。
ぐったりと血を流し意識を失ったままのカルメンを握りしめ、煌びやかな冠を頭に被る風の守護者ガルーダは頭からゆっくりと姿を現すと、次の瞬間にはその右腕は私を狙い襲い掛かってくる。
やはり私も封印を脅かす邪神の信徒と認識されているらしい。
襲い掛かる手を見つめ、蔓を思い切り蹴り飛翔すれば代わりに蔓が握り潰されるが、その瞳は逃さないと言わんばかりに私を捉える。
それにすっかり気を取られると、一瞬で赤い翼を羽搏かせ此方へ接近し、食らいつかんばかりに嘴が開かれた。
「なぁにをボーっとしておるのじゃ!逃げよ!」
コウギョクの鋭い叫び声がした次の瞬間に光る木の葉が舞い、ガルーダの視界を塞いだ。
それを利用して更に高く飛翔するが、新たな蔓の上に足を付けた所で木の葉は吹き飛び、ガルーダは変わらずカルメンを握りしめたまま此方へと接近してくる。
赤い翼が風を仰ぎ、生み出された旋風は薄い鋼の様に鋭い羽を巻き込み、逃げる私を追跡しながら蔓へと突き刺さっていく。
それは懲りる事無く執拗に繰り返されていたが、突如としてそれはピタリと止んだ。
周囲には絡み合いながら塔の内部を這う蔓のみ、再び気味が悪いほどの静寂が訪れる。
「陰湿な輩は好かんが、得物を追い詰めるには常套手段じゃのう」
絡み合い壁の様な形状の蔓の隙間から緊張の面持ちでコウギョクは慎重に姿を現す。
「守護者って何で、こうも揃って話し合いができないのかしらね」
「魔族達の得意とする術を踏まえれば至極当然じゃろ」
黒魔術、こっちで言う神術を考慮すれば当然とコウギョクは言う。
そこで私達の話を断ち切るように、見覚えがある一本の矢がコウギョクの目の前を貫くように飛んでいった。
その矢はヒューゴーによるもの、その矢は確かに刺さったにも限らず、ずぶずぶと壁が液体のように波紋を広げ飲み込まれていった。
「やはり、来るわっ!」
「むむっ、やはり会話が成り立たないと言う点には同意しよう」
コウギョクは若干苛立ちながらそう言うと深く頷いた。
扇に剣、私達は各々武器を手に応戦しようと待ち構えるが、想像を上回る動きを見せられた。
後方から鉤爪が付いた巨大な四本指の足が出現し、私ではなくコウギョクを捕えようと襲い掛かる。
咄嗟に放たれたキツネビも威嚇にしかならず、狭い足場の上でコウギョクは捕えられようとしていた。
「ごめん!」
私は蔓の上を駆け、コウギョクを攫おうとするガルーダの足を切りつける。
負傷しガルーダも怯んだかに見えたが、それは私の慢心に過ぎなかった。
背後から体を鷲掴みされる、そう思い必死に庇ったがコウギョクは囮であり、標的は始めから私だった。
「くっ・・・」
乱暴に鉤爪が付いた足が私を握りしめる。
コウギョクの無事を確認し安堵したところで、何時までもカルメンの様な仕打ちは行われず、私はガルーダーにより壁の中へ引きずり込まれていく。
「アメリア、何てことじゃ!今すぐ・・・」
コウギョクの必死な叫び声が段々と聞こえなくなっていく。
眩暈に襲われるような不快な空間移動、風の精霊王様もとんでもない選定をした物だと感心よりも、私の中では憤りが勝っていた。
本日も当作品を最後まで読んでいただき誠にありがとうございます。
今週は本当に遅くなってしまい、大変申し訳ございません。
心より反省しておりますので、宜しければ今後も当作品を読んで頂けたら幸いです。
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次週こそ無事投稿できれば1月27日20時に更新いたします。




