第43話 怪鳥の守護者ー邪なる神の監獄編
塔を後にした後、ザイラさんに力を借してもらい、丸太の様に太い円柱状の魔結晶を供橋の前へと移動させた。
対岸までは目測で数メトル、塔が建つこの一角の土台は岩場になっており、新たに橋を作るには問題ない。ただ、それに必要となる魔力が足りるかどうかが問題だ。
そこで頼りになりそうなのはコウギョクと言う事で機体の眼差しを送るも、当の本人はまたもや興味無さげに好物のオアゲを弁当代わりに噛み締め、うっとりと味わっている。
コウギョクを皆と呆れ気味に見つめると、視線が刺さり気が付いたのか取り上げられまいと尻尾を膨らませ威嚇してきた。
「いや、そうじゃないから。ともかく、口の中の物を何とかしなよ」
私は頬を膨らませ睨む姿に苦笑した。
然し、もぐもぐと咀嚼しながら此方を睨んでいたがコウギョクは訳が分からないといった様子で小首を捻った。
ここで漸く、ヤスベーさんは周囲と私達とコウギョクの睨み合いを見て原因を察したのか、慌てて仲裁に入ってきた。そして、まさかの発言により希望はもろく崩れるのだった。
「何かと思いきや、コウギョク殿は魔力を保有しおらぬぞ?」
「はぁ?」
驚きのあまり思わず気が抜けた声をあげてしまった。
数々の術を見せられていたので魔力を使用しているのだと思い込んでいたらしい。
皆で顔を合わせ首をひねる姿を目にしたコウギョクはオアゲを慌てて咀嚼すると、何処か安堵したような表情を浮かべるとまるで他人事のように鼻で笑うと、残りのオアゲを口へ放り込んだ。
「うむ、妖力じゃ。残念だったかの?まあ・・・妾の分も魔力とやらを絞り出して立派な橋を建てよ、期待してえっ、ゴホゴホっ!!」
大いに咽込んだコウギョクだったがザイラさんに背中を摩ってもらった直後、力が強すぎたのか前のめりに倒れこみうつ伏せ状態で地面に押し付けられた。
その光栄に青ざめる私達にザイラさんは気付く事無く、口元から白い牙を覗かせ申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「あー・・・皆、うちのキツネ娘が悪いね!」
代わりザイラさんが謝って来たが、それよりもコウギョクの安否の方が気がかりで仕方がない。
「いえ、何かもう慣れました・・・」
ザイラさんに押さえつけられたままのコウギョクは必死に腕で上半身を持ち上げようともがいている。
此れは素で気付いていないのか、それとも罰を与えているつもりなら、やり過ぎでは無いかと思う。
コウギョクを助けようと口を開きかけた所で、ザイラさんの大声に遮られた。
「そうかい!それじゃあ、ぐだぐだしてないで魔結晶で橋を造っちまおうじゃないか。本来ならこの翼で、ひとっ飛びなんだけどな」
ザイラさんは明るく振舞いつつ自嘲気味に笑う、落ち込み半分悔しさ半分といった所だろうか。
それは置いといて、このままでは見るに堪えない。
指摘しようと一歩踏み出すと、地面に這いつくばりながら逃れようとするコウギョクの姿を見たヒューゴーはザイラさんの腕を掴み大声をあげた。
「それより、頭を放してやれよ・・・!」
叫び終えると本人は呆れ、困惑するザイラさんだったが慌てて視線を落とし、叫びながら大袈裟に領でを振り上げていた。如何やら本気で忘れてたらしい。
「うわああ!ごめんよ!」
そんな慌ただしい現状に、私はヤスベーさんと共に首を捻りながら呻く。
こうなれば、私達で出せるだけ魔力を魔結晶へ供給すべきだけど、本当に打つ手なしなのだろうか。
考え込みながらも視線だけは動かすと、見覚えのある飛行体が暢気に周囲を飛んでいたので私はその小さな体を素早く掴んだ。
支援する為とわざわざ送り込んではくれたが、此れと言って活躍が無い。
そんな飛行体もとい、人工妖精のレックスを見つめる内に妙案が浮かんだ。
「・・・そう言えば良い供給係が居たわ」
皆の姿を見回し戸惑うレックスを他所に、他の仲間達の顔が一瞬で明るくなる。
ヤスベーさんは私に握られたままのレックスに顔を近づけ期待に目を輝かせた。
「そうか、レックス殿!可能であれば是非、お力添えを頂きたい!」
こんな中、期待が重かったのかレックスは脂汗をかくと大きな溜息をつく仕草をして肩を竦めると、覚悟を決めた様子だが、困り顔で肩を竦める。
「・・・解った。何処まで人工妖精を通じてとなると如何ほどかだが、皆も無理しないようにな」
一同で魔力を注ぎ始めると、琥珀色の魔結晶は土台となる岩場と一体化し、そこから対岸へと同質の岩を生み出しながら伸びていく。
魔力をごっそりと持って行かれたが対岸まで橋を渡せて良かった、ただし擦れ違いが出来ない程の細い一本橋でなければ。
当然の如く、尻込みをする面子が居たが、此処でザイラさんの存在が大いにありがたかった。
「か・・・かたじけない」
「まあ、運ぶのは問題ないさ。た、ただ、成人男性を小脇に抱えて走る事になるとは思わなかったよ」
ザイラさんは苦笑しながら地面に腰を下ろし、青褪めながら無理やり笑顔を作るヤスベーさんを見つめる。
そんな傍らには当然、爆笑するコウギョクとヒューゴーではなく、失望から唖然とする二人がいた。
そんな中、魔力キューブを口にする私に対し、レックスが目前の光景を眺めながら呟く。
「これは、相手を見縊っていたな・・・」
二股に分かれた分岐路、一方の供橋がまたもや崩れ落ちていた。
直前に見たレオポルトの術による物だろう、崩れた石煉瓦が砂となり谷底へとサラサラと落ちていく。
追跡される事も織り込み済みと言う訳ね。
「・・・でも、レオポルト達の向かった方向は解ったし、敵は一組だけじゃないし道が断たれた訳じゃないわ」
またもや途切れた先には橙色の何かが隙間から覗く赤茶色の塔と、そこから吹き出す炎が見える所から、どの守護者に護られてるかは明白。
見るだけでも過酷そうな塔であるが、封印の安否を鑑みると心が逸るが、土の魔結晶も小指程の大きさになるまで消耗してしまったので二架目は無いだろう。
それに、敵は何もレオポルト達だけではない。
カルメン達の事が頭に過るも、私は残る橋の先に聳え立つ異様に派手な塔に目を奪われていた。それは一言で例えるのであれば黄金の槍。
金の装飾を施された尖った屋根、そこから下層へと伸びる細工の間からは植物の蔓が伸びて花を咲かせており、白地の壁に赤と紺と言う対照的な色を使った文様が画かれている。
段々と美しいとさえ思えてきたが、近づくにつれて塔の装飾に風の精霊紋を発見した。
「罠も無ければ、扉も無ぇ・・・どうなってんだ?」
ヒューゴーは壁をベタベタと触ったかと思うと溜息をつき、蔦を掻き分けては首を捻る。
確かに目につくのは蔓、白と赤と紺の目立つ色の壁、ヒューゴーが苦戦しているのを見て全員で扉を探す事に。
「無いなんて事はないでしょ・・・ん?」
皆で無言で探る内に妙な金属音が鼓膜を突く。
何かと視線を向ければ、ヒューゴーは短剣を金の装飾に差し込み、鞘で柄頭を鑿の様に打ち付けている。こんな時に金剥ぎか。
「何だよ!ここ浮いていて取りやすそうだし、少しぐらい許されるだろ?」
この悪行に気付き、呆れていたのは私だけではなく、じっとりとコウギョクはヒューゴーへ怪訝そうな視線を送っていたかと思うと扇を閉じ口を開いた。
「良いぞ!妾が許可しようぞ!」
目を爛々と輝かせ、我が魔物顔で窃盗を支持するコウギョク。
それを側で見ていたヤスベーさんは扉を探す手を止め、慌ててヒューゴーの腕を掴もうと手を伸ばす。
「待てまて、許可はするとかの問題ではござらん!」
キンキンと響く金属音にヤスベーさんの視線はすっかりヒューゴーに向いてしまっている。
コウギョクは目の前を通り過ぎるヤスベーさんを目にすると悪い顔を浮かべ、扇をパタリと開く。
それを一扇ぎすると落ちた二枚の木の葉が姿を変え、現れた二頭の子狐がヤスベーさんの足をすくった。
ヤスベーさんの体制は崩れ、低く間抜けな呻き声をあげながら倒れかけるが流石と言うか咄嗟に塔を這う蔦を掴むと必死な顔で転倒を防いだ。
「おっせーよ団長!」
ヒューゴーの手には金の鳥人族の彫刻、煌びやかな衣装をまとう神秘的な姿のそれをしたり顔で見せつける姿にヤスベーさんよりも早く油断した背中側から手を伸ばし取り上げた。
「何にしても盗むなんて信じられないわ」
改めて彫刻を見ると独特な雰囲気の装飾だ、そもそもこれを持ち帰った所でどこで売るつもりなのだろうかと呆れてしまう。
コウギョクは既にヤスベーさんに説教をされている様だが、当の本人は納得がいっていないようだ。
注意をして早々、ヒューゴーの手が彫刻を掠め取ろうと伸びてくるので奪われまいと腕を上げると、何とも図々しい物言いが返ってくる。
「うるせーな!それは俺のだ・・・ぞ?」
苛立つヒューゴーの声は先細り、私などに目もくれず金の彫刻を奪おうと必死に腕を伸ばす手が止まった。その視線を辿ると彫刻でも私でも無く、その背後に向いている事に気付く。
驚愕に染まるその顔に若干、疑念を禁じ得ないが注意をしながらゆっくりと視線を逸らした。
「アメリア殿!?」
ヤスベーさんの名前を呼ぶ声に迷わず振り返ると、当の外壁が水面を揺らす波のように歪み、長い爪をもつ白い腕が彫刻を奪い取った。
「・・・え?」
意表を突かれ、訳も分からず僅かに驚きの声を漏らすと、一瞬で彫刻は壁の中へと取り込まれ、代わりに白い羽毛に赤い瞳を持ち、頭には煌びやかな金の冠を被る鳥人が顔を覗かせる。
鳥人と称したが勿論、その頭だけでも人の比ではなく小型の竜ほど、それは此方を一瞥すると憎らし気に私達を睨み吐き捨てるように呟いた。
「薄汚い鼠どもめ・・・」
心底煙たいと言わんばかりの呟き、その猛禽類の鋭い嘴からは肉食種の様な牙が覗いており、ギョロリとゆっくりと動く眼球が私を捉えた。
「去ねっ!」
そう吠える様な一言と同時に風が巻き起こったかと思うと、立つことが難しいほどの風圧が私達を襲う。
仰け反る体を地面に剣を突き立て留めると、コウギョクにヒューゴーとレックスの三人が私にしがみつく。
それだけの人数の負荷が加われば当然、剣による抑えも利かなくなるのは当然。
同じくカタナで風を堪えるヤスベーさんも見る限りでは状況は一緒、風を如何にかしなければ・・・
「コウギョク、一瞬で良いからアイツの目を眩まして」
「む、何と無茶な・・・・何を企んでいるのか知らぬが失敗しても責めてくれるなよ!」
コウギョクは不満を口にしつつも、ゆっくりと扇を正面に向けて突き出すと青白い火塊を放った。
火は相手の目前まで迫ると、風に吹き飛ばされ煙を上げ視界を奪う。
「ザイラさん!」
名前を突然よばれてザイラさんは一瞬、目を見開くが直ぐにニヤリとほくそ笑むと、風に逆らい駆け出し相手の嘴を腕で挟み締めあげた。
「御二人とも助かりました!」
風が止み一息を突いたのも束の間、したり顔を浮かべるザイラさんの顔は崩れ、鳥人は塔の中に戻っていく。
「逃げる気だぞ、踏ん張れよザイラ!」
ヒューゴーが焦った口調で叫ぶ。
「解ってる!」
ザイラさんは必死に堪えるも、鳥人は出て来た時と同様に壁が歪み、そこに巻き込まれ吞まれていく。
これは、壁自身が動いている訳でも幻覚で見せかけている訳でもない。
肩に摑まるレックスはその光景を興味深げに眺める。
「これは珍しい、妖精以外でこんな芸当ができるものがいるとは」
何を感動しているのか不明だったが、思考を巡らせるとエリン・ラスガレンで出会ったとある妖精が思い浮かんだ。
「空間を歪めているのは解ったけど、暢気な事を言っていられないわ」
扉も発見できていないし、如何にかしてこの事態を治める為にも此奴から場所を訊き出したいところだが、そうも行きそうにない。
私とヤスベーさんは嘴を掴んだまま強引に引きずり込まれているザイラさんの腕を引っ張り石畳を踏みしめた。
「ふぬっ!ザイラ殿、手を!手を離すでござる!」
ヤスベーさんはザイラさんが壁に呑みこまれないよう引っ張るが、手を離したところで相手も手ごわく、体は半分近く吞まれてしまっていた。
「駄目だ!悪いが皆は此処で退いておくれ」
ずるずると引き摺られるばかりの私達を見て自棄になったのか、珍しく弱気な発言をするザイラさん。
然し、誰もがそれを許さなかった。
「お主!何時もの怪力はどうしたのじゃ!お主の唯一の取柄じゃろうが」
「唯一って何だい!ちんちくりんキツネ!」
「お?お?やんのかえ?やんのかえ?」
コウギョクに煽られたおかげか、外側に引っ張る力は幾らか強まったが、それでも抜け出すには至らない。これに痺れを切らしたヒューゴーが愚痴をこぼしだした。
「つーか、俺たち中に入んなきゃなんねーのに何でこんな所で足を取られてんだよ」
ヒューゴーの愚痴を耳にするまで当初の目的を忘れていたなんてと失望すると同時に、単純な事を失念していた事に気が付く。
「塔の中・・・良いじゃない。このまま連れって行って貰いましょ」
これに対する反論こそないが、目に映る皆の顔で心中は察し余りある。
同意を確認した直後にレックスが皆の顔を見ながら一言添えてきた。
「何処に出るかは覚悟する必要があるが、ザイラを離すなよ」
実際、連れ去ろうと言う悪意が相手に有る所から何処に飛ばされようと可笑しくはない。
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壁に呑まれる、相も変わらず空間を潜り抜ける事には慣れない。
様々な光景が歪んだ視界に映る、自分が何処にいるのか解らなくなる気色悪い感覚に溺れそうになった所で、急に体が軽くなった。
瞼から漏れる光に目を開き、見上げる視界に映るのはザイラさんの体を鷲掴みする、頭と足が鳥人で体のみが人族と言う赤い翼を持つ金の装飾を着飾った怪鳥の姿だった。
間違いない、この怪鳥がこの塔の守護者だ。
守護者は何かを警戒、もしくは探すように塔の中を旋回している。
眼下には無数の蔓が絡み合うように伸びており、封印の要となる岩は今までと違い、世界樹の姿を模していた。
此処は風の守護者が護る塔で間違いない、そして足場は十分。
「レックス、黙って皆を護って」
「・・・解った」
人工妖精を通してのやり取りなので伝わったかは不明だが、私は何も言わず頷いたレックスを信じ、深呼吸をした。
「聞いて、私達は魔族の仲間じゃないわ」
これは駄目で元々、私の声に赤く大きな瞳が向いたと思いきや、守護者は私達を掴んだまま急降下を始めた。風を受けてコウギョク、それに続きヒューゴーが振り落とされていく。
肩にしがみ付きながら何かを唱えるレックスを手で押さえていると、銀色の粉が周囲に撒かれた。
地上から伸びた幹の様に太い根を何本も折りながら降下する守護者についにはザイラさんごと空中へ放り出される。
このまま何処かに引っかかれば良い所と思った所だった、まるで水中の様な浮遊感に驚く私に何処か得意げな人工妖精。
ヤスベーさん達が困惑しながら降りていく姿が目に留まった、まるで溺れている様な姿に気を取られていると、強い腐臭が鼻腔を襲った。
「やはり、来ていたようでござるな」
ヤスベーさんは屍人の残骸と、封印の側に突き刺さる数多の赤い翼を見て顔を顰める。
これで何者のが訪れているのか察したのだろう、そんな私達の胸中に平穏は訪れはしなかったのだ。
窓もなく密閉空間にも関わらず、激しい金属音と同時に塔内に強風が吹き荒れる。
「いえ、それどころか絶賛交戦中よ」
激しく羽ばたく黒と赤の翼、私達を壁に叩きつけるような旋風が巻き起こる。
その正体は守護者に一切の恐れを抱かずに大鎌を交え、錐揉み状に羽ばたきながら天井へと昇る守護者とカルメンだった。
本日も当作品を最後まで読んでいただき誠にありがとうございました。
今回は一日、更新が遅れてしまい約束を守れず申し訳ございません。
宜しければ本年も何卒、当作品を宜しくお願いいたします(m。_。)m
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次回こそ無事に投稿できれば1月20日20時に更新いたします。




