第41話 置き土産ー邪なる神の監獄編
塔の中は先程ま疑心暗鬼による厳しい争いが繰り返されていたとは思えない程、穏やかな時を迎えていた。
リヴァイアサンの心象に伴い荒れ狂っていた水面は魔結晶の人工的な光照らされながら、ゆらゆらと穏やか揺れ、神秘的とすら感じさせられる。
それに反して私の心は穏やかじゃない。
元の世界に戻らなくてはと言う一心で参加した遊戯と言う罠にはまり、邪神カーリマンの復活に加担させられていたと知ってしまったからだ。
まあ、これに関しては今後の私達の行動次第だと思う。
ただ、仲間どうしの価値観の違いが軋轢を生じさせてしまった事が専らの問題だった。
「ふむ・・・情けをかけて良いのやらじゃが、薬よか早かろうて」
リヴァイアサンに壁に叩き付けられ負傷したウンベルトさんをコウギョクは苦々しい複雑な表情を浮かべるが躊躇を止めて治癒術をかけた後、自身の判断の正当性に悩み首を捻っていた。
その懸念は恐らく、先程目の当たりにしたウンベルトさんの行為や発言に対する物だろう。
そうとはいえウンベルトさんも怪我人、今は戦力として考えていないが、同行するうえで何れは問題が生じるだろう。
納得されない可能性が有るが、此処は本人の身を案じて馬車で待機して貰おう。
「ザイラさん申し訳ないのですけど、ウンベルトさんを馬車に送り届けて頂けないでしょうか?」
つい先程の事で竜化など無理を言っているとは承知しているが、想像を超える露骨な拒絶の表情を向けられてしまった。
「あんたねぇ・・・」
呆れとも怒りともとれるが、ザイラさんは頭を抱えだすと思いを口には出さずに思案しだす。
気持ちは尤もなので頭を何度も下げ、祈る様に頼み込んだ所でヤスベーさんが助け舟を出してくれた。
「ふむ・・・幾ら先程の事が有れど、重傷者を連れ回したり放置する事は人道に反する。如何か拙者に免じて今一度頼めないだろうか?」
ヤスベーさんは落ち着いた口調で誠実に説得を試みてくれたが、ザイラさんの方は暫し呆然とした後に首を横に振った。
「今後の為にもと思ったけど、まあ解った。優しい団長に免じて連れて行ってやるよ」
何か不穏な言葉が混ぜながら煙たそうに私達を見ると、溜息をつきつつもウンベルトさんを軽々と抱き上げる。何と言うか、この光景には流石としか言いようがない。
リヴァイアサンは私達のやりとりを複雑そうな顔で眺めていたが、突如として鉄扉が出現、ザイラさんは其れを押し開け颯爽と外へ出ていった。
「アメリアよ・・・」
ヤスベーさん達も後を追おうとする中、リヴァイアサンに名前を呼ばれた気がした。
振り返ると頭上から海の様に青く透き通った美しい何かが一枚、私に向けて落ちて来る。
思わずそれに手を伸ばし、掴み取るとそれは掌二つ分程の大きさの鱗だった。
「それは、餞別だ。此処では鱗を模っているが、我の力が及ばぬ場に出れば魔結晶へと戻る。これは邪なる神の信徒には扱えぬ、女神の徒よ賢く使えよ」
「はい、ありがとうございます!」
貴重な贈り物を受け取り、笑顔でお礼を口にしたのも束の間、視界が白んだかと思えば気がつくと私は鱗だった物を握りしめて仲間達の数メトル背後の塔の前に立っていた。
振り返ると、ザイラさん達が通った筈の鉄扉は跡形もない。
けれども手には先程と違い、硬質でずしりと重量を感じさせる楕円形の水の魔結晶が握られている。
魔結晶は異界人には使えないのか・・・
物思い耽り、鱗だった魔結晶を見つめていると、何だかヤスベーさん達の様子が騒がしくなっていた。
「はあ・・・まったく仕方がないね。ほら、服と鎧を受け取っておくれよ」
ザイラさんは不満を漏らしながらヤスベーさんに愛用の大槌を押し付けると、塔の陰に身を隠し、次々と鎧や服を脱ぎ捨てていく。
私は鱗を腰鞄に忍ばせると、ザイラさんが雑に脱ぎ捨てる服や鎧を拾い上げる手伝いをする事にした。
下着などがヤスベーさん達の目に触れる事に関してザイラさんはあまりに無頓着だからだ。
暫くすると、ザイラさんは何かを思いついたように大声を上げた。
「あ!・・・幾らアタシが脱いでいるからと言って覗くんじゃないよ」
「し、失敬な、拙者はその様な不埒な事はせぬ!」
「そうだ!色気も無い、唯の筋肉の塊なんて見ようと思わねえよ」
解りやすく動揺するヤスベーさんに便乗し、ヒューゴーは潔白を証明しようとするが、やはりその物言いが悪かった。
一気に場の空気が凍り付いた事に彼ヒューゴーが気付いた時は既に遅し、竜化したザイラさんはヒューゴーに向けて鋭い牙が並ぶ咢を開いては火花を散らせ、大きく胸部を膨らませた。
「愚か者めが・・・」
「ひっ、口が滑っただけじゃねぇかよ」
コウギョクはザイラさんに怯え、腰を抜かすヒューゴーを冷めた目で見ては鼻で笑う。
然し、辺りは炎ではなく、ザイラさんの吐息と言う建前の熱風だった。
熱さに悶えながら床を木の葉の様に転がるヒューゴー、ザイラさんなりの仕返しだと解るが、私達まで少し煽りを受けてしまった。
ザイラさんは後ろ足で優しくウンベルトさんを掴むと飛翔する。
「ち、畜生!覚えていろよな!」
そんなヒューゴーの負け惜しみも、お腹を抱えて笑うコウギョクの笑い声も空に溶けていく。
間も無くして、入り口が見つかったとザイラさんによる報せが入る。
ザイラさんは翼を大きく羽ばたかせると、そのまま風をつかんで飛んで行く。
視界に映る姿が小さくなり、そろそろ外に出るのではと思った所で黒い光が瞬き、ザイラさんの巨躯は弾かれて煙を上げながら墜落していった。
「ザイラさん!!」
誰もが突然の衝撃の光景に激しく動揺する中、意を決して塔同士を繋ぐ供橋を私達は落ちていくザイラさん目にしながら必死に駆け抜けた。
狼煙のように上がる細い幾筋もの煙を目指すと、ザイラさんは別の塔を囲む広場に運良く落ちていたが、その傍らに見覚えのある人影を発見し、私達は足を止めた。
倒れたまま動かないザイラさんと、その足の指の間からよろよろと這い出るウンベルトさん。
直ぐにでも助けに行きたいが現状は儘ならない、理由は二人が落ちて来た事に驚愕するレオポルトを含む傷だらけのオディウム兵が四名、私達の間に立っていたからだ。
それを見たコウギョクは間近に聳え立つ塔を見上げては渋い表情を浮かべる。
「まあ、奴等も痛い目に遭った様じゃの。されど、塔の方は大丈夫じゃろうか?」
「・・・それは、訊き出すしかないわ」
パヴォールの言う鍵とは、異界と言う監獄に封じられた邪神を封じる守護者だった。
コウギョクが心配する気持ちは理解できるが、目につく限りで判断するのは情報が不十分、簡単に見る限りではオディウム側の勝ち戦であったようだけど。
どの兵士もレオポルトと同様の筋肉質の単眼族の男性で、一人は丸太の様な大きさの琥珀色の魔結晶を担いでいた。何て大きな魔結晶なの・・・
不吉な予感に私は頭を振った。
「今頃来るとは随分とのんびりしているな。此処は悪いが既に俺達が制圧済みだ。今から其処の魔物で昼餉にするんだが食うか?」
魔物とはザイラさんの事だろうか、何て質の悪い冗談なのだろう。
制圧済みであると言う言葉を耳にして一瞬だけ動揺してしまったが、剣の柄を握り締め抑えると、私達はレオポルト達の誘いに乗らずに対峙する。
「・・・悪いけど、お断りするわ」
「そーか、それじゃ其処の奇妙な服の兄さんは如何だ?」
私が冷たくあしらうと、興味は別に映ったらしく、大きな目玉をぐるりと動かすとヤスベーさんを指さした。この言い草には平静を努めていたヤスベーさんも頬を引きつらせる。
自分自身で何度も身に着けている服を難しい顔をしながら確認すると、ヤスベーさんはレオポルトを睨むように眉根を寄せた。
「・・・茶番は結構でござる」
「そーかい、それじゃあ茶番は此処までだ。ほら、出せよ。持っているだろ、こー言う奴」
レオポルトは飄々と振舞うと、自身の服に手を突っ込み丸い魔結晶を取り出す。
それは拳ほどの大きさであり、色はレオポルトの配下が担いでいた巨大な魔結晶と同様の琥珀色だ。
鍵では無いが、塔の中で起きた事を容易に想像させる。
ヤスベーさんも此れには拍子抜けをした模様。さり気に考え込むふりをして口元を隠していた。
「それは何でござるか?」
「鍵に決まっているだろ。パヴォールのせいで苦労したが手に入れんたんだぜ。でだ、持っているなら寄越せ、異界人如きが持っていて良いもんじゃねぇんだよ」
如何やらレオポルトは、ヤスベーさんが惚けていると思い込んだらしい。
パヴォールへの苛立ちも加わり、レオポルトは異界人らしい高慢な態度で詰め寄った。
だからと言って本当に持っていないのだから、ヤスベーさんもそう答える外はないだろう。
「そうか、悔しいが拙者はそのような物を手にた覚えはないな」
眉尻を下げ、困り果てた表情でヤスベーさんは首を横に振る。
その態度は更にレオポルトの怒りに油を注ぐ結果を招く結果になってしまった。
「あ?つまりあれか、負傷者をだしておいて尻尾を巻いて逃げたのか。そこの爺さんも散々だな、今ならこっちに鞍替えしても良いんだぜ?」
聞くに堪えない挑発の言葉が浴びせ掛けられる、ひたすら煽り此方の心情を乱そうとするレオポルトの目論見は杖を頼りに立ち上がろうとするウンベルトさんへと飛び火する。
ウンベルトさんが振り向くと、何かを察知したのかヒューゴーが二人の間に割って入っていった。
「ふざけんな、逃げる所か仲間を減らした無能くせに自分を棚において、何をこっちの仲間を勧誘してやがる!」
ここで暴言の応酬による一悶着が起きると思いきや、私とヤスベーさんが頭を抱えた所で引き合いに出された本人の口から思いがけない声があがる。
「儂は自領を裏切ろうと一向に構わぬ。反りの合わない者どもと、これ以上の行動を共にするなど願い下げじゃ」
取り乱す私達とは裏腹にウンベルトさんは低い声で淡々とレオポルトの誘いに応じ、毛嫌いしていた回復キューブを口に放り込んだ。
暫く沈黙した後、鼻で笑うと杖を突きながらウンベルトさんはレオポルトの許へ歩みだす。
「待ってください!!」
考えが違えど負傷者を邪魔者扱いなどするつもりはない。
この遺跡を脱出する事が不可能ならば、何の話し合いも歩み寄りもせずに決裂するより、新たな方向を模索すべきと思う。
私達は敵に味方を売るような思考はしていない。
我ながらめちゃくちゃな事を考えている気がする。
私はレオポルト達を警戒しつつ剣を握りしめ、ウンベルトさんを引き留める為に走り出した。
「あーもうっ!この戯け!自身が出ていくと言うのに何で引き留めるのじゃ!ほれ、藤十郎も何か言わぬか!」
背後からコウギョクの猛抗議が聞こえてくる。
独断で行動を起こした私の勝手を諫める様に喚き立てられるが、ヤスベーさんは何も言葉も行動も起こす事は無かった。
私がウンベルトさんを引き留めようとレオポルトの前を擦り抜けようとすると、巨大な魔結晶を担いでいたレオポルトの配下の髭面の男はそれを床に放り投げる。
そのまま腕まくりをすると、向かい合う髪を逆立てた男と共に妨害しようと接近してきた。
レオポルトは失笑すると、二人を見て何かを呟き腕組み、嘘の様に落ち着きを取り戻したかと思うと二人に委ね高みの見物の姿勢を取り出した。
これは完全に揶揄われているな。
「おっと、譲った者をやっぱ無しなんて許されないぜぇ」
「そうだぜぇ、神術士はオレ達にとって貴重なんだぞぉ」
何か筋肉の塊の様な二人がニヤニヤと私を小馬鹿にしながら迫ってくる。
けれど、ウンベルトさんは神術は使うが、棒術の使い手だったような気がした。
「私は譲ったつもりは無いわ」
髭面が両腕を振り上げ、私を捕らえようと腕を伸ばしてくる。
私は覆い被さる様に迫る腕の輪を寸前で跳躍して潜り抜けると、その横面を後ろ蹴りをして猛攻を躱し再び固い床を踏んだ。
「うおおおぉぉ!!」
そこに間髪入れず、猪の如く勢いで逆毛が突進してきた。
今度は私が武器を持っている事に気付き、捕獲ではなく叩きのめしに来たらしい、胴を捻りながら腕を思い切り引き絞り固く結んだ拳を抉る様に振り上げてくる。
このまま避けても良いが、後を追われても面倒だ。
相手は完全に私を馬鹿にしている、それを利用して一人に切りつけて動揺を誘い、隙をついてウンベルトさんの許に行こう。
襲い来る剛腕と真逆に走り、擦れ違いざまに脇腹を裂く。
野太い声を上げ、痛みに悶える逆毛の横を擦り抜けると混乱は起きたが、罵詈雑言と共に地響きの様な足音が背後から迫ってくるのを感じた。
振り向けば髭面と脇腹を抑えながら追いかける逆毛、二人の顔は既に小馬鹿にすると言うより殺意に満ちている。
「さっさと気が済んだら帰って来いよ!」
ヒューゴーの声が聞こえたかと思い振り返ると、私の後を追う二人の後頭部に炸裂矢が中り爆発した。
ボンと言う破裂音と共に髭面と逆毛の体は前のめりに倒れ、鈍い音と共に焦げた臭いが鼻につく。
そこで漸く、ウンベルトさんと対面した。
「ウンベルトさん、私達は・・・」
説得しようと口を開いた所で私は言葉に詰まる。
ウンベルトさんは話し合いなどする気は微塵もなく、近づいて来た私に対して神術を詠唱していた。
僅かに逡巡するも、明確な拒絶の意志を感じて私も剣を握るやいなや、黒い影が私の視界を横切る。
それはあまりに早く、鉈で枝葉を切り落とすような軽い音がしたかと思うと、ウンベルトさんの杖がヤスベーさんのカタナにより両断されていた。
ウンベルトさんは驚きのあまり詠唱する口を止めたがると、我を取り戻し切り落とされた杖の片割れを目にして膝をつく。
「アメリア殿、撤退するでござるよ」
ヤスベーさんは私にそう呟くと、レオポルトの配下の二人も後頭部を摩りながらゆっくりと起き上がった。
「ふん・・・気が済んだか小娘」
レオポルトは酷く面倒臭そうな声でそう言うと、起き上がった配下と共にウンベルトさんに下がる様に命じ、私とヤスベーさんを見るなり嘲笑した。
するとそれにウンベルトさんが続き、此方に向けて言葉を添える。
「儂を侮るなよ異界人。疎外感など抱いても居なければ、自棄にもなっておらぬわ」
「そう言う事だ、証に服従させる効果は無い。もとより異界人などに忠誠なんて抱けねぇのよ」
レオポルトは踵を返し、私達に背を向けると配下と共に別の塔へと続く拱橋へと歩いていく。
「何を言う・・・」
ヤスベーさんは言い返そうとした所で逡巡する。
ウンベルトさんは此方を振り向くと溜息をつき、倒れているザイラさんを指さした。
「・・・とっととあの竜の娘の許へ行ったらどうじゃ」
「おい、置いて行くぞ爺」
レオポルトに乱暴に呼ばれるも、ウンベルトさんは肩を竦めつつ後を追う。
ザイラさんは意識は有るもの、未だに朦朧としているようだ。
そこにフジとツガルを連れたコウギョクが息を切らしながら駆けつける。
「ふうふう・・・ざ、ザイラは妾が何とかする。皆は奴らの後を追わぬか」
「解った、頼んだわよ!」
これは本当に助かった。
今、レオポルト達も鍵を手に入れてはいないが、ウンベルトさんの加入により気付いてしまう可能性が有る。
この現状に動揺が無い訳じゃないが、私達と同じく邪神の封印を解く駒であるレオポルト達を止める必要が有ると感じた。
「おいおい、本気かよ?!あー、ったく仕方ねぇなぁ・・・」
追いかけて来た私達を見るなり、レオポルトは崩れ落ちる様にしゃがみ込んだかと思うと不気味な言葉を呟き石畳の床に手を付ける。
「なっ・・・ま、待ちなさい!」
言い知れぬ不安に戸惑いなど一瞬で吹っ飛んだ。
誰も声を掛ける事無く、各々の得物を手にレオポルトの術を妨害すべく走り出す。
その時、目の前のレオポルトの口元は気味が悪く弧を描く、逃げ果せる事を確信している様だった。
「あばよ!・・・【反転の呪】!!」
良く磨かれ整えられた石煉瓦の表面がざらつき出す、角が崩れ出すと罅が入り、終いには砕けて朽ちていく。
レオポルトの触れた所からそれは連鎖し、私達の前で塔が建つ一角と供橋の境目は崩壊の時を迎えたかのように崩れ出す。
踵と膝に力を込めて如何にか踏み止まると、ヤスベーさんの命令が耳に飛び込んだ。
「くっ、此処までか・・・退却!!」
目の前の光景は物体が持つ寿命の砂時計が引っ繰り返された様だった。
崩壊を始めた供橋との境は遥か下、谷底へと吸い込まれる様に崩壊しながら落ちていく。
呪いが発動したのを確認すると、レオポルトは大柄な体に見合わず俊敏に飛び跳ねながら後退し、最後に勝ち誇った表情を浮かべながら供橋を渡り走り去っていった。
*********
レオポルト達が走り去る背中を眺め、ヒューゴーが舌打ちをする。
皆、胸中に抱く思いはきっと同じだと思う。
だからと言って悲観している暇も、感情のまま喚き散らし続ける事も叶わない。
今後、やるべきはレオポルト達を含む二勢力を追いつめ、守護者たちを護りながら封印を護る事だ。
敵はレオポルトだけでは無く、あのカルメンも居るのだから立ち止まっては居られない。
「ザイラの治療は取り敢えず済ましたが、良い状態とは言えぬな。して、如何する?供橋はこの有様じゃぞ」
恐々とコウギョクが覗き込む先には真っ暗な谷底が大きく口を開いていた。
風のマナが少ない為か髪の一筋も風に吹かれる事は無いが、それ見続ける事は何か理由が無い恐怖が頭を過り、私は堪らず目を逸らす。
すると、先程まで静かにしていたレックスが人工妖精を通じて話しかけて来た。
「大丈夫か?今は奴らを追う事より、塔の中が気にならないか?」
「・・・心配してくれてありがとう。確かに気になる、見る限りでも少なくとも守護者は大きな損傷は負っていると思う」
損傷と聞いて、レオポルトの配下の一人が欲を出して大きな魔結晶を運び出してきたことを思い出す。
然し、そうやって苦労して運び出したであろう魔結晶も、先程の小競り合いの最中で塔を囲む広場に置き去りにされていた。良く見れば腕の様に見えなくもない。
「うむ・・・アレか。信憑性は有るかも知れないのう」
ヤスベーさんはコウギョクと共にレオポルト達の置き土産を眺め何やら話し合い中、ザイラさんは人型に戻り、傷ついた翼に触れながら物思いに耽っていた。
その中で話しかけるとするのなら・・・
「あ?覗きに行くくらいなら構わねぇよ」
ヒューゴーの返事は意外な物だった。
「え・・・」
予想外の反応に驚愕すると、ヒューゴーの顔は何時ものように険しくなる。
「え・・・って何だよ。怪我人が居る訳だし、いきなり追跡を強行する事はできねぇだろ?」
「そうね、ヤスベーさん達にも訊いてみましょう」
皆に塔を調べる事を提案してみた所、ヤスベーさんとコウギョクは快諾してくれた。
然し、ザイラさんはボンヤリとした目でこちらを見るのみ。
「ありゃりゃ、これは自慢の翼が傷ついた事を引き摺っておるな・・・」
コウギョクと二人でザイラさんの様子を窺う。
するとザイラさんは急に重い腰を上げ、先程までの様子が嘘の様な笑顔で私達の背中を思いっきり叩いて来た。
怪我人の一撃とは思えない威力に二人して咽たが、振り向けば何時ものザイラさんに戻って澄ました顔をしているうえに焚きつけて来るしまつ。
「ほら、善は急げだよ!ぐずぐずしないで行くよ!」
そう言うなり、ザイラさんはレオポルト達が乱暴に開けて壊れた扉を豪快に開ける。
何か無理をしているような気がするが、前へ進もうと言う気持ちが出ているなら問題ないか。
あまりに豪快に開けるので扉が壊れないか肝が冷えたが、此方の気も知れず解放したままズカズカと塔に入っていく怪我人。
「ちょっと、急ぎすぎ!」
一体、此処がどの守護者が護る塔なのかと思っていたが、それは探る必要もなく明白だった。
針山の様な赤茶色の岩場、レオポルト達が暴れた形跡が有り、所々に砕けた岩と砂が混じる平地も存在する。
その中央には大きな砂山が形成されており、その中央から琥珀色に光る岩が突き出していた。
「如何やら、封印は死守された様でござるな」
ヤスベーさんが岩についた砂を払うと、土の精霊紋が現れた。
コウギョクは砂の山を見上げ、不安そうに私達の顔を見ては訊ねる。
「・・・嫌な予感がするんじゃが、もしやこの砂が守護者だとかないかの?」
「可能性は無くはない・・・いやいや、それは早計よ!」
悲観的な考えはしたくはないけど、目の前の精霊紋入りの岩にそれを囲む砂の大山、守護する者が何か解からないが、安易に楽観視もできない。
静まり返る空気の中、ザイラさんが大きな声を張り上げた。
「馬鹿言うんじゃないよ!何処かに身を潜めているかもしれないじゃないか」
ザイラさんは率先して砂を手で乱暴に掻き出し始める。
その書き出した砂は全て、背が低いヒューゴーに降りかかるものだから、ついに堪忍袋の緒が切れ、砂を払いながらザイラさんに罵声を浴びせだした。
「じゃあ、何処にだ!見せてみろ・・・よ?」
ヒューゴーはザイラさんに詰め寄ろうと口を開くが、周囲の砂に振動で波紋を描かれると何かが砂を持ち上げだした。
一瞬で砂塵により霞む視界、その巨大な輪郭の影が浮かび上がるのを視認した。
「オノレ、蛮族メ。幾度ト来ヨウト、無意味ト命ヲモッテ理解サセテヤロウ」
如何やら、レオポルト達は仲間を勧誘したばかりではなく、とんでもない置き土産を残していったようだ。
本日も当作品を最後まで読んで頂き誠にありがとうございます。
何もかも思う通りに儘ならない事態に新たな困難、その行く末は如何に。
それでは精一杯、執筆しますので次回まで宜しければゆっくりとお待ちください。
*新たに二件もブックマークをして頂けました!本当にありがとうございますᐠ(∗ᵔᗜᵔ∗)ᐟ
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次回も無事投稿できれば、12月30日20時に更新いたします。




