第39話 水龍の守護ー邪なる神の監獄編
巻貝の様な空洞が天へ続く塔、天井を視認できな程のその空間を貫く槍の様に伸びる岩。
四つの珊瑚と大量の海水と共に現れたそれは岩に巻き付き蜷局を巻いている。
床は外周を残し窪み水瓶の様、異界には世界の綻びより落ちる精霊とその力があれど皿を満たすほどの水すら不可能だ。
それが、目の前には塔の床を吞み込まんばかりに部屋の外周を残し、並々と満ちている。
水のマナの塊、それが巨大な竜を模る恐ろしい大きさの魔結晶による物なのだから開いた口が塞がらなかった。
そして再び岩を見上げる、まるで今すぐにでも息を吹き返し動き出しそうな迫力だ。
恐らく、この部屋の水は此の水の魔結晶の力による物だろう、それをじっくりと見る程に妙な既視感を感じる。この姿はまるで・・・
ただ茫然と目の前の光景を見上げる私達を見兼ねたのか、ウンベルトさんは杖で床を突き構えると、私達に向けて大声を張り上げた。
「鍵を手に入れるのだろう?こんな塩辛いだけの液体に臆している場合では無いぞ!」
ウンベルトさんは息を短く吐くと、自身の杖の握り締め早口で詠唱し、拳大の黒い球体を生み出す。
中央の岩を崩し水を埋めようと言うのだろうか?
そんな事が可能なのか、本当に岩を破壊する事は正しいのかと思いヤスベーさんを見ると、眉根を寄せて思案していた顔を持ち上げた。
「・・・何か得策が?」
「無論、任されよ。何が潜んでいるか知らぬ場所を泳ぐのはどうにも勧められぬからな」
ヤスベーさんの苦渋の決断に頷くと、ウンベルトさんは岩へ照準を定めた。
杖から一際、禍々しい力を込めた邪な神の力が膨張し、岩を破壊せんと術が放たれる。
然し、塔を貫く岩に其の黒い槍は届く事は無かった。
「っ・・・何て事じゃ!」
コウギョクの震えるような驚きの声がした。
突如として水球が水面に浮きあがり神術を呑み込むと水の刃が伸び、唖然とするウンベルトさんの腕を切り裂いた。
「うがぁ!!」
不意を突かれて受けた傷の痛みにウンベルトさんは絶叫すると、杖を落とすと腕を抑えて蹲り、苦悶の表情を浮かべる。
皆で何者かと警戒するも、魔物はおろか何者かが潜んでいる様子もない。
近くに居たヒューゴーがすぐさま気づき駆け付けると立ち止まり、止血をするウンベルトさんへと呼び掛けた。
「爺さん、大丈夫か?!」
「・・・儂を気にする間があるなら同様の攻撃に備えよ」
感謝するどころか睨み付け強がって見せる、傍から見れば隠しきれてはいないのだが。
そうかと言って、この場に留まり動けずにいるのは危険だ。
私はウンベルトさんに接近すると、腰鞄から回復キューブを取り出し差し出した。
「これを使ってください、傷が塞がる筈です」
私の掌に乗る透明の魔法被膜に包まれた薬品、回復キューブをウンベルトさんは奇妙な物を見る目でマジマジと見つめると、眉間に皺を寄せて突き返した。
「いくら共闘しているとはいえ、異界の怪しい薬品など信用ならん」
癇癪を起こし薬を拒絶すると、ウンベルトさんは呻きながら杖を支えに立ち上がる。
思わず此方も顔を顰めると、ヒューゴーは舌打ちをしながら強引に私の手から回復キューブをもぎ取り、ウンベルトさんの腕を強引に抑え込んだ。
「あー、そう言うのウゼェんだよ!そんなクソみたいな自尊心なんざ捨てちまえ!」
そう言いうと、握り潰した事により魔法被膜は破れ、薬品はヒューゴーの手からウンベルトさんの傷口へと滴り落ちる。
「何をする!余計だと言っておるじゃないか」
ウンベルトさんは嫌悪感を露に、無事な腕で杖を振り回すとヒューゴーを突き放す。
治療は中断された為、中途半端となってしまったが、先程より幾分か顔色も腕の動きも良い気がする。
その姿に思わず苦笑すると、塔の中に出来た池の水面が騒めき立った。
龍を模る水の魔結晶は淡く光り、その青く透き通る硬質な表面に鱗が浮かぶと頭部に胴体、扇のような複数の鰭が開く。
それが何者か、その姿に徐々に記憶と合致し、確信となっていった。
「鍵を護る罠・・・否、墓地などの防衛に使用される絡繰り人形の類だろうか?」
ヤスベーさんの言葉はところどころ知らない単語が混じるが、察するにその何方でもない。
「いいえ、その類の物じゃないと思います。あれは・・・」
南方の海の如く鮮やかな青い鱗を持つ長い胴体、如何様な波も掻き分ける鰭、そして何より特徴的なのは縦長の金の瞳孔。
「ふむ・・・そんな手合いの物と同一視するのは間違いじゃな」
コウギョクは何者か判らず首を捻るも、何かを察したように息を飲み口を堅く結ぶ。
ヒューゴーとザイラさんも、その正体に気付いたらしく困惑しつつ息を飲んだ。
間違いない、この竜は水の精霊王様に眷属する守護獣・・・
「おいおい・・・此奴ってまさか」
「こいつ・・・水のとこの奴じゃないかい?!確かでかい龍の・・・ってか何でこんな所に居るんだい?」
ザイラさんは驚きで興奮しつつ混乱しながら隣で共に見上げていたヒューゴーの肩をがくがくと前後に揺さぶる。
何とも迷惑そうな表情、ヒューゴーは限界が来たのか容赦なくザイラさんの脛を蹴り上げた。
「知るかよ!俺に訊くな」
二人が意見を交わす中で水の魔結晶の像は姿を変え生気を取り戻し、目に映るその姿は私の記憶の中と同じく強く美しい水龍の姿と重なった。
「・・・リヴァイアサン?」
名前を呼べばゆっくりと眼球のみが動き、視線が私の方へと向く。
勘が当たっていた、それに驚くにつれ疑問も同時に沸いた。
誰が異界に呼び出し、何を護る為に何時から存在するのだろう。
各地に点在する綻びから落ちた大地と同じか、はたまた創世の時に使用された遺跡なのか。
確かなのは名前のみだ。
「返事が無いけど、それは肯定と言う事よね」
リヴァイアサンの首付近には交差する真新しい切創、傷口を見つめる私の視線を避ける様に身をくねらせると、鎌首を持ち上げ水面を波立たせた。
私達への不信感からくる疑念による威嚇、足元の水瓶から浮かび上がる水球は敵意をもって数多の水槍へと変化する。リヴァイアサンの姿も名も、程度は違えど知るのは私を含む三名のみ。
ヤスベーさんは私達の様子に困惑しつつ、目の前の脅威に意識を向けると此方に向けて叫んだ。
「ウンベルト殿やヒューゴー達は出来得る限り後方へ。アメリア殿とザイラ殿は拙者と共に水槍の排除をお頼み申す!」
私達はそれに頷くと、来る脅威に対して得物を構える。
「はい!」
「良いね!血が沸き立つし、何だかワクワクするよ!」
一人だけこの状況を楽しみだすザイラさん。
力を込めて浮き上がる筋肉、片腕で大槌を軽々と持ち上げると、両腕で柄をしっかりと握り直した後、何者かの合図も待たずに突進する。
すぐさま後に続く私達を背に、ザイラさんは浅瀬まで足を踏み入ると、怒れるリヴァイアサンからの攻撃の的となり力いっぱい大槌を振り回す。
連続する水塊の破裂音、多くの水槍が水飛沫と成り果てるも、全てを退ける事は不可能。
ヒューゴーとコウギョクの支援を受けつつ、ヤスベーさんと共に右舷と左舷に分かれてのリヴァイアサンを翻弄する。
気が付けば三人とも全身ずぶ濡れ、息を整えつつ視界を妨げる前髪をかき上げた所で、今度は鋭い牙が並ぶリヴァイアサンの咢が私を食らおうと迫って来た。
鼻先を切り裂きつつ横に飛び、床を転がりながら避けて逃れると、横からリヴァイアサンの顎が足場となる石煉瓦を砕き、そこに大量の水が流れ込んだ。
間一髪、リヴァイアサンのせいで貴重な足場が失われ、それでも標的はぶれずに私に向いている。
やはり、私が会ったリヴァイアサンとは別個体で間違いない。
リヴァイアサンが私に固執する理由として考えられるのは、名前を知っている私への興味からだろう。
「そんなに、自分の名前を知っている私の事が気になる?」
私が苦笑いを浮かべつつ慎重に訊ねると、漸くリヴァイアサンの動きが止まる。
如何にか気を引く事には成功したらしい。
この塔についてや異界に精霊王様の遣いが存在するかなど、山のように疑問は有るが知る事ができるかは定かではない。
互いに警戒は解いていないが然し、此処で漸くリヴァイアサンの姿を改めて目にする。
記憶に残る姿より時を積み重ねたと思われるボロボロの鱗に、首に刻まれた交差する創傷は先程より毒々しく変色していた。
*************
私への露骨な反応、交渉が通用するかどうかは賭けだった。
リヴァイアサンの姿を見上げて静かに剣を収める、少しだけ空気が緩んだ気がしたが其れも束の間、一瞬で一変する。
リヴァイアサンの前身の鰭が逆立ち、地鳴りの様な唸り声は決裂を示していた。
「待て!!如何いうつもりでござるか?!」
素早く揺るぎない詠唱、振り返ればウンベルトさんはヤスベーさんが制止する声に耳も貸さず、ヒューゴーやコウギョクがしがみ付こうが抗い神術をリヴァイアサンに向けて放った。
「【堕落への誘い】!」
照準は僅かにぶれたが杖から放たれる黒紫の閃光は放射状に分散し、リヴァイアサンを目掛けて襲い掛かる。
リヴァイアサンは慄きも逃げもせず、牙を剥き出し迎え撃つ姿勢は揺るがなかった。
リヴァイアサンの口から放たれる水流は渦を巻き、神術と衝突し競り合うと水飛沫となり視界を奪う。
術は全て防ぎ切った、その慢心はリヴァイアサンに隙を生じさせる。
塔に響き渡る絶叫、それは水面を打ち付ける音と主に弱々しくなり、水面を打ち付けると同時に波により水が浴びせかけられた。
身震いをしながら水でぼやける視界の中、顔を拭いつつ遠目にウンベルトさんを見やると、座り込んでいたが、その顔は達成感に満ちていた。こんな事、正気とはとても思えない。
「何でこんな事を!?」
「ふっ・・・何をするつもりか知らないが、コヤツから鍵を奪うのだろ?故に、此方が有利になる様に術を施したまでよ」
ウンベルトさんは鍵を奪おうと行動しようとせず、暢気に交渉しようとする私を見兼ねて目的を達成する為に手助けをしただけだと言い切る。
私もリヴァイアサンを目にするまでは別だが、今は鍵もパヴォールの言葉を信用できていない。
それ故に、敢えてリヴァイアサンとの接触と言う賭けをしたつもりだった。
やはりリヴァイアサンは神術を浴びた事により脱力してはいるが、それでも岩から離れずに護り、此方を睨みつけている。
ヤスベーさんは私やヒューゴー、駆け付けてきたザイラさんに目を向けつつ、ウンベルトさんの話に頷く。
「ふむ、鍵かでござるか・・・。些か、乱暴な手段に思えるが仕方あるまい」
ヤスベーさんは納得したのかウンベルトさんに会釈をすると、再びカタナを構え直し、私達にリヴァイアサンからの鍵の奪取をする様に命令を下す。
これは、東方との神話について擦り合わせ不足が招いた結果なのかもしれない。
恐らくは東方と西方、住む地域の神に関わる伝承に相違がある。
ザイラさんはウンベルトさんを警戒しながらくっきりと眉間に皺を寄せ睨み、ヒューゴーはコウギョクを押し退けるとヤスベーさんに詰め寄り怒鳴りつけた。
「東方の多神教の国には世界の仕組みがどう伝わっているか知らねぇが、奴は謂わば神の遣いみたいなもんなんだよ。きな臭いと思わないのか?このポンコツ団長!」
ヒューゴは心底呆れた顔でヤスベーさんをこき下ろす。
急なヒューゴーの暴言と態度にヤスベーさんは困惑しながら顔を顰める。
言葉の節々は荒いが、ヤスベーさん達にも伝わる様に精一杯、ヒューゴーは話したつもりのようだが全てを理解させるに至らなかった様だ。
ヤスベーさんはリヴァイアサンを警戒しつつ、ヒューゴーに問い掛ける。
「何を言われるか、そんな神聖な者が異界に存在する訳ないではないか」
ここは邪なる神が封じられた異界、疑念を抱かなければ当然の疑問だ。
「まったく愚かな物言いじゃ・・・神の遣いと言うのなら何故、妾達まで攻撃してくる?」
ヤスベーさんとコウギョクにはリヴァイアサンは唯の脅威をもたらす魔物に映っているのだろう。
ヒューゴーは話が通らず言葉を失うと、奥歯を噛みしめながら悔しそうに唸る。
ザイラさんは無言でウンベルトさんの杖を掴むと、呆れたように肩を竦めた。
「あー、これだから頭が固い連中は嫌だね。これが護っていると言う事はアレだよ・・・アレ!」
ザイラさんは真剣な顔で考え込み首を捻ると、その先の言葉が思いつかずに言葉を詰まらせると私に助けを求めて縋るような目を向ける。
少し頼もしく見ていたが、託された事により幻滅を禁じ得ない。
私は頭の中で少ない情報をかき集めて頭を巡らせ推測する。
「つまりは此処が女神様と関連する場所と言う事です。そしてパヴォールは鍵と言っていましたが、此処にいるリヴァイアサンを倒させる口実に思います」
「・・・うまり、この竜を討つ事こそ目的でござるか?」
これに関して返って来た反応は様々だった、ヤスベーさん達は意外そうに驚く顔を見て、ザイラさんは満足そうに頷き私に向けて親指を立てると自分の手柄の様に胸を張ると満面の笑みを浮かべた。
「って事で、アタシが竜化して兎野郎の居城に連れて行ってやるよ」
「ふむ・・・それで、何処から外にでると言うのでござるか?」
「あ・・・」
ザイラさんはヤスベーさんの言葉に周囲を見渡し、顔を蒼褪めさせる。
「うむ、奴を如何にかせねば出られぬであろうな」
コウギョクはザイラさんを鼻で笑うと口元を隠していた扇をたたみ、リヴァイアサンへと突きつけた。
ウンベルトさんはザイラさんの手首を叩き、杖を取り戻すと杖を袖で拭い去る。
「此処であの女の力が込められた存在が居ると言うのであれば尚更、奴を屠るべきでは無いか」
先程の怪我が痛むのか、ウンベルトさんはよろよろと腕を庇う様に立ち、リヴァイアサンに杖を構えた。
リヴァイアサンは気怠い呼吸をしつつ、如何にか鎌首を持ち上げると此方を観察するように凝視すると、岩に巻き付けた体を緩め、尾から水へと身を沈めていく。
その姿にウンベルトさんはザイラさんに杖を向けたまま後退し、四人に背を向け私の方へ走り出した。
ウンベルトさんの言い分は異界の人間としては正解だが、その捉え方はつまり私達にとっては不正解だ。
「いいえ、その考えには賛同できません」
目の前まで来たウンベルトさんに私は拒絶を突き付ける。
多少の事で一の価値観は変わらないもの、反射的に本音交じりの侮蔑の言葉が返って来た。
「はっ、これだから異界人は困る。偉大なる主に元に辿り着き、願いを叶えるべきは儂の・・・」
ウンベルトさんの言葉を遮り波が押し寄せる。
波から巨大な水かきがついた尾が現れ、ウンベルトさんを羽虫を叩き潰す様に薙ぎ払った。
一声もあげる暇も無く、ウンベルトさんの体は宙に打ち上げられると、そのまま弧を描き錐揉みしながら壁へと叩きつけられる。
あまりにも無残な姿に駆け寄ろうとすると、今度は私を狙いリヴァイアサンは水球を生み出し、次々と動きを追跡し追い詰めていく。
狭く限られた逃走経路を跳ねたり身を捩り必死に躱す、その度に床は砕けて次々と浸水は広がった。
攻撃の波は引く、ウンベルトさんの選択が正しいとは思えないけど、無傷による解決は望めないらしい。
中央には水が満ち、円環状の床も大部分が破壊されているが、リヴァイアサンの動きに注視していればウンベルトさんを助けられない事は無いだろう。
剣を握りしめ、水から辛うじて頭を出している瓦礫を踏みしめると、私が渡るよりも早くヤスベーさんがウンベルトさんの許へ到着していた。
息遣いを確認し、すぐさま回復キューブをウンベルトさんの口に割り入れると、私の顔を見てヤスベーさんは困ったような顔で眉尻を下げた。
「先程は聞く耳を持たず申し訳ない。されど、このままでは足場が無くなる。せめて水神の遣いが正気を取り戻すよう動きを止める事は叶わぬだろうか」
ヤスベーさんは私や背後で応戦するヒューゴー達の様子を窺い、カタナで自身へ迫りくる水刃を叩き切った。
私だって恨みに思っていた訳では無い、リヴァイアサンを殺さないと言うのなら現状を鑑みて受け入れた。
「ええ、承知しました!」
リヴァイアサンは神術の影響を受けようが容赦なく私達に襲い掛かる。
それはまるで正気を失ったかのよう、本来であれば此方の話に耳を傾ける程の知性と理性を持ち合わせているはず。
リヴァイアサンからは動く度に異臭を放つドロリと粘性の有る液体が落ち、そこからは黒い靄が立ち込めていた。
「むう、此れは穢れでは無いか!」
コウギョクは黒塊に気付くなり後退り、嫌悪感を露に金切り声を上げていた。
嫌悪で硬直するコウギョクの小柄な体をザイラさんは軽々と抱え、走りながら空いている手でリヴァイアサンを指をさして声を上げた。
「きっと、あの傷だよ!」
リヴァイアサンの胴体に出来た交差する黒い切創は先程と違い泡立ち、穢れが零れ落ちた。
この傷をつけた本人は何を意図して、このリヴァイアサンにこのような仕打ちをしたのだろうか。
「間違ありませんね。先程まであのような状態では無かったのですが・・・」
見る程に痛々しい黒紫の傷だ、リヴァイアサンの身に刻まれた切創は目に留まっていたが、もっと気に掛けるべきだった。
何にしても穢れを祓わなければならない、そんな事が出来るのはコウギョクか私だ。
突然、側面から水柱が上がる、艶々とした鱗に覆われたリヴァイアサンの尾が私とヤスベーさん達を目掛け振り払われた。
飛び込むように床に身を伏せると、頭上から硝子がひび割れるような音が響く。
駆け付けたコウギョクの術による障壁はリヴァイアサンの尾を退けたが、はらはらと落葉のように舞い散りながら消える。
コウギョクは苦笑しつつ、何か思い合ったらしく真剣な顔で此方へ振り返った。
「うぅ・・・未だに納得し難いが、力も実感しては此方側の神の造物とは言い難いな。奴を苦しめる呪いの発動条件は恐らく、奴らの神術じゃろうな」
呪いと聞いて改めてリヴァイアサンの傷を見返す。
「呪い・・・そう言われて見れば合点がいくかも」
魔法も加護も一部を除いて使えない現状の中で、如何にかリヴァイアサンに接触できないかと私は頭を巡らせる。
すると思考を遮り、ザイラさんの豪快な声が耳に飛び込んできた。
「よくもまあそんな細かい事まで解ったね。それにしても呪いかい、そりゃあとんでもない野郎だね」
ザイラさんはコウギョクの考察に感心して目を丸くするが、すぐさま誰とも判らないリヴァイアサンを傷つけた主に怒りを募らせると、竜人族らしい鋭い目つきをしながら小さな火を吐いた。
皮肉な事に、ウンベルトさんの神術のおかげで今のリヴァイアサンの動きは緩慢になっている。
それでもヒューゴーによる矢やシルヴェーヌさん特性の爆薬などで牽制や目隠しがなければ、時間稼ぎも儘ならない。
「でっだ、足場は半壊なうえに逃げ場はない。如何する?」
このままじりじりと削るにも、矢も薬も限界があると言いたい様子。
これにはコウギョクも頷いた。、
「もう、元を祓うしかないじゃろ」
その言葉にその場の皆の顔が一斉に曇る。
そんな空気に耐えられなかったのか、ザイラさんはコウギョクの小脇に手を差し込み軽々と持ち上げた。
「んじゃ、アタイが投げてやるから確り祓っておくれよ」
最初は冗談のつもりの様だったが、次第にザイラさんの顔が真剣になるにつれ、コウギョクは恐怖で足をばたつかせ断固拒否する。
「待て!待てっ!横暴じゃ、虐待じゃ!投げた所で、暴れる奴にしがみ付く事すら儘なるまい!」
「何だい!それじゃ、地道に行くしかないじゃないか」
如何にか下ろされるも、怒りが収まらないのかコウギョクはザイラさんに掴み掛かるが、軽々と突き放され尻もちをつく。
警戒しつつ二人を眺める内に私はある光景を思い出した。
「それでは、呪いは私とコウギョクで祓います」
「な、何を言っておるのじゃ」
私の唐突な言葉にコウギョクは肩を落とし、ザイラさんは興味ありげに目を輝かす。
「祓う事ができるんでしょ?私が確り傷口に元まで連れて行くから安心して」
「ぐぬぬ・・・」
悔しがるコウギョクを見て、私の意図を汲んだのか、そうじゃないのかヤスベーさんはお構いなしに私の背中を押す。
「紅玉殿、拙者達も二人が成功するよう出来得る限りをする。腹を括られよ」
私が何かを言う前に笑顔でのコウギョクへの厳しい仕打ち。
この人、真面目に見えて意外と適当なのかもしれない。
「ひっ・・・み、水は、如何やって接近するつもりじゃ」
「それはザイラさんに協力して貰いたいと思っています」
「・・・竜化でござるな」
ヤスベーさんの鋭い勘に、心の中で適当な人と思った事を謝罪する。
私はテローの防衛戦で見たザイラさんの竜化した姿を思い出していたのだ。
今度はザイラさんが青褪める。
「何だい!一番危険な役目じゃないか」
確かに危険だが、此処でヤスベーさんの耳打ちを受けて、私なりのザイラさんへの殺し文句を言ってみる。
「ザイラさん、精霊王様の遣いと戦える機会はもう二度と有りませんよ」
「うっ、躊躇している間も無いし仕方ないね!手短に済ませておくれよ」
少し恨めし気に睨まれたが私がリヴァイアサンの気を引き、コウギョクが木の葉で姿を隠すと衣擦れと鎧が落ちる音の後、赤竜が姿を現し、リヴァイアサンを掴み抑え込んだ。
リヴァイアサンの動きが止まったのを確認すると、私とコウギョクはザイラさんの背中を駆け登る。
「有ったわ!コウギョク、お願い!」
「あい、解った」
コウギョクは私の背中からするりと降りると、扇を広げ慎重に舞う。
邪神に憑かれたレックスに使用した加護の使用は未だに確立できていない。
ザイラさんと組み合うリヴァイサンの瞳は既に正気に非ず、コウギョクを連れて逃げる事も想定しつつ剣を構えると穢れが盛り上がり蠢いた。
「尊き神に乞い願う 我は其に仕えし獣 舞を捧げ我が許に御力を賜りたいと かしこみかしこみお願い申す【破邪扇舞】!」
何処からともなく鈴の涼やかな音色が響き、琥珀色の光が舞と共にリヴァイアサンを包み込む。
リヴァイアサンの目には穏やかな光が戻り始め、抑えていたザイラさんも安堵した様子。
然し、そんな慢心を嘲笑するように、コウギョクの術が解けていく。
ザイラさんの苦しそうな呻き声が聞こえ、リヴァイアサンはもがき身を捻り、苦しそうな声をあげた。
「す・・・すまぬ!」
二頭の竜の動きに舞は遮られ、鈴の音も止まりコウギョクは体勢を崩してザイラさんの体を滑り落ちようとしていた。
ザイラさんの角を掴み、足を踏みしめ死ぬ気でコウギョクの体を抱き留める事に成功したが、リヴァイアサンの姿に私は息を飲む。
コウギョクの術が崩れだし木の葉が散り、その隙間から黒い手と共に顔のない頭が飛び出してきたのだ。
「なっ・・・」
思わず言葉を失ったが思いの外、心の底は冷静だった。
人でも魔物でもない、これは穢れだ。
私は奥歯を噛みしめ、思い切り穢れの眉間に自分の中の加護に祈りながら剣を突き立てる。
リヴァイアサンを救いたいと願う、胸の奥から力が溢れ出すのを感じたが、其れはとてつもなく遅かった。
「バアァ・・・」
カラカラと喉が潰れたような掠れた言葉にならない声、頭にぽっかりと空いた丸い穴から漏れ聞こえる。
不快な声を遮る様にコウギョクの声が耳を劈く。
「呪詛じゃ!耳をふさげ!」
この状態で片耳はともかく、剣を手放し両耳をだなんてと躊躇すると、羽音と共に小さな何かが目の前を遮った。
本日も当作品を最後まで読んで頂き誠にありがとうございます。
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出来得る限り尽力しますが、遅くとも火曜までには更新いたしますので、如何かご容赦くだされば幸いです。
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